南は宿舎から飛び出して一目散に駆け出す。
同じように嫌な予感を感じたのは整備班も同じのようで、総出で帰還する《ナナツーウェイ》を見守る。
やがて、プシューと空気圧の音を立ててキャノピーが開いていた。
ぐっと固唾を呑む。
立ち上がったのは遠目でも現太なのだと分かった瞬間、歓声にも似た声が湧き上がる。
「やった……! やっぱり現太さん! 私が大好きな人……!」
「しかしあれは誰だ? 見たことのない人間も乗っているぞ」
整備班の言葉に南は嫌な予感が脳裏を掠めたが、それをぶんぶんと首を振って振り払う。
「帰って来たんだ! 現太さんが!」
「……それはそうなんだが……様子がおかしくないか?」
歩み寄ってきた《ナナツーウェイ》から降りたのは現太と川本、それに見知らぬ男性であった。
銀髪を流しており、傍目でも美少年と言う言葉が似合うのが分かる。
「……綺麗……」
思わず口にした南は直後のがなり声に耳を塞いでいた。
「何だって? ナナツーが大破した? ……それでポイントから、ここまで降りてきた、と……。その男は……?」
「彼は黒いナナツーに搭乗していた操主だ。名を……」
「コール。コール・ウインドゥと言う。このアンヘルと呼ばれる組織のことは、道すがらに聞いた。古代人機を倒して回っているとか」
「倒して回っていると言うほど、勝率はよくはないがね……」
少しだけ照れたように笑う現太に、山野は突っかかる。
「俺たちを殺そうとしやがった! このイカレ操主!」
コールへと掴みかかりかねない山野を、川本が諌める。
「まぁまぁ、親方。結果的に大所帯を、抱き込むようになったのは意外でしたけれど……」
「大所帯……」
コンテナ車から出てくるのは数組の男女であった。
皆、一様に顔を翳らせ、警戒しているがコールが呼ぶと彼らは従う。
「みんな! ここが新しい家だ!」
「ここが……?」、「巨人の巣じゃないか……」と言う声がいくつか流れていく中で、コールが続ける。
「オレと同じ、巨人使いがここには住んでいる。オレよりも強い使い手だ。オレは彼との決闘に負けたが、それでも生きていいと言ってくれた。だからオレたちにここを少しだけ譲って欲しい」
コールの一方的な要求に、そんなの、と南が口にしかけて、怒号が遮る。
「ふざけるな! 俺たちだって明日を食いつなぐのに必死なんだぞ! 何だって見ず知らずの奴に軒先を分けてやらねばならん!」
この整備班でも特別に権限を持つ石傘が声を振り出したのを嚆矢として整備班からも反発が上がる。
「そ、そうですよ! 我々がここまで頑張って来たって言うのに……!」
「親方からも何か言ってくださいよ!」
その言葉に、山野は被った帽子を深くする。
「……だとよ。どうする、現」
「そうだな。……私は賛成だ。強い操主は居て困ることはない」
「……まったく、これだから操主ってのはいただけねぇ。お前ら! 聞いた通りだが、何か文句でもあるのか!」
山野に言い返せる人間は、今の整備班には居ない。
よってここで意見が通ったのは山野の側になってしまった。
コールが一礼し、世話になる、と山野に告げる。
山野はケッと毒づいていた。
「日本にゃこういうことわざがあってな。庇を貸して母屋を取られるってな。お前らがそういう連中がどうかはこれからの審議だが、それでも俺は、納得しちゃいねぇ」
山野は背を向けて立ち去ってしまう。
整備班では相変わらず当惑の空気が流れていたが、コールの連れて来た一団は皆、一様に顔に翳りがある。
何故なのだか、異様に人機を恐れているようだ。
確かに自分もまだ人機は怖い。
初めて見た時は震えが止まらなかったほどだ。
今も、人機に触ることさえもないと思っている。
現太がこちらへと歩み寄ってくるので、南はそっとタオルを渡していた。
「ありがとう、南君」
「……現太さん。彼らは……」
「うん。難民のようだね。だが、ただの難民ではないらしい。どうやら、軍による介入があった地域の出身だと、聞いている」
軍による介入――それは偶然にも自分の出生と……。
「……だが、彼らはほとんどあの彼……コール・ウインドゥに従っているようだ。どのような恩義があったのかまでは聞きそびれてしまったが、彼は何か大きなことのために、あれだけの人員を食わせる必要があるのだと言っている」
「……食わせる……ここで住まわせるんですか?」
「……うん、まぁ……私も問題がない行動だとは思っていない。だが、放ってもおけないだろう? それに、コールと私はほとんど相打ちだった。あれだけの人機操縦技術を持つ彼は、間違いなく天才だ」
「天才……」
どこか遊離したような言葉であった。
コールは警戒を怠らず、全員がきっちりアンヘルの宿舎に入るまでを確認し、そして言い切っていた。
「……現太。約束しよう。オレはあんたに負けた。だからここの流儀で生きていく。ただし……」
「ただし君らの家族には指一本触れさせない、だろう? 私は反対しないんだがね。ここの設備の責任者は山野たちだ。所詮は一操主に過ぎない」
現太の言葉にコールは戸惑った声を出す。
「……何でだ? あんなに強かっただろう? あれほどの強さがあれば、大隊だって……!」
「ここは野蛮な場所じゃないんだ。大軍を率いる趣味はないとも」
その言葉にコールは少しだけ、勢いを削がれたようであった。
「……戦わなければいけない場所なんじゃ……」
「戦うのは私の仕事だ。だが君らに強制はしない。そういう場所でもある」
コールは少し悩んだ仕草をした後に、ぶつぶつと呟いていた。
「……そうか。そういうのもあるのか……」
「君の流儀では敗北は死であったかもしれないが、ここはアンヘルだ。私たちの流儀で行かせてもらおう」
「ああ、それは構わないのだが……子供が?」
「うん? ああ、南君か。彼女は――」
説明する前にコールの顔が曇る。
「現太。あなたの腕は買っている。だが子供なんて置いておくものではない。オレは正直言えば、狙われている。もしもの時に足枷を出したくはない」
「あ、足枷って! 私はこれでも立派な……立派な……」
――立派な、何だと言うのだ。
二の句が継げずにいると、案の定、コールはこちらを無視して現太と話をする。
「子供は困る。そうでなくとも、ここは最重要拠点のはず。オレたちだって行くところがないとは言え、それでも皆が皆自分を守る術くらいは心得てきた」
「だから彼女を見捨てろって? 申し訳ないが、それはできない相談だな」
「何故だ? ここは……見る限り、大人ばかりだ。それもこれまでの戦歴を潜り抜けてきた……猛者たちだろう。オレに敵対心を見せるのもその証。人機で戦ってやってもまだ突っかかる元気があるのならば、それは相当のはずだ」
コールは涼しげに言い放つ。南は困惑の視線を現太に投げていると、彼は微笑む。
「ふむ、しかし……もっと子供が、ここには居るものでね」
「おい! 黄坂! まーたメシを盗んだだろ! このすっとこどっこい!」
「な――ッ! 両! あんたこんな時に出て来るもんじゃ……!」
飛び出してきたのは自分より年かさの下の少年であった。見るからに目つきの悪い少年は現太を見るなりむっと眉間に皺を寄せる。
「……オヤジと……誰だ?」
「誰って……その……」
説明の言葉をなくしていると、現太はウインクしていた。
「あれで我が息子だ。邪険にはしないで欲しい」
「息子……驚いたな、現太。あなたほどの力を持ちながら子供が居るなんて……」
「両兵が生まれたのはまだ古代人機出現前のことでね。ここまでハードだとは思わなかったのもある」
「オヤジー、その銀髪誰だー? 新しい操主か?」
「まぁ、みたいなものだ」
応じた現太に両兵はへっと唇を曲げる。
「だがオレのほうが強そうだな! へなちょこ野郎が今さら来たってしょうがねぇよ!」
「へ、へなちょこって! 両、この人は……」
恐れ知らずの両兵の物言いに、なるほど、とコールは笑う。
「あなたに似て、強そうだ」
「そうだろ? ま、オレのほうがいずれは強くなるがな、オヤジ!」
「……そうだな。両兵、今日は剣術の鍛錬は?」
「そんなのたるいって! 早く人機に乗らせてくれよ! オレだって戦える!」
「いや、まずは身体づくりからだと言っているだろう? 人機操縦は体力勝負なんだ。人一倍体力と気力を身につけなけければ下操主だって任せられないな」
「……ンだよぅ、オヤジ。オレの操縦センス疑ってンのか? 下操主のやり方なんてもう覚えたっての!」
「なら一日でも多く模擬操主訓練をこなしなさい。話はそれからだな」
ちぇー、と両兵はつまらなさそうにする。
「そんなへなちょこの兄ちゃんが操主で、オレが操主じゃないとか、分かってないぜ、オヤジ」
「お前にあてがえる人機ができればなんだが、まだまだでね。少し待ってくれ」
「待てねぇよー!」
面白がって両兵は駆け出していく。
その背中に南はもう、と嘆息をつく。
「ホント、ガキなんだから。両は」
「まぁあれでまだ日本じゃ小学生の身分なんだ。少しは許してやってくれないか? 南君」
「現太さんがそう仰るのなら、いいですけれど……。両、あれで何かと鋭いし……」
「……かもしれないね。どうする? コール君。君たちの大家族はアンヘルの宿舎では少し手狭かもしれない。第四格納庫の辺りなら古代人機もそうそう進撃してこないし、安全だとは思うが、世に言う格納庫だ。人が住むようには……」
「ああ、構わない。むしろ雨風を凌げるだけでもありがたいほどだ。ご厚意感謝する」
コールは歩み去る際に一瞬、自分と目が合った。
「……子供でも鋭い、か」
そうこぼしたコールの声音は少し寂しげなものであった。
「……現太さん。あの人って……」
「うん、何かのっぴきならない事情があって、あれだけの人数を率いていたに違いない。理由を聞くのはまたにしよう。……長話になりそうだ」
「現太さんのナナツーは? やられちゃったんですか?」
「ああ、まぁね」
「大変……! どこか怪我は? 痛いところとか、ないですか?」
「いや、どこも無事だとも。幸いにしてお互いに技量が比肩していたのがよかった。あれで下手な操主だったら互いに無事では済まなかっただろう」
「下手な操主だったら……。じゃああの人……強いんですか?」
その質問に現太は珍しく表情を険しくする。
「……ああ、恐らく、私が見てきた中ではあれに類する力を持つのは二人目……。あれほどまでの人機操縦技術、一朝一夕では身につかなかったはずだ」
「……じゃあその……すごい人ってことですか?」
愚鈍にもそんなことを尋ねた自分を、現太は少し思案した後に、そうだね、と応じる。
「恐らくは……あの力は私よりも……」
そこから先は言葉にされなかった。
つづく