JINKI 161 モーニングの美味しい朝には

 ライフルでこちらへと肉薄する《ダークシュナイガー》へと弾丸を見舞おうとするも、どれもこれも紙一重で回避されてしまう。

『遅いぞ! その程度で、《ダークシュナイガー》を墜とせるとでも!』

「遅くたってさ! これが《ブロッケントウジャ》の戦い方なんだ!」

 飛び込もうとした相手に、再び槍へと持ち替えての打突。

 如何に相手の反応速度が速くとも、不可能な間合いであったはずだが、その間合いを飛び越えたのは、何と敵そのものが武装をパージしての緊急回避だった。

「アルベリッヒレインの一部構造を剥離させた?」

『嘗めないでもらおうか! 操主としてはわたしのほうが上ェっ!』

 横合いからスプリガンハンズを軋ませるのを、エルニィは瞬時に槍で交錯させ、そのまま弾かれ合う。

 ぜいぜいと息を切らしながら、その打ち合いの行方を見据えていた。

「……格闘兵装である槍も、スプリガンハンズの強度には負けるか……」

『立花博士。あなたはある意味ではもう用済み。キョムには既にあなたのデータはあるのです。なので、ここで一操主として、撃墜するのに何の躊躇いもない。……ですが、温情は与えようと思っているのですよ。こちらに降伏するのならば』

「言っちゃって。どうせボクらの回収したデータが欲しいって言うんでしょ」

『分かっていらっしゃるのなら、こちらに。《ブロッケントウジャ》は大破させずに返しましょう』

「……それも嘘だろうに」

 相手に自分たちを逃がす理由なんてない。

 それに、今は《ブロッケントウジャ》一機に視野が狭くなっているが、《ナナツーウェイ》を狙われてしまえばこちらにも打つ手はなくなってくる。

 できるだけ自分との一騎討ち、と言う形に持ち込むのが最適解だが、敵もそろそろ頭が冷えてきた頃合いだろう。

『……渡す気がないのならば』

《ダークシュナイガー》の攻撃の矛先が月子とシールに向いたのを関知して、エルニィは機体を横滑りさせていた。

『アルベリッヒレイン!』

 残存する火力だけでも、《ブロッケントウジャ》程度ならば圧倒できる。

 エルニィは《ブロッケントウジャ》の四肢の裏側に有するリバウンドブーツを前方へと展開し、防御皮膜を形成していた。

「嘗めるな……ッ! ボクのブロッケンを! リバウンド――フォール!」

《モリビト2号》ほどの出力は得られないが、それでも付け焼刃にしては充分のはずだ。

 アルベリッヒレインの火力をそのまま転写し、跳ね返した出力に敵がうろたえたのが伝わった。

『リバウンドフォールだと!』

《ダークシュナイガー》の反応が一拍遅れたのが分かる。

 それぞれ両肩と胴体、そして細やかな火砲がダメージを受け黒煙を上げている。

 しかし、それは相手だけの不利にはなり得なかった。

《ブロッケントウジャ》は出力無視のリバウンドフォールを実行したせいでオーバーヒートに陥っている。

 それぞれのシークレットアームは根元より削げ落ち、盾代わりに使ったリバウンドブーツは損壊していた。

『……だが、そちらも無事では済まなかった様子。ならば、互いに……次の一撃が決着となる……!』

「そうみたいだね。でもまぁ……負ける気はしないけれど」

『強がるだけ強がるがいい。結果はもう見えている。行くぞ! ファントム!』

 敵影が掻き消えるのと同時に、《ブロッケントウジャ》の躯体を仰け反らせてエルニィは奥歯を噛み締めていた。

「赤緒ができるんだ……ボクだって……空中ファントム!」

 超加速に至った人機同士がぶつかり合い、干渉波を拡大させてその武装同士を絡めさせたが、直後には槍の穂が砕け散っていた。

「強度の限界か……」

『上回ったぞ! 銀翼の――!』

 直上を取った《ダークシュナイガー》が必殺の息吹を見せつけるのを、エルニィは操縦桿を目いっぱいに引いて向かい合い、肩部にマウントされていたくの字型ブレードを投擲していた。

『そんな的外れの攻撃! アンシーリー、コートッ!』

 敵影が黄昏の色相を帯び、直後には強大な物理エネルギーを流転させ、自分へと真っ逆さまに落ちてくる。

 その加速度、性能、どれを取ってしてみても圧倒的。

「……ブロッケンじゃ、シュナイガーには勝てない、か」

『今さらの物分りで!』

「……けれどさ。勝てないかもしれないけれど、意表を突くのはできるでしょ」

 瞬間、《ダークシュナイガー》が硬直する。

 そして、自らの脇腹に突き刺さったくの字型ブレードを思い知っているのだった。

『……な、に……』

「これでもボクは天才だからさ。ブーメランくらいは得意なんだよねぇ。それもどこに投げりゃ、どう返ってくるのか、なんてことは」

 目論み通り――ブレードは《ダークシュナイガー》の血塊炉を射抜いている。

 この硬直が明暗を分けるはずだ、とエルニィはボロボロの《ブロッケントウジャ》に命じていた。

「これで最後だ! Jハーン! ファントム!」

 中空で動きを止めた相手へと、穂の欠けた槍を奔らせ、そしてその武装を振るっていた。

 敵の血塊炉を真正面から引き裂き、ブルブラッドの血流が迸る。

『き、さま……ッ!』

「どうやら操主としても――ボクのほうが上だったみたいだね」

 直後、《ダークシュナイガー》が分散する。恐らくは生存を第一に掲げた離脱機構であろう。

 バラバラに砕けた《ダークシュナイガー》を目にして、ふと呟く。

「……ああ、何度も見るもんじゃないなぁ。自分の設計した人機がぶっ壊れるなんて」

 意識を手離しかけた自分を、後ろから抱え込んだのは《ナナツーウェイ》だ。

『エルニィ! おい、聞いてるか!』

「……聞いてるよ、シール。今、ちょっと眠いから後にしてくれる?」

『ったく……。このまま東京までひとっ飛びで帰るぞ。友次さんには今回の件は貸しだって言っておかないとな』

『エルニィ、本当に大丈夫なの?』

「ああ、うん。……追撃は来ないとは思うけれどでも……Jハーンが生きていた? いいや、あれは人工知能かもしれないし……。どっちにしたっていいニュースじゃないや。それにしても、何て言うか」

『うん? どうしたの、エルニィ』

《ブロッケントウジャ》のコックピットは赤色に塗り固められ、今もテーブルモニターには各種警告が浮かび上がっている。

 そんな、ほとんど死に体の状態でも、今は何だか生きているのが奇跡的で、そして笑えて来ていた。

「いや、ちょっと、ね。いやぁ……強かったなぁ。シュナイガーのコピーとは言え」

『呑気に言ってる場合かよ……。まぁ、いいや。生きてるんなら儲けもんだろ』

「そうだね、生きてるなら儲け……。あれ? シール、心配してくれた?」

『してねぇって。この間の飲みの借り、なしにされたんじゃ堪ったもんじゃねぇからな』

「ああ、そうだね。二万だっけ?」

『三万だろ。お前はうわばみみたいに呑むんだからなぁ』

『シールちゃんも酔っぱらっていたじゃない。あの時は』

『うっせぇな。どっちだっていいだろ、そんなの』

 月子の指摘に言い返すシールの存在に、少し救われた気持ちでエルニィは昇ってくる朝日を眺めていた。

「それにしたって、とんだ夜明け前の攻防だ。ボクはやっぱ、後方支援が性に合ってるかもね」

 その時、きゅぅ、と腹の虫が鳴く。

 シールと月子の操る《ナナツーウェイ》を仰いで、エルニィは頬を掻いていた。

「お腹空いちゃったなぁ。……モーニングにしよっか」

「――ふわぁ……おはようございまぁ……あれ? 立花さん? 何で起きてるんですか?」

「起きてちゃ悪い? 赤緒ってば、アホ面ー!」

 居間でトースト片手に自分を笑い飛ばすエルニィに、赤緒はもうっ、と憤慨する。

「朝から馬鹿にしないでくださいよぉ!」

「馬鹿にしてないって。アホみたいな顔してるから、それを指摘しただけ」

「それを馬鹿にしているって……でも、珍しいですね」

「何が? 起きてるのが?」

「いえ、それもなんですけれど……トースト」

「ああ、これ? いやぁー、さつきに何か頼むのも悪いし、たまには自分で朝ご飯くらいは用意しないとなぁ、って思って」

 チーズを乗っけて焼いただけの簡素なトーストだったが、赤緒は何故か無性にそれが美味しそうに見えていた。

「……同じの、作って来てもいいですかね」

「何で? 赤緒、太っちゃうよ? 朝ご飯の前じゃん」

「いえ、でもそのぉー……一仕事終えたみたいな感じのそれが、ちょっと美味しそうで……」

「ははーん、がめついね。でもまぁ、一仕事ってのは本当かな」

 エルニィのことだ、きっと朝までパソコン仕事だったに違いない。

 赤緒は簡素なコーヒーを二人分設え、エルニィの横でカリカリに焼いたパンを頬張っていた。

「……美味しい……」

「コーヒー、サンキュー。でも、赤緒も意外だなぁ。こういうの、よくないですよ、って言うタイプじゃなかったっけ?」

「いえ、今はその……立花さんのその、モーニングに合わせたくて」

「人のが美味しそうに見えちゃうタイプ? こういうのジャパンじゃ何て言うんだっけなぁ。隣の芝がって言う奴?」

「もうっ。茶化さないでくださいよ。……けれどまぁ、たまにはいいじゃないですか」

「……そうだね。たまには赤緒と肩を並べて、トースト齧るのも悪くないや」

 互いにマグカップを掲げ、そっと合わせてから、少しほろ苦いコーヒーをすすっていた。

 ――さぁ、今日も朝が来る。

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