赤緒は呼気を詰めて《バーゴイル》より鹵獲したプレッシャー兵装である斧を有していた。
《ナナツーライト》は《ナナツーマイルド》の搭載するメッサーシュレイヴの小型版となるナイフを二本提げていた。
格闘戦力ではしかし、両兵のセンスが光る。
赤緒も慣れない戦斧と言う武装にほとんど振り回されている形だ。
「……ブレードと違って……重い……!」
『そりゃあ、そうだ。プレッシャー兵装ってのは言った通り、リバウンドの防御をすり抜ける。こっから先、嫌でも戦わなくっちゃいけない相手だからな。モリビトの敵となるとすりゃ、そういうのも仮想敵と見なくっちゃいけねぇ。加えてこの《ナナツーライト》はリバウンドの力場を自由に操る力を持つ。正直、敵に回しちゃ一番にやりにくい相手だと思うぜ。だからこその模擬戦なんだからな』
これから先の戦い――キョムも《ナナツーライト》に属する人機を使ってくる可能性は濃厚だ。
そうでなくとも、キョムの技術はこちらの二手三手先を行く。
モニターするエルニィに視線を配り、赤緒は声にしていた。
「……負けない……倒します!」
『それくれぇの気概じゃなくっちゃな。さつき、兵装に関しちゃ、オレに任しとけ。お前はリバウンドの出力磁場の偏向を頼むぜ』
『は、はいっ……おにい……小河原さんっ!』
ある意味では《ナナツーライト》は、リバウンドの盾をメイン武装に据えるモリビトタイプの天敵。
構えを取った赤緒は斧にリバウンドの力場を宿らせ、《ナナツーライト》の攻勢に相対する。
天性の戦闘センスを持つ両兵の操る《ナナツーライト》の両手から奔る刃は、どれもこれも鋭敏な太刀筋と化す。
味方であればこれほど心強い者も居ないのに、敵に回せばあまりにも厄介。
だが、想定しなければいけないはずだ。
人機の鹵獲のそうだが、相手はコピー品を生み出すのに長けている。
《ダークシュナイガー》の時のように、強化されたコピーでこちらを凌駕することだって大いにあり得るのだ。
慣れない斧で刃をかわしつつ、赤緒は下段より振るい上げる。
力一杯振るっても、なかなか斧と言うのは馴染んでくれない。
――いや、それよりも感じているのは、力への拒絶感。
今さらの感慨だが、《モリビト2号》に搭載されている武装以外の人機の兵装は、これまで以上に力を掲げることを印象強くさせていた。
まして斧など、敵を葬ること以外には使えないだろう。
叩き上げる一閃でナイフの連撃を寸断しようとしたが、その前に《ナナツーライト》は曲芸師さながらの挙動で《モリビト2号》の射線を潜り抜ける。
『忘れたか? 《ナナツーライト》にはこういうこともできるんだぜ? 相手が機動性で上回って来ることも考えろ』
「……はいっ!」
斧による遅れた一撃を与えると、ナイフが交差に閃き、直後には地を這うように一撃がモリビトの血塊炉付近を狙い澄ます。
それを予見した赤緒は咄嗟に斧の刃に帯びたリバウンド力場の出力値を引き上げていた。
反重力によって跳ね上がった斧の一撃の速さに、《ナナツーライト》の装備していたナイフが片方、宙を舞う。
「これで……!」
『まだだぞ、柊!』
もう一本のナイフが血塊炉に迫る。
振るい上げた形の《モリビト2号》では格好の的だ。
しかし、ここで退いてなるものか、と言う意思が形となって、盾のリバウンド磁場を拡散させる。
バーニアを噴かせ、推力を上げた《モリビト2号》が寸前まで肉薄していたナイフの軌道を読んで踏み込み、コックピット側面を掠めた一撃を感じつつ、斧を《ナナツーライト》の機体側面に添える。
『そこまで! 勝負ありだよ!』
エルニィの裁定が下され、互いに機体を止める。
荒い呼吸をつきつつ、赤緒は絡み合った形の二機の様相を眺めていた。
《ナナツーライト》のコックピットが開き、下操主席に収まった両兵がインジケーターを調整する。
『やっぱ、この型の人機には慣れってもんが必要だな、おい。少し先走り過ぎるか? ……いずれにしたところで、敵は待ってくれねぇ。《ナナツーライト》、《ナナツーマイルド》のタイプだって模倣している奴が居るって話じゃねぇか。次にこれが出て来るって思わなくちゃ、訓練になんねぇぜ?』
「は、はい……。それは分かっていますけれど……」
『そうだねー。この間に確認した《ナナツーシャドウ》だっけ? あれがキョムの手のものなのか、それとも第三勢力なのかは判じかねているけれど、よく分かっていないまま戦局に割り込まれれば迷惑だってのは確か。ボクらは備えをしなくっちゃいけない。ナナツータイプが敵になるって言う想定もね』
「……《ナナツーライト》の力が……敵になる……」
『ま、それもこれも過ぎたるが何とやらで済めばいいんだがな。オレは先に上がらせてもらうぜ。後は自衛隊との訓練でもしとけ。今日の人機同士の模擬戦はここまでだ。……にしたって、リバウンドフィールドを纏うタイプってのは身が軽くってこれまでの常識じゃ話になンねぇな。さつき、こいつ身軽だから、もしかしたら戦力の幅が広がるかもしれねぇ。一応、頭に入れておけ』
『はい……小河原さ……あれ? 破けてますよ……』
『ん? 何のことだ、って。ああ、手袋か』
両兵がようやく気が付いたとでも言うように、普段より身に着けている手袋がほつれているのを発見する。
『あ、あの……大事なもの……だったんじゃ……?』
『あー、いや。別に何てこたぁねぇ。そこいらでマシなもんでもしつらえてくらぁ』
そう言って《ナナツーライト》から降り立つ両兵の背中に、赤緒は少しだけ平時と違うものを感じ取っていた。
「……小河原さん……?」
「――もうっ、買い出しを任せるからって、訓練の後に私とさつきちゃんを商店街に寄越すなんて、立花さんってば……」
「でも、久しぶりですね。赤緒さんとこうして肩を並べて買い物に来るのも」
さつきはニコニコとしているので特段迷惑には思っていなさそうである。
赤緒は買い物袋に今日の夕飯の材料を入れようとして、ふと目に留まったものに立ち止まっていた。
「……裁縫……」
「あっ、赤緒さんも裁縫やられるんですか? それともご興味でも?」
「いや、私、裁縫は……できるんだけれど五郎さんのほうが得意で……。でも……できたほうがいいよね……」
「ひょっとして、今日の小河原さんの手袋、気にされています?」
「……うん、我ながら分かりやすい……かな?」
「いえ、そんな。でも、小河原さん、最初に会った時からずっと、あの手袋ですよね。絶対に外さないんだから……」
「大切なもの……なんだよね、多分……」
ほつれてもまだ使おうとしていたところを見るに、思い出の品であるのは間違いないのだろう。
赤緒は一考を挟んだ後に、よし、と意気込む。
「裁縫……私もやってみる! さつきちゃんも、どう?」
「はいっ! 私も……お兄ちゃんの手に合うものが作れればって思いますし」
「決まりだね! じゃあ、今日からお裁縫を頑張ろっ」
「――とは言ったものの……小河原さんの手のサイズってよくよく考えたら分かんないや……」
赤緒は自身の頭へとメジャーを伸ばす。いつかのように頭をわしゃわしゃと撫でられた時の感触を思い返して、サイズ感を認識していた。
「小河原さんの手って、普通の人よりも多分、おっきいよね……。じゃあまず……型紙から作らないと……」
とは言え、裁縫に関しては自分もずぶの素人もいいところ。
学校で習った分までしかまるで知らないのだ。
五郎が得意だが、いざ真正面から習ったことはないため、うろ覚えである。
「うーん……どうしよっかなぁ……。でも、手袋なんだからあったかいほうがいい……はずだし。もこもこにしちゃう……? でも使うのは小河原さんだし……」
ああでもないこうでもないと材料の布を審査して嘆息をついていると、声が差し込まれていた。
「何のため息?」
「うわっ! ……ルイさん? えっとー、いつからいらっしゃたんで……」
「赤緒が自分の頭にメジャー乗っけた辺りからよ。何なの、自分の頭のサイズを測って何になるの? 赤緒、まさか脳の大きさなんて知ろうとでも思っているって?」
「そ、そんなことはないですよ……」
「もしそのつもりなら、やめておいたほうがいいわよ。……あんたの脳のサイズなんてたかが知れているんだから」
「うぅー……そこまで言うことないじゃないですかぁ」
「……で? 小河原さんが何?」
「あっ、そこも聞かれちゃっていたんですね……って言うか、ルイさん? いけませんよ? 人の部屋に入る時はノック……」
「ノックはしたわ。赤緒がぼんやりしているからじゃないの?」
「そ、それ言われちゃえばそうかもですけれど……」
「で? 小河原さんが何? 赤緒だけ知っていて私が知らないなんてことはないでしょう?」
ずい、と顔を近づけさせたルイに赤緒は息を呑む。
「……えっとー、そのぉー……な、何でもなくって!」
「何でもないのなら、その手に似合わないものは何? 針と糸と布で何をしようって言うの?」
これは隠し切れないな、と赤緒は正直に話すことにしていた。
「その……今日の訓練中に小河原さん、手袋がほつれちゃったみたいで……」
「手袋……? ああ、あれね。いつもしている……」
「そう、なんですよ……。それでさつきちゃんと私でその……代わりの手袋でも見繕えないかなーと思いまして……」
「なるほど。要はさつきと赤緒のクセに、私たちに抜け駆けしようって言う腹積もり」
「そ、そんなつもりはなくって……!」
あわあわと否定するが、ルイはふんと鼻を鳴らして自分の持つ布を検分する。
「……これ、私でも作れるの?」
「えっ……何が……ですか?」
「だから、これよ。手袋、私でも作れるのかって聞いているの」
「あ、でもこれ……まだ全然できていなくって……五郎さんが得意なんですけれど、私はからっきしで……」
「でも、材料さえあれば作れるのよね?」
「えっ……それは、まぁ……材料があればですけれど……」
そこまで聞き出してからルイはぷいっと身を翻す。
「あれっ? ルイさん? ……えっと、何で不機嫌……」
「別に。ただ……あんたばっかりいい目を見ようったって、そうはいかないんだから」
その言葉の真意を探る前にルイは下階に降りるなり、姿を消していた。
「……何なんだろう……。ルイさんも、作りたい……のかな?」
「――手袋、ですか? ルイさんが?」
癪だが、赤緒の太鼓判がある以上、五郎に聞くのが手早いだろう。
ルイは明朝、早速、材料を揃えて朝食の支度をする五郎に問いかけていた。
「手袋を作りたい。……できれば早めに」
「いいですけれど……もうすぐ暑くなりますよ? だって言うのに、手袋ですか?」
「必要なの。……今すぐにでも」
こちらの言葉が切迫していたせいか、五郎は二つ返事で引き受ける。
「分かりました。では、お昼の時間になったら、レクチャーいたしますね」
こくこくと頷き、ルイは踵を返そうとして五郎に呼び止められる。
「でも、何で急に? 手袋って……使われていましたっけ? ルイさん」
「訓練の時に使うのよ。……できれば丈夫で、なかなかほつれないようなの」
「ああ、はい。確かに人機って重機みたいなものですからね。丈夫な手袋はあったほうが手の怪我はしづらいでしょうし、なるほど、請け負います」
その程度で納得してくれてよかったと、ルイは胸を撫で下ろす。
しかし、と買い物袋に突っ込んだ材料を改めて広げてみて、ルイは首を傾げていた。
「……これがこれで、どうなって手袋になるって言うの? まるで分からない……」
不明瞭でありつつも、自分の中では丈夫な手袋が完成するイメージだけはあって、五郎の教えを乞うために、ルイは赤緒たちの制服姿を窺う。
「赤緒さん、昨日はどうでした?」
「あっ、さつきちゃん。うーん……やっぱりうまくいかなくって。そっちは?」
「私も似たようなものです。……やっぱり作るにしたって男物だと勝手が違いますから。それに、小河原さんが使うんですから、丈夫じゃないと」
「だよね……。小河原さん、いっつも無茶ばっかりするし、ちょっとやそっとで破けちゃわないようにしないと」
「男の子ですからね。私も男物の裁縫は経験なかったので、ほとんど最初からみたいなものですよ」
談笑しながら石段を下りていく赤緒とさつきを見守って、ルイはぐっと独りごちる。
「……そうやってのほほんと学校に通っているがいいわ。私はその間に……作り上げてみせるんだから」
「あれー、ルイじゃん。珍しいなぁ、今日はいいの? 猫の番」
話しかけてきたエルニィにルイは向き直ってふんと言いやる。
「私にも仕事があるのよ、仕事」
「仕事ねぇ……。ルイってばさ、猫と遊んでいる暇があれば、こっちの手伝いもしてくれない? 優秀な操主のデータが欲しくってさー、頼むよ。いくらシールとツッキーたちが居るからってメカニックだけじゃどうしようもないし」
「や、よ。あんたたちだけでおやりなさい」
「……可愛くないなぁ、もう。……でも、ルイが仕事、か。なに? 心入れ替えて何かやる気になった?」
「自称天才、それじゃ私がいつもは遊びほうけているみたいじゃない」
「……いや、実際そうでしょ。うーん、ルイにも仕事かぁ……。それ、ルイにできることなの?」
「当たり前でしょ。何だってできるわ」
「ふぅーん……まぁ、何かと訳有りそうだけれど、今はいっかぁー。メルJ、訓練のフィードバック手伝ってくれない?」
境内で射撃訓練をしていたメルJへと勧誘するエルニィに、彼女は眉根を寄せる。
「私? 黄坂ルイが居るではないか」
「ルイは野暮用だってさ」
不承気にメルJはエルニィに引き連れられて柊神社を後にする。
全員が居なくなったことを確認してから、ルイは五郎と共に軒先に座っていた。
「ルイさん? ……皆さん、出かけられたんですか?」
「……そうみたい。じゃあ、早速」
「その前に、何のために手袋なんて? まずは採寸をしながらじゃないと分からないですよ」
メジャーを伸ばしてくる五郎に、自分の手ではないとは言い出し切れず、ルイは口ごもる。
「……何かと要り用だから……」
「まぁ、確かに操主となれば、手袋がないとやっていけないでしょうし、危険仕事ですからね。……あれ? そういえば小河原さんも手袋されていましたけれど」
ぴくっと反応したルイは、それを問い質す。
「……小河原さんの手のサイズ、分かるの?」
「ええ、まぁ。結構大きめですよね、小河原さんの手」
「……じゃあそのサイズで見繕ってちょうだい。私の手は測らないでいいから」
「いえ、そうはいきませんよ。手のサイズはしっかり測ってからやらないと、失敗しちゃいますからね」
そのサイズを知りさえすれば赤緒たちに先んじられるのに、とは言い出し切れず、ルイはもごもごと口にする。
「……失敗したくないのよ……」
「それはそうでしょう。最初ですから、失敗しないサイズで作りましょうか」
五郎からしてみれば厚意で手伝ってくれているのだろうが、それでは自分の目的から遠ざかるばかりだ。
やはりここは素直になるべきか、と思い悩んで、ルイは何も言えずにいた。