思わぬところでのレイカルのデリカシーゼロの質問に慌てて割って入ろうとした小夜であったが、その時にはじとっとした眼差しのナナ子がレイカルへと睨みつけている。
「うっ……いつものナナ子じゃない……?」
「レイカル、あんたねぇ……。まぁいいわ。あんたに怒ったってしょうがないし。それに私だって、別に七五三が特別な地雷ってわけでもないしね」
「あれ……? そうなの?」
毒気を抜かれるとはまさにこのことで、小夜はきょとんとしてしまう。
「そりゃ、いじられるのは好きじゃないし、子供の頃からこの時期になると、不老不死だーとか、妖精だーとか男子にからかわれてきたクチよ。今年は七五三やらないのかー、ってね。……でもまぁ、私ももう大人なんだし、そんなのと相手するのも疲れるって話」
「……意外に大人の対応なのね、ナナ子……」
「目くじら立てたって、いじって来る奴はその程度の男って話よ、それだけ」
それでも憂鬱な態度は崩せず、何だか小夜は自分のほうが悪いことをしてしまった気分になる。
「その……悪かったわよ。何だかあんたを……軽んじていたみたいで。私もそのからかっていた男子と同じ対応をしていたのかもしれないわ」
「……いいのよ、別に。気にしてない」
「……いい? 女子の気にしてないは、気にしてくれの合図だからね」
ヒヒイロへと囁きかけると、奥でテレビを観ていた削里がふとこぼす。
「レイカルは生まれてちょうど一年かそこいらだっけ? 人間の年に換算すると、それこそようやく神の子から人の子になったくらいの年かさじゃないのか?」
「馬鹿っ、削里さん……! 蒸し返さないでってば!」
レイカルは、なら、とナナ子へと臆せずに接する。
「ナナ子! いつもの奴、やってくれ! お前、何でも揃えられるんだろ? ミサイルからブラジャーまで!」
「……今日は気分じゃないの」
「でも、ナナ子の服がいいんだよ! いつもの感じでいいからさ!」
「……だから、気分じゃないんだってば」
ナナ子もほとんど不貞腐れている形なので、このままでは平行線であろう。
どうするべきか、と小夜が頭を悩ませる。
「あー、もう! 何でこんなことに……そもそも今日は作木君と外食デート! 私が主役のはずでしょう?」
それがどうだ。
ナナ子とレイカルの押し問答に巻き込まれてしまっている。
このままではせっかくの日取りが台無しだ。
「カリクム! あんたも一緒に考えて! 何とかして今日のデートは成功させたいんだってば!」
「……そんなこと言われても。ナナ子が機嫌悪いだけだろ。別にいいじゃんか」
「よくない! このままじゃいつまで経ってもナナ子はヘソ曲げたままだし、私だって気分よく食事したいの!」
「……ヒヒイロー、知恵貸してくれよ。このままじゃどうとか言われたって私もどうしようもないんだってば」
「そうじゃのう……。ナナ子殿。別段、七五三の祝いの着物は作らないでよろしいのでは?」
「……何よ、ヒヒイロ。あんたまでいじりに来るって言うの」
「いえ、そうではなく。この者、正月になってもいくつになっても同じ物を着古すことでしょう。ならば、今日は気紛れでよろしいのでは? どうせどの行事でも同じ着物を使うのです。ここはナナ子殿の寛大な心で、レイカルの普段着としての着物を仕立ててやると言うのは」
「……普段着としての着物、ね。高くつくわよ?」
「それくらいは構わぬの? レイカル」
「も、もちろん! 私だって着物が着たいだけなんだよ」
その答えにナナ子はようやく折れた様子であった。
「……分かった。ちょうどあんたのサイズの着物の布地ならあるから、それを着ていくといいわ。でも一個約束。私をもう二度と、七五三ネタでいじらないこと」
「や、約束する!」
それにしても、とヒヒイロが小夜へと囁きかける。
「ナナ子殿にも弱点があったとは。意外でした」
「何でも楽しむ性質のクセに、変なところでこだわりが強いからねー、ナナ子は。……でもそういうのも含めて、ナナ子なんだと思うわ」
次の瞬間にはナナ子はもう振り切ったのか、よしと気合を切れて針を通す。
「じゃあ、ナナ子様特製の、レイカルの着物を作ってあげる! もちろん、カリクムもね!」
――落ち合うレストランで待ち合わせるのもどこか性に合わないで、外で待っていると、ドレス姿の小夜と鉢合わせる。
「さ、小夜さん? えっと、その……すいません!」
「何でいきなり謝るのよ」
「ドレスコードとか分かんなくって、僕普段着なんで……」
「気にしないで。それに、今日は作木君に入ったギャラで食べるんだから、別にその辺にこだわりはないってば」
「創主様!」
ぴょこっと顔を出したレイカルは艶やかな着物に身を包んでいる。
「れ、レイカル? ヒヒイロのところに行ったんじゃ?」
「創主様! 七五三の着物をナナ子に作ってもらったんです!」
「あ、そうなんだ……って言うか、カリクムも?」
「……私は要らないって言ったんだけれどね」
「そうそう。ナナ子も今日は一緒に食事。ね? ナナ子」
「……別に七五三だとか、そういうんで作ったわけじゃないし。作木君!」
「は、はい……?」
唐突にナナ子に呼ばれて作木は硬直する。
「……七五三とか、どうだとか……そういうのはもうどうだっていいの。私ももう大人なんだし、いつまでも引きずるもんじゃないし……。ただ、レイカルたちに作ってあげたのは、この子たちになら七五三くらい、あってもいいんじゃないかって言う、気紛れよ」
「は、はぁ……。ありがとうございます……」
「……お礼言われることでもないんだけれど」
何だか今日のナナ子は虫の居所が悪そうだと思いつつ、レストランの扉を潜る。
「創主様! 私、七五三、楽しめています! これって創主様だけじゃない、ナナ子のお陰でもあるんです!」
「……ナナ子さんの? でもちょっと機嫌悪そうだったけれど……」
「ナナ子はそれでも、私とカリクムに着物を作ってくれました。それってナナ子も、七五三を心の奥底では楽しみたいんだと思います」
「……心の奥底では、か」
何があったのかは問うまい。
ただ今だけは、今日と言う日を祝おう。
レイカルたち、オリハルコンに七五三が意味なんてなくとも。
自分たちがただ漠然と、今日を祝うと言う意味だけでも。
祝杯くらいは挙げていいはずだから。
「じゃあ、今日は、作木君のおっごりー!」
「……はい。もっと頻繁にこういうこと、できればいいんですけれどね」
「……いいのよ、無理しなくって。少しずつでいいんだから。こういう特別な時間はね」
「よぉーし、カリクム。お前、どうせ着物での移動なんて慣れていないだろ! あっちからあっちまで競争な!」
「馬鹿っ……って、動きにくっ!」
よろけて転がったカリクムへとナナ子がしっかりと補助する。
「もう、何やってんだか。こだわって下駄まで履かせたんだから、破かないでよ」
「……ああ言いつつ、ナナ子。さっきまで機嫌悪かったのよ。ちょっとしたトラウマがあってね」
「あっ、そうなんですか。……でも、今は……」
今は、着物に慣れていないレイカルたちをサポートしてくれている。
その様子に作木は微笑んでいた。
「……何だろう。季節は寒くなってくるはずなのに、あったかいなぁ、こういうの」
「そうね。あったかいのが、一番、かな」
たとえ季節が冬を迎えようとも――今だけはきっと、あったかいはずだ。