レイカル32 5月 ウリカルとこどもの日

 落ち着き払った削里の言葉に、小夜は突っかかる。

「……削里さんは、そういうのないんですか? ヒヒイロの創主でしょう?」

「いや、俺は厳密にはちょっと違うからなぁ。それに、ヒヒイロ。こどもの日って言われて俺にして欲しいことはあるか?」

「待ったは五秒までを守ってくだされば特に何もございませんね」

「……言われちまっているなぁ。まぁそういうことさ。創主とオリハルコンの関係が親と子って言うのも様々なもんだし、どんな創主だってそうだとは言い難いだろ?」

「……納得いかないわねぇ。何だか言いくるめられているようで」

「だ、大丈夫ですからっ! 私はそういうの……平気ですし……」

 ウリカルの遠慮がちな声にカリクムとラクレスの視線が痛い。

「……小夜ー?」

「小夜様。少し大人げなかったかと」

「ああーもうっ! だったら証明しに行こうじゃない! オリハルコンと創主の関係は親と子なのかってね!」

 早速バイクのヘルメットとライダースーツを身に纏った小夜に、ナナ子がヘルメットを装着しつつ応じる。

「で、案の定作木君のところに突撃ってわけ? 小夜ってば分かりやす過ぎじゃない?」

「……今日はその前に寄るところがあるのよ」

「寄るところ? 他の創主にでも会うって言うの?」

「……まぁね。ラクレスもカリクムも暇でしょ? ちょっと付き合いなさい」

「……構いませんが、どこに行かれるので?」

「まぁ、ちょっとした、野暮用みたいなものでね」

「――で、小学校? 小夜ー、駄目だって、さすがにそれはあんた、通報されるわよ?」

「だまらっしゃい、ナナ子。私は甘くないって言った手前、しっかり準備はしてあるのよ?」

 小学校の前でバイクを停車させていると、数名の小学生男子の眼を感じつつ、その中でも見覚えのある人影が歩み出てくる。

「そのー……レイカルの……」

「あっ、この子話にあったダウンオリハルコンの?」

 ナナ子の言葉を制しつつ、小夜は問いかける。

「毛利翔君よね? あなた、オリハルコンと人間は親子の関係になると思う?」

 唐突に問いかけるものだからナナ子はその威勢に割り込んでいた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいってば、小夜。さすがに小学生男子に尋ねるのには、あんた、大人げないってば……」

「……私じゃ分からないんだもの。だったら、本職の子供に聞くのが手っ取り早いでしょ」

「はぁー、本職の子供、と来たか。……で、毛利君だっけ? えっとー、このお姉ちゃんの言っていることはよく分かんないと思うけれど、まぁ質問通りね。オリハルコンと創主って、親子だと思う?」

 翔は尋ねられている意味が分からないのか、首を傾げた後に言葉を継いでいた。

「えっとぉー……でも、ムクは僕を助けてくれましたし、レイカルと作木さんも、僕にきっちり……向かい合って欲しいって言ってくれました。だったらそれは……嘘じゃないと思います」

「あら、小学生にしてはきっちりした受け答えだこと。ねぇ? 聞いてる、小夜」

「……知んないわよ。って言うか、そういえばあのダウンオリハルコン……ムクは? 見かけないけれど」

「あっ……何だかいじめられなくなってから居なくなっちゃって……でも、どこかで見守ってくれているって思えるから僕……寂しくないです」

「……小夜ぉー、随分と紳士な対応が返って来たわけだけれど、どうする?」

「どうも何も……。はぁー、今回は私が降参。翔君、あなた、見込みあるわ。そのまま……大きくなったら、もしかしたら素敵な女の人に出会えるかもね」

「いえ、僕にはムクが居ますから」

 百点満点の受け答えに、小夜はとことん今回は敗走だな、とバイクのハンドルを握り締める。

 ナナ子が彼へと手を振っていた。

「……って言うことは、やっぱり作木君のところ、かー……」

「――あれ? 小夜さん。何で?」

「何でって、そりゃー、作木君。私は困っているからに決まっているじゃないの」

「いえ、でもゴールデンウィークは明日明後日で終わりじゃ……」

「いいからっ……。あれ? この小さいの、五月人形?」

「あ、はい。材料が余っていたので作っておいたんです」

「……レイカルのため?」

「いえ、今年はウリカルも居ますし、彼女にとってしてみれば桃の節句のほうがよかったかもしれないんですけれど、用意できなかったので。今日ばっかりは、と思いまして……あれ? ウリカル?」

 ようやく自分の陰に隠れていたウリカルが飛び出し、作木とレイカル相手に泣きつく。

「つ……作木さん、レイカルさん!」

「おっ! ウリカルじゃないか! 今日はすごいんだぞ! こどもの日だ! 鯉のぼりだとか楽しみだよな!」

 目を輝かせるレイカルはどちらかと言えば、親の立場と言うよりも祭りを楽しむ子供の立場であった。

 作木はウリカルがレイカルへと泣きじゃくりながら微笑んだのを、しっかり認めていた。

「でも、意外ね、作木君。ウリカルのこと、しっかり覚えてあげていたなんて」

「だって、僕らが覚えないと、彼女は迷ってしまうじゃないですか。僕とレイカルだけは、彼女の間違いのない、親なんですから。……あっ、分かった風なこと、言っちゃいましたかね……僕……」

「いいえ。やっぱり作木君は私の見込んだ通り、王子さまだってことがハッキリしただけだわ。ウリカルー、作木君は渡さないだからねっ」

「小夜ってば大人げないんだから。でもまぁ、今日ばっかりはね。ウリカル、ちゃんと甘えなさいよ? いつか何かの拍子に、子供って言うのは名乗れなくなっちゃうんだから」

 ナナ子は台所を取り仕切り、ラクレスとカリクムが見守る中で鍋を手に取る。

「さぁ、ナナ子キッチンの始まりよ! 今日はこどもの日に相応しい、とっておきの料理を振る舞わないとね」

 ウリカルはレイカルの胸で泣いているのを、レイカル自身は何てことはないように宥める。

「ウリカル、泣くなって! 今日はすごい日なんだ! 子供なら、誰だって甘えていい日なんだからな! だからお前も甘えろよ! そうですよね? 創主様っ!」

 レイカル自身も作木からしてみれば子供のようなものだ。

 作木は微笑んで、その言葉に応じる。

「もちろん。ウリカルもレイカルも、僕にとっては子供みたいなものだし、今日はどれだけだって甘えてもいいんだ。だって、本来子供って言うのは、自由なはずなんだから」

 小夜はその言葉に、静かに父親へと返信をする。

「……“ありがと、パパ”っと。……いつまで経っても、親にとっては子供なのかも、しれないわね」

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