JINKI 144 逃避行の中で

 相手は硬直したように動きを止める。

「……何のつもりだ? 私に銃口を向けたところで……」

「あんた、さっき知らないはずの言葉を口走ったよな? 他の二人は一言だって“人機”って名称を言っちゃいねぇのに、あんただけは目標物が人機だって知っていた。うっかり口を滑らせたんだろうが、オレは誤魔化せねぇ」

 その言葉でヒサモトはどこか諦観したように、力を抜いていた。

「……気を付けていたつもりだったんだがな」

「目的は何だ? 大方、あのナナツーはパフォーマンスだろ? 積層装甲で血塊炉を一撃で破れないようにはなってるが、それは対人の代物だ。人機と相対するにしちゃ弱過ぎなんだよ」

「よく知っているじゃないか」

「……腐るほど見てきたからな。耐久値くれぇは見りゃ分かるんだ」

「では私が何を目的としてこの作戦に入ったのかまでは分かるかな?」

「……興味ねぇよ、ンなもん。オレは、な。帰らなくっちゃいけねぇンだよ。日銭稼ぎに飽き飽きはしていたところだが、ここで命投げ打つようなヒマはねぇ。……青葉が待ってンだ。余計な無駄弾撃たせんな」

 こちらの言葉と構えた銃口の先で、ヒサモトは笑う。

「……優しいじゃないか、オガワラ。人殺しはできればしたくないのだな? それとも、待っている人間のためか? 血の臭いなんてさせたまま、帰りたくないとも」

《ナナツーウェイ》がB班を追い立て、二人分の悲鳴が劈く中で、両兵はヒサモトを見据える。

「悪いことは言わねぇ。人機に関わるな」

「それは警告かな?」

「……オレなりの情のつもりだよ。一般人が関わってもロクなことがねぇ。……あんたは一般人とは思えないが、それでも、だ。ここで退くのなら、何も言わねぇ。だが新型機を奪取しようとするんなら、オレはあんたを撃たなくっちゃいけなくなる」

「……オガワラ、撃てるのか? 今の君にはまるで撃てるような気がしない。聞いていたよりも随分と……いい眼をしているからね」

 一瞥を振り向けたヒサモトの傍へと、両兵は引き金を絞る。

 地面を銃弾が跳ね、本気であることを伝えていた。

 ヒサモトは肩を竦めるようにしてせせら笑う。

「今ので本気のアピールかな?」

「もう一度言うぜ。人機にゃ関わるな。普通の神経ならここで逃げ帰っても誰も何も言わねぇはずだ。だが、あんたの眼は……」

 こちらが身構えると、ヒサモトは顎をしゃくってトレーラー車を見据える。

「あの人機……《アサルトハシャ》がもし、他の国に渡ればこれから先の五年……いや、十年レベルで話が違ってくるはずだ。人機のパワーバランスはそれを可能にする。君もゆめゆめ忘れないことだ。その手が扱うのは常に破壊兵器のトリガーなのだということを。これから先に、それでもまだ人機と関わって生きていくのならば、だけれどね」

 ヒサモトはB班の二人の悲鳴が一際強く聞こえた瞬間には駆け出していた。

 両兵はその背中へと照準する。

「動くんじゃねぇ! その人機は……!」

 しかしヒサモトはこちらの警告を無視して、トレーラー車の荷台へと飛び込む。

 かけられていた拘束具を引き千切り、立脚したのは純粋な人型に極めて近い、真っ白な躯体であった。

「ヒサモト!」

 分かっている。

 人機のコックピットは頭部。なら、そこを狙えば手っ取り早いのだと。

 だが、それでも――だとしても自分は――青葉に恥じ入るような生き方をしたくない。

 その考えが脳裏を掠めた直後には、立ち上がった人機は拳を固め、《ナナツーウェイ》の腹腔を打ち破っていた。

 さすがに完全に衝撃波を逃がすことはできなかったのか、腕が破砕してスパーク光を散らせるも《ナナツーウェイ》が完全に沈黙する。

 そんな中で、新型人機はこちらへと視線を振り向けていた。

「……てめぇは……」

 両兵の言葉を受ける前に、《アサルトハシャ》なる新型人機はトレーラー車の前方へと駆け出しかけて、その脚部が不意に爆発の光に押し包まれていた。

 恐らくは機雷が仕掛けられていたのだろう。

 転倒した《アサルトハシャ》に数名の黒服たちが取り付き、関節部を狙って行動不能に陥らせてから、コックピットを強制排除する。

 銃声が一つ、二つと鳴り響いて全てが終わったことを告げていた。

 茫然とする両兵へと、昼間の黒服が歩み寄る。

「あれを国外に出させるわけにはいかない。炙り出しの意味もあった」

「……最初から、ある程度分かってたんだな、あんたら」

「試すようなことをして申し訳ない。既に報酬は振り込んであるから、それで――」

 そこから先を両兵は放った拳で遮っていた。地面に倒れ込んだ黒服へと、肩を荒立たせて両兵は叫ぶ。

「こんなことのために! オレたちは旅に出たわけじゃねぇんだよ! ……人機の未来を託されたんだ、オレたちは……。だからこんな……あいつに顔向けできねぇみたいな金は要らねぇ。どんだけ人機にはこういう汚いことが付き纏うって分かっていても、それでも、だ。報酬は他の二人と分けておけ」

 拳銃を捨てて、両兵は歩み出す。

 その歩みを、誰かに止められるようないわれは、ないはずであった。

「――ねぇ、どうしたの、両兵。今日は何だか大人しいけれど……」

 ベッドで寝そべる青葉へと、両兵は歩み寄って何でもないような顔を振り向ける。

「アホ。寝てろって。一週間は安静なんだ。病人連れ回して時間を無駄にはできんだろうが」

 こちらの言葉に青葉は毛布を顔に引き寄せて、むっとする。

「……またそんなこと言う……。でも、その通りだもんね。早く立花相指さんに会わないと……」

「だからお前は無理すんな。金の埋め合わせは何とかなる。大人しくしてろよ、青葉」

 一言だけ振ってから病室を後にしようとして、両兵は立ち止まる。

「……なぁ、青葉。オレたちは、人機の未来を託された。そのはず……だよな」

「……うん。みんなから預かってるんだもん。モリビトの魂と、ナナツー……それにトウジャの魂も……」

「そうだよな。そのはず……なんだよな。……でもよ、もし……」

 ――破壊兵器のトリガーだ。

 ヒサモトの声が脳裏を過ぎったが、両兵は一呼吸置いて、それから声を振り払う。

「……いや、何でもねぇ。人機の存在理由がそれだけなんて、そうは思いたくはねぇってだけの話だ」

「……両兵?」

「数日中にはこの街を出んぞ。大丈夫だ。まだオレたちは、運命に見離されたわけじゃ、ねぇはずなんだからな」

 そう、人機に愛された青葉まで、運命に見離されたわけではないのだと、信じたいだけだがそれでも――。

 見果てぬ未来を信じたっていいはずなのだから。

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