下操主席に収まったところで《ナナツーウェイ》から通信が繋がる。
『青葉ー、軍部の支給品も抑えられているって言うんじゃ、私たちのほうに分があるんだから、とっとと済ませるわよ』
『要は迷うなってこと。いい?』
「……うん。分かってる。それに、私も聴いてみたいですから。風の歌……!」
「何だか知らんが、覚悟はできてるみたいだな。《モリビト2号》、出るぞー!」
格納庫より飛び出した《モリビト2号》と大地を駆ける《ナナツーウェイ》がジャングルを進軍していく。
やがて森林地帯を抜けた荒涼とした断崖絶壁で小競り合いを発見していた。
『あちゃー、これ、対抗勢力の? まんまと足止めを食らっているってわけか。青葉、あのトラックの中に物資があるから、私は守りに移るわ。両、分かっているわよね』
「おう。ひとまずモリビトの性能を見せつけて撤退に追い込む、だろ? それくれぇ分かってンよ」
『頼むわよー。あんたたちの行動に物資の安全がかかってるんだからねー』
「……ったく、ラジカセ一つにデケェ借りだ。……まぁ、それだけでもねぇんだけれどよ」
「……両兵? どういう……」
問い質す前に《モリビト2号》は戦闘区域に入っている。
「ぼやぼやしている暇ぁ、ねぇ! 臨戦態勢に移るぞ!」
「……うんっ! モリビトで相手の弾幕を遮る!」
立ちふさがった《モリビト2号》の装甲が対抗勢力の銃撃を受けるが、人機の装甲を前にすればそれは豆鉄砲のようなものだ。
「リバウンドフォールをちらつかせて相手の攻勢を削ぐぞ!」
盾を構えた《モリビト2号》に敵が恐れを成して撤退に移っていく。
少しとは言え戦場の只中に押し入った青葉は、鼓動が早鐘を打つのを感じていた。
「……よかった、撤退してくれて……」
「分の悪い勝負はしねぇさ。向こうだってな。……んで、まぁ、これがこっちの補給物資か」
『青葉ー、ついでに両も。物資は傷一つないわ』
《ナナツーウェイ》が手を振るのをコックピット越しに目の当たりにして、青葉は胸を撫で下ろす。
「よかった……何事もなくって……」
「ま、こっちも人機使ってンだ。潔く立ち去ってくれて助かったってこった」
それにしても、と青葉は両兵に問いかける。
「さっき、ラジカセだけじゃないって言っていたけれど、何か頼んだの?」
「……ん。まぁ、後で分かンよ」
「後でって……」
「いいから。帰投すんぞ。黄坂、モリビトが先導するから、トラックと一緒に後続、頼んだぜ」
青葉はどこか釈然としないまま、《モリビト2号》を稼働させていた。
「――ほら! あんたこれ、最新型! よかったー、傷とかなくて!」
南より与えられた携帯型の音楽プレーヤーを青葉は受け取って声にする。
「……でも、いいんですかね……だって南さんの」
「いーの、いーの。あんただって頑張ったんだから。私からのプレゼントってことで」
何だかそう言われると少しくすぐったいが、青葉はその音楽プレーヤーを手にするなり、あれ、と声を発する。
「南さん、これ……イヤホン付いてませんけれど……」
「えっ……? あちゃー、ホントね。イヤホン……は私のしかないし、どうする? 貸すけれど」
「いえ、悪いですよ。また注文すればいいだけの話ですし」
「おい、アホバカ」
唐突に呼ばれて青葉は反射的に言い返す。
「私は青葉だって――!」
「……ちょっとこっち来い」
ちょいちょいと手招く両兵に、青葉は一拍だけ南に視線を振り向けてから、彼女の首肯を得ていた。
「……もうっ。何なの、両兵」
両兵は無言のまま格納庫へと歩を進め、《モリビト2号》のコックピットの脇でようやく座り込む。
「これ。やるよ」
「あれ……これってイヤホン……?」
「前に使っていた奴だが今回のラジカセ買った時に付いてきたんだ。だからおさがりをやる」
「……何だか両兵のおさがりって……」
「何だよ。文句あるならやんねぇぞ」
「……貰うけれど。でも、両兵はいいの?」
「新しいのがあるからな。新品は後でゆっくり聴くとする」
「じゃあ……」
イヤホンジャックに刺し込み、音楽を再生する。
注文していたのは自分が子供の頃によく聴いていた戦隊物の主題歌集で、両兵は嘆息をついていた。
「……もうちょい色気づくってことを知らねぇのかよ、お前は」
「……だって私にとっての思い出の曲はこれなんだもん」
「いいけれどよ。それ、オレもよく口ずさんでいたな。懐かしい奴だろ?」
「あ……そう言えば両兵、よくごっこ遊びしていたもんね」
日本に居た頃、両兵が他の男子を引き連れて戦隊物に憧れて一緒に遊んでいたのを思い返す。
「……お前、どんくさかったからな。いっつもハズレ役を当てられちまって」
「もうっ。余計なことばっかり覚えているんだから……」
両兵はこちらが片耳にかけていたイヤホンを不意に取って、自分の耳に当てていた。
「ああ、そうそう、これだ、これ。懐かしいよな、日本じゃこんなもんでも立派な娯楽になったってもんだ」
「り、両兵……? イヤホン……」
「ん? ああ、半分まだオレのもんみたいな状態だろ? 何だ、すぐに独占したいのかよ」
「ううん……でも、こうして二人で音楽を聴くのって……それって……」
自分くらいの中学生ならば誰もが憧れを持つシチュエーションだろう。
少しだけ早鐘を打った鼓動を鎮めようとして、両兵がリズムを刻んで膝を打っているのを視野に入れていた。
「いいよな、この辺の曲」
「う、うん……」
「何だ、煮え切らない言い草しやがって。似合いの場所で、似合いの曲を聴くのも悪くねぇ」
隣には《モリビト2号》の頭部がある。
青葉は不意に、遠くの風が草原を撫でて、自分へと一陣の旋風となって吹き抜けるのを感じていた。
それはここではないどこかへと、容易に自分を連れて行く。
「……これが、風の歌……」
モリビトが導いてくれたのだろうか。
今は分からない。
だが分からないなりに――この時間は悪くない。
「両兵。もうちょっとだけ、このままでいい?」
「ん? おお、いいぜ。オレも久しぶりにこの辺りの曲を一通り聴いてみてぇし」
寄り添いながら音楽に耳を傾ける時間は、特別な時間になって青葉の脳裏に柔らかな風の吹き抜ける草原を想起させる。
緑の絨毯の上で、たった二人で聴く音楽が、たとえ一昔前の特撮の曲であっても今は――特別な時間であった。