「シールちゃん。とりあえず、パソコンを運んでおいて、エルニィの言うように済ませておこうよ。そうすれば追々、楽になるだろうから」
月子はここまで運転してきたトラックから筐体一式を運び出そうとする。
帽子を目深に被った整備班がそれらを抱えてわっとと、とよろめく。
「秋ー、それ落としたら弁償になるんだから、気を付けろよー。にしても、本当に誰も居やしねぇ。おーい! エルニィ! 居るんなら返事をしろって。居ないんなら無視すんなよー!」
「シールちゃん、あんまり声張っても迷惑になっちゃうから……。それに居ないんなら返事はできないし」
月子の言葉に対し、シールはふんと鼻を鳴らす。
「日本くんだりまで来てやったんだ。感謝されたっていいくらいだぜ。にしても、日本って妙に辛気臭ぇところだなぁ。来るのは別に初めてでもねぇけれど」
「ここって神社だからじゃない? 格式ばっているのもあるだろうし」
「そうだとしても、留守だってのに鍵もかけないのは迂闊じゃねぇのか? ……まぁこっちとしちゃ大助かりだけれど」
シールは何度か境内まで行ったり来たりして歩んで行ったが、それらしい人影と遭遇することはない。
「やっぱりお留守なのかな……。秋ちゃん、筐体だけ運んじゃおう。エルニィも私たちに言っておいて、何も言わないで留守なんて……」
「あいつは元からだろ? そういうとこに無頓着って言うか……。せっかくだ、月子、秋! ちょっと探検しようぜ!」
シールは言うや否や駆け出している。
「もうっ、シールちゃんってば……」
そんな彼女に呆れ返った月子は秋へと視線を流す。
帽子に隠れた目線へと笑顔を振り、月子も境内を踏み出す。
「せっかくだし、いいかな。秋ちゃんもここまで時間かかったんだし、ちょっと休憩がてら、シールちゃんに付き合ってあげよ?」
「は、はい……。ですけれど、いいんですかね……。立花博士の注文通りにしないでも……」
「エルニィはどうせ忘れちゃっているんだろうし、私たちも暇を持て余しているのもどうかと思うから、ちょっとだけ、ね? 日本の神社にも興味はあるし……」
「……わ、私が言うのも何ですけれど、トーキョーアンヘルはちょっと無自覚なんじゃ……? もしキョムが攻めてくればどうしようもない……ですよ?」
「まぁ、そこのところは……ほら、対策がしてあるって信じて」
「月子ー、これ何だ? 金がじゃらじゃら入ってるぜ?」
「シールちゃん。それは賽銭箱って言って神様に捧げるお金なんだから、ネコババしちゃ駄目だよ?」
「ちぇーっ、儲けって思ったのにー」
唇を尖らせて不服そうにしたシールは、ものはついでとでも言うように硬貨を賽銭箱に放ってからこちらへと視線を向ける。
「えーっと、月子。この後どうすんだ? 鈴があるけれど……」
「確か……礼儀があって……。あれ? どうするんだっけ?」
「こ、こうです……! 二礼二拍手一礼で……それからお願い事を言うんです……」
秋の慌ただしい説明に月子とシールは顔を見合わせる。
「じゃあ、何か願えばいいのか? うーん……願い事なんて思いつかねぇぞ?」
「シールちゃん、じゃあ何でお賽銭投げたの?」
「だって神様にお供えなんだろ? だったら、投げないと損じゃねぇか」
「……待って、シールちゃん、日本のお金持ってないよね? 確か」
「南米の銅貨でも同じだろ」
「そうは思えないんだけれどなぁ……。まぁ、今さらのことだし、いっか」
とは言え、三人で形式に則ってそれぞれ礼拝を終え、お互いの顔を見合わせる。
「何をお願いしたの? 秋ちゃんは」
「えーっと、その……先輩方みたいに立派なメカニックに成れるように、ってその……」
相変わらず秋は帽子を目深に被ってくっくっと少し卑屈に笑う。
「秋ー、その野暮ったい帽子取れよ。せっかく名前は日向秋なんて言う明るい名前だって言うのに」
「いえ、これは……私のアイデンティティですから……」
頑として帽子を取ろうとしない秋に、そんなものか、と自分と月子は顔を見合わせる。
「で、月子は何をお願いしたんだ? どうせあれだろ? カナイマのデブのこったろ?」
「こ、古屋谷君のことじゃないもん……。シールちゃんだって、グレンさんのことでしょ?」
「な――っ! 誰があんな筋肉だけのノッポなんざ……」
「ほらー。シールちゃんってば分かりやすいんだから」
シールは思わぬところで月子の攻勢に合い、顔を手で扇いで取り成す。
「……ともかく。こっからどうするよ。オレらだけじゃ、何かあった時、何にもできねぇけれど」
「うーん……留守の間を預かるってのはどう? エルニィもこの調子じゃ私たちが今日来日するのを忘れていそうだし、シールちゃんじゃないけれど柊神社の探検も兼ねて、ってことで」
「いいねぇ、探検。ジャパニーズ神社ってのがどんなものか、ちょっと興味があったんだ。それに、アンヘルメンバーの拠点だしな。知らないほうがどうかしてるだろ」
「あの……やめたほうがいいんじゃ……? だって、立花博士の命令にないですし……」
うろたえ調子の秋へとシールは肩を組んで言いやる。
「秋はいっつも弱気だなぁ、おい! そんなんじゃ、メカニックとして大成しねぇぞ?」
「もう、シールちゃんってば、脅かさないの。……でも、秋ちゃんも今日ばっかりは休暇みたいなものだし、ここまでトラックの運転もご苦労様だったんだから、今はシールちゃんに乗ってあげたら?」
「は、はぁ……月子先輩が言うんなら、そうしますけれど……」
「じゃあ探検だ! 探検! まずは格納庫行こうぜ! 人機が眠ってるんだろ?」
走り出したシールへと月子と秋が追従する。
「もう、境内を走ったら危ないよ、シールちゃん」
「んなことはいいからさ! 見ろよ! 整備済みの人機がこんなにあるぜ!」
居並んだ鋼鉄の躯体に、三人して歓声を上げる。
「うわぁ……しっかり整備が行き届いているところを見ると、エルニィはちゃんと役目はこなしているみたいだね」
「あの……それだけじゃないと思います……。多分、操主の方々も、人機のことが好きで……整備点検を行っているのかと……」
「秋はカタいこと言ってんなぁ。その辺も込みで、抜き打ち検査してやろうじゃねぇの」
シールは並び立った人機のうち、《モリビト2号》に目を留めていた。
「オレらが南米で整備した《モリビト2号》だ。へぇー、そのまんまかと思ったけれど、結構手が加えられてんなぁ」
「血塊炉に直結型の推進剤を付けてあるんだね。これもエルニィのカスタムかなぁ」
「あ、あの先輩方……あんまり触ると怒られちゃうんじゃ……」
当惑する秋に、シールと月子は何でもないようにコックピットハッチを開く。
「いいんだって、別に。エルニィだって手が回らないからオレら呼んだんだろうし。こっから先、メンテしていくんだ。少しでも分かっておいたほうがいいだろ」
コックピットに降り立ったシールは血続トレースシステムの上操主席を眺め、インジケーターを操作する。
「へぇー、最新型の血続トレースシステムはこうなってんのか。南米じゃ型落ち機くらいしか触らせてもらえなかったから新鮮だな」
「先生もわざと慣れ親しんだシステムの機体を回してくれたんだから、それは言いっこなしだよ。でも……本当に下操主席はあまり意味がないんだね。何だか寂しさも感じちゃうなぁ」
「でもよ、あいつもトーキョーアンヘルに合流してんならまだ使うんじゃねぇの? あの両兵のバカのことだし、トーキョーアンヘルメンバーにだけ任せているわけじゃねぇだろ」
「小河原君が……? 下操主席はリスクが高いのに」
「だからだろ。あいつはリスクの高いことが大好きだろうからな。ここでこうして陣頭指揮を取っているのがあいつらしいし」
「……シールちゃん、何だかんだで小河原君のこと、しっかり見てたんだね」
「あいつは女の敵だ、敵。敵のことは知らないとどうしようもねぇし……ってもまぁ、オレらが勝手に乗り回していいもんでもねぇな。おっ、こっちのはルエパの技術のナナツータイプじゃねぇか?」
モリビトのコックピットから出るなり、シールは細身の人機へと視線を投げる。
月子は事前に回されていた資料を読み取っていた。
「えーっと、《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》だね。何度か整備点検は行ったけれど、こうして近くで目の当たりにするのは初めてかも……」
「《ナナツーライト》のほうは、改修案を出させてもらったこともあるが、ふぅーん、しっかり直ってるじゃねぇの。エルニィの奴も、あれはあれでちゃんとしてんだな」
「そりゃ……エルニィだってメカニックだもん。しっかりしてないと困るよ」
「違いねぇ! ちょっと中身見て来るか」
「もうっ、シールちゃん、悪い癖だよ。何でもバラしちゃうんだから」
「ちょっとだって、ちょっとシステムボックスを拝見するだけ……。やっぱリバウンドフィールド搭載機ってのは違うよなぁ……。ここの配線がこうなってんのか……」
「あ、あの先輩方っ……! こんなところ見られたら終わりなのでは……?」
「大丈夫だって、秋は心配性だなぁ。操主としちゃ勘がいいってのに、こういうところで小心者で」
「私たちがいずれ見ることになるんだから、まぁちょっとしたフライングくらいは、ね?」
「こっちの《ナナツーマイルド》のほうは近接型だな。へぇー……メッサーシュレイヴの駆動系はこうなっていて……」
「メンテナンスブロックを見るだけでも結構、新鮮だね。やっぱり最前線で戦っている人機だから、メンテも行き届いているし」
「んで、エルニィのブロッケンと、《バーゴイル》の改修機か。まぁブロッケンに関しちゃ、下手にいじくると後でエルニィから何言われるか分かったもんじゃねぇからな。《バーゴイルミラージュ》に関しても、乗っているのがあのメルJ・ヴァネットって言うんなら、弄るとうるさいだろうし」
「この二機は今は触らないでおこうか」
「だなー。いやぁー、堪能した、堪能した」
境内に戻ってみるとさすがに誰か帰ってきているかと思ったが、それでも人の気配はない。
「……マジに留守番なのか? あー、退屈」
リビングらしき和室に入ってから、シールはテーブルに突っ伏す。
「本当に留守ってことは、エルニィは忘れちゃってるんだろうね」
「あ、あの……先輩方……勝手に他人の家に入ったら、そのぉー……泥棒になるんじゃ?」
「ドロボーって、何も盗ってないだろうが。あ、せっかくだ、月子。何かメシでも食おうぜ。台所探しゃ、何かあるだろ」
「シールちゃん、そこまでやっちゃうとさすがにドロボーだよ」
「カタいこと言うなってば。ここまで来るのに何かと苦労したんだ。お茶の一つくらいはもらったってバチは当たらないはずだろ?」
「……まぁお茶くらいはね」
早速月子とシールは台所に向かう。
冷蔵庫にはいたるところにメモが貼られており、アンヘルメンバーそれぞれの名前が振ってあった。
「なになに? ……“ここのプリンを食べた者には天罰が下る……黄坂ルイ”、ルイって、あのルイか?」
「うん、名前もそうだし、多分、ルイちゃんだと思う」
「あのルイが、ねぇ……。貰っちまおっか」
シールは恐れ知らずなのか、プリンを片手に台所で茶を沸かそうとする。
「……言っておくけれど、擁護はしないからね、シールちゃん」
「いいんだよ、別に。……おっ、ここの棚、酒が置いてあるな」
「お昼から酒盛りはどうかと思うけれど……」
「まぁー、月子も一杯くらいはいいだろ?」
「うーん……じゃあまぁ、一杯だけ……」
誘惑に負けた月子は一杯だけ拝借して、互いに熱っぽい吐息をつく。
「かぁー……! 一仕事終えた後の酒は堪んねぇなー!」
「本当にねー。……でも、それにしたって誰も帰って来ないなんて変じゃない?」
「トーキョーアンヘルの面子は学生だろ? 学校とやらに行ってるんじゃねぇのか?」
「うーん……じゃあエルニィまで学校に?」
「エルニィの奴は……まぁ身勝手な奴だから、何か面白いネタでも探して誰かに付いて行ってるんだろ」
そう言われてしまえば、月子も納得してしまう。
エルニィは自分の興味関心に忠実だ。
「私も日本の学校、通ってみたいなぁ」
「学校って言ってもオレらの年齢なら……大学とかになんのか? うーん、想像つかねぇな」
「ルエパアンヘルでずーっとメカニック専業だったもんねぇ。何かと勉強だけはさせてもらえたけれど、そういう学校とかには無縁だったし」
「まぁそこいらの学生よりかは頭がいいとは思う……っと、何だこれ? 月子、これ、何だ?」
「あっ、それってもしかしておまんじゅう?」
「まんじゅう? 食べ物でいい……んだよな?」
すんすんと匂いを嗅ぐ限りでは甘味の香りがある。
「日本のお菓子だよ。へぇー色々あるんだねぇ」
「じゃあこれも食えるんだよな?」
そう言った直後には、月子は口の中に放り込んでいた。
頬張る瞬間に広がった甘味に、うーんと頬を緩める。
「うまっ! 何だこれ? こんなの日本人は食ってんのか」
「こっちにはチョコレートもあるよ」
「それも揃えて、三人でぱぁーっと茶会としゃれ込もうぜ。どうせオレらが来ることなんて予め伝えているんだろうし、それくらいのもてなしがあったっていいだろ?」
「……だねぇ。ここまで来るのにちょっと疲れちゃったし、甘いものの一つや二つがあったって」
「じゃあ決まりな。おい、秋ー。お茶が湧いたから持っていくの手伝えってー!」
「あ、あの先輩方……これはもう、立派な盗っ人なのでは……?」
「悪く言うなってば。正当な対価って奴だ」
胸を反らして自信満々に言いやるシールに、月子はまぁ、と取り成す。
「ちょっとだけお腹も空いちゃってるし、留守を預かるだけの代金だと思えば……」
「だろー? 秋も、何か欲しいもんがあれば持って行けよ。何かと茶会には要り用だろ?」
「……わ、私は泥棒の片棒を担ぐのは……さすがに……」