JINKI 136 願いの篝火に寄せて

 ――直後に潜り込んできた青葉のナナツーのブレードの一撃が眼前で弾けるまでは。

 二つの刃が絡まったスパーク光にうろたえた下操主の部下は、青葉の声を拾い上げている。

『……あなたが、たとえモリビトの姿でも。私の愛した人機そのものでも……』

「……津崎青葉……」

『それでも! みんなを傷つけるのなら! 私は迷わない! それに……モリビトをそんなことには使わせない!』

 その言葉をせせら笑うかのように、ブレードを突き上げた《モリビト1号》の挙動に、フィリプスは叫んでいた。

「いかん! 機体性能が違い過ぎる……! いくら津崎青葉でも……!」

『――怒ったぞ』

 焼き付いた青葉の声が残響する前に、ブレードが叩き落とされる。

 確実に青葉のナナツーを打ち砕いたかに思われた一閃はしかし、何もない空を掻いていた。

 その違和感に《モリビト1号》が気づく前に、横合いから入ったのは青葉の駆る《ナナツーウェイ》のボディーブローである。

 よろめいた《モリビト1号》へとリバウンドブーツの斥力を操って回り込み、すぐさま連撃を仕掛ける。

 敵の眼前でリバウンドブーツの靴下の反重力を逆立たせ、疑似的なリバウンドフォールを形成し、相手を叩きのめしていた。

「……すごい。あのナナツー、改修機とは言え我々とそう変わらない性能のはずなのに……」

 下操主席の部下の感嘆に、フィリプスは同調する。

「……ああ。あれが津崎青葉の……黒髪のヴァルキリーの怒り……。かつての愛機を穢された、彼女の……本気か」

 青葉のナナツーは推進剤を焚いて《モリビト1号》を押し返そうとする。

 しかし、そこはモリビトタイプの名折れとなるのを恐れたか、《モリビト1号》は脚部推進剤と背面のバーニアを使ってナナツーを馬力で押し潰さんとする。

 だが、青葉は何もモリビトと力比べをする愚を犯さない。

 掴み合ったマニピュレーターを基点にしてナナツーの機体を跳ね上がらせ、一気に《モリビト1号》の頭上を取っていた。

 愚かにも仰ぎ見た《モリビト1号》へと、青葉の《ナナツーウェイ》は体当たりを仕掛ける。

《モリビト1号》の躯体が樹海へとずずんと沈み、地鳴りを引き起こしていた。

『……あなたはどれだけモリビトを真似ようとも、決して真似できないものがあるわ。……それは、人を守る、モリビトの心……。青き清浄なる心を失った、モリビトの姿を模倣しただけの可哀想な人機じゃ、私は倒せない!』

 その青葉の言葉に相対するように、《モリビト1号》が機体を起き上がらせる。

 青葉はそれを許さず、《ナナツーウェイ》の緊急用の推進剤さえも開き、敵影へと猪突していた。

 鋼鉄の機体同士が激しくぶつかって火花を散らせる中で、青葉の声が弾ける。

『私とモリビトの思い出をなぞっただけの誰かに……私は負けない、負けたくない――負けられないんだぁ――ッ!』

「……津崎青葉。君はそこまで人機を……モリビトを愛して……」

 息を呑んだフィリプスに青葉の《ナナツーウェイ》が腰にマウントしたサーベルを抜刀し、閃かせる。

 瞬間、モリビトの駆動系を的確に斬りさばき、直後には敵機から青いブルブラッドの血潮が舞っていた。

 青葉の雄叫びがそのまま、《モリビト1号》の胸部へと突き刺さる。

 ナナツーを押し潰さんと、《モリビト1号》はブレードで唐竹割りを講じたが、それと青葉の一撃は、ほぼ同時。

 互いに組み合った形で沈黙する二機に、フィリプスはうろたえていた。

「津崎青葉! ……総員、無事か?」

『な、何とか……』

 応じた部下たちにフィリプスは声を弾けさせる。

「……すぐに助け出すぞ。黒髪のヴァルキリーをここで死なせるわけにはいかん!」

 フィリプスたちは、プレッシャーガンの余波で燃え盛る灼熱の森で、血塊炉にサーベルを突き立てたまま硬直する青葉のナナツーと、黒きモリビトを見据えていた。

 ――空が見える。

 眩いばかりの青空が。

 それを遮ったのは、見知った人機の機影であった。

《マサムネ》がゆっくりと降下し、そこから声が響き渡る。

「青葉! 無事か……?」

「広世……。何とか、かな。ちょっと危なかったかも」

 強がって笑おうとして、何故だか泣けてきてしまっていた。

 視界の中に交差したまま動かない《モリビト1号》の骸と、《ナナツーウェイ》の姿を捉えたせいだろう。

 しゃくり上げて、青葉は涙を拭っていた。

「あれ……あれ? ……ゴメン、ゴメンね、広世……。何だか涙が止まらないや……」

 広世はそんな自分を見つめた後に、肩に手を静かに置いてくれた。

「……泣くな、なんて言わない。辛かったな、青葉」

 疑似的とは言え、自分の愛した人機の似姿の命をこの手で奪ったのだ。

 心の傷に下手に触れてくれないだけ、今はありがたかった。

「うん……。モリビトを、こんな形でもう一度失うなんて、思わなかったから……」

「広世! 津崎青葉は……っと、すまん……」

 ナナツーからこちらに飛び移って様子を見ようとしてくれたフィリプスが自分と広世に気づいて慮ってくれる。

 それも今の自分には優しく、そして前を向いてくれと言ってくれる証左となる。

「……大丈夫。もう、泣かないって決めたのに。駄目だね、私。人機を壊すのは、いつも嫌……」

「……いいんだ、泣いたって。泣けるのは強さの証だろ? いつか、青葉が言ってくれたみたいに。青葉は人機を愛している。愛された人機は……それこそ、どんな形であれ、きっちりと天に昇ってくれるはずさ。誰かのために泣けるんだ。青葉はまだ……」

「でも、でもね、広世……。血塊炉を狙う直前、声が聴こえたような気がしたんだ……」

「声?」

「……うん。私の思い過ごしかもしれないけれど――楽にしてくれって。それって、こう思ってもいいのかな。……まだこの地球の、遠いどこかの場所で、私の愛したモリビトは……誰かのために戦ってくれているって」

《モリビト2号》は――自分の愛した唯一無二の人機はまだ、この星の明日をも知れぬ戦いに身をやつしているのだろうか。

 それは悲劇かもしれないが、同時に希望でもある。

 いつの日か、叶うのならば。

 もう一度、あの時の淡いときめきをくれた、モリビトに逢いたい。

 今は破壊するだけの自分でも、その時を待つ資格があるのならば。

「……きっと、大丈夫さ。《モリビト2号》は今も、戦ってくれているはず。それこそ、人を守るために。誰かのための守り人なら、青葉の願った通りだろ?」

「……うん、そうだね。らしくなかった。ありがとっ、広世!」

 声にだけは空元気でも今は前を向いて。

 青葉は急所を貫いた形の《モリビト1号》へと手を翳す。

「……あなたの魂も、モリビトなら……赦される大地に、どうか眠って。せめて、悠久の夢の果てに……」

 レジスタンスの面々が集い、応急処置を受けている。

 コックピットを潰された形であったフィリプスの部下たちもどうやら怪我はしたものの、命に別状はないらしい。

 彼らは火を取り囲み、今日の勝利を祝福する。

 願いの灯火に、青葉も降り立っていた。

 ――いつか、こんな小さな篝火でも、それが世界を覆う大きな闇を払う。

 そんな日を、静かに祈って。

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