鋼鉄同士がぶつかり合って聞いたことのない音叉を伴わせる。
重低音を生み出した《モリビト1号》は敵の首根っこを押さえつけ、照射される銃撃の盾にしつつ、ワイヤーを射出し、次の敵をねじ殺す。
宙を舞う巨人の首を自在に手繰り、そのまま首を失った躯体を蹴って相手の照準をずらしていた。
地表を焼き払った相手の殺意は本物で、熱風が自身の身を嬲る。
戦闘の余波を感じつつ、《モリビト1号》が躍り上がったのを視界に入れていた。
曲芸師さながらの駆動で、羽根つきの敵を打ちのめしていく。
その時間は永劫のように思えたが、恐らく十分もなかったであろう。
《モリビト1号》は完全に、相手を制圧していた。
村に転がった敵の骸を、《モリビト1号》の頭部から歩み出た黒の女は、ただ見下ろす。
そこに特別な感情などまるで宿っていない。
ただ敵を見据え、殺し尽くしたのみ。
何でもない――平常の行動であるかのように。
「……ここにも居られなくなっちゃった。まぁいっかぁ」
黒の女が自分を発見する。
トン、と跳躍して自分の眼前に降り立った黒の女は携えた刀に手を添えていた。
「一人で生き残るの、辛いでしょ。どうする? 楽にしてあげてもいい」
抜刀されたのが分からなかったほどの鮮やかな手際で、黒の女は自分の首筋に刃を据える。
いつでも首を狩れる位置で、白銀の刀身が煌めいていた。
「死にたい? それとも、ここで無為に生き残る? まぁどっちにしたって、あなたにはまともな未来なんて残っていないでしょうけれど」
声が出ない。
喉が枯れ果てている。
もう、何一つとして残っていない。
村は焼かれ、大人たちは死に絶えた。
そんな場所で、どう生きろと言うのか。
焦土に変わった村を後生大事にして、それで生を食い潰すか。
それとも――。
「……あなたのようには、生きられないの?」
「あたしのように?」
それは想定外だったとでも言うように、黒の女は目を丸くする。
ユズは衝動に任せたまま、言葉にしていた。
「あなたのように……生きられるのなら生きていたい……! あなたの生き様なら……私は生きていいんだって思う……」
それは誰に許されるわけでもない言の葉。
命乞いでも、ましてや延命措置でもない。
介錯して欲しいと、死を望むでもなく自分は。
そう――死を纏った黒の女に――間違いなく焦がれていたのだ。
黒の女は少し思案するようにうーん、と一拍挟んだ後に、刀を翻して担いでいた。
「その言葉は……ちょっと予想外。あたしなんか、一人で生きるもんだと思っていたけれど」
黒の女は鞘へと刀を納め、それから戸惑いがちに、手を差し出していた。
「いいの? この手は血に塗れているわよ?」
それでも自分に差し出された手は、どうしてなのだか明日への希望に溢れているように映っていた。
それはきっと、漫然と今日を生きるでもない、別の道の模索。
無言の肯定で手を握り返す。
黒の女の手は、思ったよりもずっと温かかった。
彼女はふむ、と一呼吸置いてから、矢じり型の物体を翳し、《モリビト1号》を呼んでいた。
その鋼鉄の掌に乗った黒の女に、呼びかけられる。
「一緒に来る? けれどまぁ、あたしの旅路はきっと、世界の裏側の戦いだから、誰に褒められるでもないし、何かが待っている保証なんてない」
ユズは立ち上がる。
ようやく、自分の足で立ち、世界を歩む気になれたその足は震えている。
怖いのか、と自身に問いかけそれは違うと判断する。
これは、彼女と共に歩むことへの、武者震いだろう。
黒の女は《モリビト1号》の掌に自分を乗せ、燃え盛った村を背に、歩み出す。
その旅路には、誰かの制約も、ましてや誰かの諦観もない。
何もかも、自由な道だけが茫漠と広がっている。
その道を、彼女は鋼鉄の巨神と共に踏み出す。
たとえ世界が黒く染まっても、死に包まれる時が来ても、黒の女だけはきっと、歩みを止めないのだろう。
ユズは空を仰いでいた。
煤けた空を突き抜け、漆黒の雷霆を引き裂いたのは――眩いばかりの青。
目の奥へと、太陽光が沁み込んでくる。
世界の恩恵を一身に受けたかのような錯覚に陥るほどの晴天。
蒼穹の向こう側を、自分は死を纏った麗しい悪魔と行くのだろう。
「……そういえば、あなたの名前は……?」
今さらの自分の疑問に、黒の女は目線を振り向けて応じていた。
「あたしはシバ。けれどまぁ、どうかな。この名前も、ある意味じゃ枷かもしれないし」
黒の女――シバはだが自分に自由を授けてくれた。
その翼が黒く、赤く穢れていたとしても、自分にとっての「世界の守り人」は彼女なのだ。
「……それでも。あなたは私の、自由の証……」
「どうかな。あたしはけれど、自分の自由だけはどん詰まりになったって赴くつもりだし。ユズ、あなたは多分、あたしみたいなのに惹かれちゃう、どうしようもない滅亡願望の子なのかもね。でも、あたしは、自由が得られるのなら世界の果てでもいいし。何なら、世界の最果てに向かって、行きましょうか。あたしたちの行く手だけはだって、誰にも縛れない――自由の行き先なのだから」
旅路は果てない。
だが、彼女はきっと、自分では見られなかった明日を見せてくれる。
そう信じられる心だけは、きっと本物であろうから。
向かう先は果てがない――自由への片道切符を、ユズは手に入れていた。