「南は知らないんでしょうけれどね」
どこか勝ち誇ったような言い草にむっとして、エルニィの側へと尋ねる。
「……こんの……。エルニィ、教えなさいよ。何を呼んでいるって?」
「何ってこれ、有名なはずなんだけれどな。あれだよ、空飛ぶ円盤」
胡乱そうに、その言葉を繰り返す。
「……空飛ぶ円盤って……UFOのこと?」
「そうそう、それ。いやー、そんないい感じの娯楽があるなんて、ボク知らなかったなぁ。日本のテレビってのも馬鹿にならないもんだし」
腕を組んで、うんうんと頷くエルニィに、ルイが空へと何度も手を振る。
「UFOを呼ぶ合図を送っているのよ。来ても南には会わせてあげないから」
「……あのねぇ、人機みたいな未知に近いテクノロジーを操っている張本人が、今さらUFOだとか何だとか……」
承服し切れていない南へと、ルイは昨夜録っておいた番組を再生する。
『UFOと宇宙人は実在する!』
大真面目に語る番組はしかし、詳しくない南の眼からみてもどこか胡散臭い代物ばかりであった。
それでいて番組の筋自体はしっかり構成してあるものだから、なるほど、信じやすい人間ならば信じ込むかもしれない。
「大真面目に宇宙人だとか、UFOだとか……大の大人が……」
呆れ返った南へと、赤緒がお茶を差し出す。
「南さん、皆さん朝食は済まされましたので、どうします?」
「ああ、いただくわ。昨日重役連中との交渉で頭痛くなっちゃってさ。それでちょっと遅くなっちゃった」
「それは……ご苦労様です」
「まぁ、それは私の仕事だからいいんだけれどね。……どうしたって、この子たちは今どき、UFOだとか宇宙人だとか信じているのよ?」
半ば呆れ返っていると、赤緒はどこか真に迫ったように言い放つ。
「で、でもテレビで言っていましたし、本当に居るのかも……」
「……赤緒さんみたいな子にはあまり無縁かもしれないけれど、テレビって基本、ヤラセの世界だからね? そういう風に構成しているのよ」
「南さん、お詳しいんですね……」
「そりゃあ、何回もテレビ局と渡りを付けたくらいだから。中身くらいは知っていないと楽しめないものだってあるし、中身を知っているからって楽しむのが駄目なわけでもないけれど」
「あれですよね? マジックショーとか、実は裏側は大したことない、みたいな」
「……まぁ、似たようなものよね。だからUFOも宇宙人も居ないとは思うんだけれど」
「宇宙人、こーい!」
「UFO、こーい」
エルニィとルイがUFOを呼んでいるのがあまりにも現状とかけ離れているせいか、南は頭痛を覚える。
「……何なのかしらね? エルニィ、あんたIQ300の天才少女でしょ? あんたが一番に、科学的根拠のない、とか言いそうなものじゃないの」
「むっ……失礼だな、南。ボクだって知らないことは知らないし、そういうのに対する敬意の気持ちって言うのはあるんだ。だから、UFO特番? あれには痺れたね。いやはや、何でも信じ込めばどうとやらとか、イワシの頭も、とか言うけれどさ。あそこまでだと逆に信じてみたくもなるんだよ」
要は真に迫った嘘は逆に嘘だと見抜きにくい、という話に違いない。
あるいは八割の嘘に二割の真実を混ぜれば嘘だと思われない、のようなものだろうか。
「……って言ってもねー。そう言うのに対して、信じるか信じないかはテレビの前のあなた次第って言うのもなんていうか……ズルい手法よね……」
「UFO、こーい!」
「UFO……駄目ね、自称天才。ここじゃ来ないわ」
ついに諦めたか、と南が観察していると、エルニィもうーんと呻る。
「……やっぱり機動兵器があるからかもしれないね。ほら、向こうの星の人たちだって軍事力の一環としてUFOを派遣しているはずじゃない? 物々しいからここには降りてこないのかも」
そう解釈するか、と南がずっこけていると、ルイとエルニィは視線を交わし合って、出かける準備を整える。
「南ー、ちょっと出てくるからねー」
「……赤緒。夕飯はクリームシチューでよろしく」
「言っておくけれど、誰かに迷惑かけちゃ駄目よー! ……まったくもう……。あれでトーキョーアンヘルきっての操主と開発責任者だって言うんだから危ぶまれるわよ」
「でも……居たらいいと思いません? UFOも宇宙人も。そのほうがその……ロマンがあると言うか……」
赤緒の差し出した湯飲みを手にして、南は今も再生されている胡散臭いVTRを眺める。
宇宙人解剖の映像に、赤緒は思わずと言った風にお盆で顔を隠していた。
「……赤緒さん? あれってウソものよ?」
「で、でも……何となーく嫌なの、分かりません?」
「……うーん。お茶の間で流しているんだからどうにも。おっ、茶柱」
渋いお茶を口に含んでから、南は一呼吸つく。
「でも、妙っちゃ妙よね。あの子たちだって、別に馬鹿なんじゃないんだから。今さらUFOだとか空飛ぶ円盤だとか言い出すガラじゃないでしょうに」
「この番組、そんなに視聴率よかったんですかね……」
きゃっ、と短い悲鳴を上げて赤緒は観たり観なかったりを繰り返している。
「赤緒さん、日本人でしょ? こういうの馴染みはないの?」
「どうなんでしょう……。ここ最近、多い気はしますね」
「オカルトブームって奴かな。エルニィも言っていたけれどイワシの頭も信心からだから、こういうのも信じるか信じないかは別にして、まぁ娯楽の一つとして消費するのはいいのかもしれないわね」
朝食を取っていると、さつきが顔を出す。
「あっ、南さん。朝ご飯、今だったんですね。お茶漬けでも……」
そこでさつきは言葉を切って、テレビを前に顔を手で覆う。
「さ、さつきちゃん? どうしたの、急に。気分でも悪くなった?」
「い、いえその……こういうの苦手で……」
こういうの、と言われて南は察してテレビを消す。
「大丈夫よ。今切ったから」
「うぅー……。何でルイさんも立花さんもこういうの平気なんでしょう……。私、昨日観ていましたけれど、怖くって……。ルイさんは何ともなさそうでしたけれど……」
昨日は重役連との取り次ぎのせいで夕飯時に顔を出せなかったのだ。
恐らくその時に放送されたのであろう。
「……まぁ、こういうのって怖がらせたもん勝ちだし。心配ないわよ、さつきちゃん。宇宙人もUFOも居ないんだから」
「で、でもテレビで居るって言うことは、全くのゼロパーセントじゃないってことなんじゃ……?」
どうやらさつきも宇宙人やUFOは居るのだと思い込んでいるらしい。
「うーん……居ないと言い切れないのも何と言うかなー……。でも安心して、さつきちゃん。急に襲ってきたりとか、いきなり出て来たりとかしないはずだから」
「……昔、旅館の人の中にこういうの好きな職員さんが居て……しょっちゅう聞かされてきたので、嘘だとも思えないんですよ。何だっけ……そういうのの特集を組んでいる雑誌とかあって……」
「あー、まぁたまに本屋で見かけるわよね。でも、あんなの嘘っぱちだから。大丈夫だって。この番組だって、信じるか信じないかはテレビの前の私たち次第なんだから」
「……で、でも私、居るのかな、ってたまに思っちゃうんです。だって、星とか見ていると、これだけたくさんの星があるのなら、一個くらい、生き物が棲んでいたとしてもおかしくないのかなって思うし……」
それに関しては否定し切れない。南とてその辺りの話のエキスパートではないのだ。
「宇宙人が居るか居ないかはともかくとして、まぁ、星がこれだけあれば、生き物の一つや二つは居るのかもしれないわね」
「……それってやっぱり宇宙人……」
赤緒とさつきの怯え切った表情に、南はわざと大きな声ではぐらかす。
「大丈夫だってば! もう、二人とも何びくついているのよ! 私たちはトーキョーアンヘルなんだから! 宇宙人が攻めて来たって何ともないわよ」
ただ問題があるとすれば、と南は懸念事項を浮かべる。
「……エルニィ、間違いなく天才なのよね。何だってあの子が日本のバラエティなんかにかぶれて……」
「――UFOは居る!」
「居る」
前をずんずんと歩くエルニィにルイは続く。
「宇宙人は居る!」
「居る」
とは言え、とエルニィは田んぼへと向かっていた。
「……ボクの頭脳じゃ、信じろって言うほうが無理なんだけれどね。大体、あんな安物の映像じゃ、嘘ですって言っているようなものだし」
一転して反対派に回ったエルニィに、ルイはじとっと睨みつける。
「何、居ないって言うの?」
「まさか! それこそロマンを忘れたって言うようなものだよ。居ることを証明するために、これからミステリーサークルを作ろう」
あつらえた用具はミステリーサークル作りに必須な物ばかりであった。
「……可笑しな話よね。居るって証明するのに、嘘っぱちを作るなんて」
「うん? そういうもんじゃないの? 要はお化け屋敷とかと同じなんだよ。あれだって、居るからって嘘を作っているわけじゃん。ま、ボクは霊的存在に対しても懐疑的だけれどねー」
足で稲を踏み締めて言いやるエルニィに、ルイは心底疑問の眼差しを振る。
「じゃあ何だってこんな無駄なことを?」
「無駄を愛せよって、どっかの人も言っていたし。居ないからじゃあ全部無駄ってわけじゃないでしょ? それに、ボクの頭脳だって万能じゃない。本当にあり得ないけれど、居るかもしれないのは一パーセントでもあるのなら、別に乗っかったっていいんだ」
「……それが嘘でも?」
「逆。嘘のほうが乗っかると面白い。そういうものじゃないの?」
悪戯な笑みを浮かべるエルニィにルイはふむふむと頷く。
「奇遇ね。私もそれには賛成よ」
「……にしても、ミステリーサークル作りって面倒だなぁ。調べただけでもそこそこの重労働なんだ、これ」
「じゃあ、やっぱり宇宙人は居るんじゃないの?」
「……まぁ、数人の大人が一夜で頑張って分業で作れば不可能じゃないし、意味不明な図柄のほうがより“それっぽい”。要はさ、夢を売っているわけ」
「夢を売る、ね。随分と俗っぽい話になって来たけれど」
「違うよ、俗っぽいからいいんじゃない。UFOは居て、宇宙人も居て、あの番組全部の作りが本物だったとすれば、でもそれって意味ないじゃん? って言う人間だって出て来るわけ。日々の生活には関係ないからね」
「……まぁ、楽しめる人間だけで楽しむ物だし」
「でしょー? そういうのを、世に言う夢を売るって言うんだってば。楽しめる人間にとっては最上の娯楽だけれど、他の人間はそうじゃないって。別に他人に楽しめって強制するものでもないし」
それにしても、とエルニィは額の汗を拭っていた。
「いやー……これ疲れるね。こんなの、大人でも無理なんじゃない?」
稲を倒しながら一定の紋様を作るのは想定以上の重労働だ。早速諦め調子になったエルニィへと、ルイは言葉を振る。
「やっぱり、宇宙人は居るんじゃないの」
「うーん……分かんない。でも分かんないから面白い」
「……あんたの行動原理もよく分かんないわ」
「それは――」
そこまで言ったところで土地の管理者が怒声を飛ばす。
「勝手に入って何をしておる!」
「やっば! ルイ、逃げるよ! やっぱり白昼堂々は無理みたいだ。ミステリーサークル作りは中止」
荷物を置いて逃げ去ったエルニィとルイは暫く行ったところにある本屋で足を止めていた。
その中にある、異様にページの分厚い本を捲り、エルニィは指差していた。
「ほら、ルイ。高い山なら、UFOの電波を受信しやすいってあるよ」
「……でも都内に高い山なんてないわよ」
「うーん……じゃあ作っちゃえばいいじゃん」
その言葉にルイも疑問符を浮かべていた。
「――高い山の代わりに、人機でやぐらを作るなんて。どうなっても知らないわよ」
《ナナツーマイルド》の中で呟いたルイに、エルニィは《ブロッケントウジャ》を操ってやぐらを構築していた。
それには自衛隊の面々も手を貸している。
「本当に……そのー、これって意味あるんですか?」
『うんうん。意味大アリだから。材料たくさん持ってきちゃってー』
シークレットアームを用いて細かい作業を積み重ねていく。そんなエルニィを横目に見ながら、ルイは買ってきた本のページを捲っていた。
「……自称天才。宇宙人は真っ昼間には現れないんじゃないの?」
『いんや、昼間にUFOらしき光源を見たって言う証言もあるんだ。だからこうやってやぐらを組めば……っと。さすがに自衛隊の面々に対して、宇宙人こーい、って大声で言っていると何事かと思われちゃう。ルイ、ラジオの準備は』
「一応は万全。波長を一定にすれば、宇宙人の声が拾えるって本当?」
《ナナツーマイルド》の中でラジオをチューニングするルイに、《ブロッケントウジャ》はやぐらの上にアンテナを上乗せして広域通信を繋いでいた。
『よし! これで万全のはず! 宇宙人、こーい!』
「……言ってるじゃない」