『隊長! こいつ、何て装甲なんだ……!』
『キョムの新型機なのか……?』
迷いの只中にある通信網を聞き留めつつ、いいや、とフィリプスはいやに醒めた神経でそれを認める。
――其は既に、古代人機という繭を破り、新たに生まれ落ちた存在。
「……その形状も、強さも……まるでモリビトだ……」
強いて形容するとすれば――《モリビト型》の古代人機、とでも呼ぶべきか。
《モリビト型》は片腕を振るう。
その腕と融合した特有の砲門が内側から煌めいていた。
「隊長! 間違いなくシューターです! この距離では……!」
逃げ場はない。
その砲口が眩い光を宿した刹那、フィリプスは終わりを予感した。
だが、瞼を閉じるという愚は冒さない。
せめてもの抵抗を講じるために、盾を構え、ブレードを携える。
「……死なば諸共だ……」
瞬間的に接近しようとした自機は特攻の構えであったのだろう。
フィリプス自身、命はもうないものだと思っていた。
直上より、火線が舞い散るまでは。
「広世か?」
――否、広世の操る《マサムネ》だけでは《モリビト型》の足を止めることなどできはしない。
光を交錯させ、曇天の空を引き裂いたのは、一条の白銀の流星。
翼を得た《モリビト雷号》が格納したミサイルポッドを一斉掃射させていた。
超火力を前に《モリビト型》が動きを硬直させ、その隙を縫うように雷号の砲撃が突き刺さる。
衝撃波が拡散する戦場で、降り立った《モリビト雷号》が――いいや、既にその名は《空神モリビト雷号》か――その鋭角的な眼差しが射る光を灯して《ナナツーウェイ》と《モリビト型》の間を遮る。
『フィリプスさん……! 大丈夫ですか!』
「あ、ああ……津崎青葉……なのか……」
『ここから先は! 任せてください! 私と《空神モリビト雷号》なら……やれる!』
《空神モリビト雷号》は機体を沈めるなり、瞬間的な加速度に掻き消える。
『ファントム!』
肉薄した雷号の掌底が《モリビト型》を押し込み、そのままジャングルの奥地へと叩き込んでいた。
土煙が上がる中で、青葉はフライトユニットをパージさせ、《モリビト型》へと浴びせていた。
直後には跳ね上がった《モリビト雷号》が砲身の狙いを付けて、フライトユニットへと照準する。
弾き出された弾頭がフライトユニットを射抜き、爆発の光が拡散していた。
《モリビト雷号》はその光を照り受けて装甲を煌めかせ、着地するなり砲撃を見舞おうとする。
しかし、それを遮るかのように《モリビト型》からの砲撃が交差していた。
雷号の放った砲撃と、《モリビト型》の放った砲撃が絡み合い、重力磁場を伴わせて互いに突き刺さる。
即時の判断で青葉は着弾した誘爆間際の大口径ライフルを捨てていた。
中空で爆発の轟音がジャングルの木々を薙ぎ払っていく中で、瞬時に構えた大太刀のブレードを両腕に、青葉は機体を駆け抜けさせる。
《モリビト型》も無事では済んでいない。
砲身を持っていた片腕は肩口から溶解している。
それでも残った片腕だけで、《モリビト雷号》の剣閃を受け止めてみせていた。
受け止められた、と判断してからの膝蹴りで《モリビト型》をよろめかせ、直後にはもう一方の腕で太刀を振り下ろす。
《モリビト型》の咆哮が響き渡り、怒号に呑まれていく戦場で、青葉は雷号の腕で敵影を掴んで引き剥がそうとする。
『……届いて! ファントム!』
瞬間的な加速を得た《モリビト雷号》と《モリビト型》がもつれ合いながら、そのまま彼方、滝壺へと落下していく。
『青葉!』
広世が援護に入ろうとしたその時には、プレッシャーライフルの光条が阻害していた。
振り仰いだフィリプスは絶望の声を向ける。
「……まさか、《バーゴイル》? ……こんな時に……!」
しかし、《バーゴイル》編隊は《モリビト型》に肩入れするわけでもなく、そのまま牽制射撃を見舞いながら、後退していく。
「……逃げ、た……? どうして。格好の機会だったはず……」
部下の疑問を氷解する前に、フィリプスは叫んでいた。
「津崎青葉が……! 黒髪のヴァルキリーが……!」
《マサムネ》が戦闘機形態へと可変し、滝壺へと急速降下していく。
所詮、《ナナツーウェイ》乗りでしかない自分たちは、遅れた認識でその模様を眺めるしかなかった。
数刻の後、滝壺から水流を浴びて《マサムネ》の脚部を掴んで這い上がって来たのは青葉の《モリビト雷号》だ。
部下たちの歓声が上がる中で、フィリプスだけは嫌な予感を振り払えないでいた。
「……あの……古代人機は……」
雷号がサムズアップを寄越す。
やったのだ、と感じた時には、フィリプスは感涙を禁じ得なかった。
「……やはり、あなたは……黒髪のヴァルキリー……!」
「――青葉。こっち。滝に落ちたんだ、火に当たって行けよ。風邪引いてからじゃ遅いだろうし」
焚火をおこす広世に、青葉はRスーツを纏ったまま、歩み寄っていく。
「広世……あれは何だったのかな……」
「分からない。分からないけれど、古代人機が……俺には進化したようにも……見えた」
「進化……。でも、まさか人機の姿を取るなんて……それって……正しいようには、私には見えなかった……」
「黒い波動の影響かもしれない。間違いなく、キョムは何かを知っている。知っていて、静観したんだ。そうじゃないと、あの行動を説明できない」
青葉は火のぬくもりを感じつつ、あの時――滝壺に落下する際に目の当たりにした《モリビト型》の古代人機の容貌を思い返す。
まるで人の手を廃した、頭部のない異形。
それでいて人類を殺戮するためにあるとしか思えないだけの装備。
「……私たちは、間違っているのかな……」
「何言ってんだ、青葉。俺たちが戦わないと、麓の街まで被害が及んでいたし、それに何よりも、生き残ったのは青葉のお陰だよ」
「でも……古代人機がああいう形と取ってしまうのは……私たちの責任もあるのかもしれない」
青葉は傍で膝を立てて佇む《モリビト雷号》に視線を移す。
その相貌に、かつて自分の愛した、《モリビト2号》の姿を重ねずにはいられなかった。
「……《モリビト2号》は、今も日本で戦ってくれている。誰かを、守るための力として……」
「だったら、信じようぜ。俺たちは間違っていないんだって」
「……うん。でも、もし間違ってしまった時には……私が、決着を付けないといけないんだと思う。それが……人機を操るということなら……」
「青葉、思い詰めることは……」
ジャングルの夜に狼の遠吠えが遠く長く響いていく。
それはこの夜がまだ、序章に過ぎないことを告げているようでもあった。