視線を交わし合う月子とシールに、エルニィは先導してパソコンのキーを叩いていた。
「どっちにしたって、ここまで潜ったんだ。何食わぬ顔をして出て行けってのは無理でしょ」
「……にしたって、こんなところにあるなんてな。キョムの外部バックアップが」
「ここって、日本の離れ小島だよね。キョムはそこまで手を広げていると思ったほうがいいのかも」
「どっちにしたって、現状じゃ、ボクらはトーキョーアンヘルなんだからさ。ここで起こったことも、メンバーには内密にって話だもんね。まぁ、辛い身分と言えば辛いと思うよ、二人とも」
「いや、オレたちは別にいいんだぜ? エルニィ。でもよ、こんな機密、一人で抱えるのには重いだろ」
「そうよ、エルニィ。シールちゃんもこう言っているんだし、私たちを頼ってくれていいんだってば」
「頼り甲斐のあるメカニックで助かっているよ、ホント。……じゃあこれで、フィニッシュだ!」
エンターキーを押すと四方を囲む筐体から甲高い音声が発し、ここが傍受されたことを意識する。
そんな中で、エルニィは一枚のフロッピーディスクにデータを移送させ、狭苦しい一室を逃げ出していた。
月子とシールも同じで、彼女らはパソコンを背中に担いで遁走する。
そんな自分たちへと、予定調和のように降り立ったのは《バーゴイル》三機編成であった。
「ツッキー、シール! ここはボクが引き受けた! 来い! ブロッケン!」
襲いかかろうと銃剣を跳ね上げさせた敵影に、《ブロッケントウジャ》が地の底から出現し、その腕を掴み上げてそのままねじ切る。
砲撃仕様に固めた《ブロッケントウジャ》へとエルニィは額の上でアルファーを翳しながら、イメージを加速させ、《バーゴイル》の編隊を叩きのめす。
砲打が浴びせられる中で、敵のプレッシャーライフルの火線も舞う。
ひとまずコックピットに収まったエルニィは血続トレースシステムに腕を通し、よし、と意気込んでいた。
「……ここで逃げ込めなくっちゃ、何のためなんだって言うね……。ブロッケン! 撃墜しにかかるよ!」
砲身の長いレールガンを両脇に構え、そのまま照準して《バーゴイル》へと引き金を絞る。
《ブロッケントウジャ》は僅かに姿勢制御系が重たいが、それでも引き剥がしにさえ成功すれば、この局面は逃げ切れるはずだ。
『エルニィ! こっちはもう《ナナツーウェイ》で離脱にかかる! オレたちは所詮、メカニックだからな! あまり戦場に長居はしていられない!』
「ああ、分かっているよ、シール! ボクも機密を抱えているんだ、おいそれと逃げ帰してはくれないのも分かっているけれど、ここは逃げに徹するとしよう」
レールガンを速射させ様に、パージさせ、その質量分を軽量化させる。《ブロッケントウジャ》は直後には踵を返していた。
背面に装備したフライトユニットの翼を広げ、飛翔機動へと入り、エルニィは先ほどまで自分たちの居た離れ小島が爆発の火炎に押し包まれているのを直下で目にする。
「ふぅー……何とかギリギリって感じだね。にしたって、こんな隠密行動めいたことをするのもボクらしくはないって言うか……友次さんとかの分類でしょ、これ」
『その友次さんからの直々の話なんだから仕方ないだろうが。オレと月子とエルニィの少数精鋭って言われりゃ気分も悪くないけれど、なかなかにハードミッションだったと思うぜ』
エルニィはポケットに入れていたフロッピーディスクを取り出し、ふぅんと訳知り顔になる。
「……キョムの内情、か。にしたって時間制限つきの電撃作戦、上手く行くとも思っていなかったけれどね」
『それで少しは、キョムの人機運用が分かるって、友次さんは言っていたけれど……』
不安そうな月子の声に、エルニィは後頭部を掻く。
「よく分かんないや。ボクも言っちゃえばメカニックみたいなもんだからなぁ。前線はほとんど任せ切りだし、どうにもこういうのは……ってのもある。メルJやルイならもっと食いつきもよかっただろうに、どうしてボクらだったんだろ」
『それを無事にトーキョーアンヘルに持ち帰れる人間、って言う選出だったんじゃねぇの?』
「……まぁ、友次さんの考えていることなんてよく分かんないんだけれどね。あの人、暗躍が趣味みたいなものだし」
フロッピーディスクを鞄の中に入れ、エルニィは飛翔高度に達した《ナナツーウェイ》の背中を見据える。
月子とシールはいくら人機を動かせる貴重な要員とは言え、元々はメカニック専門。あまり前に出していい戦力とも思えない。
せめてその背中くらいは、自分が保護しないと、とエルニィはアームレイカーに入れた腕を強張らせた、その直後であった。
「……高熱源反応? ……これってまさか!」
《ブロッケントウジャ》を咄嗟に反応させ、向き直った先に居たのは――純粋な黒に染まりし――銀翼の来訪者であった。
「……《ダークシュナイガー》……のコピー、か。まさかこんなに早く戦力を揃えているとは思わなかったよ」
『それはこちらの台詞でもある。立花博士、まさか生きていたとはな』
想定外の声に、エルニィは瞠目する。
「……その声、まさかJハーン……いいや、違う! 奴は死んだはずだ!」
何度も生き死にを繰り返せるとは思えない。ならば、相手はJハーンの人格データのコピーか、あるいはそれさえも超越した――。
『エルニィ! ヤバい奴なのか?』
「……まぁ、ちょっと因縁でね。にしたって、《ダークシュナイガー》のコピーなんかで追ってくるなんて。相当にこの中身は持ち出されちゃまずいみたいだ」
『立花博士、分かっているはずでしょう。それはキョムの生産ラインを予測して、どこで、どう人機が建造されるのかを仔細に刻まれている。アンヘルに持ち込まれれば一手先を行かれてしまう。よって、ここで撃墜されていただきたい』
「冗談。ボクはまだ死ねないもんね」
『エルニィ。もしもの時には、援護射撃くらいなら……』
「駄目だよ、シール。操主ならいざ知らず、メカニックにJハーンの……これは恐らくモドキだと思うけれど、メルJ相当の操主の相手はさせられない。相手は空戦人機の使い手だ」
『でも、エルニィ! ブロッケンじゃ……!』
月子の心配の声が響くも、エルニィはあっけらかんと笑ってみせる。
「大丈夫っ! ボクは前回こそ人質を取られていたけれど、今回は違う。……何なら、Jハーン、真正面からそっちに勝ってみせる!」
『息巻くのはいい。それだけ獲物の鮮度も上がるものだ』
《ダークシュナイガー》がハンドガンをこちらに据える。
照準警告――それも一個や二個ではない。
分かっている。自分が設計したのだ。
《シュナイガートウジャ》ならば、一気にアルベリッヒレインで相手を蜂の巣にしてから、銀翼のアンシーリーコートで出力面でも《ブロッケントウジャ》を圧倒できる。
「……でも、嘗めないでよね。ボクだって操主だ!」
『退かないと。そうだと断じるのならば容赦はしない。ここで両断する』
敵機はスプリガンハンズを携え、殺気の波をこちらへと向けてくる。
相手が真にJハーンであろうとなかろうと、ここでは関係がなかった。
逃げ切るのには、《ダークシュナイガー》を撃墜しなければいけない。そうでなくとも戦闘不能にまで追い込むのには、生半可な覚悟では不可能。
「……いいね、ノって来た……」
乾いた唇を舐めてエルニィは一呼吸で、《ブロッケントウジャ》に加速度をかけさせていた。
「――ファントム!」
しかし《ブロッケントウジャ》は空戦人機ではない。あくまでも換装を念頭に置いた、オールラウンダーだ。
よって、純然たる空戦人機の性能を持つ《シュナイガートウジャ》のコピーには一手及ばない。
《ダークシュナイガー》はそれこそ空間を飛び越えるように容易く、こちらの超加速の針路に現れる。
『立花博士、あなたは研究者として優れているが、操主としては中の下程度。この私と真っ向勝負など馬鹿げている。何せ、私はあのメルJと相打ったのだ』
「相打った? 違うね、メルJは勝ったんだ! お前に……キョムの縛り付ける運命とやらに!」
『ならばここでも、その運命とやらに打ち勝ってみせるといい』
スプリガンハンズの横薙ぎの一閃を《ブロッケントウジャ》は長物で防御する。
一回転させた槍の穂を突き上げて一撃を与えようとするが、敵機はすぐさま直上へと逃げていた。
「機動力の差、思い知らされるなぁ……。自分が造ったものとは言え」
『《ダークシュナイガー》はそれだけではない。キョムで独自のチューンを施してある。純正の《シュナイガートウジャ》を軽く三倍は上回っているだろう』
その言葉に、エルニィはぴくりと眉を跳ねさせる。
「……気に入らないね、それ。ボクの造ったシュナイガーが未完成品だったみたいな言い種で」
『事実、そうなのだろう。あのままではただ速いだけの機体であった。それを複製し、そして強化したのは我が主、セシル様の教えだ』
出てきた名前にエルニィは思わず詰問していた。
「……彼はまだキョムに居るの」
『答える義務はない』
その返答も、ある意味では相応。しかし、この戦いで勝たなければ、いずれにせよ意味はない。
「……そう、まぁ分かっていたけれど。じゃあさ、勝ったほうが答えるってことにしようよ。分かりやすくっていい」
『立花博士、勝てるとでも?』
「どうかな? 案外、これまでやってこなかった対戦カードじゃない? 《ダークシュナイガー》対ブロッケンなんて。なら、どう転がるのかは分からないよね?」
『……想定していたよりもあなたは計算通りを重視しないのだな?』
「まぁね。計算式が見えていた頃なら、そろそろ絶望もしただろうけれど。リアルは計算式なんかじゃ決して割り切れないんだ。なら……計算の向こう側に行こうじゃないか」
『後悔する。ファントム!』
加速度に入ってこちらを切り裂こうとした《ダークシュナイガー》の反応へと一拍早く応じて、《ブロッケントウジャ》の躯体をかわし様に腰にマウントしていたライフルを一射する。
しかし、《ダークシュナイガー》はその射線をゆうゆうと飛び越えて大空に円弧を描いていた。
「……さすが、シュナイガーは速いなぁ……。でもま、ボクもこの程度じゃ、諦めが悪いってね!」