JINKI 150 黒と黒 第二話 こんな出会いの形

 さつきの傷口を抉るような意味と捉えた面々も少なくない。エルニィは別の方面から今回の件を掘り返していた。

「……そもそも、だよ。何でリーダーが二人も居るの? おかしいじゃん。それって、内部分裂ってこと?」

「キョムの内部の軋轢……その表れが二人のリーダーって意味? ……まぁあり得ない筋じゃないわね」

「だったら……どうしてモリビトなんでしょう……。小河原さんも……南さんの目から見ても、あれは一号機じゃ、ないんですよね?」

「あー、うん、厳密には、だけれど。……私たちが必死こいて戦った一号機は、青葉と両が倒したのは何度も聞いているし……」

《モリビト1号》を名乗る機体に、シバのクローンと思しき相手。

 どれを取っても異常だが、それよりも赤緒の眼にはこの事態が悪い方向へと転がっているように思えて仕方がなかった。

「……キョムの軍勢が攻めてくるわけでもないし……。何が目的なんでしょう?」

「……やっぱさ。赤緒も含めてのこっちへの混乱としての意味合いなんじゃない? だって顔見知りだと……撃てないでしょ? 赤緒は」

 あっ、と迂闊にも声にしてしまう。

 顔を知っていれば撃てない。その心理を利用するためのクローンとシバなのだとすれば、もうその術中に自分ははまっているようなものだ。

「……でも、知っているシバさんなら、戦えって言うはずなんです。なのにあのシバさんからはその……戦意が窺えなくって……」

「戦意のない敵、か。なかなかに厄介だよね。相手も敵意マシマシなら、こっちもやりやすいっていうもんなんだけれど……その敵意がまるでない。それに加えて赤緒はどこか躊躇してるって言うんなら、相手の作戦は成功している。悔しいことにね」

 自分たちのある意味での無力化。そのための方策としてのシバのクローンなのだろうか。だが、シバに対して温情のようなものを感じているのは自分くらいなもの。

 他のメンバーなら、八将陣、ひいてはそのリーダーたる強敵のシバを下せる機会があるのならば、それを逃すまい。

 だから、今こちらの手にあるシバの処遇一つは、自分の心証次第で変わる。そうなのだと、考えれば考えるほどに――分からなくなってしまっていた。

「……私、あのシバさんも別に……こう言っちゃ何ですけれど、変だとも思えないんです。むしろ、ああいう出会いもあったのかなって、どこかで思えちゃうって言うか……」

「八将陣シバ相手に随分と生易しいね、赤緒は。相手はエクステンド機とか言う不明な力を存分に振るう血続だよ? 正直言っちゃうなら、倒せるなら倒したほうがいい」

 戦力として強大ならば、アンヘルの研究者としての帰結はその通りであろう。しかし、その弊害になるのが自分の意見なのだと、赤緒は了承していた。

「……シバさんと話を……」

「話って、何を話すの? 相手は八将陣の長だよ? ……どっちがクローンでどっちが複製だとか、そういうのって極論、どっちでもよくってさ。考えても見なよ。相手のリーダーが特に抵抗せずにこちらの監視下にある。これってさ、今までになかったし、何よりもこっちに優位な状況なんだ。それを最大限に利用するのに、赤緒が撃てない理由ばっかり増やしてどうするのさ。あのシバだって《モリビト1号》を充分に動かすに足る操主。もしかしたら不意打ちだってあるかもしれないし、何が仕込まれているんだか分からない。だから、交渉条件としてはあり得ないかもしれないけれどでも、捕虜以上の資質はあると思っていい」

 エルニィの正鵠を射た言葉に赤緒は何も言えなくなってしまう。

 自分の言いたいことはどれもこれも感情論だ。シバを、たとえクローンだとしても軽々しく扱いたくない。彼女の真意を知らずして、では敵だから撃っていいのか。敵だから戦っていいのか。

 その一事に迷いが生まれる。

 これまではキョムなら戦うと言う意地があったが、邪悪さを削ぎ落したかのようなシバの振る舞いに、赤緒は結論を下せないでいた。

 ――撃つのか、撃てるのか、と言う逡巡。

「……赤緒さんを悩ませるためにこういうことを仕出かしたんだとすれば、キョムも侮れないわね。《モリビト1号》……この人機も私たちをどこかで鈍らせる……」

 南の声音にはかつて一号機と戦ったと言う痛みが伴っていた。

 同じ名前を冠する人機。穏やかな胸中なはずもない。

 エルニィは解析の手を休めて、ふぅと嘆息をついていた。

「……三割の解析結果が出た。この人機は《モリビト2号》のコピーだ。《ダークシュナイガー》と同じ、グリム協会の技術でできていると考えていい。ただ、反応速度は段違い。アンヘルの《モリビト2号》よりも少ないコストなのに、こっちの倍近いパワーゲインがある。エクステンド機、って奴なのかもしれない。まぁいずれにしたって、操主が乗らなきゃ今のところは安全、かな。あ、ちなみに電脳からキョムの情報にハックしたけれど案の定、シャンデリアに関する情報は出て来なかった。ハッキリしているのは、この人機が名乗り通りに《モリビト1号》なのかどうかで言えば、かつての一号機じゃないけれど、でも型番として見るのなら、《モリビト1号》と言ってもいい」

「……煮え切らないわねぇ……」

「より攻撃的な方向性に特化させた《モリビト2号》なんだ。リバウンドプレッシャーを撃てたりする素養はあるし、武装もほとんど共通。だから、《ダークシュナイガー》みたいなもんだよ。これは単純な話とも言えないんだけれど、コピーだ」

「コピー……悪意ある複製……」

 そらんじて赤緒は境内に佇む《モリビト1号》を見やる。真紅の瞳を持つ《モリビト2号》の似姿は、今は沈黙していた。

「……この人機からシャンデリアの内側に仕掛けることは?」

「もちろんやったってば。でも、シャンデリアへの帰投ルートはあっち持ちって言うか、人機そのものに据え付けられているものじゃないらしい。まぁこれまでも《バーゴイル》の鹵獲やら何やらやってきて一個も相手への枝が見つけられない時点で、結果は同じだよ」

「……取り越し苦労で済めばいいんだけれどね。この《モリビト1号》も厄介なお荷物ってわけか」

 南のやり切れない口調に赤緒は戸惑いを浮かべながらも、漆黒のモリビトを見据え、ぎゅっと拳を握り締めていた。

「……私、シバさんに会わなきゃ。会って話を……聞かなくっちゃいけないと思うんです」

「危険だよ。あのシバを見ているのが今はルイとメルJだから安心だけれど、それでも、だ。身体能力が遥かに高いのは両兵の証言で裏付け済みだし、下手に赤緒が接触すれば何か起こる仕掛けかも。だから会うのならせめてアンヘルメンバーの眼のあるところじゃないと」

 エルニィも自分を心配してくれているのだろう。だが、赤緒にはどこか急くようにシバの身柄を明らかにしなければならない焦燥が占めていた。

「……でもこのままじゃ、あっちのシバさんが……」

「殺しに来るって? ……ブラックロンドの改修機が来ても迎撃できるとは思うんだけれど、それにしたって先の戦闘データを見るに……まさに互角なんだよね。あっちのシバもこっちのシバも」

《モリビト1号》から抽出されたデータを参照して唸るエルニィに赤緒は口中で呟いていた。

「……どっちも、同じ……」

「ひとまず今晩は結果を先送りじゃない? 《モリビト1号》をバラそうにもこっちじゃ手がないし、それに分解した時に自爆しないとも限らないんだから」

「だね……。キョムお得意の自爆システムでアンヘルの中枢諸共……って言う考えなのかもしれない。だから下手な話、手が出せないんだ。あの《モリビト1号》に。……なかなかに歯がゆいなぁ。乗って解析できれば早いんだけれど、乗った途端に爆発して木っ端みじんにならないとも限らないし……」

 後頭部を苛立たしげに掻くエルニィを視野に入れつつ、南は言いやっていた。

「赤緒さんも、今日はもう休んだら? 朝方から大変だっただろうし」

「……でも、ヴァネットさんとルイさんが……」

「あの二人なら平気よ。寝ずの番くらいは任せろって言うに違いないわ。何よりも……これは私の勘なんだけれど、今回の一件は赤緒さん狙いな気がしてならないのよね。そう断言もできないけれどでも、証拠がいくつか揃っているし……」

 自分が狙いの中心だと言うのか。まごつく赤緒にエルニィが手を振る。

「赤緒は休んだほうがいいよ。いつ、あっちのシバが襲撃してこないとも限らないし、その時に頼りになるのは《モリビト2号》なんだからさ」

「えっと……じゃあ私、もう休んで来ますね……」

 ただどこかで釈然とはしない。本当ならシバには問い質したいことがたくさんあった。

 ――どうして、日本をロストライフ化しようとするのか。どうして、自分たちを追い込むのか。どうして、最初に会った時、自分と同じだと言ってくれたのか……。

 問いは山積する一方で、どれも氷解しない。

 ただ一つ、現状ハッキリしているのは、あちらのシバも、今捕縛されているこちらのシバも、八将陣で、それは即ち敵であると言うことだけであった。

「……どうして。敵じゃない形で、出会いたかったのに……」

 自分の口から漏れた弱音が、今はどうにも恨めしかった。

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