「えっと……摺柴……懿君?」
「いや、その……すまない。急に押しかけてしまって……」
「別にいいけれど……」
ラクレスと顔を見合わせる。
まさか懿が自分の部屋に上がり込むなんて想定しておらず、部屋は荒れっ放しだ。
「いや、どうぞ上がって……。まともなものは出せないけれど……」
「お構いなく。それにしても……あの時の作木さんがまさか、こんな……いや失礼。いい部屋で……」
「お世辞はいいから。僕だってボロアパートだって思っているし」
失笑していると、懿は気品のある佇まいで座り、それからこたつの上のプラモのパーツを発見していた。
「あっ、これってこの間出た、新番組の……」
「あっ、分かるんだ、摺柴君……」
「懿でいいです。おれのほうが随分と年下なので」
「じゃあその……懿君。何だって今日はここに?」
「実はその……先生に稽古をつけてもらっているんですが……。あっ、先生と言うのは水刃様で」
「それは分かっているけれど、高杉神社を降りて来てよかったの?」
「いえ、水刃様はご理解があるので、少し肌寒くなってきたので、冬着の用意と、それに下界を見てくるといいって。あっ、これがその冬着で……」
ジャケットを何着か買い付けた懿は明らかに自分の財布よりも持ち合わせがあるように思われて、作木は困惑してしまう。
「そう、なんだ……。でも何で僕の家に? 水刃様の用事で?」
「いえ、実はその、立ち寄った時にちょっとだけ思い出してしまって。……父親の仕出かしたこと、おれはまだまともにあなたに謝罪していないままだったって」
「それは……別にいいと言えばいいんだけれど」
ベイルハルコン、エルゴナとの第二次ベイルハルコン遭遇戦からもう数か月。
あの頃は常夏の島に連れられ、ちょっとだけ浮かれていたな、と思い返す。
「ですが、おれからしてみればけじめをつけないのは嘘になってしまうので。その……本格的に冬を迎える前に、一度……謝りたくって……」
「そんなのはいいって。懿君が別に害意がなかったのは知っているし、あの状況も仕方なかったのは事実なんだから」
「ですが……おれはあなたの厚意に甘えられない。水刃様やおとぎさんにとって胸を張れる男になりたいんです! ……だからその、今日は教えを貰いに来たって言うか……」
「お、教え? 僕に教えられることなんて……」
「いえ! 正統創主として、何よりも男として! あなたには見習うべきところがある! どうか情けないおれを指導してくれ!」
まさかこんな風になるとは思いも寄らなかった作木は、先ほどまでの自身の自堕落さを反省する。
「……いや、教えられたのは僕のほうだったみたいだ」
「……どういう……」
「何だか、そういうのに、良くも悪くも慣れちゃっていたってことかな。懿君は大丈夫だよ。あの時、おとぎさんを守ってくれたんだろう? だったら、もうきっちり男のけじめはつけているはずさ」
「で、ですがおれは……一時的とはいえ網森さんを……」
「それもいいと、許してくれると思うよ、小夜さんは。謝らなくっちゃいけないのは、僕のほうかな。情けない姿を見せてしまった。こたつに籠っている場合じゃ、なくなっちゃったね、ラクレス」
視線を振り向けると、ラクレスは微笑んで首肯する。
「ええ。いつものように忙しくはないですけれどでも、こういうことも、あるのですね」
「は、話が見えないんだが……」
当惑する懿に作木はこたつを仕舞おうとして、待ったの声を聞いていた。
扉を開けて飛び込んできたのは小夜とナナ子、それにレイカルとカリクムである。
「待った待った! 作木君、早まらないで!」
「そうよ! ちょっとくらいはこたつむりになったっていいはずじゃない!」
「えっと……小夜さんにナナ子さん? 何で?」
あっ、と二人が硬直するのでラクレスが補足する。
「つい先ほどから窓の外でカリクムとのハウル通話で聴かれていたのですよ。作木様がいい顔をなさっているので、忠言はしませんでしたが」
「……ごめんなさい。盗み聞きみたいな真似しちゃった……」
「いえ、別にいいんですってば。それに……僕も懿君に教わった。創主なんだから、見本にならなくっちゃね。ちょっと寒いくらい、何だって」
「創主様ー、もうこたつむりはいいんですか?」
「うん、レイカル。どうやら僕には、こたつに籠るよりももっと、いい表情をしている必要があるみたいだ」
「とはいえ、寒いのは事実なんだから。はい、お鍋の具材。あっ、そこの摺柴君……」
「懿でいいです。えっと、お邪魔ですか……」
立ち去ろうとした懿を囲んで、全然、とナナ子は鍋の具材を取り出す。
「お鍋はたくさん人で囲んだほうが美味しいからね! 懿君も今日は逃がさないわよ」
やる気を出してキッチンに向かうナナ子の背中を眺めつつ微笑んでいると、小夜が肘で小突く。
「……でも、本当にいいの、作木君。ちょっとくらいなら、休んでも……」
「いえ。僕がこたつに逃げちゃうのはよくないって分かりましたし。それに、みんなも。こうして鍋を囲んでくれるんなら、僕は嬉しいって思わないといけない。これって結構、恵まれているんだって」
「……強がらなくっていいんだから。そうじゃなくったって、作木君は私の、王子様なんだし……」
「小夜さん?」
「……っと、別にいい! 私はもう大丈夫だから! 今日は朝まで騒いじゃうわよ!」
「小夜さん……ここ一応アパートなんで……。それに懿君も困っちゃうんじゃ……」
「いや、おれは早々に退場したほうが……」
「何言ってるの、懿君。任せなさい! ナナ子キッチンの底力、見せてあげるんだから!」
ナナ子が胸を張って料理に勤しむ。
「結局、何だったんだよって話だよなー」
カリクムの言葉にレイカルはこちらにそっと言葉を添える。
「その……いいんですか? 創主様。もうこたつむりは……」
「うん。まだちょっとばかし早かったし、それに、楽しまなくっちゃね。これからの季節を……」
巡る季節はまだまだこれからのはず。
冬が来たって、また春が来るのはもう約束の中なのだから。
だから今夜は豪勢な鍋料理で、みんなを振る舞おう。
――それはきっと、みんなが帰る暖かな家のはずだから。