「先ほどからすれ違う家族の子供たち……誰も彼もが着飾っていて……今日はお正月でもなければ、年越しでもないはずです。ともすれば時空が歪んでいるのでは?」
レイカルの疑問はどうやら先ほどから街ですれ違う人々のうち、家族連れの子供たちが着物を着込んでいることに対する懐疑であったらしい。
「ああ、そっか。今日って七五三なんだ」
ようやく思い至った作木にレイカルは目をぱちくりとさせる。
「……シチゴさん? 誰なんですか、それは」
そうか、と作木はレイカルの反応にズッコケそうになりつつも応じる。
「えっと……何て言うのかな。そういう催しって言うのか……」
「でも、創主様! 前に仰っていたじゃないですか! 着物を着るのはお正月で、浴衣を着るのは花火の時だって! ……ですが、今日は寒いですし、お正月まではまだ先です。……何かが起こっているのでは?」
そう言えばレイカルには七五三をまともに教えていなかったな、と作木は考え込む。
「……よくよく考えたら僕も、七五三って教えられないな。どう言えばいいんだろう……」
「分からないことですか? じゃあ、私、ヒヒイロに聞いてきます! ヒヒイロなら答えてくれるはずですので!」
フードから飛び出してそのまま上空を抜けて行ってしまうレイカルの背を止められず、作木は額を押さえる。
「うーん……レイカルにはどう教えるべきだったんだろ……」
「別に、戸惑う必要はないのでは? 私たちオリハルコンにとって縁のない行事ですし」
同じようにフードの中に隠れていたラクレスの言葉に、作木は呻る。
「でも……何かしてあげたいってのは本音なんだ。レイカルにはできれば、人間社会に慣れて欲しいって言うか」
「そうしたところで、あの子はどうせ、納得もしないでしょう」
「……そうなんだよねぇ……」
こっちで割のいい答えを探ったところで、レイカルのことだ。納得できずにヒヒイロや削里に聞きに行くのは目に見えている。
「でも、確かに考えたことなかったな。七五三って、どう説明すればいいんだろう」
「いいのではないですか、別に。大人になれば縁のない行事ですし」
「うん、でも……。あれって確かその名前の通り、三才と五才と、七才だっけ? そのための行事なんだよね?」
「詳しくは私もよくは。でも、レイカルに教えたところで、では何でそんな催しをするのですか、という根本の問いが返ってくるだけです」
確かに、と作木は苦笑する。
「……分からないものばっかりは仕方ないかなぁ。せっかく今日は久しぶりに小夜さんたちと外食でもって話になっていたのに」
「作木様の作ったフィギュアが売れたのですから、別に作木様だけでお祝いをすればよかったのでは?」
「うん、まぁラクレスの言うことも一理あるんだけれど、せっかくだからみんなと一緒にって思ったのは僕のほうだし。それに、ラクレスだって嫌だとは一言も言ってないじゃないか」
「それは……言わぬが華だと思っただけです」
ぷいっと視線を背けてしまうので作木は当惑しつつも、少し暮れかけた冬の空を眺める。
「早いねー……。ちょっと前まで暑かった気がするのに」
「毎年のことでしょう? 日本は不思議な風土ですね。一年の間に、何度も、まるで顔色そのものを変えるかのように世界が移り変わる」
「それも、ある意味じゃ日本特有なのかもね。ラクレスの居た場所では四季ってのはなかったの?」
「……ないわけではありませんでしたが、日本のようにじめっとはしていませんでした」
確かに日本は湿気が強い。そればっかりは仕方のないことだろう。
「……まぁ僕も、日本のことを分かった風な感じで言っているけれど、まだ大学生だし、言ったってそこまで分かっていないのかも」
「なら、レイカルにそう言えばいいではありませんか。自分だって分からない、と素直に」
「いや、そう言っちゃうと、レイカルは幻滅しちゃうだろうし、それに僕は創主であると同時に、レイカルとのパートナーだから。適当な答えを返すわけにはいかないよ」
「……私とも創主契約を結んでいます。私ともパートナーのはずですわね?」
「……あれ。ゴメン、怒らせちゃった?」
「……知りません」
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
オリハルコンとは言え、女子は恐ろしい、と痛感すると共に作木は曇り空を仰いでいた。
「……それにしたって、もう冬かぁ……。ほら、ラクレス。もうクリスマスケーキの予約だって。それに、初春のお祝いも。……この季節って急かされているみたいな感じがするね」
「……お嫌いですか? この季節は」
作木はうぅんと呻った後に、首を傾げていた。
「そうでもないんだろうけれど……何だか忙しいのはやっぱり慣れないなぁ、と思ってさ」
自分の気性がのんびり屋なのだろう。
この時期にこれまでのんびりしてきたツケを払わされるようで、どこか気後れしてしまう。
「……作木様。オリハルコンは創主の望みを叶えるもの。忙しいのが嫌でしたら、今からでも家に戻ってもいいのでは?」
「いや、そうもいかないだろうし。約束の時間までこの辺をぶらついているつもりだったけれど、レイカルが行っちゃったからなぁ……」
「落ち着きがないのです、レイカルは」
そう言いやりつつも、ラクレスだってどこか浮き足立っているのが読み取れる。
自分だけではないのだろう。
これから本格的な冬が来て、その度に暖房をつけ、温かい家に帰るのを心待ちにする季節がやってくる。
少しすれば雪が降って、季節は何事もなかったかのように移り変わっていく。
「……でも、ちょっと寂しいな。もう今年も終わっちゃうのかって思うとね」
「やはり、お嫌いなのではないですか? この時期が」
「……どうなんだろう。僕は、自分で今が嫌だとかそういうのはあんまり思ったことはないけれどでも……また来年って思うと、ちょっとだけね。変な話かもしれないけれど、憂鬱にもなるんだ。これっておかしいかな?」
「いえ、正常な人間の行動でしょう。何も冬が来るのが嫌なのは、作木様だけではありませんし」
「ラクレスも、冬は嫌い?」
「……いえ、私は……。そうですね、できれば寒い季節はあまり……。思い出したくないことも、思い出してしまいますので」
これ以上は彼女の傷を抉る行為となる。
そう判じた作木は言葉少なに、歳末に向かいつつある商店街を眺めていた。
「……でも、今年ともさよなら、か。それって結局、嬉しいのか、それとも寂しいのか……」
「――で、七五三が何なのか気になってここまで飛んできたと」
ヒヒイロはまたか、と額を押さえながらレイカルへと教鞭を振るう。
「そもそも、じゃ。お主、七五三を人物か何かだと勘違いしておるじゃろう」
「え、違うのか? シチゴとか言う人間のことじゃないのか?」
「……相変わらずじゃのう、お主。まぁ、そもそもオリハルコンには関わり合いのない行事と言えばその通りじゃから意識せんのも分かるがのう」
「でも、ヒヒイロ。教えてあげるのがあんたなんでしょ?」
揃い踏みした小夜とナナ子であったが、今日のナナ子は少し不機嫌であった。
「……教えなくったっていいんじゃないの? 七五三なんて、ろくなもんじゃなし」
「おや、これは意外ですね、ナナ子殿。あなたが苦言を申されるとは」
「……それはその……いい思い出がないって言うか」
小夜がちょいちょいとヒヒイロとレイカルを手招き、携帯に入っている写真を見せつける。
「これが三歳の時のナナ子。で、これが五歳の時のナナ子、でこれが……七歳の時のナナ子ね」
ほうとヒヒイロでさえも感嘆する。
「すごいぞ、ナナ子! お前、年を取らないのか!」
レイカルの純粋そのものの言葉にナナ子がテーブルへと拳で殴りつける。
「それを言うな!」
びくついたレイカルへと、ヒヒイロが察した声を出す。
「……なるほど、納得です」
「まぁ、人によって好きな季節嫌いな季節はあるものだけれど、ナナ子からしてみれば、七五三ってのは思い出の中じゃ、嫌な季節なわけなのよ」
「……第一、ワケ分かんないわよ。何で着物なんて着なくっちゃいけないんだか……」
ぶつくさと文句を垂れるナナ子に、レイカルは思い出したようである。
「あ、そうだ、ヒヒイロ。聞きたかったのはそれもなんだ。何で着物を? 着物ってのはお正月と、それにちょっと違うが浴衣は夏に着るものだろ? こんな寒い季節に、何で?」
「……それはもうそろそろ分かったころじゃないの?」
呆れ調子のカリクムにレイカルはずびしと指を差す。
「じゃあカリクム、お前には分かるのか? 何で七五三なら着物を着るんだ?」
「そりゃー、めでたいことだからじゃないのか? 小夜」
「……んー、私もよくは知らないのよねー。その子供の成長を祝うってのは分かるんだけれど」
「一説には、明治時代には成立した文化だとも言われております。昔は、子供も無事に成長するとは限らなかった時代もありましたから。七歳は“神のうち”、即ち神の子として人間が現世に完全に誕生する……言われてしまえばそれくらい、日本と言う国では成長はまれで貴重なこととして扱われてきたのです。七五三の際には神社に参拝に行き、氏神様へと着物を着込んで成長を報告するとも」
「……つまりは成長を祝う文化ってことよ、レイカル。まぁ、最近じゃ写真撮影だとか、あとは着物レンタルだとか、そういう生々しい文化もあるけれどね」
「……つまり、三才になると祝われる文化……ってことか? 何だかよく分からんなぁ……。だって私たちにおける三才っていくつだ? 三年なんてあっという間だぞ?」
あっ、とそこで小夜はオリハルコンの季節感と自分たちの季節感の違いに気づくのであった。
「……確かに。あんたらこれでも悠久の時を生きるオリハルコンだもんね。じゃあ七五三とか全くの無関係ってこと?」
「……無関係ってわけじゃないけれど、まぁ人間の文化だよな、それ。私たちオリハルコンからしてみれば、三年だとか五年だとかあっという間過ぎて、祝う祝わないのレベルじゃないだけだよ」
カリクムの言葉もある意味ではさもありなん。
彼女らの尺度ならば、三年五年などそれこそ季節が一回りするくらいは当たり前の出来事なのだろう。
「……でも、レイカルはそれを不思議がったってことでしょ? じゃあ、七五三に関しても教えてあげないと。……作木君も遅いしねぇ」
「今日は思い切って外食デートって意気込んでいたの、小夜じゃない。まぁ私はいつも通りでいいけれど、小夜は結構思い切ったカッコしているわよね」
「うっ……そうかしら? やっぱり変……?」
小夜は自身の気合の入りまくったドレスコーデを見渡す。
「変って言うより、あんたが嫌がっていたお人形さんみたいな恰好だってこと。ミスコンの時に男の目線がトラウマになっていた小夜と同一人物だとは思えないわよ」
「ま、まぁそれだけ私も成長したってことよ! ……いつまでも作木君相手に受け身じゃ何にもなさそうだし……」
「それが本音ってことね。いいんじゃないの、別に。小夜らしくって」
「わ、私らしいって……。って言うか、ナナ子。あんたこそらしくない。いつもだったら、レイカルたち相手に着物の一個や二個くらいぱぱーっと作ってあげるクセに」
「今日は気分じゃないの。……しかも七五三の着物なんて、よりにもよってって感じよ」
小夜はヒヒイロへと声を潜ませて言いやる。
「……今日のナナ子はちょっとおかんむりみたい。あんまり七五三の話題出すと、それこそ怒っちゃいそうね……」
「そうですね。しかしちょっと意外でした。ナナ子殿は何でも楽しむ性質だと思っていましたので」
「……人間、何があるか分からないって話よ。まぁ、ナナ子にとってもある意味じゃトラウマなんだと思うし、ここはそっとしておきましょ」
「なぁ、ナナ子ー。七五三の思い出とかないのか? あれだけ写真撮っていたんだろー?」