JINKI 152 秘めたし想いを

「了解した。だが、私だけでも……やれる!」

《バーゴイルミラージュ》が敵の進路を塞ぎ、そのまま両手に携えた小銃のトリガーを絞る。

「アルベリッヒレイン!」

 膨大な発火熱量が《バーゴイル》へと降り注ぎ、それだけでも敵はうろたえたのが伝わったが、撃墜までは油断はできない。

「逃がしはしない。銀翼の――! アンシーリーコート!」

《バーゴイルミラージュ》の翼を開き、そのまま加速度に任せて敵へと突撃する必殺技。

 基点となるスプリガンハンズを敵影へと据え、そのまま勢いを殺さずに突っ切ったように思われたが、不意に敵《バーゴイル》の動きが変容する。

 一機が不自然に前方に出て自分の攻撃を受け止めようとしたのだ。

「……馬鹿な! ただの《バーゴイル》でこのアンシーリーコートが止められるものか!」

 それは黄昏の色彩を誇る一撃。

 敵を葬り、そのまま灰燼に帰す。

 スプリガンハンズが血塊炉を突き破ったと思った瞬間、敵《バーゴイル》から不意打ちの信号が放たれていた。

「……この反応、自爆する気か! だが諸共はさせん! 離脱挙動に入る!」

 即座にアームレイカーを引いて《バーゴイルミラージュ》を後退機動に移らせる。

 その動きの中で、メルJは唐突な振動でかけていたサングラスを取り落としていた。

「しまった、サングラスが……」

 それと爆発の衝撃波が押し寄せてきたのは同時。

 メルJはスプリガンハンズを払って噴煙を引き裂き、仕掛けようとしていたもう一機の《バーゴイル》をも仕留める。

 その背後から躍り上がった《モリビト2号》がブレードを掲げ、《バーゴイル》を撃墜していた。

『よし! これで敵は一網打尽! よくやったな、ヴァネット!』

「……ああ、これくらい、は……」

 こちらの言葉が鈍っているのを両兵は目ざとく察知する。

『……どうした? 嬉しかねぇのか?』

「いや、その……」

 言いづらそうにする自分に両兵は切り込んでくる。

『負傷したのか? 立花を呼んでやる。どこを怪我した?』

「いや、怪我はしていないんだ。だが、その……サングラスが……」

『サングラスぅ?』

 意味不明とでも言うような両兵の声音に、メルJは落ち着きを取り戻したコックピットの中で、割れてしまったサングラスを拾い上げる。

「……割れてしまった、みたいだ……」

「――えーっと、メルJ。これは?」

「右だな」

「ふむ……視力の点で言えば問題なし、と」

 エルニィが視力検査用の器具を仕舞ってから、卓上にある割れたサングラスを凝視する。

「メルJ、これ視力矯正用じゃないよね?」

「まぁな。私は眼だけならばいいほうだから」

「空戦用人機に乗ってるんだ、眼が悪くっちゃ話にならないよ。でも……これがないと人機に乗れない、そうも言ってるんだよね?」

 こくり、と自信なさげに頷くと、嘆息を漏らしたのは両兵である。

「じゃあ要らねぇンじゃねぇか? 同じもの揃えるってのも難しいだろ」

「小河原さん、駄目ですよ、そんな言い方をしちゃ。何か大事な思い出の品かもしれないじゃないですか」

 夕食の準備をしながら赤緒がそう窘めるのを両兵はへいへいと軽く流す。

「思い出の品、ねぇ。しかし、何でサングラスなんだ? 何か本当にあンのか?」

「いや、別に……。これも特別高価なものでもない」

「……難しいこと言うなぁ、もう。じゃあ両兵、明日はメルJとサングラスを買うために一緒ねー」

 エルニィがとんと決めたものだから、赤緒と両兵が同時に驚愕する。

「何だってオレが?」

「何で小河原さんに?」

「いやー、だってボク今手が離せないし。何より今回の戦闘で大暴れしたのは両兵じゃん。だから、責任取りなって、責任」

「オレだけじゃねぇ! 柊だって居たろ!」

「そ、そうですよ。私だって居ました!」

「でも、赤緒だって眼は悪くないでしょ?」

「……そりゃ、そうですけれど……」

「それに何だか……ちょっと来てくれる?」

 エルニィが声を潜めて赤緒を廊下へと呼び出す。

「……何で小河原さんとヴァネットさんが二人っきりなんですか……」

「今理由言うから。……うーん、どうにも、さ。メルJ、あれには思い出なんてないって言うけれど、多分何かあるんだと思う」

「その……思い出が、とかですか?」

「いや、そんな簡単なもんじゃないのかもねぇ。もしかするとメルJが人機に乗り続けられた理由ってあのサングラスなのかも」

「……サングラスに何か思い入れでも……」

「だから、分かんないんだってば。でも、ここでメルJに、じゃあ我慢しろって言うのは、ちょっとできない。自分でも気づいていないんだ。サングラスがないと締まらないって言うのが。それを気づかせるのは両兵なら適任でしょ」

「わ、私でもできますよ……」

「赤緒にー? 無理でしょ。だって赤緒、眼鏡とかサングラスとか詳しくないし。……それに、ね。ここ最近、メルJには無茶な機動も頼んでいたから、ここはちょっとだけ休みのつもりって言うのもあるんだ」

 つまりはエルニィに思うところがあるからこその采配なのだろう。赤緒もそう言われてしまえば立つ瀬もない。

「……休暇ってことですか?」

「そういうこと。でもあのメルJに面と向かって休めって言っても休むわけないし。ここいらで理由が欲しいわけ」

「……そのためのサングラスを買うための方便ですか……」

「まぁね。でもまー、本当の話、さ。帰ってからメルJの様子がおかしいのは、赤緒だって分かってるでしょ」

「それは、まぁ……」

 どこかしなびたと言うか、覇気がないように感じるのは事実だ。

 何かサングラスに、自分たちでは及びもつかないような感傷でもあるのかもしれない。

 エルニィがひらひらと手を振って居間に戻ってから、赤緒は憂鬱なため息をついていた。

「……でもそれって、デートじゃないですか……」

「――やはりどこか……」

 鏡の前で立ち振る舞いを確認してみてもやはり、何か抜け落ちている感覚がする。

 それがあのサングラス一個による欠員なのかは分からぬまま、メルJはサングラスを仕舞って外に出る。

「おう、早いじゃねぇか、ヴァネット」

 柊神社の石段で待ち構えていた両兵に挨拶しようとして、メルJは何故だか戸惑っていた。

「いや、その……」

「ンだよ、気色悪ぃな。サングラス買ってとっとと帰ンぞ。せっかくの休みだってのに、何で他人様のサングラスを買うのに付き合わされなきゃならんのだ」

「そ、それは……!」

「……何ださっきから。ちょっと変だぞ、お前」

「へ、変じゃない……っ! ……いや、やっぱり変か?」

 どうにも落ち着かない。両兵を直視できない。

「変も変だろ。いつもの自信満々なメルJ・ヴァネットはどこ行ったよ? 何だか年相応の女みたいだぞ、お前」

「わ、分からないんだ。で、でもっ! とにかくサングラスさえ買えばどうにかなると……そう思う……多分」

「何で自信がねぇンだよ。……まぁいいや。サングラスっていや、その辺の露店でも売ってんだろ。安く見繕うぞ」

「ま、待ってくれ、小河原」

「何だよ。まだ何かあんのか?」

 歩み出しかけた両兵に対し、メルJはそっと手を差し出す。

「その……手を引いてくれないだろうか。サングラスがないと距離感が……」

「ああ、視力には問題ないって言っていたが確かにな。いつもあるもんがねぇと距離感は掴みづらいか。ホレ、手なら掴めよ、ヴァネット。減るもんじゃねぇしな」

「あ、ありがとう……」

 手を繋いで、両兵とは僅かに歩を引いて歩み出す。

 何でだろう。

 普段ならば気にも留めないのに、今日は周囲の眼がやたらと気にかかる。

 自分でも訳も分からず浮足立っている感覚だ。

「そんで、その例のサングラスは持ってきたんだろうな?」

「ふぇっ……! あ、ああ。持って来てあるが……」

「……今、さつきみてぇな妙な声出さなかったか?」

「だ、出してないぞ! 全然大丈夫だ……!」

 うろたえる自分に対し、両兵は怪訝そうにしつつもサングラスを掴んで割れた箇所を詳細に見やる。

「……あー、こりゃ逝っちまってんな。鏡面の部分が割れてら。修理……するほうが金かかりそうだな。ヴァネット、ひとまず顔見知りの露天商のところに行くぞ。確かサングラスなら売っていたはずだ」

「あ、ああ……そうだな……」

 手を強く引かれてメルJは胸が高鳴るのを感じていた。

 どうしてこうも動悸が早まるのか――理解する術を持たずに、メルJは両兵と歩くペースを合わせようとする。

「……何だか妙なもんだな。てめぇがオレの後ろを歩くなんざ」

「そ、そうか? ……いや、そうかもしれないな……」

「何で今日は全体的に自信がねぇンだよ。もしかして自信の大部分をあのサングラスが担っていたとか、ンなオチはねぇだろ」

「そ、そんなはずはない……と思う……」

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