JINKI 169 エルニィの家で

「い、いいもんね! どうせ、ボクなしじゃ、みんな困るんだから! ……それにしても、喉が渇いたなぁ。赤緒、お茶ー……は、居ないんだった。えっとー、お腹も空いてきたし、さつき、お菓子ー……も居ないんだったっけ。……むぅ……」

 このまま我慢比べを続けてもよかったが、今のエルニィには秘策も何もない。

 本当に無策で飛び出してしまったのが今さらに後悔の種になってくる。

「……で、でも家出ってそう言うもんだし! 別にボクの生活に赤緒やさつきが居なくたって、何にも不備は……不備は……」

「――柊、今日の晩飯は何だ?」

「あっ、小河原さん。えっと、今日は焼き魚ですね」

 互いに沈黙を持て余す。考えていることは同じであろう。

「……お昼、ちょっと私、言い過ぎちゃったかもしれません。立花さんに……」

「あいつなぁ……。腹が減ったらすぐに帰ってくるかと思ったら、なかなか帰って来ねぇ。……柊、ちょっと心配だ。オレ、見てくらぁ」

「あの……! 小河原さん、私も行きます。立花さんの居ないトーキョーアンヘル、何だか明かりが消えちゃったみたいで……」

「……だな。まぁ、少しは灸を据えられただろ。あいつだって、一人っきりでどうこうってのは無理なんだって分かったはずだ」

「小河原さん、一応は考えてくれているんですね。立花さんのこと」

「阿呆、あれでも天才メカニックだからな。野山に放置ってわけにもいかんだろ」

 石段を降りかけて、こっちへと歩を進めているエルニィを発見する。

 赤緒は少し気まずそうに目線を泳がせていた。

「……赤緒ー、それに両兵。なに、こんな時間からデート?」

「ちっ……違いますよ! これは、そのぅ……」

「慌てるところが怪しいー。さては何か企んでいるね?」

「違ぇよ、馬鹿。……で、家出の結果はどうだったよ?」

 両兵の詰めた声音にエルニィは腕を組んで言いやる。

「……そうだなぁ。まぁ、いい物件は見つかったんだよ? 本当。でもなー、トーキョーアンヘルのメカニックとしては、やっぱり、さ。柊神社の専守防衛の任務を中途半端に放棄はできないし? ……居てあげてもいいって言うか……」

 長い言い訳の末に、エルニィの腹の虫がきゅうと鳴く。

 頬を紅潮させたエルニィに両兵は嘆息をついていた。

「……メシならある。そういう場所に帰って来たかったんだろ?」

「ご、誤解だよ。これは、その、違って、さ……」

「立花さん。……ご飯ならできてます」

 それが了承になったのだろう。エルニィはちらちらと視線を配る。

「その……怒ってないの?」

「怒らないですよ。……立花さんはトーキョーアンヘルの仲間で、もうほとんど家族みたいなものじゃないですか」

 エルニィはこほんと咳払い一つで威厳を取り戻そうとした。

「……まぁ、でも? 帰ってあげないわけでもないし?」

 そこでくしゅんと盛大にくしゃみをしたので、赤緒は歩み寄ってその手を引く。

「帰りましょう。あったかいご飯が待っていますから」

「……その、本当にもう、怒ってない? だってボク……日本語で言うところの“ゴクツブシ”でしょ?」

「……そりゃー、真っ昼間からゴロゴロしてるのは褒められませんけれど、でもお腹は空いたでしょう?」

「……何だかなぁ。いい具合に丸め込まれた気分だよ」

「いいから、帰って来い。一人でも欠けると、何やら落ち着かんからな」

 一足先に身を翻した両兵の背中に、赤緒はエルニィへと声を潜める。

「……小河原さん、あれで心配なさっていたんですよ?」

「両兵が? ……ううん、それなら、まぁ、いいかな。一人暮らしはまた、保留ってことで」

「……はいっ。お帰りなさい」

「……ただいま。赤緒」

「――立花さん? 今日はずーっとゲームしていますよね? 駄目ですよっ! ゲームは一日、一時間っ!」

「あー、もう。うるっさいなぁー。赤緒はボクのおかんじゃないでしょ?」

「あら、またやってるわね」

 境内から南とメルJが顔を見合わせる。

「……あいつはあれでいいのか? ずっとだらけているように映るが……」

「いいんじゃないの? エルニィも仕事してるんだし。まぁ、遊んでいる時間のほうが長いのは事実だけれどね。おっ、茶柱」

 湯飲みを覗き込んだ南にメルJはため息をつく。

「あれで、トーキョーアンヘルの頭脳なんだからな。まったく、困ったものだ」

「でもまぁ、帰れる場所がここでよかったにはよかったでしょ。あの子だって、ちょっと気紛れってものもあるのよ」

「……そういうものか」

 バタバタと赤緒とエルニィが言い争いの末に、エルニィが靴を突っかけて境内を飛び出す。

「もう、あったま来た! 家出してやる!」

「どうぞ! ……こっちもこっちなんですから!」

「……で、今週に入って何回目だ?」

 メルJの問いに南は頭を押さえる。

「三回目だっけ? ……んー、あの子たちの間に壁がなくなっているのは事実なんだろうけれど……こうも頻繁に家出されちゃうとねー……」

 掃除機をかける赤緒へとエルニィは舌を出して駆けていく。

 その両者が、何だか替えがたいものに感じられたのは、気のせいだろうか、とメルJは自身の訓練に戻っていた。

「……家出も信頼のうち、か」

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