レイカル 9月 レイカルと敬老の日

「……何やってんのよ、気持ち悪いわね。サボテンに喋りかけるなんて、遂に脳みそがどうにかなっちゃったの?」

 その言葉を投げた小夜へと、ナナ子はむっとして視線をくれる。

 室内でスナック菓子を片手にだらけ切っている小夜へと忠言を飛ばしていた。

「いいのー? 小夜。太っちゃうわよ? タレントは体型維持しないとじゃないの?」

「構うもんですか。それに、ちょっとくらいどうってことないわよ。普段から身体を絞ってるんだから、こういう時にくらいは発散しないとね」

「……とか言っちゃって小夜ってば、カリクムが居ないことに退屈してるんでしょ? 分かりやすいんだから」

 フフッと笑ったナナ子に、小夜は不服そうに胡坐をかく。

「あのね……私だって年中カリクムやレイカルたちに振り回されている暇ってのもないのよ。大体、ちょっとクール空いて時間ができたんだから、休ませて欲しいって言ったら、この……」

「あいにくの雨だもんねー。さすがの小夜でも、雨の日に作木君を誘うだけのバイタリティはないか」

 そこはさすがを付けられても困るのだが、それにしたところで、と小夜は天気を顧みる。

「……あんだけ暑かったのに、涼しくはなってくるのね」

「毎年この季節になると言っている気がするけれど? 小夜って、寒いの苦手だっけ?」

「苦手……というか、トラウマが……」

 カリクムと初めてハウルシフトした際、全裸で放置されて風邪のコンボを食らったことを思い返す。

 それ以降、できるだけあったかくして眠るようにはしているのだが。

「……体調管理も女優の仕事よ。寒いのは出不精になるし、何だかんだ言ってもね。冬の撮影は地獄なんだから」

「あー、確かに。戦隊ものって季節関係なく同じ服装だもんねー。あれって、中に大丈夫なの着てるんでしょ?」

「着ていても寒いの。……ったく、その辺の事情は変わらないみたいでね」

 陰鬱なため息をつくと、ナナ子がベランダから入ってきてテーブルの対面に座り込む。

「ため息なんかついちゃってらしくない。幸せが逃げていくわよ?」

「……別にいーのよ。私は。秋はそうじゃなくっても気持ちが落ちるんだし……」

「そう? 私は秋も嫌いじゃないけれどね。ご飯の美味しい季節じゃない」

 その言葉に小夜はじっとナナ子のシルエットを眺める。

「……あんた、太った?」

 そこはさすがに乙女、やはりと言うべきか、ナナ子は目に見えて不愉快になっていた。

「太った? って、小夜、デリカシーなさ過ぎ!」

「いや、でも明らかに……。あー、そういやこの間もスイーツバイキングにあの鳥頭と一緒に行ったんだっけ」

「伽クンってば、私は座っていていいからって、何でも持って来てくれるんだもの! まさに王子様!」

 他人ののろけ話ほど胸焼けするものもない。小夜は、さいですか、とげんなりする。

「……あの鳥頭がねぇ……意外……」

「小夜もとっとと作木君にアタックしちゃいなさい! 恋は先手必勝よ!」

「……アタックしてもなしのつぶてなのが、困るところではあるんだけれどね……。うーん、作木君に積極性かぁ……。ちょっと違うかもしれないんだけれど……」

 とは言え、平常運転なのもある意味では助かっている。

 如何に現状日本が平穏とは言え、オリオントーナメントのようなことがいつ起こるとも知れない。

 正統創主ならば羽を休ませるのも大事だろう。

 ただ、休ませようにもその適切な方法が分からないだけで――。

「……私、休み方忘れちゃったのかも。ここ数か月で色々あったしなぁ……」

「小夜は芸能界デビューして、戦隊ものも上手く行ってるじゃないの。人間万事何とやら、よ。どうとでもなると思わないとやってられないってば。特にあの子たちと付き合うんならね」

 ナナ子の言うことも一理ある。

 しかし、と小夜は持て余してスナック菓子を口に運ぶ。

「……ねぇ、そういや、レイカルたちは今頃、ヒヒイロのところで修業だっけ?」

「そのはずだけれど? ……何、やっぱり小夜、心配なわけ?」

「そういうわけじゃ……四六時中一緒に居て監視するわけにもいかないでしょうし」

「安心しなさいって。あの子たちだって日々、学んでいるはずよ。そうじゃなければ、何のための修行なんだか」

 ナナ子の言う通り。過保護にしたところでいいことなんてないはずなのだが。

「……やっぱし私、行ってくる」

「この雨の中?」

 降りしきる雨に、嘆息を漏らしながらも、小夜はライダージャケットを羽織っていた。

「……何が起きるか分からないんだもの。少しでも同じ時間を共有するのが、一番いいに決まっているわ」

 駆け出そうとした自分の背中に、ナナ子は声を投げる。

「じゃあいってらっしゃーい。……でも、そうかしら? あの子たちだって成長しているはずよ。それが明確に分かるか分からないかだけで」

「――じゃーんけーん!」

 ぽん! と出したのはチョキで、レイカルは敗北に打ちひしがれる。

「うぅ……二人ともグーだなんて……」

「んじゃ、お前が鬼なー。よぉーし、隠れるぞー。十秒数えてろー」

「くそぅ……いーち、にー……」

 と、そこまで数えたところで、レイカルはずぶ濡れになった小夜を視界の中に発見していた。

「あ、割佐美雷。何やってるんだ? 外は雨だろう?」

「げっ! 小夜……。今日は来ないんじゃ……」

「……心配だから見に来てみれば……何、あんたら揃いも揃って……。削里さんの家で鬼ごっこなんて」

「ん? 違うぞ。かくれんぼだ」

「どっちだっていいってのよ!」

 いきなり叫んだものだからカリクムが肩をびくつかせる。

「うわっ……何だよ、小夜ー。別にいいじゃないかよー……」

「……ってか、二人とも何で乗ってるのよ。カリクムはともかく、ラクレスまで……」

「ともかくって何だ! ともかくって!」

 抗議するカリクムを他所に、ラクレスは雅に応じてみせる。

「あらぁ? これが分からないのかしら? ……まぁ、人間にとってみればただのかくれんぼに見えるでしょうけれど」

「人間にとってしてみれば……?」

「じゅーう! カリクムみーっけ!」

「げっ……! ほらぁ……見つかっちゃったじゃんかよ……。小夜のせいだぞ!」

「そんなもん、知らないわよ。あんたが鈍くさいだけでしょ」

「違うんだってば! ……ったく、ヒヒイロからも説明してくれよ……。これじゃ私たちが馬鹿みたいじゃないか」

「小夜殿。これはただのかくれんぼのようで、通常のかくれんぼではないのです。よいですか? オリハルコンは大なり小なり、ハウルを纏います。そのハウルを、完全に消して気配を殺すのは、どのようなオリハルコンであれ困難なのです。如何にレイカルが未熟なオリハルコンとは言え、ハウル関知の面で言えば、オリオントーナメントで磨き上げられたものがあります。なので、今日はその逆の修行をば、と思いまして」

「……逆って何。ここまでびしょ濡れで来た甲斐はあるんでしょうね?」

「もちろんですとも。オリハルコンはハウルを、目や耳と言った感覚器ではなく、第六感に近いもので感覚します。なので、どれほど精巧に隠れられるか、と言うのはハウル関知そのものを阻害できるか、と言う話になってくるのです」

 なるほど、言わんとしていることが何となくだが分かってきた。

「要は……かくれんぼ一つ取ってみても、ハウルを消す訓練みたいなもの、だったってわけ?」

 小夜の理解にヒヒイロは首肯する。

「その通り。ハウル関知能力を磨く訓練とも言えますね。鬼はこうしてハウル関知を探らせて相手を見つけるのですが、このように」

「……ん? さっきまでヒヒイロ居なかったか? あいつどこに飛んで行った?」

 レイカルの思わぬ疑問に小夜は応じてみせる。

「何言ってんの。あんたの目の前に……」

「……居ないぞ?」

 きょろきょろするレイカルに、ヒヒイロはパチンと指を鳴らす。

「とまぁ、こんな感じで。ハウル関知モードに入ったオリハルコンは眼で見ているわけではないので。視覚情報として処理されない、と言う穴があります。今日は遊びの中でその鍛錬を身に着けるものでして」

「うぉっ! ヒヒイロ、いつから居たんだ……?」

 小夜はヒヒイロの説明に、一つ頷いて椅子に腰掛ける。

「なるほどね。あんたらの関知手段って眼で見るとか耳で聞くだけじゃない、もっとすごいもので相手を見ていることもあるってこと」

「察しがよくて助かります」

「どこ行ったー! ……またラクレスを見失った……あいつ、隠れるの上手過ぎなんだよなー」

 鬼になったレイカルとカリクムがそれぞれに見渡すが、ラクレスを見つけられないらしい。

 小夜の視界の中には木造彫刻の陰に隠れているラクレスがハッキリ見えるのであるが……。

 当のラクレスは唇の前で指を立てて、しーっと微笑んでいる。

「心配になって来てみれば……。あんたら、相変わらず仲良いわねぇ」

「仲良くないやい! くそぅ……ラクレスの奴、本当にどこに行ったんだ……?」

「ヒヒイロー、やっぱりアーマーハウルなしでやるの難しいってば。関知範囲も狭いし、せめてキャンサーとアーマーハウルさせてくれよー」

 カリクムのお願いにヒヒイロは頭を振る。

「駄目じゃ。よいか? お主ら二人とも、アーマーハウル状態に頼り過ぎておる。確かにアーマーハウルとの絆は大事じゃが、それが常ではないことを学ぶとよい。ラクレスが何故、個々人でもハウルを消す術に長けておるのかは、もう少し鍛錬を積めば分かるはずじゃ」

「とは言ってもなぁ……。あいつ、普通に背後とかに立つし、そういうのが特別得意なんじゃないのか?」

 後頭部を掻くカリクムにヒヒイロは説く。

「とはいえ、見つけられないままでは、例の件は任せられんのう」

「例の件? 何それ」

 ヒヒイロの口から出た言葉に、小夜が食い付くと、彼女は一つ頷いて講釈する。

「小夜殿。近い祝日は何の日だかお分かりで?」

「馬鹿にしないでよ。えーっと、確か……敬老の日、だっけ?」

「その通り。こやつらは敬老の日に向けて訓練をしておるのです」

 想定外の言葉に小夜は面食らう。

 それはどういう意味なのか、と問いただす前に、ヒヒイロは説明していた。

「経緯は、ざっと数時間前に遡るのですが……」

「――創主様! 来週はやっとお休みですね!」

「あ、……そう言えば祝日だっけ。えーっと……何の日だったかな」

 カレンダーが八月のままだ。いつまでも夏休み気分が抜けないのもよくないな、と思いつつ、作木はカレンダーを捲る。

「……あ、敬老の日……」

「けーろー、って何です? 創主様! それは強いんですか?」

 レイカルは本気で分かっていないのだろう。作木も別段、祝日に造詣が深いわけではないので、常識の範疇で教えてやる。

「えっと……敬老の日って言うのは、お年寄りを敬う日だね、そのまんまだけれど……。祝日だけれど……何をするってのは……別にないかな」

「お年寄りをうやまう……うやまう、とは?」

「尊敬するとか、大事にするって意味……だったと思う」

 確証のない言葉を吐いていると、レイカルは途端に深刻な面持ちになって、顎に手を添えて思案する。

「れ、レイカル……? 難しく考える話じゃないんだ。単に祝日ってだけで……」

「いえ、そのー、考えていたのは私たちからしてみてのお年寄りと言うのは……誰に当たるのか、ということです」

 そうか。オリハルコンは悠久の時を生きる。

 レイカルも創り上げた当初はかなり昔の常識を振り回していたものだ。

 だから彼女らにとってのお年寄りの単位と言うのが、人間とは別段階になっている。

 なので、彼女らにとってのお年寄りが自分たちにとっては違うかもしれない。

「うーん……レイカルたちにとってなら、ヒヒイロとか、水刃様、とかになるんじゃないかな。……ってなると僕でも想定できないけれど」

 笑い話にしようとしたが、レイカルは至って真剣である。

「……ヒヒイロや水刃様……。ということはつまり、敬老の日とは、強い奴を尊敬する日、ということですか?」

 あ、と、そこである意味では間違いに気づく。

 レイカルにとってヒヒイロも水刃も、強大なオリハルコンとアーマーハウルだ。

 二人にとっての時間の概念や強さはまるで別格――ゆえに、レイカルは敬老の日を「強い者を敬う日」だと勘違いしてしまった。

 そうと決まったのならば、彼女の行動は素早い。

「なら……戦って勝つ日、ということですね! 尊敬と言うのは強さに対しても当てはまるものですから!」

 その純粋さがある意味では眩しい。

 レイカルにとっての二人は乗り越えるべき試練であり、敬老の日はイコール試練の日と化していた。

「うーん……違うと言いたいんだけれど、僕の貧弱な語彙では違うとも言いづらいし……」

「作木様、いいではありませんか。レイカル、そうよぉ……。敬老の日は強ければ強いほど、勝てれば勝てるほどに相手は喜ぶのぉ」

 ラクレスお得意の嘘っぱちにレイカルは手を打つ。

「やっぱりそうか! なら急ぐしかないな! ヒヒイロのところに行ってきます! 勝てるように鍛錬しなくっちゃ!」

「今回――は、きっちりドアから飛び出してくれたのはいいんだけれど……」

 作木は悩む。

 果たして、レイカルを野放しにしていいものか。

 その懸念にラクレスが応じていた。

「作木様。レイカルの面倒は私が看ましょう。あのままじゃ水刃様やヒヒイロに殴り込みを仕掛けかねません」

「……ゴメン、ラクレス。頼んでいいかな?」

「ええ、作木様たってのお願いとあれば喜んで。……それにしても、勘違いの方向性にも困ったものです。レイカルは本当に、戦うことばかりに感情が向いてしまう」

「悪いとも言えないのが僕の立場だからね……。オリオントーナメントでも勝負から逃げるなって、小夜さんも言われちゃったし……」

 はは、と乾いた笑いを浮かべていると、ラクレスはしかし、と言葉の穂を継ぐ。

「どうなるものなのですかね。敬老の日は」

「うーん……あ、そっか。ラクレスは海外のオリハルコンだから……」

「はい。日本の祝日には馴染みがなくって。各国には老人を敬う日は存在するものの、日本のように休みとなっている例は珍しく……」

「そっか……。じゃあ、ラクレスも敬老の日を知ればいいと思うよ。僕もなぁ……実家に帰れればいいんだけれど、そう簡単にもいかないし……」

「……作木様が懸念を浮かべることはありません。私が何でも解決しましょう」

 その言葉は、後が少し怖かったが、それでも頼りにはなるだろう。

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