JINKI 153 ドキュメンタリーを撮ろう

「あのー、立花さん? 何をやっていらっしゃるんですか?」

『見よ、彼女の口周りを。味見をするために味噌汁をちょっとだけ飲んだせいで、唇の端に付いているではないか』

「あっ、本当だ……じゃなくって! ……そのカメラ、没収ですよ」

 カメラを取られてエルニィはナレーション口調を区切る。

「あー、待って待って! 要るんだってば、それ! これでも仕事なの」

「仕事って……隠し撮りがですか?」

「違うんだってば。アンヘルのドキュメンタリーを作ってくれって依頼が来てねー。ボクがカメラマンで、で、さつきたちは黙って撮られていればいいから」

「撮られていればって……さっきみたいな変なナレーション付けるんですか?」

「変じゃないでしょ? 日本のバラエティ流」

 うーん、とさつきは呻る。どうにもエルニィの理解は少し常人を超えているようであった。

「あの、そういうのって、皆さん揃ってからにしません? 朝ごはんの準備も遅れちゃいますし」

「うーん、でも仕事だしなぁ……」

 そうかこつけて楽しんでいるようにしか見えないが、さつきは一応のところ納得して朝食の仕込みを行う。

「今日は鮭の塩焼きと、納豆とお味噌汁……立花さん? 何を撮ってるんですか?」

『おお、今日も豪勢な食卓が並ぶ柊神社。特に鮭の塩焼きが……朝から食欲をそそる……』

「そういうためにあるんじゃないでしょ、それ」

「うーん……でもなぁ、ありのままを撮ったほうが面白いって言われちゃったし」

「……誰にです?」

「南がテレビ局とコネが強いから。何か最近のテレビは何でもアリのご都合主義なんだってさ。だから素材になりそうなら何でも撮ってくれって言われたんだけれど」

「その何でもの中に朝食風景は入っていないんじゃ?」

「まぁ、それもそっか。さつきー、朝ごはん早く早くぅー!」

「……もう。でもカメラかぁ」

 エルニィが構えていたのは本格的なビデオカメラで、どこから仕入れたのだろうと裏返すと、そこにはエルニィのサインが躍っていた。

「……立花さん、これ手製ですか?」

「うん、そう。カメラなら貸してくれるって言ってたんだけれど、どれも古い割に重いしさ。自分で造っちゃった」

「……その模様をドキュメンタリーにしたほうが受けそうですけれど……天才科学者って言って」

「駄目だって。ボクは後からブロッケンに乗って登場するから。その時にサブカメラマンを用意したいんだけれど……」

「あの、私、やってもいいですよ? カメラマン……」

「ホント? いやぁー、これで実は困っちゃっててさ。カメラは造ったはいいけれど下手に扱われると壊れちゃう代物だから、メルJやルイには危なっかしくて持たせられないし、赤緒なんてもっとでしょ?」

 言われてしまえば笑って誤魔化すしかないが、確かに説得力はある。

「それに、ね。やってみたかったんだ! テレビ番組作り! ……南ってば全部自分で済ましちゃうんだもん。たまにはボクらだけでテレビ作っちゃおうよ!」

「テレビを……ですか? でもテレビって照明とか、音声とか色々必要なんじゃ」

「ああ、そういう細かい調整は全部パソコン上でできちゃうから。ボクを侮らないでよね!」

 エルニィが自信満々にそう言いやるということは心配しなくっていいのだろうが、そもそも――。

「ドキュメンタリーって何を撮れば?」

「何ってありのままだよ、ありのまま。そういうのを編集したのがドキュメンタリーなんだからさ」

「ありのままって……。今日は出撃もありませんし、お休みの日なので、皆さんゆっくりされていますよ? そんな時に、ありのままと言われましても……」

「だーから、ありのままが面白いんじゃん。赤緒なんて撮られていることに一ミリも気づかずにアホ面で起きてきちゃったし、さつきも今しがたまで気が付かなったでしょ?」

「ええ、まぁ……まさかドキュメンタリーを撮るなんて思いもしなかったですから……」

「そこがいいんじゃん。構えられて、さ。いつになく緊張しているよりかはありのままを撮ったほうが数字もいいに決まってる! 南から聞いたんだ。日本って視聴率、めちゃくちゃ気にするんでしょ? 何だか馬鹿みたいだけれど、半分くらいは分かるかなー。作ってみると、これがお茶の間に流れるんだって感じになって気が抜けないし」

「お茶の間に……? えっ、立花さん、これが日本中に流れるんですか?」

「うん、そうだけれど? 何か問題でも?」

「おっ、大ありですよぉ……。どうしよう……普通に素顔で映っちゃった……」

 エルニィは再びカメラを構えて面白がって自分を映し出そうとする。さつきはカメラから逃れようとして盛大に転んでしまった。

「あっ……今のは駄目だね、編集で消さないと。さすがにパンチラはまずいや」

「も、もうっ! 立花さん!」

「いやー、悪い悪い。さつきの反応があまりにも初々しいから、ちょっと遊んじゃった。えっとー、こういうビデオは初めて?」

「あ、……はい、初めてで……もう! 何を言わせるんですかぁ!」

 ぽこぽこと自分を殴りつける様子でさえも可笑しいのか、エルニィは笑って全く反省の色もない。

「にしてもさぁ、さつき。ドキュメンタリーなんだから人機の一個や二個は出すからその時は頼むね。ああ、ここを押せば録画だから」

 カメラの操作方法を教わりながら、さつきは朝食の席までビデオカメラを持ち込む。

 自分が変わったものを持っていることに誰も気にも留めないのか、いつもの朝食が始まってから、あっ、とさつきは気づく。

「どうしよ……お箸持てない……」

 左手に持ち替えようとしても持ち手が片方にしか付いていない仕様のため、カメラを一旦は置くしかないのだが、エルニィがハンドサインで示す。

「えっ、何……」

「さつきちゃん、何だかよく分からないけれど、お仕事みたいだから私が持つよ」

 赤緒の優しさにしかし、とさつきは慌てて断っていた。

 先ほど壊してしまえば元も子もないと教わったばかりである。

「あっ……大丈夫です! 私、その……一旦立花さんにパスしますので!」

 エルニィはカメラを受け取るなり、全員へとレンズを向けてから、またナレーション口調になる。

『これがトーキョーアンヘルの朝食風景である。……なるほど、今日の鮭はとても美味しい……』

「立花さん! お行儀悪いですよ!」

 赤緒の注意にも、エルニィは面白がってカメラを向ける。

『おや、朝食の団らんに満足いってないお方が一人。彼女は柊赤緒(16歳)。高校に通う、間の抜けた柊神社の巫女である』

「間の抜けたって何ですか! 取り上げちゃいますよ!」

「ああ、待ってって! 分かったよ、一旦置いて食べるから」

「そうしてください。……もうっ」

 赤緒は気づいてないが、カメラの録画は今も続いており、エルニィは指先だけでカメラのレンズを動かして赤緒を隠し撮りする。

『ふーむ……しかしそれにしても妙なところだけ育った操主である。ちなみにサイズは上から……』

「立花さん!」

「おっと……これ以上はやめとこ」

 エルニィがしかし、赤緒に気取られないように今度はルイを撮影するが、ルイはそれに勘付いて目線を振り向ける。

 ちら、と一瞥を配ってからVサインを送ってみせたルイにエルニィがナレーション口調になる。

『彼女は黄坂ルイ。トーキョーアンヘルでもトップクラスの操主だ。そんな彼女は朝食も早い。もう食べ終わっている』

「基礎よ、基礎。赤緒、おかわり」

「はいはい。あまり食べ過ぎちゃわないでくださいね」

 ご飯をよそう赤緒からレンズのピントを外し、エルニィはメルJへとカメラを向ける。

『彼女はメルJ・ヴァネット、その手腕は……って、馬鹿、メルJ。それはまずいってば! 銃は駄目! 降ろして!』

「……だったらレンズなんて向けるな。反射的に撃ち殺してしまうところだったじゃないか」

『……おっかないことこの上ない。……ちなみに彼女は国家を股にかける犯罪者である……』

 抵抗のつもりなのか、ぽつりと呟いてエルニィは補足する。

 さつきは何だか気が休まらずにその模様を眺めてから自分の茶碗に視線を落とす。

「カメラマンなんて、大丈夫なのかな……」

 ――ピントを合わせてから、被写体に向けて距離を正確に測ること。

 それが撮影の極意だと教わって、さつきは格納庫から歩み出てくる《ブロッケントウジャ》を撮っていた。

『いいー? さつき。カッコよく撮ってよ』

「分かっていますってばー。でも、不思議……私でも持てるくらいに軽いカメラなのに、こんなので撮れちゃうんだ……」

 当の自分は臨場感を出すために《ナナツーライト》の操縦席から格納庫を見下ろしている。

 何でもエルニィ曰く飛翔して撮ればきっと視聴率がうなぎ上りらしい。

「……本当かなぁ……」

『さつき、ブロッケン、出るよ!』

「あっ……えっとその……コホン。えー、あれがエルニィ立花……さんの、《ブロッケントウジャ》である。えーっと……その主戦力は後方支援に長け、アンヘルの中でも一番に強い人機で、キョムを千切っては投げ千切っては投げ……あのー、立花さん? 嘘はいけないんじゃないですか? このカンペ……」

 エルニィから差し出された台本通りに話していたのだが、《ブロッケントウジャ》が他の人機より勝っているのだと言われてしまうとちょっと一家言はある。

 エルニィは《ブロッケントウジャ》に乗ったまま言い返していた。

『事実は事実でしょー』

「で、でも……ブロッケンは後方支援特化で、そんな千切っては投げとか……」

『もう! お堅いんだから、さつきは。んじゃ、そのまま言ってくれていいから。ブロッケンの装備出すし、カッコよく撮ってね』

「か、カッコよくですか……了解です。えーっと、今出ているのは《ブロッケントウジャ》のシークレットアームです。何でも使えて便利、人機の補修や極地修復なんかにも使えちゃいます。今なら定価二百円……二百円……? 何これ」

『あっ! まさかルイってばいつの間にか悪戯書きした? ……もう! 台本通りにならないじゃん!』

 二重線で元の文字が消され、《ブロッケントウジャ》の説明にデタラメが書き込まれている。

 こんなことをするのはルイくらいなもので、エルニィもまんまと出し抜かれたらしい。

『あのさー、ちゃんとしてよ! ボクのブロッケンの説明なんだからね!』

「わ、分かっていますけれどそのー、本当に私たち全員の人機の紹介の時間なんてあるんですか? ブロッケンだけで一時間くらい撮れるスケジュールですよ?」

『素材はあればあるほどいいんだから。みんなの人機なんて、ほら、ちゃちゃーっと済ませちゃうからさ』

 それはつまり適当ということなのだろうか。

 こちらの怪訝そうな沈黙にエルニィは返答する。

『……分かったって。さつきの《ナナツーライト》は特別に撮影許可するし。これでおあいこじゃん』

「いや、その……別に撮影時間が欲しいとかじゃなくって、これじゃドキュメンタリーじゃなくないですか?」

『もう! 注文が多いなぁ、さつきは。撮影素材を撮り終えてからにしてよね、そういうの!』

「……と言われましても……結構かかっちゃいますよ、これ……」

 エルニィの台本通りならば夜までみっちりのスケジュールだ。

『昨日寝ずに考えたんだから、その通りにはしてよねー!』

「寝ずにって……。もう、立花さんも身勝手なんだから」

 ひとまずエルニィの指示通り、《ブロッケントウジャ》の撮影を終え、他の人機の紹介へと入っていく。

「よぉーし、こんなもんでいっか。じゃあまぁ、後はっと」

 エルニィは屋根に飛び移って昼間からのほほんと高いびきを掻いている両兵を撮影していた。

『視聴者の諸君、見えているだろうか。これがかの有名な、何度殺しても死なない男、小河原両兵である。血続以上の再生力を持ち、とんでもないことをこれまで何度もこなしてきた男で……』

「――うっせぇなぁ、何だ、立花。カメラか、それ」

「あっ、起きちゃった。ちぇー、つまんないの」

「耳元でゴチャゴチャ言われりゃ起きるっての。……何してンだ? 黄坂にでも頼まれたのか?」

「ううん、別件。ドキュメンタリーを撮ろうと思ってね」

「ドキュメンタリー? ……何でオレを撮ってるんだ?」

「そりゃ、好きなもの撮っていいってわけだし」

 そのレンズを両兵の手が塞ぐ。

「アホ。つまんねーことしてんなら、ちょっとは人機の整備でも……。何だ、展覧会みたいにわざわざ全機出して」

「だから! ドキュメンタリーなんだってば! 嘘でも冗談でもないよ!」

 両兵は訝しげにエルニィを睨んだ後に、飛翔している《ナナツーライト》に気づいて降りるようにサインする。

「えーっと……お兄ちゃん、何?」

「こいつもドキュメンタリーがどうだとか抜かしていてな。まさかとは思うが、さつき、お前手伝ったりしてねぇよな?」

 うっ、と両兵相手に嘘をつくのは心苦しいが、今正直に話してもいい方向には転がらなさそうであった。

「そ、そんなことないよ。全然……」

 両兵は気づいているのかいないのか、屋根から飛び降りてから人機を見渡す。

「立花、カメラ渡せ」

「……壊すんならやだ」

「壊さねぇって。いいから貸せってば」

 エルニィは両兵にカメラをパスする。

 両兵は少しいじった後にもう使い方を理解したらしい。

 レンズ越しの視線を人機へと向ける。

「いいか? こういうデカいもんを撮る時にはあおり気味に撮ってやるとデカさが浮き立つんだよ。わざと姿勢を低くして、んでモリビトなんかは箱っぽい見た目だから、こっちの画角から撮るとよく見える」

 なんと、両兵がエルニィに撮影講座を行っているので意想外過ぎてさつきは問い返してしまう。

「お、お兄ちゃん、カメラマンだったの?」

「いんや、そうでもねぇんだが、こういうものの心得はちょっとな。要は特撮とかの見せ方と同じなんだよ……って女子供に特撮説いても分からんか」

「んー、日本のヒーロー番組のこと? 観たことあるけれどそんなテクニックだったんだ?」

「さつきは……観たことなさそうだな……」

「あ、あるけれど……お兄ちゃんが観ていたかな」

「お兄ちゃんって……ああ、ヒンシか。あいつ好きだったもんな。んでもって、デカいブツは小さいのと対比にするとデカさが際立つ。ちょうどいいや、立花。《ナナツーライト》の下に潜って来い。そうすりゃ見栄えがよくなる」

「えー! ボクのブロッケンがいいー!」

「……ゴタゴタ言ってんな。ドキュメンタリー撮るんだろ? だったら、少しは貢献しろっての」

「むぅー……納得いかないなぁ、もう。はい、これでいい?」

「おう、そうだ。《ナナツーライト》は片膝で屈んだほうが見栄えよくなるな。よぉーし、角度そのまま!」

 コックピットの中で指示を聞きつつ、さつきは両兵の思わぬ協力に不可思議な気分だった。

「……お兄ちゃん、カメラとかそういうの詳しいんだ……」

 まだまだ自分の知らない面が出て来て、少し意外であった。

「ねー、まだー? ボク、もう飽きたー」

「……てめぇが始めたんだろうが。ならもうちょっとそれらしくしやがれ。ブロッケンとかは……高さの対比にはなっても人機特有のデカさは分かり辛いな。よし! さつき、こっち向いて旋回しろ。そのまま柊神社バックにして歩いてくれ。ちょっとでいい。マニピュレーター振りながら、こっちにメインカメラ寄せて!」

「こ、こう……」

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