「い、いえ。これくらいは手芸の範囲ですので」
どうしてなのだか、五郎とシバは和気あいあいと手芸教室に打ち込んでいる。五郎も相手が敵であるのは分かっているはずなのだが生来の人の好さか、あるいはシバに敵意を消す術があるのか、物々しい空気は見られない。
「でも、不思議……。編み物なんてこれまでやったこともなかった」
「おや、ですがとても飲み込みが早いので何か手に職をつけていらっしゃったのではないかと思ったのですが」
「手に職って言うか、生まれ持ってのものなのかな。何でもすぐに吸収できるようには慣れているのよ」
「……いいかしら?」
「あっ、ルイさん……。では、私はこれで……」
「バイバーイ、五郎さん」
にこやかに手を振るシバにルイは睨みを利かせる。
「……籠絡とか考えているんなら、そうはいかない」
「あら? それはどっちの台詞? あたしをどうするか、決めたんでしょ?」
「それは――! ……その通りだけれどでも、あんたの望むようになるかしら?」
「なるわよ。だって選択肢なんてそう多くはないでしょ?」
見透かしたようなことを言う。ルイはふんと鼻息を漏らす。
「あんた、捕虜の立場分かってるの?」
「知らなーい。せいぜい人道的に扱って? ね?」
「……それがキョムのリーダーの台詞かしら」
「しょーがないじゃないの。これでもシバなんだから」
ルイは頭を抱える。
そう、「これでも」シバなのだ。
《キリビトコア》を手足のように操り、《モリビト1号》でもう一人の自分と対等に切り結ぶ――それは並大抵の思考回路では不可能だろう。
最早、人道を踏み外すというレベルではない。
既に――人の域を超えている。
「……あんたは何で自分が生み出されたのかは知ってるの?」
「うーん……詳しくは聞かされていないけれど、何となくは。あたしのほかにもう一人シバが居てー、で、これは生存競争なんだってさ」
「……それが分かっていての言葉なら相当よ」
どちらかしか生き残らないのだと直感にせよ何にせよ悟っているのだとすれば、自身の存在価値が戦いにしか集約されないのも分かっているはず。
だと言うのに、このシバは無邪気だ。
無邪気に誰かの思惑を弄び、無邪気に誰かと絆さえも交わす。
キョムに居ると言う赤緒のこれまでの証言のシバと一致する時もあれば、まるで正反対のベクトルに居る時もある。
一定ではない。
在り方そのものが。
歪で、それでいて何よりも均整が取れている。
「……あんたは、今の境遇を不幸には思わないんだ?」
「思ったってしょうがないじゃないの。だってあたしはシバなんだから。生み出された意味とか、ここに居る意味ってのはあたしが思うようにしかならないし、それにあたし、食らい付いたら離さないから。自分が好きなものだけはね」
「好きなもの?」
「うーん……赤緒かなぁ」
「……赤緒はあんたにとっての何なの? シャンデリアでも不自然な接触があったって聞いた。そこまでして赤緒に何をさせたいの?」
ともすればこの質問は真実に肉薄するか、とルイは一瞬固唾を呑んだが、シバは中空を眺めた後に、ぱっと応じる。
「……分かんない」
「分からないって……赤緒と引かれ合う意味が分からないって?」
「意味だとか、そういうのって後付けじゃないの? あたしは赤緒が好きよ。でも、同時に、何でかしら? ……憎くもあるの」
その言葉口にルイは瞬時に携えたアルファーを感覚する。それをシバも察したのか、いやいやと宥める。
「いきなり戦闘態勢に入るのはちょっとねー。あたし、無抵抗だよ?」
「……無抵抗だとかよく言う。《キリビトコア》でこの格納庫を焼き払うくらいはわけないはず……」
「あ、バレてた?」
――本当に、何なのだ、とルイは分からなくなってしまう。
こちらが過度に緊張したかと思えば、直後に弛緩させられる奇妙な感覚を味わい続けている。
それはまるでのれんに腕押し――全ての干渉は意味がないのだと言われているようでもあった。
だが簡単に諦めるわけにはいかない。
自分は皆に託されたのだ――アンヘルの決定全てを。
ならば、容易く折れるわけにも、ましてや相手に惑わされるわけには決していけないのだ。
「……質問を変えるわ。どうしてあんたは二機も人機を扱える?」
「素養としか言いようがないわね。だってアルファーと血続の関係ってそういうものでしょ? こうフワフワーとしてビカビカーって言うか、さ。頭の奥で何かを必死に叫ぶようなものだもの。そこに素養以外は差し込む余地はないでしょう?」
「……じゃああんたは、その素養とやらであっちのシバを上回っているってこと?」
「まぁー、そう言えるかもねー。あっちのあたしは、二機同時なんて絶対にやらないだろうし。あっ、でもキリビトは別かなぁ。エクステンド機だし」
ここで切り札のように持って来るか、とルイは硬直する。
切り口は慎重に考えなければならない。
「……エクステンド機って言うのは何?」
「教えられない」
そこだけは、ハッキリとしているようであった。
逆を言えば、それは突かれればまずい事柄か。弱点を突ける予感に、ルイは踏み込む。
「……エクステンド機は、モリビトもそうなんだって聞いた。でも、私は《モリビト2号》にエクステンド機なんて感じたことはない。一体何を指して、エクステンド機って呼び方はあるの?」
「随分と問い詰めるのね。これは我慢比べかなぁ?」
ルイは近くにあったガソリンの入った缶を蹴り上げる。
重々しいはずのガソリン缶が宙を舞い、ごろんと転げ落ちていた。
「……茶化さないで。教えなさい」
「うーん、暴力反対……って言い切れる感じじゃないか。あなた、すっごいいい眼をしているもの。きっとここで誤魔化したっていずれは真実に辿り着く。そうね、エクステンド機ってのは、向こう側に行く価値のある機体とでも言えばいいかしら」
「……ただの人機じゃないとでも?」
「それは分かってるんじゃないの? モリビトはこれまで数多の奇跡を引き起こしてきた。直近なら、もう一人のあたしと戦った時に現れた武装、クリオネルディバイダー」
赤緒も不明だと言っていたあの武装の名前がここで出て来るとは思いも寄らない。
「あれは……モリビトが呼んだと言っていた……」
「エクステンド機は奇跡の呼び水になる。クリオネルディバイダーはその奇跡の一端」
「答えになっていない」
「いいえ、もう充分に答えた。《モリビト2号》がエクステンド機であること、それはあたしの《キリビトコア》も同じであるということ」
「……奇跡を呼ぶとでも?」
「違うわ。奇跡と成るのよ。それがエクステンドの力そのものだもの」
このまま言葉繰りを続けても平行線に違いないと感じたルイは、答えを切り出す。