「むっ……確かに少し先行し過ぎていたか。後続隊は?」
戻りながら応答すると、《ナナツーウェイ》を操縦していた同僚たちが声にする。
『随分と後方です。……にしても、僕なんかでよかったんですかね? 反応速度が小河原さんに比べたら遅過ぎて……』
「なに、そこまで謙遜することはないよ、川本君。君は両兵の面倒だって看てくれているだろう? 私からしてみれば、ここまでやらせてもらっていて一つも礼を返せないのは少し辛い」
『そんな……! 僕は視力も悪いですし、操主向きじゃないって結構言われていて……。メカニック志望なんです。親方……山野さんとかと同じように、人機を完璧に整備できるようになるのが夢で……』
「なら、今は前に進んでもらうしかないな。シグナルはこの近辺を示しているはずなんだ」
周囲を見渡すと、断崖絶壁が広がっているばかり。
少しでも操縦を誤れば真っ逆さまだろう。
「……山野たちは?」
『親方たちは戦闘に巻き込まれないようにコンテナ車の中に……。でも、一番に危ないですよ。もし……報告されたのが古代人機のシグナルだって言うのなら……!』
「なに、心配は要らないとも。君らのくれたこのブレード、だったか。いい太刀だ。《ナナツーウェイ》の操縦負荷に合っている」
『あっ、それ……調整したの僕で……』
「なら、お礼を言わせてくれ。これで何とか戦えそうだ。ライフルでもいいんだが、ナナツーの腕ではへし折れてしまう可能性もある」
『もっと柔軟で、より強固な人機の開発……ですよね。72式人機を超える人機……今、軍部と打ち合わせているっていう、新型機がそれなんですか?』
問われて少しだけ戸惑っていたが、彼ならばいいだろうと口火を切る。
「ああ、73式人機……まだ開発段階の代物だが、それが手に入れば古代人機相手に勝率は塗り替わるかもしれない」
『そうなれば……誰も犠牲にならずに、済むんですよね……。あの子みたいな……』
川本が想起している人物が誰なのか、すぐに見当がついた。
「……彼女、だね。最近、アンヘルに流れ着いて来た……」
『現地人だけれど日系の血が混じっているから追い出されたって言っていましたね。……あんな虚ろな眼、させたくないですよ』
「君はその子にご執心かな?」
少しだけからかってやると、川本は戸惑いつつも返答していた。
『そ、そういうわけじゃ……! ただ、ちょっと見てられないってだけで……! 茶化さないでくださいよ――小河原現太さん』
名を呼ばれ、現太は操縦桿を握り締める。単座式の《ナナツーウェイ》にはともすれば「取り込まれる」懸念もあったが、それでもこのポイントで反応が見られた以上、動かないわけにもいかない。
現状、古代人機相手に戦うのには戦力不足も甚だしい。
このまま損耗していくか、あるいは緩やかな死か――それを選ばされているようで、現太はキャノピー型コックピットの向こうを睨むのであった。
薄靄はほとんど雲海。
一メートル先だって目視戦闘は難しい。
かと言って、ナナツーでは所詮は間に合わせの電子装備しか持っていない。
軍からの払い下げの電子装備では、もし古代人機のタイプが大型であったのならば対処し切れないだろう。
「……ここは、神頼みか……」
我ながら情けないと自嘲しつつも、現太は歩みを進ませようとした、その瞬間である。
刺すようなプレッシャーの波を感じ、咄嗟に《ナナツーウェイ》の足を退かせる。
直後、踏み抜くはずであった岩盤が炸裂し、爆破の白煙が棚引く。
『……この攻撃……地雷だって? 現太さん!』
川本のほとんど必死な声に現太はこのトラップを仕掛けた相手を脳裏に浮かび上がらせる。
最初に浮かんだのは軍部であったが、軍部は現状だけとは言え、アンヘルの戦力が欲しいはずだ。
殊更にアンヘル、ひいては操主を擁立している彼らが自分たちの口減らしを行うとは考えづらい。
ならば、と次手を浮かべかけて、現太は《ナナツーウェイ》を後退させる。
続けざまに数回、弾丸が先ほどまでコックピットのあった空間を穿っていた。
『……まさか、軍の新型……?』
「いや、あれは……」
太陽光が降り注ぐ。
こちらの足場より一つばかり上の岩盤でライフルを携えているのは、一機のナナツーであった。
だが、それは尋常な色ではない。
『……黒い……ナナツー……』
呟いた川本の言葉尻が消える前に、現太は咄嗟に川本の守りに入る。
思った通り、相手の弾丸は川本の《ナナツーウェイ》を狙い澄ましていた。
庇った形の《ナナツーウェイ》の肩口が破裂し、左腕がダウンする。
『現太さん!』
「……大丈夫だ。それよりも……黒いナナツーなんて、冗談もいいところ」
『それだけじゃ……だってこのポイント、照準補正器なしじゃとてもじゃないけれど遠距離武装なんて……! それも相手、ただのナナツーですよ!』
「……いや、ただの、と言うのは当てはまらないな。相当な熟練者の感覚がする。この感覚は……」
ああ、覚えている。
間違いない。
――これはかつての愛弟子である、日野白矢と同じ、「血続」の感覚だ。
だが血続操主などここ数年間見ていない。発見されればすぐにでも軍の管轄下に入るはず。
それがこの国では賢い生き方のはずであった。
だと言うのに、あの人機を操っているのは紛れもない血続だと、「言い切れる」。
「……達す。そのほうの人機がこのポイントに紛れ込んできたのか……」
迷ったのだと、そう言ってくれと願っただけの意識は、直後の通信に掻き消されていた。
『……ナナツー乗り、か。それも二機……いや、もっと奥にコンテナ車が居るな。そいつらは……ただの人間か。だが、前に出たナナツー、そいつは違うな。動きの質が段違いだ。後ろのナナツーと戦うのはつまらなさそうだが、あんたと戦うのはよさそうだ』
「……川本君、下がって。私と戦うと言ったね。だが、私なんて取るに足らない羽虫だろう?」
『ああ、そうかもな。だがオレは決めたんだ。――現存する人機は一機も残らず――破壊すると!』
ライフルを一射させてから、相手はなんと《ナナツーウェイ》の身で躍り上がっていた。
『ナナツーでジャンプを? 相手は正気じゃないでしょう! ナナツーの姿勢制御バランサーは繊細なんだ! 着地時の衝撃波で両脚をやられるぞ!』
川本の言い分は正解だろう。
――それがただの操主とただの人機ならば。
敵人機は着地時にバランスを崩すどころか、膝を絶妙なタイミングで折り曲げて衝撃を減殺してみせる。
その動きはあまりにも鮮やかで、そして何よりも「人間じみた」動きであった。
『……信じられない。着地の時の制御バランサーを一発で組み替えたのか……』
川本の審美眼を今は褒めている場合でもない。
相手は間合いに入ろうとしている。
ならば、止めるのが流儀。
「……一つ、聞いておこうか。何で全ての人機を破壊するなんて言う?」
現太はブレードを振り翳し、敵の出方を窺うが、黒いナナツーはその動作に翳り一つ見せない。
『……それはオレを倒せる奴だけが聞く価値がある』
「……そうか」
敵はあろうことかライフルを捨てていた。その手に握られていたのは、二丁のハンドガンである。
明らかに先ほどのライフルのほうが威力は高かっただろうに、と川本は驚愕しているようであった。
『……勝負を捨てたのか……』
――否、断じて否だと現太は感覚する。
取り回しの悪い中距離性能のライフルはあえて捨て、まだ試作段階のハンドガンを標準装備とする。
それは何よりも己の腕への自信がなければできない芸当だ。
その上、ここまで接近すればライフルなど無意味なのだと即時に理解するだけの判断力も持ち合わせている。
どれも一級――日野白矢の再来を感じさせる井出達であった。
「……君は何者だ……」
『名乗るかどうかは、戦ってから決める』
それもそうか、と現太は《ナナツーウェイ》にブレードを構えさせる。
『む……無茶ですよ、現太さん! こっちは左腕が……!』
「だがやらねばならない。そうだろう?」
覚悟を問い質した声音に相手はフッと笑ったようであった。
『……あんた、狂ってるな』
「それは褒め言葉だと、受け取っておこう」
次の瞬間、動いたのは同時。
地を蹴って肉薄しようとした自分へと、相手は空間を飛び越えたとしか思えない速度で懐へと潜り込む。
『あの操縦技術……まさか……!』
「……この動きは……! ファントムか!」
『へぇ……あんた見えるんだね。オレの初撃を、目視したマトモな操主は初めてだよ。でもそこまでだ。コックピットに、一撃……!』
銃口がコックピットに打ちつけられる。
確かにゼロ距離。
これならば馬鹿でも外さないだろう。
しかし――。
「……まだ若いな」
『……何だと……?』
「自分だけがファントムを使えるのだと……思わないことだ」
その言葉を相手が咀嚼し切る前に、《ナナツーウェイ》の機体循環パイプに過負荷をかけて、現太は瞬間的な超加速の領域へと到達していた。
敵機が振り返る前に、その片腕を根元から落とす。
『……くそっ……!』
ゼロ距離銃撃が奔るその時には、現太はブレードを滑らせ黒いナナツーの血塊炉へと撃ち込んでいた。
その一撃と、敵の銃弾が《ナナツーウェイ》の腹腔を破ったのは同時。
青い血潮が沸騰し、独特のオゾン臭を撒き散らす中で、二機のナナツーは共に沈黙していた。
『……オレが……負けた……?』
「いや、相打ちだ」
キャノピーを空気圧で吹き飛ばし、現太は相手へと視線を投げる。
相手も礼儀と感じたのか、キャノピーを開いてすくっと立ち上がっていた。
驚いたことに、相手の年齢はまだ若い。
声から予測はできていたが、それよりも、である。
少年と青年の境目のような場所に居る、銀髪の男であった。
「……あんた、オレに勝ったんだろ。なら煮るなり焼くなり好きにしろ。もうオレには闘う力がない」
「いや、お互いに最大の力を出し切ったんだ」
差し出した手に、彼は少しだけ驚嘆の面持ちを作っていた。
「……殺さないのか?」
「殺さない。我々はアンヘル。この地で、古代人機相手に戦い続けている。私の名は小河原現太。君の名は?」
「……名乗っても、どうにかなるとは思えない。あんたは強過ぎる。オレなんて……」
「そう腐るものでもないさ。それにファントムの使える操主を見るのは私はまだ二度目でね。正直、驚いているとも」
その言葉に滲んだ悔恨を感じ取ったのか、相手はこちらの手を取って、小さく呟いていた。
「……コール。――コール・ウインドゥだ」
「そうか……。コール君と呼べばいいかな。それともウインドゥ君とでも?」
「……どっちでもいいよ。あんたら、そこそこ金あんのか?」
唐突な切り出しに、現太は川本へと視線を振る。
彼はコックピットの中で硬直していたので代わりに応じる。
「……まぁそれなりに」
「食糧の備蓄は? 資材に関しては?」
「……よく訊くな」
「聞かなきゃ、ここでオレは野垂れ死ぬだけだ。聞くのは当然だろう。……どうなんだ? あるのか?」
「ふーむ……まぁ、基地に帰れば」
「じゃあ、そこの」
コールが顎をしゃくったので川本はびくついてしまう。
『は……はいっ!』
「オレのナナツー、もう無理だ。あんたのもだろ? そっちに乗っていいか?」
「構わないが、操縦するのは私と川本君だ。それでも?」
「……ああ、いいとも。それと少しだけ、野暮用に……付き合ってもらえるか?」
コールの言葉に現太は少しだけ首を傾げていた。
――大人たちが今日は「シュッセイ」に行くと言うので、南はその日、家に取り残されていた。
別に何でもない「シュッセイ」とやらの日に、いつもの儀礼を行い、大人たちは去って行った。
だが永遠に去るなんて聞いていない。
族長に掴みかかったところ、汚らわしいと一蹴されてしまった。
「東洋人の血が!」
その言葉を聞いて、自分は逃げ出したのだ。
悔しかった、歯がゆかった。でも何よりも嫌だったのは――何も言わずに去ってしまった両親と、そして生まれることなく消えて行った、弟の存在であった。
それから南は南米のコミューンを転々として、そうしてようやく辿り着いたのが軍の支配するエリアに佇む、鋼鉄の巨人の住処であった。
「子供は要らない」と軍から邪魔者扱いされた南は、「アンヘル」と呼ばれた組織に属することになったが、それでも日々は変わらない。
大人たちは相変わらず自分を煙たがっているようであるし、同世代の子供も居ない。
唯一、川本と名乗った男性と、そしてこのアンヘルを代表する操主の――。
「あっ……現太さんのナナツー! ……じゃ、ない。あれ、川本のナナツーだ……」
何かあったのは疑いようもない。