JINKI 150 「黒と黒」 第八話 矛盾の只中で

 人機同士の鋼鉄のぶつかり合いがもたらす過剰な破壊力は、Rスーツ越しでもびりびりと伝わってくる。

 そのまま払った刃を一転させて返し、突き上げる一撃が見舞われる。

 咄嗟に後退してかわしたが、首を刈られていても何らおかしくはない踏み込みであった。

 赤緒は首筋をさすってから、シバの《ブラックロンドR》と向かい合う。

「……どうして……どうしてなんですか! シバさん! 分かろうとすれば……!」

『分かる分からないの領域ではないのだ。そいつと私は――戦いでしか決着をつけられない!』

「――ッ! 柊! 今は加減して勝てるような相手じゃねぇ! 全力で向かい合え! このままじゃ喰われるのはオレらのほうだぞ!」

 下操主席に収まる両兵は自分以上に過度なGを感じているはずなのだ。今にも身体が空中分解しかねない機動にようやく付いていっている状態である。

 ハッと赤緒が気づいた時には、既に《ブラックロンドR》が懐に入っている。

 そのまま、流すように一閃――モリビトの血塊炉を破ろうとした太刀は血塊炉付近の装甲を横一文字に引き裂く。

「……シバさん。でも、何でなんですか……。だって私は……どっちだってシバさんなのに……」

『どっちだって? それは意見の相違だな、赤緒。その紛い物にたぶらかされたか。私とお前の仲のはず。ならば違和感くらいは覚えるはずだ。その偽物に』

「違和感……」

 確かに最初に会った時、シバのようでシバではないと思ったのは違いない。それを違和感だと呼ばれてしまえばそこまでの話。

 一瞥を寄越す。

 もう一人のシバの《モリビト1号》は、今はこちらの攻撃相手に余計な手数を挟んでくることはないが、追い込まれれば相手もシバ本人だ。何でもするに違いない。

「でも……でも私は……信じるって決めたんです。どっちのシバさんの生き方もまた、尊重されていいはずだって。なら、生きているのなら、それだけで尊いはずじゃないですか……っ」

『憐みだ、赤緒。それを人は、憐みと呼ぶ。私からしてみれば、それは侮辱以外の、何者でもないんだ』

《ブラックロンドR》が刃を突きつける。

 ――分かっている。

 長引かせたって結果がよくなるわけではない。いくら自分が戦ったって、これは彼女らの問題なのだ。

 なら、二人のシバの決着に異を挟むべきでもないのだろう。

「――それ、でも……」

 赤緒は《モリビト2号》を進ませる。その足並みに、恐れはない。

『……何故立ち向かう? 死が怖くないのか? 他人のために死ぬのだぞ?』

 その言葉に赤緒はつい数か月前までの自分を顧みていた。

 ――私にはたったの三年しかないから。

 そう言って命の重みを、尊重されるべき何かを履き違えていた自分。

 三年しかなくっても、思い出なんて一個もなくったって。

「……それでも、いいんです。三年でも、数日だとしても。関係がない。何年生きたかで人間の価値が変わってしまうようなら、それこそ生きる覇気もないはずなんです。だから私は、シバさん、あなたの刃を塞ぎます。示さなければいけないのは、きっと……生きた年月じゃない、どう生きるかのはずなんですから」

「……柊、お前、少しだけ変わったな」

 両兵の漏らした言葉に、赤緒はえへへと照れる。

「……小河原さんの言ってくれた言葉の丸写しですけれど……でもそれでも……生きる価値は自ら見出していくもののはずなんですから」

『だがその偽物に何を見る? 生きる価値も、意味も何もない、がらんどうなだけの生に縛られて意義を見失うか?』

『……赤緒……』

《モリビト1号》からの不安げな声に、赤緒は精一杯の笑みで応じる。

「大丈夫ですっ! 私は、まだ大丈夫ですからっ! だから……見ていてください。私の、戦いを……」

 赤緒の言葉に、敵機に収まるシバはにわかに殺気を帯びたのが伝わった。

『愚かしいもここまで来ると笑えないな。もういい。小手調べはここで終わりだ。来い! 《キリビトコア》!』

《ブラックロンドR》が《キリビトコア》を呼ぶのと同時に、《モリビト1号》も《キリビトコア》を召喚しようと手を広げる。

『そっちには呼ばせない! 来なさい! 《キリビトコア》!』

 だが、その直後、しんと水を打ったように静まり返っていた。

 それには二人のシバも狼狽したようで、互いに掲げた手を彷徨わせる。

『何故だ……《キリビトコア》が……』

『来ない……? 何で……』

『ふぅー……ようやく《キリビトコア》を呼ぶところまで来てくれたか。そうなるまでの時間稼ぎに手一杯だったけれどね』

 エルニィの繋いだ通信に赤緒は視線を振り向ける。

「じゃあその……成功したんですね。クイーン作戦が」

『クイーン作戦……? それはもう一人のあたしを倒す策じゃないの……?』

『こっちのシバは一つだけ誤解している。ボクらトーキョーアンヘルが何の手も打たずに、共闘なんてするわけがない。しっかりと、勝ちの布石は打っておいた』

 全ては昨日の深夜近くまで遡る。

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