JINKI 136 願いの篝火に寄せて

『……フィリプス隊長、敵、未だ検知できず……。このルートで間違いないはずですよね?』

 不安がっている部下に、フィリプスは上操主席で無線を取る。

「ああ。情報筋は確かなはずだ。ここで相手の運搬ルートを断たなければ、またしても南米戦線は危機に陥る。そうでなくとも、最近見かける《ポーンズ》と呼ばれる人機は厄介なんだ。まだ当てがあるとすれば、相手は不完全な電脳を使用しているという点だけで……」

 そこで濁したのはこれまでの戦歴が苦々しい思い出として脳裏を掠めたからだろう。

《ポーンズ》はリバウンドの堅牢な装甲を持っており、重い代わりに決して崩れない要塞に近い。それが一人機単位で運用されることには脅威しか感じていない。

 だが、それとは別のルートで、常に敵の戦力は補強される。

 敵――キョムはこの南米をどこか実験台のように見ている節すら時折感じられる。

 投入される人機や、あるいはそれに類する戦力は、毎週ごとに刷新され、前線の情報は常に変動し続ける。

 正直、勝てない相手に立ち向かっている気分であった。

「《ポーンズ》なら、まだマニュアルがありますから大丈夫ですが、今回の相手はしかし……」

 下操主席に収まる部下に、フィリプスは目線をくれて前を突き進む。

「それでも……黒髪のヴァルキリーにいつまでもおんぶに抱っこと言うわけにもいかん。我々とてレジスタンスだ。カナイマからの合流部隊がもうすぐ来るとの連絡は受けているな? そのルートで合流してから、今次作戦に取りかかる。敵兵は余計な情を見せてくれない。会敵次第、先手を打つ。プレッシャーガンの様子は?」

「現状、弾数、それにエネルギー共に問題なしです。しかし、《バーゴイル》から鹵獲した武装なので……」

「不安は付き物、か……。やるせないな。これでは、勝てるものも勝てるかどうか……」

 そこで言葉を切ったフィリプスは熱源を探知していた。

 味方の識別サインに《ナナツーウェイ》を立ち止まらせる。

 合流してくれたのは、三機の《ナナツーウェイ》のカスタム機であったが、その中に見知った影を見つける。

「その青いナナツーは……まさか! 津崎青葉? 黒髪のヴァルキリーか?」

 接触回線を繋いだ《ナナツーウェイカスタム》より、照れたような声が漏れ聞こえる。

『……すいません、フィリプスさん。私、偶然に聞いちゃって……作戦のこと、黙っているなんて水くさいですよ』

「だが我々もレジスタンスを率いているんだ。君にばかり任せられない。それに……いつもの雷号は……」

『あ、雷号は置いてきちゃいました。その、山野さんたちの取り決めで、あまり前に出せない上に、モリビトタイプって目立っちゃいますので』

 なるほど、と納得を挟んだものの、しかし、青葉を危険に晒すわけにもいかない。

「……如何に《ナナツーウェイカスタム》で戦果を挙げてきたとはいえ、君をこの作戦に加担させるのは……」

『隊長。しかし、黒髪のヴァルキリーが付いてきてくれるのなら、我々の心もとない戦力でも勝てる算段がついたということなのでは?』

「……それは言ってくれるな。元々、無謀な作戦なんだ。だからカナイマには言わずに来たのもある」

『……何が来るんですか』

 詰めた青葉の声は既に戦士そのものであった。フィリプスは頷いて、作戦概要をそらんじる。

「……三時間前、ルエパアンヘルよりもたらされた情報だが、ウリマンアンヘルの一部過激派がキョムへと技術提供を試みようとしているという内通情報があった。要はアンヘルの中でも探り合いなんだ。だから君には出て欲しくなかったのもある」

 そう、仲間内、とは言え、アンヘルも一枚岩ではない。殊に、ベネズエラ軍部に技術提供をしていたウリマンは未だに反乱分子が見られる。

 だがだからと言って疑わしきを罰するのでは、それはキョムのやり口と同じ。

 相手が動くまでこちらも静観するというスタンスを貫いてきたのであるが、想定内とは言え、裏切りはきついものがある。

 青葉には、できればそんな汚い大人同士の探り合いなどとは無縁でいて欲しかったが、こちらの願いは虚しく、彼女はここに来てしまった。

 そうなら、作戦を総括する隊長として、伝えるべきことは伝えなくてはいけない。

「落ち着いて聞いて欲しい。敵の中には、我々と同じ、戦術歩兵に特化したナナツー部隊も居る。シグナルはアンヘルのままだが、キョムに寝返った以上、これは先手を打って叩かなくてはいけない。……厳しい言い方をするが、躊躇えば命がないと思ったほうがいい」

『分かっています。こういうの……一度や二度じゃありませんから』

 そうだ。青葉とて、アンヘル内部での軋轢は分かっているはず。

 こうして自分が年長ぶるのも釈迦に説法のようなものだが、青葉は誰よりも優しい。だからこそ、人機にも、ましてや操主にも施しを与える可能性がある。

 そういう時に、非情な判断を下すのは大人の役目だ。

 少女に背負わせていい十字架ではない。

「……もしもの時のトリガーは私たちが率先する。君は人機の足を止めるのに集中して欲しい」

 せめて、この場を統括する人間として言えるのはその程度のもの。

 だが青葉はそれに応じていた。

『はい。フィリプス隊長。私も……私の戦いをします。だって、私のためを思っての極秘作戦だったんですから……足手まといにはなりたくないですし』

「足手まとい、か。それはいざという時に私たちがそうならないように努めなければいけないが……。了解した、津崎青葉。言っておくが、レジスタンスとしての職務はまっとうさせてもらう」

 前半部はわざと無線に入らないようにスイッチを切ってから、冷徹な大人の声を振り向けていた。

 それに対して、下操主席の部下が声を漏らす。

「……ずるいですね、我々も。津崎青葉に甘えているのに、それを感じさせないように必死なんて」

「仕方ないさ。彼女のこれまでの戦歴を一番に知っているのも我々だ。操主を殺さないようにするのもそうだが、彼女はその熟練した操縦技術から、絶対に相手も助け出そうとする。それは彼女にとっての重石になりかねん。だから、引き金は引くと誓った。もしもの時に、躊躇わないのが大人の役目だ」

 ここでは虚勢でも強くあらなければいけないはずだ。

 そう心に決めたフィリプスは、予定ルートを通過しようとする貨物列車を関知する。

 ジャングルの中を一直線に射抜くレールが敷かれており、南米戦線の前線基地へと向かう道筋を取られていた。

「……定刻通り。各員、攻撃を開始する。貨物列車に積載されているのが情報通りならば、先手を打たなければやられるのはこっちだ」

 前衛を務めるフィリプスたちの《ナナツーウェイ》がプレッシャーガンを掃射する。

 貨物列車はたちまち炎の手に包まれ、直後、突き進む先頭のディーゼル車が制御不能に陥っていた。

 このまま押し切れば、と感じたフィリプスはその瞬間、貨物列車のコンテナ部より、何かが飛翔したのを感じ取る。

『……隊長! あれは……』

 ――見間違えようがない、あれは。

 息を詰まらせた部隊員の《ナナツーウェイ》が直上から降り立ってきた敵影にうろたえる。

 ブレードの剣閃が迸り、瞬間的な風圧が嬲って《ナナツーウェイ》を寸断していた。

 長大な得物を持つ漆黒の影に、フィリプスは奥歯を噛み締めて引き金を絞る。

「撃て! 撃たなければやられるぞ!」

 そう、迷いは断ち切ったはずであった。

 そうしなければ、絶対に。自分たちは負けてしまう。今回の相手は「そうなのだ」と、作戦を知ったその時から分かっていたからだ。

 赤いアイサイトをぎらつかせ、敵人機が加速する。

 眼窩に灯った敵意をそのままに引き写し、横合いから敵機は蹴り上げてくる。

 その軽快さ、そして機動力、全てにおいて現行の《ナナツーウェイ》を凌駕している。

 だが、ここで退くわけにはいかない。

 フィリプスは丹田に力を込めて、《ナナツーウェイ》に振り向かせていた。

 キャノピー型のコックピット越しに、敵人機と合見える。

『……嘘、モリビト……?』

 青葉の声が通信網に漂っていた。

 その逡巡も理解できる。

 漆黒のモリビトタイプが、今しがた蹴散らした《ナナツーウェイ》を足蹴にして真紅の眼光を滾らせていた。

「……情報通りだな。《モリビト1号》……」

 そうであるはずがないのだが、相手の識別信号の名称は《モリビト1号》。

 かつて黒将が操り、そして青葉と雌雄を決したはずの機体名称はしかし、その体躯にはそぐわないようであった。

 姿かたちは完全に《モリビト2号》のそれ。

 だが色彩だけが克明に黒く、穏やかな緑のはずのアイサイトが、戦場の紅蓮の赤に染まっている。

 相対するだけでも敵意の圧に飲み込まれそうになってしまう。

 それほどまでに、モリビトタイプの量産は脅威であるのだ。

 だから、ここで止めなければ、南米戦線は総崩れになりかねない。

 たとえ見せかけだけの《モリビト1号》でも、戦場に組み込まれれば意味を見出すのが人の常だ。

 ――曰く、黒髪のヴァルキリーの影とでも、もっと言えば死神とでも言ってしまえばいいのか。

 しかし、本人の手前、言い出せるはずもなく、フィリプスは乾いた唇を舐めていた。

「……黒いモリビト、ここで撃墜する! 行くぞ!」

 部隊員に伝令が伝わり、プレッシャーガンの火線が交差するが、敵はそれを容易く潜り抜けていく。

「……速いな」

 それも含めて、モリビトらしいと称賛すればいいのだろうか。

 だが今は、とフィリプスはプレッシャーガンを銃剣形態へと跳ね上がらせる。

《モリビト1号》の放ったブレードの一閃を、プレッシャーガンの銃身で受けるが、出力負けを起こしているのか、容易く弾き返されてしまう。

「……何のォっ!」

 吼えた勢いを借りて《ナナツーウェイ》で切り結ぶが、敵は翻るなり浴びせ蹴りで機体を揺さぶってくる。

 今にも吹き飛ばされそうな操縦桿を強く握り締め、フィリプスはゼロ距離でのプレッシャーガンの速射を試みていた。

 敵は部隊を相手にするのに必死になっている。

 動きに余裕が窺えるが、それは所詮、機体性能によるもの。

 本来は運ばれるだけであったルートで待ち構え、奇襲を浴びせたはずなのだ。

 状況的にはこちらのほうが上回っているはず。

 だと言うのに、《モリビト1号》から放たれる圧の波に、予め作戦概要を伝えておいたはずの仲間たちが、一機、また一機と薙ぎ払われていく。

「うろたえるな! 敵はブレードの近接武装だけだ!」

 そう、そのはずなのだ。

 何よりも輸送途中の攻撃に際し、すぐに武器を携える猶予すらなかったと見るべきなのに。

 それでも、モリビトの姿を取っているだけで、敵は場を圧倒していた。

 格納されたワイヤーを絡め、ブレードが幾何学の軌道を取る。

 わざとブレードを手離しての至近距離での打撃戦法は舐め切っていると言うほかなかったが、敵からしてみれば、奇襲を仕掛けておいてこの間抜けさにむしろ拍子抜けなのだろう。

 モリビトタイプの強さは理解していたはずなのに、それでも形を取って向かってくる相手の強さに押し負けている。

《ナナツーウェイ》が近接武装の槍に持ち替えるも、槍の穂を抜けて《モリビト1号》は拳を浴びせ込む。

《ナナツーウェイ》のキャノピーのコックピットがひしゃげ、部下の負傷を物語った。

「この――紛い物が!」

 咆哮して自身を鼓舞し、フィリプスは《モリビト1号》へと飛びかからせる。

 だが、《モリビト1号》は銀閃を棚引かせて、後退し様に剣筋を浴びせていた。

 その一撃だけで、装備していたプレッシャーガンが弾け飛んでいる。

 たたらを踏んだナナツーの隙を逃すわけがない。

 敵のブレードは確実に、自分たちの命を摘んだかに思われた。

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