JINKI 158 声で届けられるもの

 そう言っている間に高らかなリズムと共に始まったのは日曜朝の女児向けアニメであった。

『魔法少女サツキ! 頑張りますっ!』

 思わぬタイトルとそして流れてきた聞き覚えのある声に、赤緒は瞠目する。

「あれ? 何で……? って言うか、今の声、さつきちゃん……ですよね?」

「あっ、さすがの赤緒も気付いちゃった? いやー、南の手腕でねー。テレビ局で新しいアニメを始めるって言うんで、まぁ始めてみたもんなんだけれど、そこのプロデューサーが直前に失踪しちゃってさ。それで企画倒れかと思っていたところに、南がどうやら助け船を出したみたいで、じゃあこのアニメ、南が受け持たないかって、それで今日から始まったわけ」

「……えっと、つまり南さんが出資したアニメってことですか?」

「そう。マヌケよね、この主人公。階段から転がり落ちたわよ。複雑骨折級」

 ルイは真面目ぶった論調で女児向けアニメにありがちな表現を指差していると、エルニィがげらげら腹を抱えて笑う。

「いやー! 面白いね、これ。ブラジルでも、さ、日本のアニメって輸入されてきたこともあるんだけれど、何なの? こっちの魔法少女って言うカルチャーにはちょっとばかし興味はあるかな。だってさ、魔女でも、魔法使いでもなく、魔法少女ってのは、なかなかに趣深いものがあると思うんだけれどね」

 うんうん、とどこかで納得するエルニィに、赤緒は当惑の眼差しを向ける。

「……でもその……声って、さつきちゃんですよね?」

「そうそう。南が担当するんなら主演声優の声を決めてもいいよって話になって、で、この作品の主人公であるサツキもそもそもさつきがモデルだし、じゃあ本人! ってなったわけ」

「……そんな複雑な事情が……」

「とんだマヌケ面だわ。さつきそっくりね」

「って言うか、本人なんだけれどねー。しかし、この作品の脚本家、分かってるなー。さつき……じゃなかった、サツキちゃんの特徴を結構ベタに捉えていて一話にして作画的な盛り上がりもあって。ほら、日本の魔法少女ってなぁーんか冴えない女の子が魔法少女の力貰ってさ、それで敵とドンパチやるのが定番なんだけれど、これも真正面から王道のド定番。いやー、なかなかに挑戦的でもあるなぁー」

 おかっぱ頭でドジな主人公の魔法少女、サツキは言葉を話す不思議なアルマジロ、次郎と出会い、そして悪玉である“虚無”を倒すために冒険の旅に出ていくストーリーであったが――。

「……この話、大丈夫なんですか? だって固有名詞出っ放しですよ?」

「あー、まぁそれはそれ。ほら、日本じゃお得意の、“この物語はフィクションです。実在の人物や出来事とは”って言うのが発動するわけじゃん」

「……何だか大丈夫そうには見えないんですけれど……」

「まぁまぁ。想定内の出来事なんだし、そう何でもかんでも噛み付いていたら、いい物語なんて作れないじゃん。第一、人機を出していないだけでも優良だと思うべきだよ」

 しかし三十分尺のストーリーが進んでいくと、サツキは必殺技であるステッキからハート型のエナジーを出して、虚無の誇る改造人間を浄化し、それを救っている。

『大丈夫ですか? これで安心ですっ! そうですよね? 次郎さん!』

『そうマジ。これでもう、君は虚無の改造人間ではなくなったマジよ』

「へぇー……さつきちゃん、これで案外、声の演技上手いんですね……。何だか本当に声優さんみたい……」

「結構努力していたみたいだよー? ト書きを覚えるのとか、人機の訓練の合間にやっていたのを見たし。ボクもそれをちょっと盗み見たけれど、案外三十分のアニメって覚える台詞多いんだね」

「……でも、さつきちゃん、大変じゃないですか? だって、中学生をしながら、声優業って……」

「何言ってんのさ。ボクら、それ以前にアンヘルなんだから。こっちが本職!」

「あ、そうでしたね……。でも、これって毎週やるんですか?」

「みたいだよー? 五十話だっけ、これの前番組は」

「ご、五十話? それって毎週……?」

「ええ。それにしても、作画クオリティが高いわね、この作品。スタッフがかなりのカロリーを使っているはずよ」

「あれ? ルイさん、アニメとかに詳しかったんでしたっけ?」

「カナイマじゃ、日本の娯楽とかが入って来ていたのもあるし、その中には年代物のアニメとかもあったのよ」

「ふぅーん……そうなんだ……」

 画面上のサツキがくるっと一回転した際にスカートから覗く下着が見えたが、これも演出なのだろうか。

 赤緒は訝しげにエルニィの肩を突く。

「あの……今見えましたよね?」

「あー、うん。あの程度、誤差の範囲でしょ」

「いや、描いているのは人間ですから、誤差も何も……。よくないんじゃないですか? アニメですよ、アニメ」

 赤緒はアニメの“ア”の部分にアクセントを置いた喋り方で注意する。

 それに対してエルニィはやれやれと肩を竦めていた。

「お堅いなぁ、赤緒は。いい? アニメを作っているって言ったって、人間が描いているんだからさ。そりゃー、同じ絵とずーっと睨めっこしているんだったら、少しくらいはスケベな絵の一枚や二枚は入れたくなるでしょ」

「うーん……でも何だか現実のさつきちゃんの下着を見られたみたいで、ちょっと嫌ですよ……」

「何言ってんのさ。今赤緒が言ったんじゃん。アニメなんだからさ。これは作り物、現実とは一切関係はないんだし」

「……とは言ってもなぁ……。そう言えば、当のさつきちゃんは?」

 きょろきょろと見渡すが、さつきは台所にも居ないようであった。

「あー、何だかこの放送を観てから、次の話以降の打ち合わせに向かうって言っていたなぁ」

「こんな時間に? 日曜の朝ですよ?」

「赤緒って本当に日本のアニメについて分かってないんだね。こんな朝でも、ボクらみたいに朝っぱらからテレビの前に座って、こうして女児向けアニメを観ている人間が大勢居るわけ。まずは第一話の視聴率を確認してみて、それで展開とかを考えていくんでしょ」

「く、詳しいんですね、立花さん……」

「まぁ、テレビ局には何度かお邪魔したこともあるし、企画に噛ませてもらったことも何度かね。それにしたって、まぁまぁの作り込みだったなぁ」

 販促用のコマーシャルが流れ出す。つい先ほど画面内のサツキが握っていたステッキがどうやら今日からもう売り出されるようであった。

「よし! ルイ、買いにいこっか」

「そうね。それを振ってさつきをいじるとしましょう」

 二人の不純な動機を聞きながら、赤緒は画面の中で手を振るサツキへと手を振り返す。

「……でも、何だかなぁ。さつきちゃんは平気なのかな……」

「――み、南さん……。みんながその……私の……!」

 うろたえたさつきへと、南は涼しげな様子で言いやる。

「ああ、パンチラだっけ? さつきちゃん、あれは魔法少女サツキちゃんであって、さつきちゃんじゃないんだから、誰も気にしないわよ」

「で、でもですね……! ……はぁ、受けなきゃよかったなぁ……」

「でも、さつきちゃん、このアニメがいずれ輸出されてお兄さんにも届くんなら、やってもいいかもって言ってくれたじゃない」

「そ、それはそのぉー……確かに前向きに考えるとは言いましたけれど、まさかいきなり主役の声をやれなんて言われるとは思わないじゃないですか」

 そもそも、企画に悩んでいた南に偶然お茶を差し出したところから始まった出来事なので、何もかも偶然に過ぎないのだが、それでも自分の流され体質には若干の嫌気も差すと言うもの。

「でも……誰も観ていませんよね? だって、こんな朝早くの放送だなんて思いも寄りませんし……」

「黄坂さん! すごい視聴率ですよ! 女児向けアニメの歴史を塗り替えたかも!」

 モニター室で待っていた自分たちへと、新任のプロデューサーが飛び込んでくるなり視聴率のグラフを指差す。

 そこには右肩上がりの視聴率が描かれており、さつきはあわあわと困惑する。

「ど、どうしよう……。あんなの観られたら、もう学校に行けませんよぉ……」

「いやー、案外分かんないんじゃない?」

「いや、でもエンディングのところにハッキリと、私の名前が……!」

 エンディングクレジットには「サツキ 川本さつき」と書かれている。

「いや、まさか本名だなんて誰も思わないってば。第一、この事知ってるのは一部の人間だけなんだし、この調子で頼みたいって、アニメスタッフからもOK貰ってるんだから」

「いや、でも私の演技が……日本中に?」

「バッチリでしたよ! 川本さん! この調子で第二話以降のアフレコも頼みますよ!」

「……だって。よかったじゃない、さつきちゃん。声の演技には不安もあったんでしょ?」

「あ、それはまぁ……。でも、でもですよ? お話と私を混同しちゃう人とか出たりして……」

 こちらの不安を他所に、南は楽観的に手を払う。

「そんな大人げないの出るわけないって。大体、これは女児向けのアニメなんだから。いい大人はこんなの観ないってば」

「いや、結構色んなアニメ誌に広告打ってますんで、もしかしたらもしかしてかもしれませんよ! よかったですね! 黄坂さん!」

 戻っていくプロデューサーの声を聞いて、さつきは南をじとっと睨みつける。

「……南さん?」

「あー、いやー……。ま、まぁよかったじゃない! 世の中には視聴率が悪ければ打ち切りもあり得るんだから!」

 目を泳がせてから言いやるものだから、さつきはすっかり参ってしまう。

「……でも、私からしてみれば打ち切ってもらってもいいんだけれどなぁ……」

「そんなに自分をモデルにしたキャラクターが出るのは嫌なの?」

「そ、それはそうじゃないですかぁ……。第一、私、魔法少女とか言われたって……」

「うーん、日本人って何で魔女でもなければ魔法使いでもなく、魔法少女なのかしらねぇ……」

「それは……私もよく分かりませんけれど……」

 しかし、子供の頃はこうした魔法少女ものに憧れた気持ちが全くないわけでもないので、頭から否定できないのが辛いところでもあった。

「……でも、今ってこういうのがウケるんですかね……。変身ステッキになりきり衣装……」

 テーブルに居並んだ関連商品を手に取っていると、ステッキには自分の声が入っていた。

『虚無の改造人間はやっつけちゃう! 魔法少女サツキ、いっきまーす!』

「うわっ! し、喋りましたよ……、南さん……」

「収録したんだから喋るでしょ。それにしても、よくできているわねぇ。日本って変なところの技術だけは上がっているって聞いたけれど、これもその一部かしらね」

「へぇー……。でも、こんなの、誰も買いませんよね? だって私が魔法少女なんて、あり得ませんから」

「――虚無の改造人間はみんなやっつけちゃう! 食らえ、マジカルアルファー!」

 なので柊神社に帰るなりエルニィとルイがお互いに購入して遊んでいたのがあまりにも想定外で、さつきは開いた口が塞がらなかった。

「あっ、さつきちゃん。……すごいよね、アニメに出るなんて」

「あ、赤緒さんまでっ? ……うぅ……恥ずかしいですよぉ……」

 耳まで真っ赤になっていると、エルニィとルイが、おっ、とこちらに気づく。

「本物だ! さつきー、あれやってよ、あれ! 必殺技のコール!」

「私も聞きたいわ。マジカルアルファーなんでしょ?」

「む……無理ですっ、無理……! って言うか、どうせステッキの中に音源が入っているじゃないですか! ……分かっていて言っていますよね?」

「あれ? バレちゃった。おかしいなぁ、アニメのサツキちゃんはこんなに賢くはないはずなんだけれど」

「アニメと現実をごっちゃにしないでくださいよ……。お夕飯を作りますので……」

 疲弊したまま台所に立つと、つまみを調達しに来た両兵と鉢合わせする。

「お、おにい……小河原さん?」

「おっ、何ださつき。どうかしたか?」

「う、ううん、別に……。あの……お兄ちゃんは、そのー……朝のアニメなんて観ないよね?」

「朝のアニメぇ? ……その時間は寝てるな。何だ、何か面白いのでもあったのか?」

「う、ううん! 何でもないの」

 両兵が観ていないのを確認するだけでいいのだ。下手なことを言って観られてしまうと沽券にかかわってくる。

「……にしても、今日は何だ、騒々しい。てめぇら! メシの席で何やってんだ、ったく……」

「えっ、両兵知らないの? 魔法少女サツキ……むぐっ……!」

 さつきはその言葉が放たれる前にエルニィの口元を押さえて、愛想笑いを浮かべて廊下へと連れ出す。

「な、何でもないの、すぐにお夕飯作るから!」

 廊下でようやくエルニィを解放すると、彼女は大げさに息をつくのだった。

「……さつきってばさぁ……別に今知られなくっても、どうせ知られるんだからいいじゃん」

「だ、駄目ですっ! 特におにいちゃ……小河原さんに知られるのは駄目なんですからっ!」

「えー、何でー? だって面白いじゃん。さつき、名実ともに魔法少女だよ? こんな面白いこと、両兵にも共有すべきだと思うなぁ」

「駄目なんですってば! ……もう、立花さんもルイさんも、悪ふざけばっかりは……。あっ、ルイさんが……」

 ルイを確保し損ねたことに気づいて居間へと戻ると、ルイは両兵の前でステッキを振っていた。

『虚無の改造人間はやっつけちゃう! 魔法少女サツキ、いっきまーす!』

 既に収録ボイスが放たれた後だったので、さつきは終わった、と肩を落とす。

「ほぉ……最近のおもちゃってのはしゃれてるんだな。うぉっ……ここ開くぜ。へぇー、ここにアイテムを突っ込んで遊ぶわけか」

「あ、あれ……? お兄ちゃん、何ともない?」

「あン? 何言ってんだ。これ、おもちゃだろ。オレがガキだった頃から進歩してンなー。昔はこんなのなくってよ、本当に棒にハートがくっついているだけのショボイのだったんだよなー。今は音が出て、光りもするんだから、技術の進歩ってのはすげぇな」

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