レイカル33 6月 カリクムと長雨の夜に

 とは言え、期待しないこともないのだと、小夜は陰鬱なため息をついていた。

「……何だよ、小夜ー。さっきからこっち見てため息つくの、失礼じゃない」

「いや、だってあんた……最近、雨だからって都内のダウンオリハルコン退治も延期に次ぐ延期で……分かるじゃない?」

「あー、作木君に会えてないのよねー、小夜は」

 すかさず読み取ったナナ子にカリクムは頬杖をついていた。

「くっだらない。レイカルと会わないで済むんだからいいことじゃないか」

「とか言っちゃって、あんただってレイカルやラクレスと会えないの、寂しいんでしょ?」

「だ、誰が寂しいんだよ、誰が! ……別に、あんな奴ら、すぐに追い越しちゃうんだからねー」

 分かりやすいカリクムの態度が今は少しばかり羨ましい。

 自分も会えないのだから電話くらいは、と携帯に手を伸ばそうとして、躊躇ってしまう。

「梅雨時は、何となーく人と人との距離も開いちゃうわよね、小夜」

「……何も言ってないのに私の心の中を代弁しないでもらえる? ……それにしたって、はぁー……何でなのかしらねぇー。こうも憂鬱だと、ちょっとばかし遠出もしてみたいけれど、ジメジメしているし……」

「バイクじゃちょっときついじゃないの。この際だから、車の免許でも取りに行けば?」

「……それはそれで面倒なのよねー……。何でこうも憂鬱な季節があって、その次に乙女の季節である夏が来るのかしら……」

「小夜、毎年それ言ってない? そりゃー、四季なんだから、当たり前じゃない」

「当たり前だけれど、あんたは嫌じゃないの? あの鳥頭……伽と会えないんでしょ?」

「私と伽クンはもう一心同体みたいなものだもの! 会えない時間が二人を強くするのよ!」

 舞台女優めいた仕草でのろけてみせるナナ子に今は辟易しつつ、小夜は何度目か分からないため息をついていた。

「……小夜さぁ……よくないんじゃないの? ため息は何とやらって言うじゃんか」

「幸せが逃げていく、ね。……ねぇ、カリクム。オリハルコンにとって梅雨ってどんななの? あんたは結構オリハルコンとしての時間は長いんだから、それなりに処世術とかあるでしょうに」

「梅雨ぅー? ……言われてみれば梅雨って別に何かあった記憶もないな」

「あら、でもカリクムはカグヤと結構、長かったんでしょ? 梅雨時の過ごし方も、教わったんじゃないの?」

 カリクムは寝そべっていた身を起こして、むぅと頬をむくれさせる。

「……長いからってよく知らないって言うか……カグヤは良くも悪くも浮世離れしていたからなー。レイカルの創主と同じ趣味だし、モデラーだとか造形家って言うの? よく分かんないままだったからなぁ……」

 何だかカリクムにとってもこの話題は触れて欲しくないようで、小夜は自ずと席を外そうとする。

「……ちょっとシャワーでも浴びて来るわ。カリクム、あんたは……」

「いい。後からナナ子と入る」

「……そう」

 脱衣所にて、小夜は鏡越しに考え込む。

「……悪いこと聞いちゃったかしら? うーん……カリクムにとってもカグヤのことはデリケートな話題だし、あまりこうして頻繁に言わないほうがいいのかもねぇ……」

(私としては、話題に出してもらったほうがこうして現世に戻りやすいって言うか、出番も増えますからいいんですけれどねー)

「いや、あんたがそう言ったからってカリクムは……」

 そこで鏡越しに手を振るカグヤに気づいて、うわっと大声を上げてしまう。

「小夜ー? どうしたの? ナメクジでも出た?」

「いや、えっとその……」

(こんばんわー。えっと、その、うらめしやー、とか言っちゃったり)

 カグヤが両手を下げて、てへ、とおちゃらける。

 小夜は頭を振ってナナ子を制していた。

「な、何でもない……そう、何でもないのよ」

「そう? 出たんなら言いなさいよー、塩撒いておくから」

(あっ、塩撒かれちゃうと私としては困ったりしてー? みたいな。えへへ……幽霊ジョーク、なんちゃって)

「あんたが言うと冗談に聞こえないからやめて、本当に。……って言うか、普通に出て来られるのね、カグヤ」

(いえいえ、普通に、ではありませんよ? 私がこうして出て来られるのは小夜さんとカリクムの気持ちが一体化したからであって、二人のハウルを媒介しないと実体化できない、不安定な存在なんですから)

 そう教鞭を垂れられてしまうと何も言えないのだが、小夜はひとまずと腰を抜かしかけた自分を立て直してカグヤと向かい合う。

「……えっと、例の如く、私にしか見えないのよね?」

(はいー。私、これでも死んじゃってますから)

「……だから、冗談でも困るんだってば。でも、私とカリクムのハウルが一体化? ……戦闘でもないのに?」

(ですねぇ、お二人の気持ちが深いところで繋がると、私も出て来られるんです。まぁ、カリクムにしてみれば無意識なんでしょうけれど)

「……えっと、確認するけれど、あんたは私とカリクムのハウルのエネルギーみたいなもので、本物の幽霊じゃないのよね?」

(あっ、そこ聞いちゃいます? 本物の幽霊だったらどうしますかー? ふふ、うらめしやー)

 本日二回目の幽霊ドッキリをかますカグヤであったが、さすがに二回目は正常に受け止められた。

「……あんたねぇ。まぁいいけれど、じゃあ何? カリクムと私が無意識で、あんたの存在を望んだみたいなこと?」

(まぁ、端的に言ってしまうとそうですね。私は所詮、カリクムの記憶の中でのビジョンに過ぎませんので。あ、脱衣所なので私も脱いだほうがいいんでしょうか?)

 相変わらず天然なのが窺えたところで、小夜はよし、と調子を取り戻す。

「……っていうことは、カリクムもどこかでナーバスになっているってこと?」

(まぁ、でしょうねぇ。思い出しちゃうんでしょうね、私のこと。それで、小夜さんのハウルが先鋭化して、私を生み出しちゃったわけですから)

「……要はカリクムにとっても思うところはないわけじゃないってことね?」

(うーん……私はこうして出て来られますけれど、小夜さんからしてみれば困りますよね?)

「困るも何も……いえ、この際だから聞いておくわ。カグヤ、カリクムってこの季節……梅雨とかどうやって過ごしていたの? 参考に聞いておきたくって」

(梅雨ですかー。あ、そう言えばよく、絵本を読み聞かせてあげていましたね)

 想定外の返答に小夜は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「え、絵本……? あのカリクムが?」

(はい、私、カリクムには真っ当に生きて欲しくって。だからよく絵本を読み聞かせて、それで一緒になっていつの間にか寝ちゃったりしていました)

 そう言えば、カグヤはカリクムの前にエルゴナを創っているのだ。だとすれば、真っ当に生きて欲しいと言う願いはより強いものだと確信できる。

「……なるほどね。真っ当に、か。でも、今のカリクムが絵本なんて読み聞かせて嬉しいと思う?」

(嬉しいと思いますよ? カリクム、あれで変わっていないところもありますから。私のことを……こうして思い出してくれるのも嬉しいですけれど、やっぱり私は、カリクムと小夜さんには前を向いて欲しいんです)

「前を向いて、か。でも……私も素直じゃないから。あんたの思うようなことはできないかもしれないわ」

(……でも、それでもいいんです。小夜さんには小夜さんなりの、オリハルコンとの付き合い方もありますよね? 私はそれを応援できれば、と。だって、こんなだけれど私、もう死んじゃってますから。今を生きる小夜さんたちにはアドバイス程度しか言えませんし)

「アドバイス、か。……でも、一応やってみる。だってカグヤ、あんたはカリクムの相棒だったんだし、それは翻ってみれば私とも相棒ってことでしょ?」

(あ、じゃあ小夜さん、今度あれやってくださいよ! トリガーVの! 割佐美雷のポーズ! 私、ピンクの役やりますから!)

「……そういうところでの相棒はいいんだけれど。……ま、考えてみるわ。だって、あんたはカリクムにとって……掛け替えのない存在でしょうし」

 ――電子書籍で絵本を購入してから、小夜は寝そべってテレビを観ているカリクムへと歩み寄る。

「カリクムー。もう寝る時間でしょ?」

「……何言ってんの。まだ九時過ぎじゃないの。こっからドラマも観るんだから」

「でもほら、あんた、そのぉー……ほら」

「……何。小夜、ちょっと気持ち悪いわよ? モジモジしちゃってらしくない……」

「も、モジモジもするわよ! ……だってその、他人に絵本を読み聞かせるのなんて、初めてだし?」

「絵本? 読み聞かせ? ……何のことなんだか」

 しらばっくれるカリクムに、小夜は実力行使に出ていた。

 その首根っこを引っ掴み、無理やりベッドへと連れ込む。

「な、何すんだよー、小夜ぉー!」

「だまらっしゃい! ……えーっと、今日のはかちかち山……」

「読み聞かせするにしたってもうちょいバリエーションなかったのかよ……」

「う、うるっさいわねぇ……。えーっと、むかしむかし、あるところに……」

 しかしこうして他者に読み聞かせるのは生まれて初めての経験かも知れない。

 小夜は携帯の画面をスライドさせつつ、そういえば、と声にする。

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