JINKI 158 声で届けられるもの

「……あのー、何か気づいたことは……」

『私、魔法少女サツキ! 虚無をやっつけちゃますから!』

「ん? ああ、このアニメの主人公もサツキってのか。偶然の一致なんだろ? まさか、お前が主役なわけねぇし、大方立花と黄坂のガキにいじられンのが嫌だったんだろ。分かってるっての。こいつはアニメで、お前本人をいじったりはしねぇよ」

 それはそれでありがたいのだが、両兵は本当に自分の声なのだと分かっていないらしい。

「えっと、その……。ゆ、夕飯を作ってきますね!」

 台所に戻ると赤緒は声を潜める。

「……どうだった?」

「小河原さん、どうやら私だとは思っていないみたいで……。でも、どうしましょう、赤緒さん。このままじゃ、いずれは私だと気づきますよね……?」

「うーん……。どうにかして、南さんに打ち切ってもらうことはできないの?」

「それが……どうやら盛況みたいで……。視聴率もいいんで、十二話までは確定みたいです……」

「そっかぁ……。でも、さつきちゃん、すごいじゃない。この年にして人機の操主とアニメの声優さんなんて」

「で、でも複雑な気分なんですよ。アニメの主人公のサツキはどんどん私に寄せていくって方針みたいなんで、このままじゃいずれ私が声やっているってバレちゃいますし……」

 活躍の場を設けられていること自体はそこまで嫌な気分ではないのだが、いざその活躍を身内に知られるのはやはりくすぐったさを超えて羞恥の念が先立つ。

「……そうだよね……。でも、逆に考えるのはどう? ホラ、絶対にさつきちゃんじゃないって、小河原さんなら思ってくれるって。まさか操主をやっていて、声優までやるなんて思わないじゃない」

「……うーん、でもいずれは分かっちゃうんじゃないんですかね……。だって、あの声を聞いて私の声だって思わないわけないですし……」

 二人して渋面を突き合わせていると、居間からお気楽な声が漏れ聞こえてくる。

「赤緒ー、さつきー、ご飯はー?」

「遅いわよ、さつき。魔法少女は先手必勝なんでしょう?」

 蒸し返すルイにさつきはため息をつく。

「も、もうっ……! 今から作りますから、待っていてください。あの……赤緒さん。くれぐれも小河原さんにだけは……」

 口の前でバツ印を作ると、赤緒も心得たのか口の前でバツ印を作る。

「う、うん……。秘密、だよね……分かった」

『――こんなところで、負けてられない! てやーっ!』

「ふわぁ……おはようございま――って! 小河原さん?」

 テレビの前に座っている両兵を日曜の朝から発見して、赤緒は思わず驚愕の声を上げる。

 しかも、よりにもよって観ているのは、件の『魔法少女サツキちゃん』であった。

「おう、柊。朝っぱらから寝癖すげぇな」

「えっ……嘘……。じゃなくって! 何で朝からテレビ観ているんですか!」

 自分の身体で画面を隠すと、両兵はむっとして言い返す。

「テレビ観てちゃいかんのか」

「いや、そういうわけじゃ……。あのー……今の番組、観てました?」

「……いんや。偶然かけただけだが?」

「で、ですよねー……。そうだと思いたいですし」

「にしても、日曜の朝っぱらからアニメなんてやってるんだな。まだ八時だぜ?」

「ま、まぁ、女児向けアニメですし……」

『虚無の企みは許しません! 倒しますっ! てやーっ!』

 どう聞いてもさつきの声にしか聞こえないアニメの声を聞きながら、両兵は訝しげな視線を投げる。

「……なぁ、このアニメの主人公、さつきそっくりの声だよな?」

「え……ま、まぁそうです……かね?」

「ま、似た声の人間なんてごまんといるだろうし、本人じゃねぇにせよ、立花だとか黄坂のガキだとかがいじる要因にはなるかもしれねぇな」

 立ち上がった両兵に赤緒は少しだけ毒気を抜かれた気分であった。

「あれ? えっとー……何かあるんじゃ?」

「ん? 何かあンのか?」

「い、いえっ、とんでもない……」

「そうか。いや、マジに偶然、アニメやってんだなって観ていただけなんだよ。思えば昔は女児向けだとかどうだとかあんまし考えずに観ていたよなーって思い出してな」

「……小河原さん、ずっとカナイマに居たわけじゃないんですね」

「まぁ、本当にガキん頃の話だ。ほとんど覚えてもいねぇ。ただ……こうして日本じゃ、平和にアニメやってるってのだけが変わらんのは、少しありがてぇな」

「……ありがたい、ですか?」

「おう。オレらが肩肘張って守らんでもいいって話だろ。下手に肩に力入るとよくねぇし、いいんじゃねぇの? 平和そのものみたいなもんでよ」

「……ある意味じゃ、こうして平和を守っているのも、ブラウン管越しですけれど、さつきちゃ……この子も同じなのかもしれませんね」

「ああ。ま、魔法少女だとか云々ってのはガキの理屈だが、それでも救われるガキも居るわな。世の中魔法でどうにかなりゃ、オレらがキョムと戦う理由もねぇし。……ホント、さつきそっくりのキャラだな。ある意味じゃ、こうして見れるのは安心だ」

「安心、と言うのは?」

 両兵は寝転がって中天に呟く。

「日曜の朝早くにアニメやってンのもそうなら、さつきそっくりなキャラがこうして魔法少女だとか言ってンのもそうだって話。地球の裏側じゃ、未だに内戦状態。それだってのに、この……さつきそっくりのキャラは、逃げるでもなく、真正面から虚無に……あ、ここで言ってんのはこの番組のほうのヤツな? 敵と真正面から戦うなんてなかなかできる話じゃねぇ。そういう点でも安心ってわけだ」

「……フィクションでも、小河原さんはさつきちゃんの……お兄さんみたいな気持ちで観たいって思ってるんですね」

「まぁな。一応兄貴呼びされてるんだ。それなりにあいつのことも心配だってこった。そこんところは、頼り甲斐のある兄貴でありてぇとは思ってるからよ。……柊、これ、さつきには言うなよ。後ろから見守ってやんのが兄貴の仕事だ。真正面から守るだの何だのってのは、言わねぇもんなんだよ」

「……はいっ! さつきちゃんもきっと喜ぶと思いますっ! 小河原さんがその……このアニメのキャラクターも、お兄ちゃんとして見てくれているってだけで」

「……まぁ、な」

『きゃーっ! 衣装が溶けちゃう……!』

 アニメの中では今日も過激なお色気描写が展開されている。

「あ、あはは……最近のアニメって過激なんですねー……」

「……にしたって、このアニメの主人公、マジにのろまだな。さつきに悪い影響与えないか心配になってくるぜ」

 その心配は要らないのだが……と考えて、赤緒は言わないことにしておく。

 一つや二つくらい、さつきだって秘密があってもいいはずだろう。

 それが魔法少女だとかそうでないとかではなくっても――彼女の秘密は彼女だけのものだ。

『私は魔法少女サツキ! あなただけは絶対に許さない! 倒しますっ!』

「……にしても声だけは、そっくりなんだな」

 そう呟いて両兵はテレビから視線を外していた。

 ――魔法で救えるものも、この世にはあればいい。それがたとえフィクションであろうとも。

 赤緒はそう考えて、テレビの中で奮闘する魔法少女にエールを送る。

「……さつきちゃん、頑張ってね」

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