「いえ、カリクムの奴がどうにも。おとしだま、をもらうらしいのですが、それはどうやら年長者の特権だそうで……。何なのでしょう? まったく分かりません」
分からないのが今はある意味では助かる。
そうでなくっても万年金欠の状態。この調子でお年玉をねだられた日には、さしもの自分でも今月を生き抜けるのかどうかが怪しくなってくるだろう。
しかし、と作木は思い直す。
ある意味では、レイカルとは血縁以上の存在。だと言うのに、お年玉一つを渋っていていいものなのか、と。
「……ちなみにレイカル、お年玉は何に使うつもりで……?」
こわごわと尋ねるとレイカルは小首を傾げる。
「……落とした球を何かに使えるのですか? なら、敵をやっつけられる武器ですかね。球なら射程も高そうですし」
どうやら根本から誤解してくれているのは、嬉しいやら情けないやら。
だが説明すればレイカルのことだ。欲しがるに決まっている。
「……うーん……どう言うべきなのかなぁ」
「説明が難しいのですか? ……本当に何なのでしょう、おとしだま……。何かの技の暗号でしょうか?」
「あー、うぅん……。そういうわけじゃないんだけれど……」
「ではどういうわけで……」
そこで割り込んできたのはラクレスである。妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は例の如くレイカルを嘲笑していた。
「レイカルってば、お馬鹿さぁん……。お年玉の意味も知らないなんて」
「なっ! だったならラクレス! お前は知っているんだろうな?」
「もちろんよぉ……。それにしたって作木様、別にオリハルコンなのですからお年玉なんて気を遣わなくってよろしいですのに」
「いや、それはその……ある意味気持ちの問題だから」
レイカルにあえてその本論の言及を留めていると、むきーっと憤りを浮かべる。
「な、何なんだーっ! ラクレスと創主様だけで分かったような気になってー! おとしだまが何なのか、ではヒヒイロに聞いて参りますからー!」
「ああっ! またガラス割って行っちゃった……」
がくり、と肩を落とすとラクレスはそっとフォローしてくれる。
「ですが、作木様にお年玉なんてねだろうとは思いませんので、ご心配なく」
「うん……何だか情けない限りだけれど、助かるよ、ラクレス。……でも、レイカルって何が欲しいんだろう。クリスマスとかでも何でも喜んでくれるから、いくらでもよさそうと言えばよさそうなんだけれど」
「甘いですよ、作木様。あれでもし、お年玉が何たるかを知れば、それ相応の額を出さなければいけなくなります」
「……詳しいんだね、ラクレス」
「別に……。これしきは一般常識なだけです」
そう言えば、ラクレスの元創主は子供だったはず。ならば、お年玉の機会にも恵まれていたのだろうか。
「……僕は本当に、最高でも五千円くらいかなぁ、もらった記憶って。あっ、でも母さんに預けちゃっていて、いつも使ったか使わなかったか曖昧だったか」
「それは預けた、ではなく、使われた、のでは?」
「今となっちゃ、それも分かるんだけれど、なにせ子供の頃は純粋だったからなぁ……」
ある意味では出来上がった仕組みの一つなのだろう。
お年玉を親が預かると言って実際に預かっていることなんて稀だと知ったのは、中学に上がった頃合いだろうか。
もちろん、母親は自分のために使ったと言ってくれていたが、果たしてどこまでが本当なのかは疑問ではある。
「……とは言え、そういう制度じみているのは間違いないよね。お年玉かぁ……」
「作木様は、何才までもらわれていましたか?」
「中学校……二年生まではもらっていた記憶があるけれど……。そこからは何だかんだで誤魔化されているって言うか……まぁ、そういう家だったからなぁ」
「……特別貧しかったわけでは」
「ううん。むしろ全く逆かな。貧しくはないんだけれど、まぁ、僕は長男じゃないから、そういう感じだっただけなんだろうと思う」
「……失礼を」
「いや、いいんだってば。別にお年玉がどうこうで嫌な思い出があるわけじゃないし。……ただ、誰かにもうあげる側になったって言うのだけは、ちょっと意外かもしれない。もっと年齢を重ねてからの出来事だと思い込んでいたから。……そうだなぁ、ポチ袋あったかな……」
無論、フィギュア尽くしの自分の部屋にそのようなものがあるわけもなく、作木は余っていた折り紙を器用に折り曲げ、即席のポチ袋を仕上げていた。
「やはり、作木様は器用ですわね」
「いや、これくらい誰でも……。とは言え、問題は中身だよね?」
「気持ちでいいのだと思いますよ」
「……ちなみに聞くけれど、オリハルコンにお金を使う概念ってある?」
「いえ、それこそ気持ちです。確かに、私たちは万能に近い存在ではありますが、どこかから物を拝借する時、気持ちとしてお金を置いていくことはございますので」
「あー……そっか。オリハルコンなら何でも持ってきちゃえるもんね」
削里から一度聞かされていた犯罪に登用されるオリハルコンの例もあると言うのを思い返す。
せいぜいフュギュア程度の大きさ、それでも大の大人の掌くらいでしかない――そんなオリハルコンも悪用しようとする創主が居れば、大金など簡単に物にできてしまうだろう。
そのような事件が巻き起こらないのは、ひとえに削里たちのような正統創主の働きと、ヒヒイロのような強力なオリハルコンが目を光らせているがゆえに。
事件解明に当たれば彼らほどのエキスパートも居ないはずだ。
常日頃の網にかかるほど、都心の創主たちは馬鹿ではないと言う意味でもある。
「オリハルコン犯罪ならばヒヒイロたちの分類。私が出るまでもありません」
まるで心の内を読んだかのようなラクレスの言葉に作木は苦笑してしまう。
「……でもそっかぁ……。じゃあお金をあげても喜んでくれるとも限らないんだね」
「ですがここでお年玉を渋っても、いい結果にはならないかと。どうせヒヒイロから聞き出せば、作木様にお年玉をねだるのは必定でしょう」
「だよねぇ……。うーん……こうなっちゃえば、僕の財布からでも……」
しかし、財布から出てきたのはレシートばかりで、千円札がたったの一枚である。
「……これじゃあ、カッコつかないなぁ……。しかもめちゃくちゃ皺になっているし……」
「お年玉は新札なのだと窺ったことがあります」
「新札かぁ……。うーん、まぁ普通に銀行もATMも開いているけれど、レイカルはいくらなら納得してくれるんだろう……」
それが全く分からないのだ。
もしかしたら、五百円程度でもいいかもしれないし、ともすれば数万円を要求されることもあり得る。
悩む作木を他所に、ラクレスはいいのではありませんか、と声にしていた。
「お気持ちなのですから」
「いや、その気持ちって言うのが……一番にくせ者かもしれない。気持ちだから少額でいいのか、普段の気持ちだから高額になるのかって言う……。ああ、でもそっか」
「何かお気づきに?」
「いや、だから親戚とかにもお年玉ってばらつきがあったんだなぁ、って今さら分かっちゃった。これも、お年玉をあげる側にならないと分からなかったことかもしれない」
「無理をなさることはありません。何なら一円玉でも、レイカルは喜ぶかもしれませんよ」
「……さすがにそれは、良心の呵責があるって言うか……。じゃあラクレスは? 何円くらいなら喜んでくれる?」
「私は気持ちですので。相応ならば」
「いや、ゴメン。これってズルだった。普通、聞くもんじゃないよね。お年玉、何円でいいか? なんて」
「別に、いくらでもよろしいかと思いますよ? 作木様が無理をされるのが、私たちオリハルコンからしてみれば最も辛いのですから」
「……そう言ってもらえると助かる面もあるけれど、そうだなぁ。ちょっと、預金通帳と睨めっこしようか」
しかし、待てど暮らせど、通帳の額が増えるわけがない。
「……それにしたってお年玉って、小夜さんたちはあげているのかな……?」
「――で、お年玉が何たるかも分からないが、とにかくもらえない雰囲気だけは伝わったのでこちらに飛び出してきたと」
かくかくしかじかと事情を語るレイカルに、そもそも、とヒヒイロは制していた。
「お主、お年玉が何なのか、分かってねだったのか?」
「うん……? あれだろ? 武器か何かなんだろ? だからみんな欲しがるんだ」
レイカルの認識にヒヒイロが頭を抱えていたが、小夜はその様子を見やって嘆息をつく。
「……作木君、初詣以来なかなか来ないわね」
「このままじゃ学校始まっちゃうわねー、小夜ー。その前に、デートくらいはしたいんでしょ?」
「うーん……でもこの季節に作木君を誘おうにもねー」
そうは言いつつ、日帰り温泉ツアーを企画しようといくつかのサイトを巡っていた。
「そもそも、じゃ。お年玉をもらってお主、如何にする?」
「いや、でもだな、ヒヒイロ。お年玉をカリクムはもらったそうじゃないか。それって不平等だ!」
「……カリクム、あんたそんなこと自慢したの?」
呆れ返ったこちらの論調にカリクムは頭を振る。
「いや、してないわよ。ただ、ちょーっとからかい甲斐のある話題として話しただけで……」
「それを自慢したって言うのよ、世の中じゃ。おっ、この温泉宿、ちょっといいかも……」
「はぁー、私の創主はこれだからなぁ」