JINKI 162 まだ見ぬ未来のために

「……メンテくれぇはしてるんだろうな、黄坂のヤツ。ったく、埃っぽいったらねぇな。青葉! 基本は同じだ。分かってンだろ?」

「うん。確かに操縦桿もペダルも重いけれど、何とかなりそう」

「いい返事だぜ。んじゃ、まぁ行くとしますか……ねぇっ!」

《ナナツーウェイ》の巨躯がずしりと起き上がり、そのまま木々を薙ぎ倒しながら姿勢制御を立て直す。

 青葉は《モリビト2号》ともまた違うナナツー独自の可動範囲に平時よりも深い確認を行っていた。

「……ナナツーの挙動ってこんなに……」

「モリビトが何だかんだで行っちゃあ直し、行っちゃあ直しのあれでも最新型だからな。……連動シャフトとかもイカレてんのか。腕の可動域も狭苦しいし、こんなもん、よく乗れるもんだぜ」

「両兵。南さんの厚意なんだから、文句言っちゃ駄目だよ」

「……うっせぇな。ガキが難しい言葉使いやがって、ったく。ひとまずひとっ跳び……が、そういやできねぇのか。こいつ、バーニアついてねぇんだったな」

「どうするの?」

「歩きしかねぇだろ。幸い、人機の進軍速度なら車よか速ぇし、遅れるってこともねぇはずだ。……よし、《ナナツーウェイ》、出るぞー!」

 両兵が操縦桿を前に倒し、青葉はそっと《ナナツーウェイ》を駆け出させていた。

「でも、両兵。何かに補給路を断たれたっていうことは、武器くらいは持ってるんだよね?」

 こちらの言葉に両兵はようやく気付いたのか、やべっ、と声にする。

「……そこんところすっかり抜けてたな……。こいつ、まともな武器あったか?」

「……両兵?」

「うっせぇな! 《ナナツーウェイ》なら、何でも装備できるはずだ。こいつは汎用人機なんだからな。おっ、そこんところ、脇入れ、青葉。どこの誰が落としたんだか知らねぇが、ブレードが落っこちてら」

 拾い上げたそれは返しのついたブレードであるが、普段モリビトで使用しているものよりかは経年劣化が激しく、切断能力があるかどうかは疑問である。

「……こんなので大丈夫なの?」

「なに、軍の補給路が絶たれたって言ったって、どうせ大した古代人機なんて出て来やしねぇンだ。ブレードさばきが健在なら大丈夫だろ」

「……もう。あまり楽観視していると、足元をすくわれるよ」

「へっ、知った風な口を利くじゃねぇか。んじゃ、まぁ、とっとと軍部の連中を助けて恩義を売りつつ、オレらの補給路を復旧させる。それでチャラってもんだ」

「何だかなぁ……。って、あれ……ちょっと待って」

 足を止めた青葉に、両兵が上操主席でつんのめる。

「危ねっ! 何立ち止まってんだ、青葉! 急じゃ危ないだろうが!」

「うん……でも……何だか……ざわざわして……」

「ざわざわ? 何言ってんだ。何もねぇじゃねぇ、の……。いや、それ、お前の超能力モドキか?」

 両兵も思い出したのだろう。

 二回目の戦いで感じたのと似たような感覚に、青葉は吐き気を堪えていた。

「……何これ。気持ち……悪い……」

「……こっちからしてみりゃ、一向に分からん感覚だが、……古代人機か?」

「かもしれないけれど……何だかずっと……見られているみたいな……」

「見られている? 狙撃型の人機か?」

「そういうんじゃなくって……この感覚……まさか、上?」

 直上を仰ぎ見た青葉は刹那、首裏を粟立たせたプレッシャーの波に《ナナツーウェイ》を無理やり旋回させ、急稼働をかけて回避させる。

 感覚でしかなかったが、それは地表を射抜いていた。

「何だ、こいつぁ……! 弾丸か?」

「……分かんない。分かんないけれど、これ……! 何、この感じ……」

 肌をひりつかせる緊張感。それに加えて今にも胃の中の物を吐き出しかねない嫌悪感。

 どれもこれも、神経を引っぺがすかのように気分が悪い。

 それでいて鋭敏に尖った感覚だけが先鋭化して、その対象を青葉はキャノピー型コックピットより睨んでいた。

 果たして、雲間よりこちらを睥睨するのは――。

「……何か、居る。曇り空の間に……」

「おいおい! さすがに古代人機とは言え、空まで制されるってケースはねぇぞ! ……補給路を襲ったのはそいつだってのか?」

「確実じゃないけれど、多分そう。何か……今までのじゃ、ないみたいに……」

「……こいつぁ、高いツケになりそうだな。しかし敵が空ってなると、ブレードじゃどうしようもねぇ。加えてこっちはナナツーの足だ。いつもみてぇにファントムで距離詰めてってワケにもいかねぇぞ……!」

「……ねぇ、両兵。ナナツーでもジャンプくらいはできるの?」

「……できなくはねぇが、着地時のモーメント次第じゃ、脚部がパーになっちまいかねぇリスキーな賭けだ」

「じゃあ、着地は私任せってことだよね……」

 こちらの詰めた言葉に、両兵は緊張の声音で問い返す。

「……やれるのか?」

「うん……。足は、だって下操主の仕事だもん。私が……ナナツーを敵のところまで飛ばす。だから両兵は」

「ああ、射程にさえ入りゃ、こっちのもんだ。しかし、分かんねぇとすりゃ、その空の古代人機ってヤツか。そんなもん、居るとは思えねぇンだがな」

「……今は、居ると仮定しないとどうしようもないよ」

「……だな。青葉、いけるか?」

 操縦桿を改めて握り直す。

 汗ばんだ指先を感じながら、青葉は呼気を詰めていた。

「……うん。いつでも」

「よし。次に敵から銃撃が来た時がチャンスだ。その機会に合わせて迎撃すっぞ!」

 曇天の中に差し込む、不意打ち気味の光の帯。その雲と雲の境目を縫うように、またしても銃撃と思しき閃光が散る。

 青葉は瞬時に横っ飛びをさせてから、丹田に思いっきり力を込めていた。

「跳んで! ナナツー!」

 途端、循環パイプを流れるブルブラッドの血脈を感じた青葉は、姿勢を沈めた《ナナツーウェイ》が跳躍したのを感じ取っていた。

 しかし、《モリビト2号》のように軽やかにとはいかない。

 ほとんど跳躍すれば自由落下のそれだ。

 だが、その刹那に――敵影は垣間見えていた。

「そこだ!」

 両兵が刃を奔らせ、敵影を割る。

 その瞬間、確かに目にしていた。

 四肢を持ち、灰色の機体色に身を染めた、空の使者のような疾駆の――人機を。

 だが直後にはその感覚を確かめる前に爆発の光輪が拡散し、相手が本当に人機であったのかを再認識する前に砕け散った破片が《ナナツーウェイ》の装甲を叩く。

「分かってるな? 青葉! 着地時によろければ一発でお陀仏だぞ!」

「分かってる! うん……今は……」

 今は倒した敵の是非を問うている場合ではない。

 青葉は着地時には脚部の調整を行い、制動をかけながら砂礫の地面へと大きく円弧を引いて《ナナツーウェイ》は制止する。

「……間一髪ってところだな。しかし、あれは……。いや、何でもねぇ」

 両兵は何を言おうとしていたのか。

 それは自分には分からない。

 分からないが、それでも何か、不明瞭な感覚が付き纏っているのだけは確かであった。

「……両兵。あそこ。多分、軍部の補給隊ってあの人たちなんじゃない?」

 青葉は岩場の陰に隠れている軍の補給用車両を目に留める。

「……んだよ、隠れていたってワケか。まぁ全滅したんじゃねぇンなら御の字だな。しかし、空の古代人機……いいや、あれは古代人機なんかじゃ……」

 しかしそれ以上の言及をあえて両兵は避けているようであった。

 青葉も、何かそれ以上追及してはいけないような気がして、言葉を控える。

「……帰ろう。補給路も確保できたし、私たちの目的は果たしたよ」

「……ああ。そうだな。あまりアンヘルから離れ過ぎると、勘繰られたら堪ったもんじゃねぇし。……なぁ、青葉。お前の超能力モドキ、古代人機以外にも効くのか?」

「……分かんない。でも、すっごく嫌な感じはしたの。何だか……できれば出会いたくない気配の……」

「……そうか。それには同意だぜ。あんなもん……できれば相見えたくねぇよな」

 両兵は自分と違って、それを切断する瞬間までしっかりと目に焼き付けていたはずだ。

 だからなのか、少し語気が重いのが窺えた。

 何に出会ったのか、何と戦ったのか――詳らかにすることは難しくないのだろうが、ここでは二人だけの――少し陰鬱な空気を持て余す。

 それが少し嫌で、青葉は《ナナツーウェイ》のコックピットハッチを開放していた。

「うぉっ! 急に開けるんじゃねぇよ、ビビるだろ」

「……今は。少しでも風を感じたくって……駄目かな?」

 上操主席を窺うと、両兵は一拍開けた後に応じていた。

「……駄目じゃねぇな。オレも少し風に当たりたい気分だったし、ちょうどいいだろ」

「……変。両兵でもそんなことあるの?」

「変とは何だ変とは。オレでも少しばかりは、風に当たりたい時くれぇはあるさ。それも、ちょっと冷たいくらいの風にな」

 曇天の雲間が裂ける。

 光が抜けて来るのを感じながら、青葉は陽光を浴びて、それで今しがた過った陰鬱な気持ち一つ、拭うように頭を振っていた。

「……私は、だって操主なんだから」

「おい、青葉。……しんどいんなら、別に分け合ったっていいんだぜ。一人じゃ、人機は動かせないんだからな」

「両兵……。うん、でも今は、大丈夫。ねぇ、両兵。もし……もしもの話だけれど……人機がその……」

「何だよ、もったいぶりやがって。とっとと言えよ」

「……人機が、もし……お互いに戦うために進化して行ったら、どうしよう……。私は、どうすればいいのかな……」

 こんな弱音、吐いたってどうしようもないのに。

 今だけは両兵の意見を聞きたかった。

「……そうだな。人機は、見りゃあ分かるが火器も積んでいるし、兵器としてもかなりのもんだろうぜ。だが、それが全てじゃねぇだろ」

「全てじゃ、ない……?」

「考えてもみろよ。今だって、オレらは補給部隊を助けたんだ。そういう……戦う以上のことを、できるようになるのがもしかしたら人機の未来なのかもな」

「人機の、未来……。もし、人機が車や飛行機みたいに、誰かを助けられるような技術になるのなら……」

「……ま、どれだけ理想並べたって、どうしようもねぇ時はどうしようもねぇんだろうけれどな」

 それでも自分は。いや、自分だけはせめて――。

「それでも……信じたいじゃない。人機がいずれ、人を助けるんだって」

 この曇天の先に、光があるように。

 暗礁に乗り上げた技術の先にもきっと、光明があるはずなのだから。

「――青葉君。ちょっといいかな」

 廊下で現太に呼び止められて青葉は教科書を抱えたまま振り返る。

「何でしょう、先生」

「いや、この間の補給路が云々の時……青葉君、両兵と一緒に出撃しただろう?」

 まさか露見しているとは思っておらず、青葉は硬直する。

「あ、え……っ? 何でそれ……」

「あの時、観測所のデータが稼働していてね。ナナツーだったから南君たちかな、と思ったんだが、どうにも挙動が違うから、もしかしたらと思ってね」

「その……ごめんなさい。どうしても補給が待ち切れなくって……」

「いや、責めてるんじゃないんだ。結果として補給路は復活したし、そのお陰でどうにかなっていることもあるから。ただ……できれば単独行動と言うか、相談もせずに出撃するのはやめておきなさい。何せ、バックアップもできないからね」

「……はい。あの、先生……」

「何かな? 今日の授業の復習なら――」

「いえ、その……。人機ってこの先、どうなるんでしょう? 人機同士で、戦い合ったり……しないですよね?」

 我ながら聞いたところで仕方のない質問なのは分かる。

 それでも問わずにはいられなかった。

「……そうだね。人機は大きな技術であるのと同時に、あれ自体が古代人機と戦うために設計されたものだ。《モリビト2号》も同じだろう」

「……やっぱり、その……」

「だがだからと言って、私は人機が戦うためだけのものだとは思いたくないかな。いずれ……誰かを助ける、そういう技術になるべきだと思っている」

 現太の言ってくれた言の葉が、自分の想いの代弁で青葉は少し涙ぐんでしまう。

「……はい。いずれはモリビトが……モリビトだけじゃない、色んな人機がきっと……誰かの役に立つはずだから。だからまだ……」

 ――まだ少しばかりは、絶望するのには早いはずであった。

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