こちらの論調にヒミコは年貢の納め時だと感じたのか、豆をぽつりぽつりと一個ずつ食べ始めるが、それを横からひょいとレイカルが頬張る。
「あっ、レイカル! せっかく高杉先生を追い込めたのに……!」
「いや……うーん……何でなんだろうな?」
「何でって、あんた毎日顎で使われていて……!」
「いや、そうじゃなくってさ。何で創主様だけじゃなくって、ラクレスもちょっと嫌そうだったんだろうって思ってな」
「……作木君だけじゃない?」
そこは小夜も疑問であった。
「万年金欠の作木君は、最近の高騰するばっかりの太巻きを買えないとかじゃないの?」
「いや、何だか不機嫌だったのはラクレスのほうなんだ。……何でだろう」
「そりゃー、レイカル。あの子は色々あったからね。鬼だとか邪悪だとか、言われることには一家言あるんじゃないのかしら」
ヒミコの言葉にレイカルはようやく納得したらしい。
その視点は小夜たちにもなかった。
「……そっか。あの子、鬼そのものみたいなものだもんね」
「鬼は外、って日本全国で言われちゃ、まるで居場所がないみたい、か……」
呟いた小夜にレイカルは何やら決意してヒヒイロへと向き直る。
「ヒヒイロ。さっき、鬼も内、って言うって話をしていたな。その話、詳しく聞かせてくれ」
――インターフォンを鳴らされたので扉を開けると、小夜とナナ子に引き連れられたカリクムと、それに……。
「レイカル? どうしたの? その豆……」
レイカルは豆の袋を肩に担いでそのまま部屋に入るなり、ラクレスを呼びつける。
「ラクレス! お前、鬼は外の節分が、ちょっと嫌なんだろ」
「……じゃあ何だって言うの。その豆で鬼は外って嫌がらせでもするつもりなのかしら?」
まずい、と作木は感じていた。
今のラクレスは触れれば爆発する導火線だ。
ここでレイカルが喧嘩でも吹っかければ――と感じた直後、豆をレイカルはラクレスとは反対側に投げていた。
「鬼もー内! 福もー内!」
「れ、レイカル? それは……」
「創主様、ヒヒイロより習いました。鬼も福も、どっちも招いてどっちも歓迎する。そういう地域もあるのだということを。ラクレス、私もお前も、どっちも鬼にも福にも成るかもしれない。なら、どっちも招いたってもいいはずだろう」
それはレイカルなりの気の利かせ方だったのかもしれないし、あるいは彼女自身、オリハルコンとベイルハルコンは表裏一体と言う事実を鑑みての話だったのかもしれない。
だがいずれにせよ、今のラクレスから毒気を抜くのには充分で、そして彼女は目を見開いてそれを眺めていた。
きっとこれまで、魔女だの鬼だの、そう言って迫害されてきたばかりのラクレスからしてみれば、それは恐らく初めての――迎え入れてくれる言葉だったに違いない。
「……本当に、お馬鹿さぁんなのね、レイカル」
「何だと! これはヒヒイロに習ったんだからな!」
「……でも、今は。今だけは、ちょっとだけ、その馬鹿さ加減も、マシだと言っておくわぁ……」
「……お前は……いや、いい。創主様、豆を食べましょう。年齢より一個多く食べるらしいです」
今の一瞬でレイカルとラクレスの間では了承が取れたに違いない。
それもある意味ではオリハルコン同士でなければ分からないことか、と納得して作木は用意していた太巻きといわしを冷蔵庫から取り出していた。
「レイカル、今日は恵方巻きって言う太巻きを食べる日でもあるんだ。だから、みんなで無病息災を祈って、今日は食べよう」
「……でも、創主様。こんなにたくさん……」
「いいんだ。みんなが無事なら、それでいいから」
それだけが、自分の願いのはずだ。
レイカルは一つ頷き、恵方巻きを掲げる。
「あ、こら、レイカル。決まった方向に向かって無言で食べるんだからね。……作木君も大変そうね」
「小夜さん……。いえ、僕にはこれくらいしかできませんし……。それによかったとは思ってるんです。ラクレスもレイカルも、僕よりもずっと、いい未来を描けそうだ」
だから今は。今年一年のために。
「今年の恵方は北北西よ。じゃあみんなでいただきましょう!」
ナナ子の号令でみんなで恵方巻きを食べ始める。
暫しの無言だが、今はそれでいい。
こうしてみんなで会えることが、きっと何よりの――。
「――で、ヒミコ。いつまで豆と睨めっこをしているつもりだ?」
削里の不意打ち気味の言葉に、ヒミコがびくりと肩を震わせる。
「えっ、もうそれってよくない? 私が攻められるターンは終わったわよね?」
「それはそれとして、年齢分を食べるのが節分だろ? 俺はもう食ったから、お前も食べておけよ。ほら、年齢分」
年齢分の数の豆を差し出した削里へとヒミコが静かにボディブローを見舞う。
「痛ったた……。間違ってないだろ? その数で」
「間違ってないから腹立つのよ、まったく……。節分ってのも考え物ね」
そう言って、ふんと鼻を鳴らし、豆をぽつりと頬張る。
「……でも豆はうまいだろ?」
「それが余計に腹立つのよ。まったく、これだから……いや、いいけれど」
「それならいいじゃないか。豆に合うお茶、要るだろうから、淹れておくよ」
「……渋いお茶をお願いね」
「あいよ。その辺も、変わらないな、お前は」
「……無駄に年かさだけは食っちゃったけれどね。まぁそれもこれも、食べちゃえばいいだけの話、かな」
豆を齧る。
――さぁ、今年も無病息災を願おうか。