JINKI 150「黒と黒」 第五話 力と罰

「みんなの意見がどう動くのかはまるで賭けだし、不確定要素が多過ぎるからね。南と先んじてCプランまで考えていたんだ。Bプランは、八将陣、シバがどっちと言うわけでもなく、討伐するプラン。つまりは強硬策。両兵の言っていた意見に近いね。で、Cプランってのは、敵側のシバと協力して、こっちの《キリビトコア》を擁するシバを倒すプラン。勝率も高いし、それに最低限度の採算で済むから、これも確率としては高かった。一時とは言えキョムと手を組むデメリットはあるけれど、不確定要素を潰して整えるんだ。むしろすこぶる現実的だよ。でも、アンヘルメンバーはこの二つは取る気がないと見た」

「……なら、Aプランって言うのは……?」

 不安に駆られた赤緒の問いかけに、エルニィはニッと笑ってパソコンの画面を全員に見せる。

「これは一番甘っちょろくって、一番に非現実なプランだ。でも……一番人間らしいプランでもある。もう一人のシバは殺さないし害さない。立ち向かってくる《ブラックロンドR》相手には立ち回るけれど、でも手を組むわけじゃない」

「……一時的な協定ってわけか」

 両兵の言葉にエルニィは指鉄砲を作る。

「バン! そういうこと! こっちに《キリビトコア》と《モリビト1号》があるんなら、それを利用しない手はないけれどでも、そこから先はこっちだって黙っちゃいない。これは二人のシバ、その両方を相手取ってなおかつ、我儘通すって言う無茶苦茶なプランだ」

「……なるほどな。だからこその、“クイーン作戦”」

「クイーン……?」

「八将陣をチェスになぞえらえた作戦さ。相手方のクイーンをこっちは一時的とは言え持っている。なら、それを最大限まで利用しない手はない。でも、あくまでチェスだから。将棋と違って、味方になるわけじゃない。それがこの作戦の穴でもあるんだけれど」

 呻るエルニィに、難しいな、と両兵が言葉を継ぐ。

「こっちのシバの意見をどう切り取ったって汲むしかねぇんだ。BプランとCプランは、こっち側に居るシバの意見なら無視できた。だがこのAプラン――クイーン作戦はそうじゃねぇ。うまいことシバとの協定が進まなけりゃ、その時点でご破算だ。出方次第じゃ一番不利なだけじゃねぇ。キョムとの本格的な殲滅戦にもなり得る。リスクは相当に高い上に、リターンは少ねぇ」

「……じゃあ、普通はこの作戦は取らない……?」

 赤緒の声音にエルニィは身体を伸ばして首肯する。

「まぁねー。普通なら、が通じる相手じゃないのがキョムなんだけれど、でももっともらしい言い方をするのなら普通なら。これまで戦ってきて……これからも戦うのに、それでもこんな、人間味しかないような作戦を取ってこれから先の指揮に影響がないかと言われれば嘘になる。要は博打なんだ」

 勝てる勝てないの話ではなく、博打――そう言い切ったエルニィの表情はしかし、どこか安らかでもあった。

「……立花さん、何か……安心してるんですか?」

「あ、分かっちゃった? まぁボクもねー。あのシバの人格見たら、何だろう……これまで戦ってきたシバとは違うってのは分かるし、惑わすつもりなのかそれともこっちの分散を狙っているのかって言うのも込みで考えたけれど……全然ダメ。ボクでも見えない。こっち側のシバの真意も、あっちに居るキョムのシバの本性も。……でも、さ。助けを求めているって言うのなら、手を差し出さないのは嘘になっちゃうから」

「……あんたらしくないわねぇ。情にほだされちゃうなんて」

 南の言葉にエルニィはむくれる。

「むぅ……そういう南こそ、もし可能ならAプランが、って言っていたくせにー」

「……あんた、それは言わない約束でしょ。まぁ、責任者として、甘っちょろい判断はできないけれど、人として、ね。甘くたっていいとは思っているもの」

「……人として……」

 何故だろうか。

 その言葉がどうしてなのか分からないが――愛おしく思えたのは。

「じゃあとにかく本題。誰があのシバに――接触して、上手いこと仲間に引き入れるか」

 そこで全員に緊張が走ったのが伝わる。

 そうだ。

 シバを一時的とは言え、説得し、仲間にする――まるで信じられないような言葉であったが、それが突きつけられた現実なのだ。

 ここから前に進むのには、クリアしなければならない。

 赤緒は、静かに挙手しようとして、自分より速く手を挙げた人物に瞠目する。

「る、ルイ……さん?」

「……何よ。私じゃ悪い?」

 不遜そうに口にしてみせたルイに、赤緒はまごつく。

「で、でも、ルイさん……その、交渉なんですよ?」

「知ってる」

「シバさんを、何とかして仲間にしないといけないんですよ?」

「それも知ってる」

「……じゃあその……何で、ルイさんが……?」

「見極めないと、いけないと思ったから」

「見極める……?」

「……あんたは忘れているかもしれないけれど、元々《モリビト2号》の操主は私だったのよ」

 あっ、とそこで声が漏れてしまう。

 確かに、なし崩し的に自分が操主の席に収まってしまっただけで、元々《モリビト2号》を操るのはルイのはずであったのだ。

 ならば、その似姿である《モリビト1号》を駆るシバに、興味があっても当たり前か。

「……でも、仲間になってくれなんて……言えるんですか?」

「言わなくっちゃ話にならないんなら、やるわよ。いいわね? 自称天才」

「……まさかルイが、とはボクも思ったけれど理由を聞けば納得。赤緒、モリビトに乗っていた歴は正直、ルイのほうが長い。操主としてもベテランと言ってもいい実力だ。それに、南米戦線を潜り抜けた実力者でもある。ボクもこの局面ならルイを推したい」

「わ、分かりました……。その、ルイさん。あくまでも穏便に頼みますよ……」

「誰に言ってるのよ。で? その当のシバはどこよ? ここには居ないみたいだけれど?」

「あっ、今友次さんが見張りについてくれているから、格納庫に居るとは思うよ。……まぁ、こうしてよくよく考えると何でこんな……ってなるよね。敵の親玉が何もせずに捕まったままなんて」

 だがこれは千載一遇のチャンスには違いないだろう。

 シバを仲間に引き入れて、そのまま自分たちは――。

「……私たちは、何を選ぶのが正しいんだろう……?」

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