JINKI 164 贈る言葉だけでも

《ブロッケントウジャ》が槍の穂を振り回し、《バーゴイル》を威嚇しつつそのまま接近させない。

「少しでも触れればおじゃんだよ! 槍の穂先に、とっておきの反応弾薬を仕込んだんだからね!」

《バーゴイル》が銃剣を跳ね上げさせて肉薄するのを、エルニィは瞬時に見切って槍で穿つ。

 瞬間、爆ぜた血塊炉が青い血飛沫を散らせて凝固していた。

「言ったじゃん、触れればおじゃんだって。分かってないなぁ、駆け引きっての。やっぱり駄目だね、これだから無人AI搭載の人機ってのはさ。風情がないや」

『言っている場合? ……囲まれているわよ』

 ルイの《ナナツーマイルド》がメッサーシュレイヴを奔らせ、眼前の《バーゴイル》は蹴散らすがそれでも数で言えば多勢に無勢。

 背中合わせの状態になった《ブロッケントウジャ》越しにエルニィは目線をくれる。

「……ルイ。ちょっとばかし、無茶なマニューバするけれど、いい?」

『……駄目だって言ったってやるんでしょ。あんたのことだもの。……勝てる目算は?』

「それは十二分……だよ!」

 一斉掃射が《バーゴイル》より放たれたのをエルニィは見逃さない。

「シークレットアーム起動! この時を待っていた! リバウンド――フォール!」

 四肢の裏側に隠していたシークレットアームに支持されたリバウンドの防御皮膜を展開し、《ブロッケントウジャ》は敵のプレッシャーガンの光条を反射していた。

 それぞれに交錯する弾道を相手は予測もできなかったに違いない。

 血塊炉や頭部を焼き切られた《バーゴイル》を足蹴にして、《ナナツーマイルド》は姿勢を低くしていた。

『……で? カウンター攻撃が私に当たる可能性は?』

「なかったわけじゃないけれど、ルイなら避けるでしょ」

『……ムカつくわね。そういう分かり切った風に言われるの』

「お互い様だしいいじゃんか。さぁーて。敵がそれほどまでに守りたかった防衛網の先に何があるのか、拝むとしますか」

《ブロッケントウジャ》の装備していたリバウンドフォール用のシールドは全てオーバーヒートしている。

 それぞれを分離し、人機の足で踏み込んだのは研究施設であった。

『……相手の戦闘員……ゾールの培養施設みたいだけれど』

 そこいらかしこに浮かんでいるカプセルを視認してのことだろう。

 ルイからしてみても気分のいい光景と言えないはずだ。

「まぁ、キョムが日本各所に拠点を作っているのは、前にも言ったよね? ……案外、悪の組織になびく大人ってのは多いんだ。巨万の富をちらつかせられれば誰だってね。ベネズエラ政府がそうであったように、この極東国家だっていつの間にかキョムに制圧されているかもしれない。そういう可能性は大いにあり得る」

『要は、みんな金にがめついのよ。お金よりも大事なものってのを知らな過ぎ』

「そうは、言ってやらないで欲しいかな。ホラ、南だってお金大好きでしょ?」

『……南は関係ないわよ』

「そうかな。いや、そうだと思いたいね。ま、どっちにせよここの管理者権限はまだ生きている。結構貴重なんだよ? いつもなら解析する前にボン! だもんなぁ」

『……自称天才。あんた危ない橋を渡り過ぎよ』

「それは言いっこなしじゃない? ルイだって、何度かシークレットミッションをこなしているのを知ってるんだから。ボクだけが先走っているなんて言わないでよね」

《ブロッケントウジャ》の膂力を用いてシャッターを粉砕する。

 その先も同じように、青白い培養液の中で今も覚醒を待つばかりであろう、ゾールたちが収容されている。

「……ここを出る前に、電源をシャットダウンする。そうすれば、ゾールは覚醒せずに沈黙するはずだ」

『言葉を選んでいるのね。動かれる前に殺したいんでしょう』

「……赤緒とかに言っちゃうと、一悶着できちゃうからね。ルイだって、気分はよくないだろうから、そう言ったまでだよ」

『……下手な心配しないで。私は慣れている』

「そう? でもまぁ、こうも代わり映えしない景色だと……っと。ちょっと待って。何だあれ……」

『何? お宝でも見つけた?』

「いや、分かんないけれど。……ちょっとブロッケンから出るよ」

 そう言うなりエルニィはコックピットを開いて飛び出していた。

 ルイにはわけの分からぬ行動に思われたのだろう。

『自称天才? あんた何やって――』

「小さいカプセルがあったんだ。……この中に居るのは……」

 エルニィはカプセルの中に浮かぶ小型動物を視野に入れていた。

『……それは……』

「ああ、ルイ。これは、間違いなく……」

「――お茶が入りましたよー……ってあれ? 立花さん、さっきまで居たのに……。もうっ! 読んだ本軒先に置きっ放し。それでお茶を淹れてって言うんだからなぁ……」

 赤緒はぼやきつつ、風に捲れる本を留めようとして、その指先が何かに触れていた。

 最初に感じたのは豊かな毛並みである。

 それから自分の掌ほどしかない、細長い体躯をした小動物がこちらを仰いでいるのを目にしていた。

 思わず悲鳴を上げて尻餅をつく。

「痛ったた……。ね、ネズミ……?」

「違う。赤緒、何やってるの」

「ルイさん……。これ……何なんです?」

 ネズミのように見える黄金の毛並みを持つ小さな生物は英字ばかりの本の周りですんすんと鼻を動かしている。

「あの自称天才の気紛れよ」

「き、気紛れって……」

「あっ、赤緒ー、お茶入ったって……あーあ、駄目じゃん。大げさにこぼしちゃってるし。五郎さんに怒られるよ?」

「こ、これ! ネズミ!」

「ネズミじゃないよ。フェレットって言うらしい」

 落ち着き払ったエルニィに、赤緒はお茶で濡れた巫女服を顧みつつ、むっと察知する。

「……立花さん、知ってましたね? こんなのが居るなんて聞いてないですよ!」

「いやー、言うの忘れてた。この間、西のほうに言ったでしょ? その時の手土産なんだ」

「……手土産って……。立花さん! 前にも言ったじゃないですか! 柊神社はペット禁止ですよ!」

「ペットって、この子、でも引き取り手居ないんだよね。ちょっとの間でいいから、ボクに預からせてもらえない?」

「駄目ですっ! 例外はないんですから!」

「あーあ、赤緒ってばそんなこと言っちゃっていいの? フゥ君に嫌われちゃうよ?」

「……フゥ君……?」

「うん。フェレットのフゥ君。可愛いでしょ?」

「いや、可愛いとかそんなんじゃ……。だって見た目、ネズミですよね?」

「いや、イタチの仲間。うーん、日本じゃまだ浸透していないからかな。どっちかって言うと猫に近いのかもね。好奇心旺盛な、子猫の感じ」

「子猫って……」

 言われてもにわかには信じ難い。

 否、それよりも――。

「……ペットですよね?」

「違うよー? 今はトーキョーアンヘルの一員」

「……立花さん? いくら私がおっちょこちょいでも、ネズ……フェレットを同列に扱えって言うのは違いますよ?」

「ああ、おっちょこちょいって自覚はあったんだ?」

「……怒りますよ?」

「ゴメンゴメンって。でもまぁ、フゥ君は赤緒なんかよりもよっぽど賢いと思うけれどねー」

 赤緒は金色の毛並みのフェレットがエルニィの肩を行き来しているのを目にしつつ、眉根を寄せる。

「賢いって……それってだってイタチの仲間なんですよね? ……じゃあ人間ほどじゃないんじゃ?」

「じゃあ計算勝負しよう。フゥ君には電卓ね。赤緒はー……そうだなぁ、人間さまだって言うんなら、暗算で解いてみよっか」

「……馬鹿にしないでくださいよ。いくら私だって、フェレットに負けるわけが……」

「じゃあボクの言う計算式を順々に解いて行ってねー、えーっと願いましては34981×――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まだ準備が、ととの……」

 こちらが言い切る前にフェレットは電卓を前足で巧みに打ち込んでエルニィの計算式を解いてみせる。

「……偶然……ですよね?」

「そう思う? じゃあ第二問、4671×――」

「だ、だから早いんですってば! そんなの解けるわけ……」

 しかしまたしてもフェレットのほうが素早く、そして正確に答えの数字を叩き出す。

 その挙動に赤緒はむくれていた。

「……どう? これで赤緒もフゥ君の強さが分かった?」

「ど、どうせ私はフェレットに負けちゃうくらいの学力ですから……」

「あれ? 予期せずしてへこませちゃった? ゴメンゴメン、機嫌直してよ」

「た、立花さん、仕込んだんでしょう? サーカスの動物みたいに」

「いや、これはフゥ君の元々の演算能力……と言うより、そういう風に設計された動物だって言う側面かな」

「せ、設計……?」

「フゥ君には発声器官がないけれど、多分ボクらが何言っているのかくらいは伝わっていると思うよ。それくらい、この子は頭がいいんだ」

「あ、頭がいいって、それこそ示し合せて……」

「違うわ、赤緒。このフェレット、そういう風に設計されているのよ」

 ルイまでそう言い出すものだから赤緒は余計にまごついてしまう。

「る、ルイさんまで……。私を脅かそうったってそうは――」

 フェレットはエルニィの首を伝ってペンを前足で掴み取り、紙へと書きつける。

 そこには丸みを帯びた鉛筆文字で「ほんとうだよ」と書かれていた。

 赤緒が瞠目していると、エルニィは肩を竦める。

「この通り。やっぱり言語機能くらいは持っているっぽいね。人間程度の頭脳は有しているって言うわけだ」

「……あの、私を驚かそうって言う話なら……」

「赤緒。このフェレットは特別製なのよ。何せ、この子はキョムの――前線基地で実験されていた、被験体なのだから」

「ひ、被験体……? どういう……」

「それにはちょっと……説明が必要かな」

 顔を翳らせたエルニィを他所にフェレットは鉛筆を握り締めて小首を傾げていた。

「――キョムの違法な……いえ、あの集団に法律がどうだとか、そういうのはもういいわよね。異常な実験対象は人間だけじゃなかったって言うわけなのよ」

 柊神社の石段で南から話を聞かされていた両兵はくいっと境内を眺める。

 赤緒たちへとエルニィは説明をしているようだったが、同じ内容なのかは分からない。

「……小動物に人間みてぇな知恵を……いや、この場合は人工的だから知恵でも何でもねぇ。人間レベルの頭脳を持たせた実験動物ってわけか。それで? 何だってそんなもん、あの何だかんだでドライな立花が持って帰って来たんだよ。絶対に面倒ごとになるのは分かってるだろうが」

「分かんないけれど、エルニィは三日だけ預からせて欲しいって言ってきたのよ。そこから先の処遇は、私たちに任せるからってね」

「三日だけねぇ……。それもズルい言い草だぜ。三日もありゃ、情も湧くだろ。どれだけ小動物って言っても、あれはほとんど人間様より賢いんだろ?」

「まぁね。これまで、《バーゴイル》や他の無人機に使用されてきた電脳の……ある意味じゃ基みたいな感じと思っていいのでしょうね。生物的な頭脳を最初期に培養して、それを介してネットワークを構築、リンクを用いての小隊編成をこれまで行ってきたのだとすれば……」

「それ以上はやめとけ。オレたちがこれまで迎撃してきた《バーゴイル》の基があんなちっこい動物だなんて分かっちまえば、柊だけじゃねぇ。撃てない連中が出てくる」

 それくらいは分かっているつもりだ。

 無論、それを割り切っているのがエルニィだとも。

 しかし、今回はその当のエルニィからの進言での保護である。

「……あの子も分かっていないはずがないんだけれど……ちょっと心配よね。ほら、過剰に入れ込んだりすれば……」

「それこそ心配ねぇンじゃねぇの? あいつは何だかんだでこれまでの戦いだってドライにこなしてきた天才だろうが。これからだって同じようにこなすさ」

「……そうだと、思いたいんだけれどね……」

「しかし、動物の頭脳を使ってのリンクによる小隊編成か。……やり辛くなるな」

「真実を知っているのはあんたと私と……それにエルニィくらいよ。これまでだってキョムの生物実験を見てきたわけだし。その上で私は潰せって命令しているわけだしね。血も涙もないとすれば、それは私のほうでしょうし」

「分かンねぇな。何で今さらそれをオレに話す? 柊とかが迷わねぇように見とけって言いたいのか?」

「……それもあるけれど、あの子らしくないのよね。実験動物を持ち帰ってくるなんて。これまでだったら見て見ぬフリくらいはしてきた子よ?」

「……それも込みで、分かンねぇことだらけってわけか。言っておくが、オレだって暇じゃねぇ。もし、あのちっこいのが敵を呼び寄せるんだって分かった時にゃ……」

「ええ、迷わない選択をしてちょうだい」

 これもズルい選択肢だ、と両兵は南の相貌を見やる。

 彼女は少しばかり翳りを漂わせた面持ちで、柊神社から聞こえてくるフェレットの鳴き声とアンヘルメンバーの声に耳を澄ませているようだった。

「……黄坂。お前、必要だと思ってンのか?」

「こういうのが?」

「……正直な話、壁になるとは思うぜ。これから先、戦うのにあんなのが居るんだっていう事実はな」

「でも、エルニィは私と同じような説明をしているとは限らないでしょ」

「……それも込みでっつー話だ。酷な選択肢を、あいつらに選ばせるもんでもねぇのさ」

 立ち上がった両兵は境内へと歩みを進める。

 その背中に南は声をかけていた。

「……でもあんたなら……間違いのない選択肢を、選んでくれそうだと思ったから、話したのよ」

「間違いのない選択肢……か。そんなもん、そんじゃそこいらに転がっているもんでもねぇさ」

 そう呟いて玄関を潜った両兵は赤緒たちが次々とエルニィの出す問題文に対し、フェレットと格闘しているのを目にしていた。

「あっ、おにい……小河原さん。今日の晩御飯は煮魚にしますね」

「ああ、頼むわ。……さつき、あれは……」

「ああ、立花さんが連れ込んできた動物で、フェレットって言うらしいんです。とっても賢いんですよ?」

 話していないのか、と両兵はエルニィが計算式を言いやって赤緒やメルJとフェレットを対決させているのを視野に入れていた。

「……あの、お兄ちゃん……?」

「ん……どうした、さつき」

「いや……何だか怖い顔をしているから、どうしたのかな……って」

「あ、いや……。あれ、どう思う?」

「どうって……世界には賢い動物はたくさん居るから、別に特別じゃないって立花さんは説明していたけれど……」

「そう、か。立花はそう言っていたのか……」

 真実を話す気はないのか、あるいは話したところで仕方ない残酷な真実は隠したままのほうがいいのだろうか。

「でも、本当にすごいですよね……。あんなにちっさいのに、人間よりも頭がいいなんて」

「あ、ああ……世の中分かンねぇよな」

 自分の口から真相を話すべきでもないのだろう。

 さつきは素直に赤緒たちを計算で負かしていくフェレットに感心しているようだ。

「た、立花さん! じゃあ今度は、他の問題にしましょう! 計算ばっかりじゃ、不利ですよ」

「あれー、赤緒ってば、計算問題じゃフゥ君に敵わないって分かっちゃった? じゃあ、今度は歴史の問題にしよっか。フゥ君ー」

「……名前なんて、付けてるんだな」

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