「……あんたの言っていることは半分も分からないけれど分かったことが一つだけ」
「何? 何でも言って」
「……あんたは敵でも味方でもない、もっとおぞましい何かだということ」
その結論にシバはフッと笑みを浮かべる。
「……食えないわね、アンヘルの頭脳派さん」
「なら答えを早めるまでよ。アンヘルではあっちのシバは遠からず攻めて来ると考えている」
「それも当然よね。あたしがここに居るんだもの」
「邪魔者を消しに来るのか、それとも他の何かに駆られてくるのだかは知らない。でも私の眼にも、あのシバはいつになく必死に映った。それは平時の落ち着きをまるで忘れているということ」
「……なるほど。落ち着いていない将ならば、討てると?」
「今しかないと、私は思っている。今ならあんたと言う不確定要素を噛んだシバは、絶対に見誤る。普段は絶対にしないような、致命的なミスを。そこを逃さずアンヘルは突く」
「いいの? あたしに話しちゃって。全部筒抜けかも? だって同じシバだし」
「……それも考えたわ。うちの本当の頭脳派がね。でも、今のあんたはまるで……綱の離された犬のよう。どこまでも身勝手に振る舞う癖に、それでいて何かを必死に忘れないようにだけはしている。……逆に不気味なほどに」
「なるほど。筒抜けなんじゃなくって忘れないように、か。それは近いかもね。あたしは……何かをずっと、忘れないようにしている。アンヘルに居て、何もしないのはその表れ、とでも?」
「少なくとも私はそう考えているけれど」
その返答にシバはふーんと訳知り顔で応じてから、よし、とパンと手を打つ。
「いいわ。協力して欲しいんでしょ? 混乱している将を討つために」
「……勘違いをしないで欲しいのは、別にあんたの協力なんてなくっても討てるチャンスだということ」
「嘘を言わないで。それだけは嘘のはず。今の今まで話してきた全てが嘘っぱちでも、一番に嘘なのはそれ。あたしの協力なくしてあっちのあたしは討てない。それくらいは分かっている」
やはり、読めない、か。ルイはこれ以上の言及は諦めて、協力体制のAプランをちらつかせることにしていた。
「……既に作戦は練られている。うちの本職の頭脳派があんたを込みの編成をね」
「おっ、それは純粋に楽しみかも。アンヘルの作戦かー。ワクワクしちゃう!」
「……言っておくけれどあんたに先走らせはしない。こちらは慎重に行かせてもらうわ」
「うんうん! いいんじゃないの? あたしも出れるんなら、楽しみ!」
自分自身の鏡面と戦うことになってもなのか。
それでもこんな風に、何でもない様子を装えると言うのか。それとも真実の意味で、戦いが楽しみなだけの戦闘狂?
――否、断じて否であろう。
事ここに至って、冷静さを欠いてこちらに与するとは言わないはずだ。ただ戦いが楽しみなタイプではないのは分析済み。
それでもルイには、シバのことがまるで分からなかった。自ら交渉役を買って出たのは、少しでもこの作戦で懸念事項を減らしたいのもあったが、何よりも――さつきと赤緒が分かっているのに自分が分からないはずがないだろうと高を括っていた部分もある。
だが、真実の意味でルイには分からなかった。
シバが何を考え、何のために、誰のために戦うと言うのか。そこに理念や崇高さは存在するのかどうかを。
いや、これも余計な感傷なのだろう。自分は赤緒やさつきに先輩風を吹かせるのに余計なことばかり足を取られてしまう。
悪癖だ、と自らを戒めたが、それでも消えないこの胸の焦燥感は何なのだろうか。
安易に呑んでいいとは思えない。
かと言って、ここで踏み込むような自信もない。
畢竟、シバの好きにやらせるようにしかないのだ。協力を仰ぐ以上、ある程度は下手に出るしかない。
――だがもしもの時は。
ルイは拳をぎゅっと握り締める。
その時は、自分が撃たなければいけないだろう。