居間のテーブルの上で繰り広げられている劇的な何かに、赤緒は呆然としていた。
「えっとー、そのぉー……皆さん? お夕飯の買い出しから帰って来たんですけれど……」
「ああ、赤緒? うん、その辺に置いといて。……いやぁ、とんだ才能だなぁ……」
「そうね。ちょっと目頭が熱くなってきて……」
赤緒が目を点にして立ち尽くしていると、ルイが珍しく買い物の袋を持って台所まで付いて来る。
「あっ、ルイさん。……何があったんです? 小河原さん、居間のテーブルに突っ伏してますし、さつきちゃんは何かに取り憑かれたみたいに……その、演技をしていますし……」
「何でもないのよ。ただ……思ったよりも才能があったってことでしょ」
その言葉に赤緒が疑問符を仕舞えないでいるとルイはこちらに言葉を振る。
「それよりも、今日の夕飯は? それなりのガッツリしたものが食べたいわね」
「あっ、今日はハンバーグ……ですけれど、一体何が?」
「……まぁ、明日にでも分かるんじゃないかしら」
やはりと言うべきか、意味がまるで分からず赤緒は小首を傾げるばかりであった。
「――えっ、で、入部しなかったの?」
翌日に報告すると南とエルニィが身を乗り出して問い質す。
「何で? あれだけ練習したじゃない!」
「そうそう! もうもったないよ!」
「えっと、そのー……。何だかこう言われちゃいまして。……“そこまで本気だと逆に引いちゃう”って……」
こちらの答えに南とエルニィは互いに顔を突き合わせて、何だか気が抜けたかのように脱力する。
「……はぁー、これだから中学生身分って言うのは。本当の価値を分かってないわねぇ」
「若いってことじゃないの? ホント、あれだけ頑張ったのになぁ……」
惜しいことを、と二人はめいめいに言ってくれるが、でも、とさつきは持ち直す。
「名誉部員って言うことでその……常時、部に居る必要はないみたいです。これなら柊神社のお仕事とアンヘルのお仕事もこなしつつその……演劇部に籍を置けるって言う感じで」
「いやー、でもさつきには本気で演劇の道を目指して欲しかったなぁ。ガラにもなく感動しちゃったもん」
「本当よねぇ。あっ、でも普段の声優業に活かせばいいか。うん、そうね。何もマイナスに考えることはないわ」
転んでもただでは起きないとはこのことなのだろう。
二人の反応を見てから台所に取って返したさつきは、両兵と鉢合わせしていた。
「おう、さつき。どうだったんだ?」
「えっとそのぉ……演劇部に入るって感じじゃなくなっちゃったかな」
両兵ももったいないと嘆くのかと思っていたが、案外反応は淡白であった。
「そうか。まぁ、お前のやりたいようにやればいいさ」
「……えっと……怒らないの?」
「何でオレが怒るんだよ。お前が後悔しねぇ決断したんなら、オレは応援するぜ。それが兄貴の仕事だって言うんならよ」
その言葉だけで救われたような気がしたが、さつきは脇を通り抜けようとした両兵の袖を引っ張る。
「あの……お兄ちゃん……? でも、本気で私のために演劇を頑張ってくれたってことはその……演技の間だけでも本気だったってこと……?」
「ん? そりゃあ、お前、そっちが本気でぶつかってきてくれてンのに、ヘタクソな演技するのは失礼ってヤツだろ?」
「それはそう……だけれど……。演技の話だけ、なのかなって……」
顔を見られない。
またしても勇気が出ないのか、と感じていると両兵は腕を組んで呟く。
「そうだな……まぁ、オレも演技の上でだけでも、少しはマジになれるって話だ。こっちも意外で面白かったぜ。サンキューな、さつき」
そう言って酒瓶を片手に柊神社から出て行った両兵の姿が完全に見えなくなってから、さつきはそっと呟いていた。
「……そうじゃないって、ちょっと言って欲しかったな。演技の上だけでも、恋人関係で楽しかったって……。ワガママかも、私」
だが少しくらいはいいだろう。
――たった一個のワガママでも、今は少しばかり“報われないジュリエット”の気分だ。
「お兄ちゃん、どうしてあなたはお兄ちゃんなの? ……かな、今なら」
ふふっ、と微笑んで、さつきは踊るような足並みで割烹着の紐を結び直していた。