JINKI 145 最果ての戦場を征く

『それは何よりですが、いいんですか? 今回の任務、別に私だけでも背負い込みましたよ?』

 背負い込んだ、という物言いに、勝世はフッと口元を緩める。

「そういうところ、やっぱり不安なんじゃないですか。だったら! この勝世様がやらないでどうするんです? 両兵の奴にも顔向けできませんよ!」

 強気に言い返すと、友次はようやく納得したらしい。

『……やれやれ。君も小河原君も血気盛んでいけないですね』

「言ったもん勝ちでしょ、こういうのって。後続するナナツーは、敵のデータを仕入れているか」

 事ここに至れば上官の声を振り向けると、少しだけ遅れて反応が返ってくる。

『な、《ナナツーウェイ》、了解……』

『こちらも……了解……』

 勝世はプライベート通信へと切り替えて友次へと問い返す。

「……大丈夫なんでしょうね? 彼ら」

『君ほどではないにせよ、南米戦線の体験者です。それなり……だとは思いたいのですが、日本で私と諜報員をしていたほうが長い。……あまり、頼みにはしないほうがいいでしょう』

 要は実力不足くらいなら自分で補えということだ。勝世は操縦桿を握り締めて、視界の果てにある銀盤の地平を睨む。

「……にしたって、キョムのやることは薄気味悪いのは相変わらず。昨日まで何もなかったはずでしょう? この場所ってのは」

『一夜にして基地拠点を築くくらいはわけないのでしょう。それだけ世界と彼らの常識はかけ離れているものだと、認識するしかなさそうですね』

「基地のないところに基地を立てて、何もなかったロストライフの地平線を塗り替えるなんて、どれもこれも……度を越した冗談なんだって思いたいところですよ。《トウジャCX》、降ります! その後の作戦行動は示し合わせた通りに!」

 着地の制動をかけつつ、トウジャの爪先が地面を踏み締め、やがて振動を低減させていく。

「……本当に基地だ……。それもこの地上じゃ、最新鋭の……。やるせないってなぁ……《ナナツーウェイ》僚機! 撃ち落とされんなよ!」

『り、了解……。あれは……?』

 一機の《ナナツーウェイ》から発せられた疑念の声を解きほぐす前に、基地から放射された一条の光線が空中で回避機動を取ろうとした《ナナツーウェイ》を射抜く。

 まさかの事態に勝世は戦闘本能を走らせていた。

「……撃墜? ……撃ち落とされんなよって言ったろうが! 敵は!」

『勝世君、あれは……』

 直上から襲いかかって来たのは直刀に近い武装を携えた灰色の痩躯であった。

 機体を横滑りさせて回避しつつ、《トウジャCX》は携行していたプレッシャーライフルの引き金を絞る。

 敵影がその弾道を刃で反射――否、切り返していた。

 銀盤の地面が落ち窪み、プレッシャーライフルの威力を物語る。

「あれは……トウジャ……か?」

『間違いありません……。《トウジャCX》を開発する際に軍部から提案された、トウジャの量産案の一つ……。名を、《トウジャ1型》……』

「《トウジャ1型》……」

 名をそらんじたこちらへと向き直るように、灰色の人機――《トウジャ1型》はその身に比しては長大なブレード兵装を肩に担ぐ。

「野郎……やる気満々じゃねぇか。友次さん! こいつの相手は、オレが……ッ!」

『頼みますよ……。勝世君、怪我をしないように』

「……誰に言ってんですか。オレがトウジャ同士の勝負で負けるわけないでしょ!」

 言い切った刹那には加速度で大地を踏み締め、敵の横合いへと入っている。

「トウジャの加速性能! 分かってないとは言わせねぇ!」

 瞬く間に銃剣のプレッシャーライフルで懐に入ったこちらへと、敵のトウジャは抜き身の刃を打ち下ろし、その威力で圧倒する。

 勝世は回避運動を取らせながら、《トウジャ1型》の肩口に施された改修を見抜いていた。

「……肩に人工筋肉に似た強化改修……。あれって日本で開発がようやく進んでいる、新型トウジャに似た奴じゃねぇか……。キョムはそこまで来てるってのか……カスタム機の技術まで!」

 肉薄せしめた《トウジャCX》のプレッシャーライフルの射程を相手は読んで刃を振るう。

 そのパワーはまるでモリビトのそれだ。銃剣形態で受け止めた瞬間、抜き身の刀身がぶれ、爆発的に振動する。

 ハッと気づいたその時にはプレッシャーライフルはバラバラに砕け散っていた。

「こんの……ッ!」

 咄嗟にトウジャの足裏のバーニアで蹴り上げる。

 直後には先ほどまで居た空間を敵の刃が掻っ捌いていた。

 首裏に嫌な汗が滲み出す。

「……何だあの武器。カミソリみたいなブレードが、瞬間的に振動した……?」

 その根源的な恐怖は駆る人機の足を竦ませる。

《トウジャ1型》の肩口が開き、銃座を覗かせていた。

「しまった……! 足を止めてる場合じゃ――!」

 その時には既に遅い。咲いた銃撃網が《トウジャCX》を押し包む。

 敵も撃破したのだと思い込んだのだろう、僅かにその機体から敵意が凪いでいく。

 ――だが、その瞬間を逃すものか。

 噴煙を引き裂き、《トウジャCX》は躍り出ていた。

 相手の反応が一拍遅れたのを見逃さず、投擲したプレッシャーライフルの部品が頭部パーツを打ち据える。

「こっちだって、伊達にこいつの搭乗経験積んでるんじゃないんだよ! ファントムくらい、会得してらァッ!」

 脳震とうのようによろめいた《トウジャ1型》へと加速度で迫り、その頸椎へとブレードを奔らせたが、相手の挙動もさすがの一言。

 あまりにも遅れた反応であったのにも関わらず、バランサーを崩してわざと姿勢制御を解き、肩の銃座を犠牲にする。

 小規模な爆発が生じた次の瞬間には、《トウジャCX》へと刃の一閃が迫り来る。

 ステップを踏んで回避しつつ、《トウジャCX》のくの字型ブレードで受け止めるが、破壊力がまるで違う。

 接触点を基点として、超振動が発生し、空間を歪ませてブレードが瞬く間にガラクタへと化していく。

「当てているだけでダメージかよ……! こいつ……ッ!」

 仕舞い込んでいた補助武装のハンドガンで頭部コックピットを狙い澄ますも、相手は直後には姿勢を沈め、そのままこちらと速度を合わせながら残った片側の銃座で応戦する。

 当然、ハンドガンの火力ではまるで相手にならず、勝世は距離を稼いでいた。

「……なんてぇ、武装だ。仕組みはまるで分からんが、あの長物のブレード……、接触するだけでヤバいのは確定……。なら――どうする?」

 長年の勘を培ってきたとは言え、ここに来て不明瞭にも等しい敵との遭遇戦。

『勝世君! 大丈夫ですか! 先ほどから通信が……』

 友次の不安も分かる。

 自分が苦戦するなど、こう言った戦線ではあまり見られないこと。その上、残った部下の《ナナツーウェイ》の面倒も看なければいけない。

 自分の心配など、している暇はないのだ。

「……真正面からカチ合っても勝てるとは言い難い。かと言って、搦め手も通用しない。こいつはそういう類の敵だ。戦力差は決定的……だが、諦めが悪いのはオレの長所でね。ここで退散して、日本に居るアンヘルの女の子たちや、あの両兵にゃ顔向けできないんだよ。悪いが足掻かせてもらうぜ、《トウジャ1型》!」

 持ち替えたのはトンファーである。

 相手は長大な刃の武装を薙ぎ払い、一挙に勝負を決めてこようとするが、簡単に負けを認めるわけにはいかない。

「何よりも、だ! オレがトウジャ同士で負けるわけねぇだろうが!」

 射程に入るなり、打撃を血塊炉の中枢であるはずの腹腔へと見舞おうとして、敵は大地を蹴って加速する。

「逃げるってのかい? なら、追いかけっこと行こうぜ!」

《トウジャCX》は機体を沈め、循環パイプへと負荷をかけ、次の瞬間には空間を掻き消えていた。

 敵の至るはずの大地へと先んじて爪先をかけた《トウジャCX》がトンファーを後部へと振りかかる。

「操主の実力差が出たな、ルーキー! オレは、まだ!」

 トンファーの一打が血塊炉へと突き刺さる。敵影が硬直したように動きを止めた隙を突いて、さらにもう一打を、《トウジャCX》は突き出された顎へと浴びせ込んでいた。

「女の子の膝枕で死ぬ以外じゃ、死ねないんでね!」

 コックピットを激震したせいか、《トウジャ1型》から勢いが凪いでいく。きっと内部に居る操主は昏倒していることだろう。

 脱力した《トウジャ1型》に息を切らして見下ろしていると、不意の熱源警告が勝世のコックピットを劈いていた。

 まさか、と感じたが、その時には片腕を持っていかれている。

 よろめいた《トウジャCX》へと砲撃を浴びせたのは水色のトウジャタイプであった。

 機体照合結果に勝世は瞠目する。

「……やられたぜ。確かに1が居りゃ、2が居るよな……」

 照合されたのは《トウジャ2型》。先の《ナナツーウェイ》を撃墜したのはこちらのほうであったのだ。

 基地の中に隠れていたらしい《トウジャ2型》は砲撃に特化した機体であり、片腕に装備できる長大な砲身を持つライフルを携えている。

 赤色光に塗り固められた《トウジャCX》のコックピットの中で、勝世は今の衝撃で鼻の奥を切ったのか、鼻血が伝い落ちる。

 唇の上を滴る鉄の味に、意識を途切れさせそうになりながらも、ぐっと奥歯を強く噛んで堪えていた。

「……何やってんだ。やれんだろ、勝世。まだ、こんなもん……。アンヘルの女の子たちの苦しみほどじゃ……ねぇ……ッ!」

 自らを奮い立たせようとするが、片腕をやられたのは深刻であった。

 上がらない片腕を持て余しながら、勝世の《トウジャCX》は敵の砲撃を回避しようとして、思ったように機体が動かないことに気づく。

「……機体制御システムに異常発生? こんな時に……!」

 だがこれ以上は人機の限界点だ。

《トウジャCX》は対面した《トウジャ2型》相手に、一撃も与えられない。

 肉薄しようにも敵は砲撃特化仕様。接近するための契機がないのだ。

 加えてファントムを二度も使ってしまった。

 元からファントムに耐えられるような機体ではない《トウジャCX》では、当たり前のように無理が生じる。

 このまま終わるのか――否……。

「……終わるにゃ早ぇだろ……オレ……」

《トウジャ2型》の照準がコックピットに据えられた、その瞬間であった。

 ――雷撃が空より舞い降りる。

 その重装備の体躯を誇るかのように、白亜のカラーリングに、片腕にはオートタービンを握り締めて。

「……お前は……」

『トウジャの操主。ここまでよくやってくれた。後は……我々の出番だ』

 その重々しい声に勝世は切れかけた意識の糸を繋ぎ直す。

「……お前、その声にその人機……。確か八将陣を抜けたって言う……」

『皆まで言うな。我が《O・ジャオーガ》は闘うべき敵を睨んだ。ならば貴様らが関知するものでもない』

 白亜の人機――《O・ジャオーガ》はオートタービンのいななき声を誇り、《トウジャ2型》を吹き飛ばしていく。

《トウジャ2型》がその胴体を粉砕され、基地へと叩き落とされたその先に居たのは、おびただしいまでの《トウジャ1型》の軍勢であった。

『……やはり量産に着手していたか』

「あの……あんたは……」

『持ち直したか。あの状態より。……いい操主だ』

「……やめろよ、気持ち悪い。男に褒められたって嬉しかねぇよ。……それよか、あの敵の多さは……」

『ああ。元々《トウジャ1型》はお前の駆る《トウジャCX》の前身機。量産計画自体は持ち上がっていたものだろう。それをキョムが引き継ぎ、この拠点の守りとしたとの報告が上がった。ゆえに、私が来ている』

《O・ジャオーガ》は前に出ようとするのを、勝世の《トウジャCX》は片手で制していた。

「オレもやる。いいや、違うな。――オレがやるんだ。まだ作戦中、誰かに作戦を譲るようなタマじゃねぇ」

『片腕がイカれている。その状態では足手纏いだ』

「どうだかな。案外、あんたのほうがそうかもしれないだろ? それに、オレは随分と長いこと、こいつに乗ってるんでね。本当に駄目な時くらいは分かっているつもりだぜ?」

 軽口を返した自分に《O・ジャオーガ》の操主がほくそ笑んだのが伝わる。

『……早死にするタイプだな』

「おお、そいつはオレの意見とは相違だ。オレ、とことん長生きするつもりなんだよ。女の子にモテモテになってな」

『変わっている。いいや、操主なんて皆、変わり者か』

「まぁな。操主なんて変人か狂ってねぇとできない仕事だし……。どっちにしたって、この量はあんただけじゃさばけないだろ? 手伝ってやるから、後ろは頼んだぜ」

『その風体でよく吼える。後ろはそちらの領分だろう?』

「オレは前しか見るつもりはねぇんだよ。後ろなんて、随伴機の領分だ。なら、オレは前を行くしかないだろ」

 トンファーを片手に携える。

 それでも満身創痍なのは事実だ。

 しかし、ここで歩みを止めてなるものか。

 ――退いて如何にする。ここで退いて、では自分はどこへ行くと言う。

《トウジャCX》はトンファーを握った片腕を天高く掲げた状態で姿勢を沈める。

 片腕はどうせ使い物にならない。ならば、だらんとぶら下げた状態で、盾にでも使う。

 周りを押し囲むのは灰色のトウジャの軍勢。

 先の機体と同じように長物のブレードを構えている。

「……気を付けろ。あのブレードはヤバいぜ」

『超振動ブレード……キョムの技術の一つだ』

「ならそのご自慢のオートタービンでも触れないほうが身のためだ。接触点を基点にして粉砕される。……にしても、オレってばツイてねぇよなぁ。こんな土壇場で背中合わせになるんなら青葉ちゃんか、それかルイちゃんなら本望ってもんなのに、小汚ねぇオッサンと来たもんだ」

『……小汚くはないつもりだが』

「ジョークだよ、ジョーク。通用しないんだな、カタブツ」

『……口が軽いだけではないことを証明してみせろ。戦果でな』

《O・ジャオーガ》がファントムで一気に駆け抜け、陣営の一角を弾き飛ばして見せたのを、勝世は口笛を吹いて応じる。

「……上等……ッ!」

《トウジャCX》が大地を蹴ってファントムへと至り、片腕で敵の気勢を削いでから、トンファーを血塊炉付近へと叩き込む。

 そのまま衝撃波を殺さずに相手を吹き飛ばし、刃を翳して襲いかかってくる敵影をかわして、一機、また一機と戦闘不能へと追い込んでいく。

 先ほどから滴っている鼻血は収まる気配はない。

 昂ぶった神経がそうさせるのか、もう味も興味も失せた。

「オッサンばっかに任せてられっかよ。オレはここで生きて帰って! 女の子が待ってんだ!」

 トンファーを軽く引いて、敵の頭蓋へと横殴りで打ち込む。

 余計な損耗をしている暇はない。

 普段は実行しない、操主狙いでいくしかなかった。

「悪く思うなよ。それもこれも……こんな地の果てで、戦ってんのが悪いんだからよ……!」

《トウジャ1型》が迫る中で、トンファーの一撃がコックピットに食い込む。

 嫌な感触だが、それを振り切ってでも戦い抜くしかなかった。

 殴り散らした敵影へと、援護射撃が入る。

 友次が間に合ったのか、と感じたがどうやら違うらしい。

「……あれは……《バーゴイル》か……?」

『安心しろ。友軍だ』

《O・ジャオーガ》へと旋回しながら集っていくのは、青に塗装された《バーゴイル》の編隊であった。

 暗号通信が僅かに漏れ聞こえる。

『ウォーゲイル隊長。空の敵は掃討して参りました。《バーゴイル》部隊でトウジャの量産機を蹴散らしますので、隊長は……』

 そこから先は聞こえなかったが、《O・ジャオーガ》が基地の側へと先行していくのを勝世は見逃さず追従する。

「……なぁ、あんた。あっち側の人間のはずだよな? なのにああいう……義勇軍みたいなの率いてんのか?」

『……私が始めたことではない。彼らが戦地で、勝手に始めたことだ』

「なるほどね。要は、枷持ちはお互いさまってことか」

《O・ジャオーガ》のカメラアイがこちらをぎろりと睨む。

『……どれほど言い繕ったところで評価は変わらなさそうだな』

「それはその通りだろ」

『爆弾を仕掛ける。基地を爆破して、その後に急速撤退。こちらは手はずが整っているがそちらはそうではないだろう』

「教えてどうするんだ? オレたちに手伝えって?」

『……その人機では無理だ。ここで引き返せ』

「嫌だね」

 即答した勝世に、相手は胡乱そうに尋ねる。

「……命が惜しくないのか?」

「そりゃ、惜しいぜ。全部ひっくるめたって、命がいの一番だ。死んだんじゃ何もかもお終いだろうが。抱ける女も抱けないのは御免だぜ」

『……では何故だ。貴様の論調には命を惜しんでいる風ではない』

「そりゃ、戦い慣れているからな。ここで、ああ、もっと言っちまえば他の場所でも。退いちゃいけない場面ってもんがある。オレはそれに従うだけさ」

『……なるほど。変わり者と評したが、それはとことんの性根らしい。逃げるよりも怖いことを知っている様子だ』

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