レイカル10月 レイカルとこたつむり

「……こたつむり……? はて、聞いたことのない現象じゃな」

 思案を浮かべるヒヒイロにあの、と挙手したのは小夜であった。

「それって、作木君がこたつ生活を始めたってことなんじゃないの?」

 そこでようやくヒヒイロも得心がいく。

「なるほど。こたつとかたつむりで、こたつむりですか。いやはや、最近の流行には疎くって」

「いや、別に最近でもないんだけれどね? ……まぁ、ちょっと寒くなって来たし、そろそろ私も毛布出そうかなぁ、とは思っていたところなのよ」

「……割佐美雷、お前もこたつむりになるのか? 創主様は全く動かなくなってしまったんだぞ! ……死んじゃうんじゃ……」

「大丈夫よ、レイカル。それって結局、風物詩みたいなもんでさ。こたつに籠りたくなるのは人情ってね」

 小夜の言葉にナナ子はうーんと長考を挟む。

「むっ……何よ、ナナ子。いつもにも増してちょっと深刻そうに」

「いや、それってまずいんじゃないの? だって、考えてもみて? これからどんどん寒くなるのよ? だって言うのに、もうこたつに引き篭もってしまったんじゃ」

 その赴く先を小夜も予見して呟いていた。

「……ダウンオリハルコン退治にも影響が出ちゃう、か」

「それに、どっちにしたって作木君はもやしっ子過ぎるのよ。ちょっと寒くなって来ただけでこたつに逃げちゃうなんて」

「……まぁ、それには同意。でもナナ子、あんたが作木君のことどうこう言うなんて珍しい」

「うーん、さすがに思うところはあるって言うのかな。ほら、小夜だって冬になったら出不精になっちゃう王子様なんて嫌でしょ?」

「……そりゃあ、そうね。私がどれだけ積極的になったって王子様のほうが城に籠っちゃうんだもん。そうなると立つ瀬もなくなってくるわ」

 よし、と小夜は立ち上がって決意する。

「作木君をこたつむりから救うわよ! レイカル!」

「ちょっと待ってって、小夜ー。別にそいつの創主がこたつ人間になったって、私たちは困らないじゃない。わざわざけしかけてやることないってば」

「何言ってるの、カリクム。あんた、これから先の季節を知って言っているの? 乙女からしてみれば乾燥肌は大敵よ?」

「あー、人間って不便だよな。かさかさ肌の上にひび割れとかしちゃうんだっけ。まぁ、その辺はオリハルコンでよかったって思うよ」

「……あんたたち、乾燥肌とは無縁ってわけ」

「小夜殿、それは当たり前でございます。元々造形物である我々が、乾燥を気にするようなものでもないのは。しかし、一応は人間と同じような機能も付いておりますゆえ、なる者はなるみたいですが」

「ほら! カリクム、あんた、これまでは野良だったから乾燥肌からのひび割れなんて無縁だったかもしれないけれど、私とハウルシフトしてるんだから、私が乾燥肌になったらあんたもそうなんだからね」

「うっ……嫌だなぁ、あれ。だって見ているだけでも痛々しいじゃんか……」

「まぁ、この季節はずっとハンドクリームが手離せないわね」

 そう言いつつナナ子はきっちり保湿ケアを怠らない。

「カリクム! ハウルシフトになっちゃうとお互いの痛覚も共有しちゃうんだから。あんただってひび割れの辛さを痛感したくはないでしょ?」

「……何でそんな部分的な辛さを体感しないといけないんだよ。ヒヒイロも何か言ってやってくれよ」

「いや、案外分からんぞ、カリクム。ハウルシフトは未知の部分の多い現象じゃ。ゆえに、もしかすると、もしかするかもしれんのう……」

「怖がらせないでよ……本当。そんなのない……わよね?」

 しかし誰も否定しないので、カリクムは思わずレイカルに同意を求める。

「れ、レイカル! そうだ、お前はそうじゃないはずでしょ!」

「いや、乾燥肌とかよく分かんないな。それって辛いのか?」

「この季節は辛いわね。肌が弱いとぴしぴしって皮膚が割れちゃって、血が滲んじゃうのよ」

 ひぃ、とカリクムが悲鳴を上げる。

「いやだぁー……。レイカル、手伝うから乾燥肌から私を守ってくれぇ……」

「おっ、何だ、結局来るのか。でも、ヒヒイロ。創主様は乾燥肌に悩んでいるのか?」

「いや、作木殿は男でいらっしゃるからそうでもないはず。まぁ、男でも乾燥肌の人間は居るが」

「はい。俺は乾燥肌だけれど」

 削里が挙手すると小夜は、意外、と声にしていた。

「削里さんってどんな状態でも何ともなさそうなのに」

「……俺はどう思われてるんだ、ヒヒイロ。だから冬場ってのはやっぱり、こたつに限るね」

「とは言え、容赦はしません。この一手で王手です」

 ヒヒイロが駒を差すと、むぅと削里は難しそうな顔をする。

「……待ったは」

「一回だけです」

 考え込んだ姿勢に入った削里を他所に、小夜たちは、ひとまず、とバイクに跨る。

「作木君のところまで行かないと。ナナ子、後ろに乗りなさいよ」

「この季節って寒くって嫌ねぇ」

「何よ、おばあちゃんみたいなこと言っちゃって。あんたも私もまだまだ若いんだから、乾燥肌程度を気にしている場合?」

「……小夜だって、作木君、こたつむりのまま来ないかもよ?」

 それを言われてしまえば弱いのだったが、しかし、と小夜は持ち直す。

「つ、作木君だって風の子男の子! きっと大丈夫に決まってるんだから!」

「えーっ、そうかしら? ……案外、冬の間は会いたくないとか言うかも」

 ナナ子の言葉に小夜は衝撃を受ける。

「もしかして……冬の間のデートやあれこれもなし? く、クリスマスは? ハロウィンは? 何もかもなし……?」

「そうならないために行くんでしょ? はい、とっととエンジンかける」

「……何だか不安になって来たわ。ねぇレイカル。本当に作木君、こたつむりになっちゃっただけなんでしょうね?」

「……うーん、それが何だか他にも、あるみたいなんだよな……」

「……レイカルは行った?」

「はい。行きました。今日は珍しく窓を割らずに」

 ラクレスの言葉に作木はふぅと嘆息をついてこたつの中で組み上げていたプラモデルを取り出す。

「たまにはいいかなって思って買ったんだけれど、レイカルが居ると手にかかる機会がなさそうだからさ。こたつも備えて出したし、ちょうどいいかなって思って」

「レイカルをどうこうしたいのならば私にお任せを。ちょっとしたことを言ってやればレイカルなんてすぐに乗ってきます」

 ラクレスの余裕に作木は苦笑する。

「……まぁ、僕もよくないんだ。プラモデルに浮気しているなんて思われたら、それもそれでだし」

「それで、こたつに籠った真似なんて?」

「……あれ? もしかしてラクレスも怒ってる?」

「怒っていません。別に。作木様が何に浮気しようが、ご勝手ですから」

「……うーん、言葉の感じと論調が正反対って言うか……」

 とは言え、たまの休みだ。こたつに籠って少しだけだらけていたいのは事実。

「……作木様。ですがあまりこたつに入ってばっかりいられると、お身体に障ります」

「ああ、そう言えばこたつに入って寝ていると風邪引くとかよく言われたっけ。僕も何だかんだで身体の強いほうじゃなかったから、冬のこの寒くなり始めの季節は辛かったなぁ」

「ですから、ご自愛くださいませ。そうでなくってもレイカル……飛び出してしまった以上はことを大きくしているに違いありませんから」

「あっ、そっか……ヒヒイロのところに行っちゃって……」

「行っただけならばいいのですが、小夜様やナナ子様がいらっしゃいますと、こじれてしまいます」

「……うーん、それは参った。ちょっと考えなしだったかもしれない」

 とは言え、こたつの魔力には抗い難いものだ。

 肌寒くなってきたのでちょっと出してみると、もう出られなくなってしまっている。

「……何だか、今年は暑くって絶対に寒くならないと思っていても、寒くなっちゃうんだね」

「毎年のことではありませんか。それに、作木様がインドア派なのは存じておりますが、あまり外に出ないのも問題です」

「……ラクレスも、そう思う?」

「ええ。まぁ……無理やりと言うのもよろしくはないと、思っておりますが」

「……優しいね、ラクレスは」

 その言葉にラクレスはぷいっとそっぽを向いてしまう。

「優しくなんて。ただ単純に創主として、立派であってほしいだけです」

「それが優しいって意味なんだけれど……。まぁ、でも、子供は風の子って言うしなぁ」

「……作木様はもう大人では?」

「まぁそう言っちゃうと。……とは言え、もし冬が来ても雪合戦とかするような年でもなくなったし。……何だか寂しいね。子供の頃のほうが、冬ってすごい楽しみだった気がするのに」

「それは年を重ねられて含蓄が出てきた証拠でしょう。私も冬には……ちょっとした思い入れはありますが」

 濁したラクレスに、そう言えばラクレスの元の創主は子供であったことを思い出す。

 もしかすると、雪合戦にラクレスを連れ出したりはしたのかもしれない。

「……ラクレスは、今みたいな季節は好き? 秋と冬の、ちょうど中間点みたいな」

「……どちらとも言いかねます」

 やはり、過去は進んで語ってはくれないか。そう思っていると、不意に呼び鈴が鳴る。

「あれ、レイカルかな?」

「小夜様たちかもしれません」

 確かにどっちでもあり得るな、と思って玄関の扉を覗き込んだところ、意想外な人物と顔を合わせる。

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