「お裁縫には心が籠りますし、そういうものを身に着けていると自然に身が引き締まるものです。では採寸が終わりましたので、早速作っていきましょうか」
五郎の鮮やかな針さばきを目にしつつ、ルイはおぼつかない指先で針を通そうとして不意に痛みを感じる。
「痛っ……」
「あっ、刺しちゃいましたか? 絆創膏はあるので、シミにならないように」
大慌てで台所に取って返した五郎に、ルイは血の玉が浮かび上がった指先を舐め取る。
「……何で私がこんな目に……」
「大丈夫ですか? ……やはり、手袋はあったほうがいいかもしれませんね。人機の操縦となればもっと危ないでしょうし」
「危ない……。危ないから、手袋をしているのかしら……」
「まぁ基本的に手袋は手の保護ですし、それに伴ってお洒落にも発展しますけれど、第一にはそういうのがあるでしょうね。後は思い出の品だとか」
「思い出の品……」
そう言えば、とルイは思い返す。
両兵はかつてカナイマに居た頃は手袋なんてしていたことはなかったはずだ。
思い出があるとすればそれ以降――青葉と共にテーブルダストに訪れた後であろう。
やはり、青葉との思い出なのだろうか、とルイは恨めしく針を注視する。
「……気に入らない。いつの間に思い出なんて作ったって言うの……」
「針を通す時には力は必要ありませんので。まずはじっくり、しっかり縫い付けることです。破けちゃうと台無しですから、それなりに頑丈にしましょう」
微笑んで五郎がレクチャーしてくれるが、そもそも自分の作っているのは両兵の手袋のはずなのだ。
だが、出来上がっていくのは自分の手のサイズの手袋である。
「……何だかこれじゃ、空回りみたいじゃない……」
「――おーっす、メシ食いに来たぞーって、まだ柊とか帰ってねぇのか。ってなると、立花……も居ねぇし。ヴァネットも居やがらねぇ。さつきも帰りが遅いな。……オレが早かったか?」
両兵は適当に台所に忍び込んで軽食でも漁るか、と思ってから、不意に自分の眼前に佇むルイを発見して後ずさる。
「うぉっ! ……何だよ、黄坂のガキか。何の用だ? ……言っておくが、台所を漁っているのを柊とかに告げ口すンなよ、次からやり辛くなる。一部の分け前はやるからよ」
「その……」
「ん? 何だ、もじもじしやがってらしくねぇ。……っと、これは黄坂の奴が視察とかで買ってきた上物の菓子じゃねぇか。しゃーねぇなぁ。今日はこれで手打ちってことに――」
「その……!」
ずいと歩み寄ってきたルイの手には、ほんの小さなサイズではあったが一組の手袋があった。
「おっ、オレのと同じ奴じゃねぇの。何だ、てめぇも買ってきたのか?」
「……作った」
「ほぉー、自前たぁ、少しは自分の身の世話くれぇはできるようになったってことか。まぁ、オレも人のこたぁ言えねぇけれどよ」
ルイが顔を上げた先には――ほつれ目一つない手袋があった。
「……あれ、手袋……破けていたって……」
「うん? ああ、ちょっとほつれた程度なら自分で直せるようになったんだよ。まぁ、自分で直すってのも身に沁みるとな。それに、身に纏うもん一つ、てめぇで世話できねぇでどうするって言う……。何でガッカリ来てンだ? てめぇは」
「いや、いい……。何だか無駄に疲れた……」
踵を返そうとするルイへと、両兵は白手袋を掲げて、その手を振る。
「にしても、揃いの手袋たぁ、てめぇも器用じゃねぇの」
「……揃い?」
「ん? そういう意図じゃなかったのか? 絆創膏何枚も貼っ付けて作ったってことは、お前だって手袋が欲しくなったクチだろ? まぁ、オレもな。ずっと使い続けているから愛着が湧いちまったって言うか」
だが、それは、たった一人との少女との約束のはずだろう。
「……青葉が居たから」
「何だって?」
「青葉が居たから、その……ずっと同じ手袋を付けているの……?」
「あー、いや……まぁ、何だ。オレも面倒くさがりだからな。青葉と最後に別れた時のカッコだから、ってのは、ないわけじゃねぇ。だが、まぁ身に馴染んだモンだ。変えるってのも変だし、そのまま使い続けているってだけだよ。それに、他のを貰ったって、オレにはこいつだけだからな」
その言葉は、希望でもあったが、同時に自分たちがどれほど上等なものをあげても、両兵は絶対に身に付けないと言う証明でもある。
少し涙ぐんできたのを両兵は目聡く察知する。
「……何だ? 何かあったのか?」
「……いい。何でもない」
「何でもねぇ奴の顔じゃねぇンだよ。……そうだ、せっかくの揃いだからよ。てめぇの手にオレが付けてやる」
不意に手を掴まれてルイは耳たぶまで熱くなったのを感じたが、両兵は手袋を付けようとして、むっと顔をしかめる。
「おい、黄坂のガキ。これ、ちょっと小さ過ぎじゃねぇか? 採寸間違って――」
その言葉の先をルイの浴びせ蹴りが遮っていた。
あまりの羞恥についつい攻撃してしまった後悔を浮かべる前に、両兵は台所に沈む。
「……そういうのは……もっと先で、いい……から」
しかし、と半端に小さい自前の手袋へと視線を落として、ルイは呟く。
「……お揃い、か。それって私との思い出だって……言ってくれはしないのよね」
どうやらクリーンヒットしたらしく、両兵はすっかり気を失っている。
ルイは少しばかり小さな手袋を絆創膏塗れの手を覆い隠すようにして、装着していた。
「……私だけの、か」
もし赤緒とさつきが手袋を完成させたとしても、これは自分だけの思い出の品だ。
それなら――悪い気はしないな、とルイは口笛混じりにステップを踏んでいた。