JINKI 150「黒と黒」第三話イレギュラー∞イレギュラー

《ナナツーマイルド》の眼前まで接近し、ブレードを振るい上げる。相手は至近で咲いた交錯の火花に舌打ちしたようであった。

 ジュリは首裏が粟立ったのを感じ、すぐさま軽業師めいた動きで弾きざまに浴びせ蹴りを背後へと見舞う。

 こちらへと仕掛けようとしていた《モリビト2号》がたたらを踏んでいた。

『……動きが見えてやがンのか……』

「嘗めないことね! これでも私は八将陣。黒将の理想世界のために見初められた存在なのだから!」

『ジュリ先生……でもあなたは……』

「赤緒! 話に興じている時間はあるの? 言っておくけれど手加減はしないわよ!」

 跳ね上がった《CO・シャパール》は切断された電磁鞭を再放射する。本来の性能を潰された電磁鞭であったが、《モリビト2号》のライフルに巻き付いた途端に、こちらへと引き寄せていた。

 突き刺さらんと引き上げたブレードと相手が打ち下ろしたブレードの一閃が衝突する。互いに僅かに後退し、ジュリの《CO・シャパール》は姿勢を沈めたまま、蛇のように相対する。

『……格闘が本懐の機体だな。電磁鞭とかでトリッキーに攻めるように見えるが、中身はシンプルだ。一対多数戦闘に長けた人機の上に、操主の技量。やりにくいったらねぇ』

「あら、そっちにも分かるのが居るのね。でもまぁ、今さらかな。私の目的はあくまでも、シバの本来の目的から目を逸らすためのもの。もうあんたたちは術中にはまっているのよ」

『ジュリ先生……教えてください。あのシバさんは何なんですか? 何か……理由があるから、ああやって居るんですよね? そうじゃないなら……』

「赤緒、あんたはどう思うの?」

 不意に問いかけたせいか、赤緒がまごつく。

『私……? 私は……』

「あのシバに対して、何を感じた? 赤緒、あんたは少なからずシバとは因縁があるはず。何かを感じたのなら、その感覚こそが紐解く鍵になる」

『……私の、感じたこと……』

『惑わすような真似ぇ、しないでもらおうか。八将陣。てめぇら、意味のねぇことはしない主義のはずだ。だから余計に気味が悪ぃ。あんな、他者のコピーなんて造りやがって……』

「それに関してはやっぱり、猜疑心があると思っていいのかしらね。如何に戦いをシンプルに考える相手でも、二人のシバに対しては」

『……ジュリ先生っ! シバさんは、何を考えてもう一人の自分を消そうとしているんですか! 何が……あの人をそんなに……!』

「……知らないほうがいい幸せもある。でも、赤緒。あんたもいずれは知らなくてはいけない。自分のルーツを。だから、私はシバに任せているのよ。もう一人の自分の処遇くらいは、他でもない自分の意思でケリをつけたいはずだからね」

『もう一人の……自分……』

「……そろそろかしら。シバ、充分に時間は稼いだと思うけれど?」

『……《ブロッケントウジャ》と《バーゴイル》の鹵獲機が入ってきて邪魔をする。モリビトを留めておいて欲しい。少し……無茶をする』

「いいけれど……気を付けなさいよ。アンヘルだって馬鹿じゃないんだから。無茶の清算くらいは」

『分かっている。この連中はここで打ち止めだ。――来い。《キリビトコア》』

 瞬間、シャンデリアより光の柱が新たに発生していた。天地を縫い止める一条の光より、巨大なる魔が引き出されていく。

『嘘だろう……。《キリビトコア》を……操主なしで?』

 息を呑んだエルニィに対して、《ブラックロンドR》が両刃の剣で攻め立てていた。《ブロッケントウジャ》は槍を翻し、シバの剣戟をさばくが、その太刀筋には迷いが見え隠れする。

『なんてことはない。貴様らとて、紛い物一つを、持て余しているだけだ』

『立花ッ! 食らえ、銀翼の――ッ!』

《バーゴイルミラージュ》が近接武装を基点として黄昏のエネルギーを流転させる。しかし、その行く手を阻んだのは《キリビトコア》そのものであった。

『エクステンド機である《キリビトコア》は私の意のままだ。乗っていなくとも壁にはなろう』

《キリビトコア》の張ったリバウンド装甲に《バーゴイルミラージュ》は瞬く間に攻勢を削がれていく。

 弾かれたその白銀の機体へと《キリビトコア》より四方八方に稲光が放出される。掻い潜って相手への活路を見出そうとしているようだが、その時には既にシバの本懐は達成されていた。

『《キリビトコア》。リバウンドの雷で格納庫を射抜け』

『しまっ……!』

 その命令に誰もが反応できなかったに違いない。

 リバウンドの雷光が煌めき、アンヘルの格納庫へと一射される。格納庫を焼き払ったかに見えた一撃に、ジュリは嘆息をついていた。

「……終わったわね」

『……いや、この感じ……。まだか……っ!』

「シバ? 何を言っているの? あそこにあの子の感覚を……」

 その瞬間、柊神社の境内に位置していた《モリビト1号》の赤い眼窩に光が灯り、《ブラックロンドR》へともつれ込んでいた。

 ブレードを掲げ、その膂力だけで《ブラックロンドR》を叩き伏せる。

 両刃の剣を振るい上げ、《モリビト1号》の剣閃と打ち合った漆黒の痩躯が互いに頭蓋を押し当て、鋼鉄の音叉を響かせた。

『お前がぁ……ッ! まだ生きているなんて!』

『残念。《キリビトコア》であたしを殺すつもりだった? もう一人のあたし。でも、うまく行かなかったみたいね。ま、それもそうか。エクステンド機って言うのは特別な人機。それはあたしたちみたいな血続に強く呼応する。――ねぇ! そうでしょう! 《キリビトコア》!』

 まさか、とジュリは呼気を詰めていた。

 中空に位置する《キリビトコア》の纏う稲妻が変異する。

 その位相が瞬時に切り替わり、《CO・シャパール》へと降り注いだ。ジュリは舌打ち混じりに飛び退らせ、人機の駆動系に共鳴するリバウンドの力場を関知していた。

「……まさかあっちのシバも……エクステンド機を操る能力を?」

『……歯がゆいな。紛い物の分際で、我が領分を侵すか!』

『いつからあんたの領分って決まったの? でもま、こうしてエクステンド機はあたしに応えてくれている。ね? 《キリビトコア》』

《キリビトコア》がオォン、と低く応じるような駆動音を響かせる。

 アンヘルの人機はこの異様なる光景に誰しもが言葉も失っているようであった。

『……どういうこと? あっちのシバも、こっちのシバも……どっちもエクステンド機の《キリビトコア》を操れるって?』

『立花さん! そっちに合流します!』

《モリビト2号》が柊神社へと戻りかけるのをジュリは制していた。

「させない……。ファントム!」

 空間を掻き消えた《CO・シャパール》が前方を塞ぎ、《モリビト2号》の刃と真正面から打ち合う。

『ジュリ先生! 私、行かないと……っ!』

「悪いわね。使命感があるのはこっちも同じなの……。シバ! エクステンド機の接収だけは押さえなければいけない! 分かっているわね?」

『……退けと言うのか。この私に……ッ!』

「今はそれが最善だって言っているの。……攻め込んだつもりが逆転されるってのは、そりゃ悔しいけれどでも……奪われるよりかは」

 シバが通信越しに歯噛みしたのが伝わる。

 直後、シャンデリアの光が《キリビトコア》を押し包んでいた。

 もう一人のシバの支配下にあった《キリビトコア》がその跡形もなく回収され、空から消え去った直後に《ブラックロンドR》が《モリビト1号》と刃を交わしていた。

 火花舞い散る怨嗟の太刀筋を見舞うシバに対して、《モリビト1号》は余裕ありげに応戦する。

『さて、これでどうする? 《キリビトコア》はあたしにはそんな簡単に使えないことが分かったはずよね?』

『……殺す……ッ! 絶対に貴様だけは……!』

「……シバ。ここは撤退よ。《ブラックロンドR》と私の《CO・シャパール》だけじゃ、アンヘルに付け入る隙を与えたらそこまで。ゲームの続行のためにも言っているの。……何よりもイレギュラーが過ぎるわ。私たちの真っ当な戦いじゃない」

 それは八将陣の言葉ではなかったのかもしれないが、それでも今は呑むしかなかった。

 シバは《ブラックロンドR》の胸部に隠された緊急制動用の推進剤を焚いて《モリビト1号》を眩惑し、距離を取ってから刃を振るう。

『……ここは退こう。トーキョーアンヘルよ。だが、何よりもお前たちが後悔するはずだ。そこに居る紛い物を、今もまた守り続けることを』

 シャンデリアに帰投用の光を呼ぼうとして、声がかかる。

『待って! 待ってください! シバさん! ジュリ先生! ……私は、どうすればいいんですか……。だって二人とも……嘘を言っているようじゃない……』

「赤緒。あんたはあんたの信じることを全うしなさい。そして何よりも……誰かの言葉じゃなくって自分で行くべき道を模索することね」

『自分で、信じる……』

『……行くぞ』

 直後にはシャンデリアの光が降り立ち、《ブラックロンドR》と《CO・シャパール》を回収していた。

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