JINKI 154 うららかな春のお茶日和に

「お茶なんて、いいご身分になったものよね、青葉」

 その言葉にどうしても突っかかりたくなってしまって、立ち止まったのを両兵が制していた。

「何やってんだ。喧嘩してる場合じゃねぇだろ」

「いや、でも……私……」

「そんなでもお茶なんて嗜んじゃうんだ? 本当、厚顔無恥ってこのことよね」

 分かっている、安い挑発だ。

 だが、自分と、そして南たちのこれからを侮辱されたようで、青葉はぎゅっと拳を握り締める。

「私……私は……! みんなと仲良くしたい。だから……!」

「いいんじゃないの。あんたの交友関係なんて私は関知しないし」

 だから――そんな言葉を吐かないで欲しい。

 自分とこれまで積み上げてきた理想を、簡単に突き崩されてしまうようで。

「……私はみんなとお茶を飲みたいの。静花さん、あなたとは違う」

 そう言い捨てて青葉は肩を怒らせて風を切っていく。

 両兵がその背中に少し及び腰になりつつも続いていた。

「……いいのかよ、あんな言い方して。そりゃ、オレも言えた義理じゃねぇけれどよ」

「いいの! 両兵でしょ! 元々は静花さんのところで調達しようって言い出したのは!」

 こうなった自分の意固地さを知っているのか、両兵は重いため息をつく。

「ああ、ったく……分かってンよ、オレが言い出したんだってことは。にしたってお前もそこまで意地にならなくってもよかったじゃねぇのか? あの人だって人の親だろ。ちょっとコーヒーを拝借するくれぇ、そんなにギスギスしなくたって……」

「両兵には! 分かんないよ……」

 そう分かりっこないのだ。自分と静花の確執など。

 どうあっても分かり合えないことを分かり切ることは、単純な断絶よりもずっと厳しい。

「へいへい、分からねぇよ、確かにオレにゃ。……でもよ、人間、切っても切れないのは親子の情ってもんだとは思うんだがな」

 両兵の言葉を皆まで聞くつもりはない。

 だが、それは分かり合える人間が居るから出る言葉なのだろうと言うのは窺える。

 たとえ他人事であったとしても、今は少しだけ踏み込んでくれる。

 ならば、それに甘えるのもまた、操主として、なのだろう。

「……ううん。でも私、両兵にまで甘えられないよ。だって、私も操主なんだもん」

「そうかよ。だからって、いつだっていいんだぜ。一人で背負うのがしんどかったら、分け合うのも操主だろ?」

 ポン、と頭に手が置かれる。

 何故なのだか、嫌な気はしなかった。

「分け合うのも操主……なのかな」

「応よ。……つーわけで、こっちの菓子はオレのもんな」

 ちゃっかり菓子類までくすねてきた両兵の胆力には恐れ入る。

 しかも高級菓子ばかりで、あの一瞬でそれらを嗅ぎ分けたのか、と思うと、青葉は少しだけいつもの調子に戻っていた。

「もう。両兵ってば野生の勘ばっかり鋭いんだから」

「そいつは褒めてんのか? まぁいいだろ。今日は茶会なんだからな」

「……言い方。“お”茶会ね?」

「……言い方変えたって変わりゃしねぇよ、アホバカ」

 何でなのだかは分からないが、今はその蔑称も少しばかり頼もしい。

「じゃあお茶会に行こっ、両兵!」

「引っ張るなってば! 菓子落とすだろうが、ったく……節操もねぇなぁ」

「両兵にだけは言われたくなーい」

 べーっと舌を出すと、両兵もいつもの調子に少しだけ戻ってくれたようであった。

「そうかよ! ……じゃあ行くぜ、茶会にな」

「――って、両まで一緒? 聞いてないんだけれど」

 南はお茶会の意味を汲んでいないのか、すっかりバーベキューの準備の様相に入っていた。

「……いや、南さん、お茶会なのでお菓子とか……」

「いーじゃない、別に。肉も食べられて、美味しいお茶も飲める! これって一石二鳥って奴じゃないの?」

 ウインクする南に少しだけ自分の重石を肩代わりしてもらった気がして、青葉も頬が綻ぶ。

「……はい! じゃあ皆さん、お茶会を始めましょう!」

 整備班に振る舞われていたのは相変わらず酒類であったが、今はあくまでも「お茶会」だ。

 馬鹿騒ぎはせず、皆が粛々とお茶を口に運び、そして話に花を咲かせる。

 そんな様子を、南は今日ばかりは珍しくコーヒーで見届けていた。

「あ、そう言えば南さん、コーヒー飲めるんですね」

「ああ、うん。普段は景気づけにお酒飲んでいるみたいなもんだから。別にどっちでもいいっちゃその通りなんだけれど」

「南ってばガサツだから、お酒飲んで素っ裸になってナナツーの上で小躍りするくらいだもんね」

「あーっ! こらぁ! ルイ! あんた、それは言わない約束でしょうが!」

 いつもの追いかけっこがまた始まる。

 そんな様子を眺めつつ、青葉はコーヒーを口に運んでいた。

「……本当、美味しい。みんなでお茶を飲むのが、こんなに美味しいなんて……」

「でしょー? やっぱり大人数が一番なんだから!」

「南さんもでも、いつかは誰かのためにお茶を淹れたりするんですかね。だってこの先、何があるか分からないんですから」

「えーっ、私がー? ないない。何なら神に誓ったっていいわ。その時は鼻からスパゲッティでも食べて逆立ちでもしちゃいましょう!」

「……言ったわね。覚えてるから」

 ルイもそう言いつつ、静かなティータイムを楽しんでいる。

 彼女らにとっての気紛れでも、自分にとっては大きなお茶会であった。

「……落ち着いてコーヒーを飲めるって、幸せなんだね、両兵」

「おう。まぁオレは酒もらっているけれどな」

「もうっ! 台無し! 両兵なんて知ーらないっ!」

「そう言うなって、青葉。そうだな、いつかは……こんなところで古代人機相手取るような時が終わるとすりゃ、その時は静かにティータイム嗜んだって、いいような気はするぜ」

「――って、そう言っていたわよね、両」

 呼びかけた南の声に、両兵はちょうど酒を漁りに来ていたところで、エルニィと南の二人分の視線に硬直していた。

「……何だ、随分と昔のこと言い出すんだな」

「まぁ、いいじゃないの。どう? 極上のコーヒー、飲んでいかない?」

「……たまにゃもらってみるか。タダだからな」

 コーヒーを抽出しつつ、南は言いやる。

「そういやあの時、あんた嘘ついたでしょ? 青葉に。あの時飲んでいたの、あの子の作ったコーヒーだったくせに」

「……忘れたね、ンな細けぇことは」

 ただまぁ、と両兵は芳しいコーヒーの香りを楽しみつつ、ふとこぼす。

「いいもんだよな。小春日和のお茶会ってのも」

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