「……しょうがない。仕入れてもらいに行くしかないかな」
部屋を出た瞬間、怒声が漏れ聞こえてくる。
「わぁーったよ! そんなに仕入れる気がねぇンなら、他当たらぁ!」
自分が赴こうとしていた場所から舌打ち混じりに戻ってきた両兵に、青葉は当惑していた。
「り、両兵? ……何に怒っていたの?」
「あン? 何だ、青葉かよ。ガキには関係ねぇこって」
「か、関係なくないもん! 私だってモリビトの操主なんだから!」
「操主ねぇ……。いや、これは逆にチャンスか?」
戸惑っていると、両兵はこちらを仔細に観察した後に、ふむふむと首肯する。
「相変わらず引き篭もってプラモ作りたぁ、随分といいご身分だこって」
「なっ……馬鹿にしてる?」
「おう、何だ、それくれぇは分かンのか?」
「し、知らない! 両兵のばーか」
「まぁ、そう苛立つなって。お前も大方、足りないもんがあるから仕入れでも頼みに行こうと思ってんだろ?」
「な、何でそれを……?」
「それが滞っているから、オレも困ってンだよ。どうせ、シンナー臭ぇ部屋から出て来たんだ。いっちょ付き合えよ、青葉。色々と弊害ってヤツが出て来ていてな」
「へ、弊害……?」
「話しながら格納庫まで行くぞ。どうせ今仕入れの注文したって手に入らねぇンだからな」
「ど、どういう意味……?」
「いや、まぁ結局はここもベネズエラって言っても辺境地だ。物資の輸送は空輸もあるが、基本は陸路だな。それも舗装されていないのが当たり前のジャングル。いつ補給路が絶たれてもおかしくはねぇ」
「……何かあったの?」
「三日前なんだと。補給用の軍部の一編隊が、唐突に連絡を途絶えさせたらしい。考えられる理由としちゃ、一個編隊そのものが全滅か、あるいはそれ以上進めない理由があるってことくれぇだろうな」
「……まさか、古代人機?」
「その可能性もあるっつー話だ。そのお陰でオレらに来るはずの補給路の一個が駄目になっちまって、なかなか必要なものとかも届かないってワケらしい。一週間もすりゃ、別の補給路に頼るって話もあるだろうが」
「一週間、かぁ……」
一週間も半端な塗りの状態を置いておけば完成度にも差が出るに違いない。
何よりも、それはさすがにモデラ―としての意地が許さないであろう。
「青葉、てめぇも思うところがあるっつーんなら、この話、乗ってみねぇか? ただ、確定事項じゃねぇんで、モリビトを出すと山野のジジィがうるせぇのなんのってねぇからな」
「どうするの? 《モリビト2号》以外で、古代人機ともしかしたら戦うなんて」
「そこは、ツテを頼りにすンだよ。あるだろ? オレらには。まだ当てのあるツテってヤツが」
笑みを浮かべる両兵の考えに青葉は呆れ返る。
「……南さんたちに頼むの? それって迷惑じゃない?」
「迷惑なことあるかよ。あいつらだって、物資が届かないんじゃ、回収部隊のヘブンズって言ったって、今はカナイマに頼ってンだ。欲しいものが手に入らないのは困るはずだろ?」
「でも……それって私たちの身勝手だし、ナナツーって何機もあるの?」
「アンヘルの正規採用品じゃねぇンなら、軍の払い下げやら初期配備されたナナツーのジャンクやらもあるはずだ。それをちょーっとだけ、借りりゃいいんだよ」
「借りるって……返す気のない話し方だよ、両兵」
「どうせ、表じゃ出回らねぇジャンク品だ。有効活用したほうがいいに決まってら」
両兵の図太さには相変わらず辟易するものも感じつつ、青葉はしかし、と考えていた。
今取りかかっている作品はできれば今週中には仕上げたい。そうでなくとも、後は塗りを残すのみ。中途半端な状態でいつまでも晒しておけば状態も変わってくる。
それに、プラモデルと言う名の娯楽を一週間も取り上げられれば、自分も嫌気が差してくる。
「……いいけれど、南さん、許すかなぁ……」
「なに、あいつらだって事が事って分かりゃ、少しは聞く耳も持つはずさ」
「――断る」
《ナナツーウェイ》の脚部に油を入れていた南はこちらの申し出に一も二もなくそう応じたので、青葉はあんぐりと口を開けて戸惑ってしまう。
「何でだよ! ちぃとナナツー貸してくれって言ってるだけだろ!」
「あんたねぇ……両。ちょっと貸すだけ? そのちょっとで私たち回収部隊ヘブンズはどれだけ苦労していると思ってるのよ。第一、いいの? 山野さんとか絶対怒るわよ、これ」
「ああ、いいんだよ、そんなもん。それに、どうせ補給路が叩かれてンだ。一刻も早くってのは間違いねぇはずだろ?」
「まぁね。そこに関しちゃその通りだけれど、実際のところモリビトも出せない隠密作戦だって言うんでしょ? そんなのに加担したって分かれば後が怖いわよ」
「そんなもん、どうせいくらだって始末書くれぇなら書くっての。今は目先の補給路だろうが。なぁ、青葉?」
「でもねー、そんな個人的なことに人機を使うと絶対に後々恐ろしい雷が落ちるのは分かり切っているじゃない。ねぇ、青葉?」
「あの、えっとぉー……」
両兵の言うこともそうなら、南の言うことも間違っていないので、青葉はまごついてしまう。
そんな自分へと《ナナツーウェイ》のコックピットに乗り込んだままのルイが拡声器を通して声にしていた。
『なに? ビビってるの? 青葉』
その挑発は自分を奮起させるのには充分で、青葉はいきり立って言い返す。
「び、ビビってないもん!」
『そう? じゃあ、別に補給路くらいなら、貸してあげれば? 南』
「ルイー。あんた身勝手にさぁ……第一、ヘブンズの隊長は私よ? あんたに全権があるわけじゃないでしょうに」
『でも、南だって新しい服が欲しいからって言って、補給路が絶たれたのに残念がっていたじゃないの』
「……そりゃーね? 私だって思うところはあるけれど、でもナナツーを貸したなんて分かれば後が怖いったら」
『要は、バレなければいいのよ』
その言葉にルイの悪ガキとしての意見が集約されているようであった。
「み、南さん! 私、ナナツーの動かし方も勉強しました! だから、動かせます!」
「んー、青葉もそりゃー、腕を信用していないとかじゃないのよ? あれだけモリビト動かせるんだもの、かなりのものだとは思っているわ。でもねー……こればっかりは、後々どう転ぶのかが分からないって言うか」
「なに、要はリスクが高ぇから見合わねぇって話だろ。……これでどうだ?」
両兵が二本指を立てるので、南は怪訝そうにして四本指を立てる。
「そんなんじゃ足りないわよ。これくらいは欲しいわね」
「……足元見やがって。いいぜ、やってやる。ただし、ナナツーは貸してくれよ。そうじゃねぇとどうしようもねぇ」
「はぁー……あんたたちに壊すなとか言うのも釈迦に何とやらって感じだけれど、まぁいいわ。ちょうど、この間回収しておいた複座式のナナツーが一機余っているから。カナイマにも報告していないし、事実上存在していない機体だから、足がつくこともないでしょう」
「ンだよ、最初っからあるんじゃねぇか、アテくらいは」
「当てがあるからって言って、あんたたちに渡すかどうかって言う話は別でしょうに。……まぁ、いいわ。焚きつけたのはこっちみたいな感じにもなったし。ただ、両? 約束くらいは守りなさいよね」
「おう。じゃあそのレートでな。行くぞ、青葉。ナナツーって言ったって、基礎はモリビトと一緒だ。あ、いや、モリビトよかちぃとペダルやら操縦系の反応は重いかもしれねぇ。そこんとこ注意しとけよ」
目的の《ナナツーウェイ》へと歩み出す両兵の背中についていきながら、青葉は南へと頭を下げる。
「その……南さん! ありがとうございます!」
「いいのよー、別に。ただ両の我儘に付き合っているだけっぽいし」
「うっせ。こちとら色々あるんだよ」
「……ねぇ、両兵。何の交渉をしていたの? 二だとか、四だとか」
「ああ、そろそろ特注の酒が手に入る頃合いだからな。その本数だよ。黄坂のヤツはうわばみみてぇに呑みやがるから、オレが貰っておく分も確保しねぇとな」
「だ、駄目だよ、両兵! お酒は二十歳からって……!」
「うっせぇなぁ。日本じゃねぇんだ、ここは」
「……日本じゃなくってもだと思うけれどなぁ……」
「いちいち目くじら立てんなって。おっ、こいつか」
森林地帯の中で迷彩の布に覆い隠されていた《ナナツーウェイ》は想定していたよりもずっと年代物であった。
キャノピーを開くなりかび臭いにおいが鼻を突く。