レイカル28 1月 レイカルとお年玉

 肩を竦めるカリクムに小夜はむっと言い返す。

「何よ。お年玉の額はあげたでしょうに」

「額の問題じゃないんだよ。気持ちって言うのかなぁ」

「あら、でもカリクム。もらった時、やたら跳ね回っていたけれど、あれでも不満だったの?」

「あっ、馬鹿、ナナ子それは……」

 慌ててナナ子を制そうとしたカリクムに小夜は、なぁーんだ、とぼやく。

「あんたももらって嬉しいんじゃないの。澄ましちゃってさ」

「……う、うるさいな。ちょっとくらいは……舞い上がってもいいでしょ」

 紅潮したカリクムが視線を逸らす。

 これで可愛いところもあるのだから憎めないとでも言うのだろうか。

「それにしたって、私たちだってお年玉もらえる立場だって言うのに。削里さーん、ないんですか? お年玉ー」

「要求するような年齢になってからはお年玉はあげないのが俺の主義でね」

 そう言いつつ削里は詰め将棋の本を片手に駒を配している。

「……でも、高杉先生も薄情よね。いつも顎で私たちを使っているくせにお年玉がこれぽっちなんて」

「気持ちだよ、気持ち。お年玉って言うのはね」

「それにしたってポチ袋に手紙と二千円だけってケチ臭過ぎませんか?」

 手紙にはそれなりの達筆で普段のダウンオリハルコン退治の謝辞が書かれているが、結局、煙に巻かれているような感覚がするのは嘘ではないのだろう。

「うーん……俺が子供だった頃はお年玉なんて五百円とかだったんだ。今が高額過ぎなんだよ」

「削里さんの子供の頃って、そりゃあ私たちとは感覚が違いますけれど」

「昔は五百円握り締めて、それで買えるおもちゃがあるっていうだけでも嬉しかったもんだ。まぁ、俺は流行のおもちゃとかそういうのは結構無縁な生活ではあったんだけれど」

「じゃあ何買っていたんです?」

「駄菓子かなぁ……。五百円あればしばらくは豪遊できたし」

 何だか不憫な気がして小夜はそれ以上の言及はよしておく。

「して、レイカルよ。作木殿にお年玉をねだる気にはなったかの」

「うーん……おとしだま、って言うのが武器じゃないのは分かったけれど、何でお金なんて渡すんだ? 意味あるのか? それ」

「……根本から正月行事を揺るがすようなことを平然と言うわね、あんた……」

「でもちょっとは気になるかも。ヒヒイロは何か由来とか知ってるの?」

「詳しいわけではありませんが、元々は丸い鏡餅であったらしいことは存じております。その餅を子供に振り分ける際の時に呼称するのを“御歳魂”、と。一年を生きるのに必要な生命を分け与えることが変形し、それが結果として金銭になったのはまださほど時は経っていないはずです。少し前まではおもちゃを与えることもあったとか」

「要は、さ。最近の子供はがめついんだよ。お年玉をくれー、だとかね」

 駒を打つ削里の論調に、小夜は噛み付いていた。

「でも、子供だって選択肢があったほうがいいじゃないですか」

「その結果、高額になっていった歴史だってあるんだから。気持ちってところと命ってところを忘れちゃ駄目だってば」

「小夜。でも、私たちだってある意味、いつまでももらえる立場じゃないんだから。小夜のお父さんは子煩悩だけれど、私なんてそろそろあげないでおこうかしら、って言われているくらいよ?」

 ナナ子の姿ならばいつまでももらえそうではあるが、と言いかけて喉元で抑え込んでおく。

「えっ、ナナ子ならもらえるだろ? だってその感じなら――ムグッ」

 失言を発しかけたレイカルを抑え込み、小夜は囁きかける。

「馬鹿! ナナ子の前でそれは言っちゃ駄目なことくらいは分かりなさいよ!」

「は、離せっ、割佐美雷! ……でも、分かんないなぁ……。創主様からもらえるものなのは分かったけれど、おとしだまって、じゃあ武器でもなければただの金銭なのか? ……何でそんな行事を長い間続けるんだ?」

「そりゃあ、あれよ、レイカル。気持ちって奴じゃないの?」

「むっ、カリクム! お前も分かったようなことを言っているが、つい最近まで知らなかったんだろ!」

「私は知ってたしー。お前がお年玉ももらえないままって言うのがちょっと可哀想だからって――ムグッ!」

「馬鹿! カリクム! あんた、下手に刺激するようなこと言わない! ……まったく、どいつもこいつもって……」

「は、離せよ、小夜ー。でも、お年玉って結局は気持ちだろ? じゃあその気持ちって言うのがどういうものなのかは、創主とオリハルコン次第なんじゃないのか?」

「……それはー……そうだけれど」

 レイカルはヒヒイロへと自信なさげに問いかける。

「ヒヒイロ。私はおとしだまをもらえないのか?」

「なに、作木殿のことじゃ。お主を邪険に扱っておるわけではあるまい。日々の感謝と、そして研鑽の証はきっと、もらえるとも。……っと、噂をすれば、のようじゃの」

「あっ……皆さん集まって……」

「創主様!」

 のれんをくぐって来た作木にレイカルが飛び付く。

 作木は内ポケットからポチ袋を取り出していた。

「ゴメン、レイカル。ちょっと遅れちゃったけれど、お年玉」

「おとしだまですか? これが……!」

 レイカルが目を輝かせてポチ袋を開くと、そこにあったのは光を乱反射するオリハルコンの手甲であった。

「イーグルを作ったのと同じ感覚で作ってみたんだ。……ゴメンね、レイカル。お金に関して言えば、ちょっと難しい部分はあるんだけれど、でも冬はまだまだ長いし、寒いから。だから、手袋の代わりにでもなれば……あれ? レイカル?」

 レイカルが大粒の涙を浮かべていたので作木は狼狽してしまう。

 だが小夜にはそれが嬉し泣きであることが伝わって来ていた。

「あの……やっぱりお金のほうが、よかったかな……?」

「い、いえっ! 手甲、とっても強そうですし、あったかいです! 創主様! 今年もよろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。……えっと、小夜さん。お久しぶりです」

「……もう。でもそういうところなのかもね。作木君、また学校で会いましょう。何だか今は……二人の絆にちょっと嫉妬しちゃいそうだし」

 どういう意味なのか、と目線をかわし合うレイカルと作木に対し、ナナ子がやれやれ、と肩を竦める。

「お年玉は気持ち、か。本当に、そうなのかもね」

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