JINKI 181 まごころを携えて

「……あの、立花さん。これ、やっぱりやめません? だって、あまりにも意味がないって言うか……」

「何言ってんのさ。赤緒が言い出したんじゃん。それに、ツッキーとかシールが造ったんだし試運転がてら動かすのは別に悪いことじゃないだろうし」

「た、確かに悪いことじゃないですけれど……この子、血続トレースシステムじゃないですよね? それに、三メートルくらいしかないし……」

「文句があるなら勝ち上がってからにしてよねー。ま、どっちにしたってこの勝負、操主としての力量はあまり関係ないってわけだし、たまにはメカニックの試運転にも付き合ってあげなよ。それに、普段使いの人機以外にも慣れておくのがアンヘルとしちゃ正しい運用方法だろうしね」

「で、ですけれど、これ……意味あるんですか?」

 用いられているのは古めかしい操縦桿とフットペダルの略式操縦で、これが対人機戦闘において役立つとは到底思えない。

「もしもの時のことを考える。いつだって、血続トレースシステムの補助を受けられるとは限らないんだから。ルイやメルJはともかく、赤緒とさつきは血続トレースシステム以外では操縦経験ないんだし。それなりに戦えるようにしておかないとね」

「……うーん、でもこの子、ちょっとずんぐりむっくりが過ぎません? 腕のほうが足より長いし……」

「《テッチャン》の悪口は言わない!」

 そう言われて、赤緒は乗り込んでいる特殊な作業機である《テッチャン》を顧みるのであった。

「……何で、こうなっちゃったんだっけ……」

「――ふわぁ……おはようございます、立花さん……あれ? 庭で何造ってるんですか」

「ああ、赤緒? 今日も今日とて寝ぼけてる感じじゃん。いや、これねー、ちょっとした試験機。ほら、ツッキーとかも合流したしさ。余ったパーツとかでもっと効率のいい人機を造れないかなって、それでやってみたんだけれど」

 エルニィが境内で向かい合う二機の機体を見据えていた。

 よくよく見れば珍妙なシルエットで、腕だけが妙に長く胴体部分はほとんど剥き出しのコックピットで、足は極端に短い。

 作業用の重機と言われれば納得する形状であった。

「……これが、人機……ですか?」

「正確には違うけれどね。まぁ血塊炉を搭載したものを人機と規定するのなら、これは血塊炉とディーゼルエンジンだし。ちょっと環境には優しくないかな」

 稼働する度に吹き出される黒煙から漂う臭気は強く、独特のものがあった。

 煙たげに赤緒は鼻をつまんで手を払う。

「大丈夫なんですか? これ。壊れたりしないですよね?」

「そこんところはメカニックに言ってみて。ツッキー、シール、試運転はどんな感じ?」

「おお、一号機は大丈夫。こいつの欠点はパワーローダーとしての性能に極振りし過ぎて、移動用人機としてはちょっと物足りないくらいだな」

「シールちゃん、この子、最低限の駆動系しか積んでないから、やっぱり通常の人機みたいに動くのは難しそう。せいぜい、戦場での見張り台だとか、指揮用の機体に転用できるくらいじゃないかな」

「ところがどっこい、指揮官用にするのにはコックピットが剥き出しの骨組み……これじゃ何のための機体なんだかって感じだよね。まぁ、面白い試みだとは思うけれど」

 レンチでコンコンと躯体を叩いたエルニィに、二機は両腕を縦軸に百八十度回転させる。

「へぇー……余った機材でこれを? でも、人機には成り切れないんですよね?」

「まぁ、テスト機って感じだね。当然、これから運用方法は考えられるだろうし、南とかに相談かなー、って感じ。あ、それと血続トレースシステムを組み込むのにはコックピットが手狭だから、これマニュアルなんだよね。まぁ、シミュレーター代わりには使えるかな」

 赤緒が覗き込むと、シールが機体を前屈みにさせてコックピットをさらけ出す。

 人一人がようやく座れるだけのスペースに、操縦桿が一対、そして足元にフットペダルがあるようのが窺えた。

「……この運用でどうやって?」

「どうって……はぁー……赤緒もロマンが分かってないなぁ。メカニックにとってこういうのって手遊びみたいなもので、どうやって運用するのか、は二の次なんだってば。造ってみて、じゃあこれはこう使えるぞって言うのが見出せた時に面白いって言うのを……まぁ赤緒なんかに説いたって無駄か」

 何だかエルニィに馬鹿にされているように感じたので、赤緒はむっとして言い返してしまう。

「でも……限られた資源なんですよね? 無駄にしちゃ駄目じゃないですか」

 こちらの抗弁にシールが過敏に反応していた。

「何だとー! じゃあこの機体――《テッチャン》を上手く動かせるのかよー、赤緒」

「て、《テッチャン》?」

「あ、赤緒さん。この機体の名前なの。可愛いでしょ?」

 月子に言われて赤緒は曖昧に微笑んでしまう。

 シールは《テッチャン》のエンジンを停止させ、降りるなりこちらへと向かい合う。

 赤緒は少したじろいで後ずさっていた。

「な、何です……?」

「ふぅーん……なぁ、エルニィ。操主の素質ってのを見るのに、マニュアル操作の人機の操縦訓練とか、やってきたのか?」

「いや、赤緒は特に血続トレースシステムに慣れてもらうから、そういうのは全然だね」

「じゃあ! 余計に操主として、一端だって言うんなら乗りこなしてもらおうじゃねぇか! 《テッチャン》で相撲トーナメントだ!」

「す、相撲トーナメント……?」

 当惑する自分に対し、エルニィが目を輝かせる。

「おっ! いいね、それ! せっかくだしマニュアル操作の人機に慣れてもらう訓練にもなるし、それに《テッチャン》の有用性を示す訓練にもなる。一石二鳥、ってジャパンじゃこういう時に言うんだっけ?」

 シールはふんと鼻を鳴らして自分へと挑発する。

「乗れるんだよな? トーキョーアンヘルの戦力の要だって言うんなら」

「そ、それは……」

「まさか、乗れねぇってか? だとすれば、だいぶ血続トレースシステムに甘やかされた身分じゃねぇの。それで操主なんて、片腹痛いぜ」

「の、乗れますよ……っ! 乗れます……」

 尻すぼみになってしまった語尾にシールがふふんとほくそ笑んだ。

「じゃあ、始めようぜ、エルニィ! とっととアンヘルの面子起こして、相撲トーナメントだ。《テッチャン》の試運転で誰が一番強いか決めようぜ」

「いいけれど、ルイとか南米でナナツー動かしていたでしょ? 多分、勝負にならないよ?」

「じゃあルイはシードってことにしようぜ。勝ち抜き戦で。もちろん、オレらも混ざる。メカニックだからって操主よりも弱いってことはねぇからな」

 赤緒はエルニィに視線を流すが、彼女は肩を竦める。

「シールがそこまで言うんなら仕方ない。ツッキー、赤緒に《テッチャン》の動かし方レクチャーしてあげて。ボクはその間に、トーナメント表でも作ろうかなーっと」

 何だかんだで一番楽しんでいる感じをエルニィの背中に見受けられたが、赤緒は月子の乗り合わせた《テッチャン》を見つめる。

「あの、赤緒さん? 別に嫌だったらいいんだよ? だって、シールちゃん、あれで結構、喧嘩っ早いから造ったのを馬鹿にされたみたいで気に食わないってだけだろうし。それに、赤緒さんだって、マニュアル操縦はほとんど初めてだって言うんなら」

「あ、いえ……そのっ……。でも、いずれは必要になるでしょうし。それに立花さん、もうみんなを起こしに行きましたから。やるしか……ないんだろうなぁ……」

 ため息をついた自分に月子は微笑みかける。

「ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって。でも、《テッチャン》を造ったのは何も道楽だけじゃないってことだけは分かって欲しいかな」

「いや、それは分かっていますけれど……それにしても相撲トーナメントってなると穏やかじゃないって言うか……」

 赤緒は《テッチャン》に乗り込んで腕をぶんぶんと振るうシールへと一瞥を寄越していた。

 別段、シールが苦手と言うわけでもないのだが、こうして意見がぶつかることはあまりない。

 ただ、少しばかり強気な彼女の逆鱗に触れたらしいというのは事実である。

「まぁ、朝の体操がてらだと思って。それに、操縦方法はほとんど人機と同じだから。この経験は何かと次に繋がるとは思うし」

「……はぁ……」

 曖昧に頷いて月子のレクチャーを受ける。

「誰が来たって、《テッチャン》最強選手権で最強の座は譲らねぇからなー!」

 がつん、と鋼鉄の両腕を突き合わせて俄然やる気を出すシールに、赤緒は少しばかり辟易していた。

「――えっと、まずはさつきと赤緒。操縦技能はどっちも似たようなもんだけれど、これは純粋に手数の勝負だから。《テッチャン》は機動性も運用性能も一号機、二号機共にほぼ同じだから性能で差は生じない。要は操主の力量の差がそのまま出ちゃうから」

 エルニィのガイドを経て、全員が境内に寄り集まっていた。

「それにしても、興味深いのを造ったわねぇ、エルニィ」

 南が軒先で完全に観戦客の雰囲気で湯飲みを片手にこちらを眺めている。

「でしょー? この芸術って奴が分かんないかなぁ」

「まぁ、機械作業をしているにしたって、その過程で生まれる逸材ってのもあるからねぇ。ナナツーだってカスタム過程で色々なバリエーションがあったのは事実だし。おっ、茶柱」

「さてさて! じゃあこっちも稼ぎに行こうかな! さぁー、どっちに賭ける? 赤緒とさつき、オッズは似たようなもんだけれど、一応赤緒のほうがファントムを習得している分、もしかしたら強いかもよー?」

 相変わらずエルニィは商売に繋げることに余念がないようで、ルイやメルJ相手に賭け事を持ち出す始末であった。

「……そ、そんなことより……! ルール説明してくださいよ」

「えー、そんなのシンプルじゃん。輪っかから出たほうが負けね。あ、それと倒れた相手はテンカウントだから。二本先取で」

「……て、適当なんだからなぁ、もう……っ」

「あの、赤緒さん。その……できるだけコックピットは狙わないようにしますけれど、もしものこともありますから……」

 さつきも戸惑っている。

 無理もない。彼女は朝食の片づけをしているところをエルニィに呼び出され、そのまま予選に組み込まれたのだ。

「……うん。私のほうも自信ないから、その……当たっちゃわないようにするけれど」

「そんな手加減している余裕あるー? まぁ、いいけれど。さぁ、出揃ったね。……ここは渋く出たかー。さぁーて、じゃあ儲けはボクが全部もらうとするかな」

「ちょっとエルニィ、私にも噛ませなさいよ」

 南がエルニィの元締めの賭けに一枚噛もうとしているのを横目にしつつ、赤緒はさつきの動かす《テッチャン》と対峙する。

「えっと……性能は互角なら……よし……っ!」

 意気込んで《テッチャン》の腕を回転させ、エルニィの試合開始を聞いていた。

「はい、じゃあスタートね」

「ちょ、ちょっと立花さん! そんな適当な……」

「言っている場合? 来るよ」

「来るって……」

 戸惑う間に、さつきの機体が迫り、その腕が赤緒の《テッチャン》を打ち据えていた。

 そのまま押し出しを狙うつもりらしい。

 よろめきつつ、赤緒は姿勢制御に努め、《テッチャン》の腕を振るって牽制する。

「うわっとと……! この子、油断すると自重で倒れちゃう……!」

「気を付けなよー。自滅なんて一番面白味がないんだからねー」

 赤緒は《テッチャン》の両腕を振るって風圧を巻き起こし、さつきの機体を威圧していた。

 そのまま相手が後ずさったのを認めてから、《テッチャン》を加速させる。

 加速――とは言ってもバーニアの類は一切存在していない機体のため、小さな足で駆け出すのみだ。

 そのままお互いに揉み合うようにして、さつきの機体を押し出す。

「あれ……勝っちゃった……?」

「おっ、一本目は赤緒が先取か。これはちょっと意外だねー。さぁ、賭けの金額を変えるなら今のうちだよー! 張った張った!」

 新たに賭け事を始めるエルニィを他所に、赤緒はさつきの機体が起き上がるのを手伝っていた。

「大丈夫? さつきちゃん……」

「ええ。結構丈夫に作られていますので、怪我とかはないです。この子、乗る人間のことを一番に考えられているんですね。人機と比べても遜色ないって言うか……まごころのこもった機体なんだな、って……」

「まごころのこもった機体……」

 そのような評価はまるで浮かべていなかった。

 赤緒がハッとしている間にも、試合続行のゴングが鳴る。

「さぁ! 第二ラウンドだよ! 赤緒とさつき、勝ち上がるのはどっちだー!」

「……その、一応は負けません……っ、で、いいのかな……」

 戸惑い調子のさつきに、赤緒は相対してそういえば、と《テッチャン》の細部を観察する。

 シートは柔らかい素材が用いられており、剥き出しのコックピットとは言え、きっちりと防護するための機構は備わっている。

「……私、この子のこと、何も分かっていなかったんだ……」

 ――《テッチャン》が吹き飛ばされ、メルJが両腕で叩き直そうとするがなかなかうまくいかない。

「むぅ……こいつ、バーニアが付いていないではないか。立て直し……の途中で飛べないなんて」

「言い訳がましいよー、メルJ。はい、テンカウント。この勝負はルイの勝ちだねー」

「所詮、あんたはその程度ってことよ」

「……何だと、黄坂ルイ……」

「場外乱闘はまたにしてよねー。ひとまず、ツッキー。メルJの《テッチャン》のサポートお願い」

「だ、大丈夫ですか? ヴァネットさん……」

「……今度からこいつでも飛べるようにしてくれ」

「はい。努力します」

 嘆息をついたメルJに赤緒は想定外に転がったトーナメント表を眺めていた。

「まさか私が決勝戦まで勝ち上がれるなんて……」

「運がよかったねー。まぁ、さつきと赤緒はどっこいどっこいだから、一勝すれば他の面子次第で決勝戦に出られるんだから、感謝してよね」

「そ、それはそのぉ……」

「何か言いたげじゃん。どったの?」

「いえ、その……私、ちょっと心ない発言って言うか……デリカシーなかったかもです。ハラレィさんに……」

「シールなら、次にルイと当たるから、その時に言えば?」

 シールは一号機に乗り込んで両腕を稼働させる。

 この勝負、操主としてはトップクラスであるルイが有利に思われたが――戦局は読めない方向に転がっていた。

 ルイと向かい合うなり、シールは両腕で相手を押し出すよりも、組み付かせて駆動系を麻痺させる。

「……すごい、関節技……?」

「メカニックならではだよね。《テッチャン》の性能を理解しているからできる芸当だ」

 やはり、シールは――と思ったところでルイがギブアップする。

「……この戦術を取られたら勝てない。勝てないのなら、無理な勝負はするべきじゃないでしょう、自称天才」

「まぁ、そうかもね。じゃあ一ラウンドだけれど、今回はシールの勝ち越し。ってわけで、赤緒。シールと決勝戦。言いたいこと、あるんでしょ?」

 エルニィは全てが分かっていて、自分の背中を叩く。

「……立花さん。はい、私……ハラレィさんに言わなくっちゃいけないことがあるんですっ!」

 《テッチャン》同士で向かい合ったこちらに対し、シールは戦意を隠しもしない。

「言っておくが赤緒。手加減はしねぇぞ」

「その前に……。その、ハラレィさん。私、誤解していました。遊んでいるみたいだとか、その……こんなの造っている場合じゃないとか……知った風な口を利いてしまってその……ごめんなさいっ!」

 頭を下げると、シールはふんと鼻を鳴らす。

「言っておくが、頭下げたからって勝てるとは思わねぇこったな」

「はい、私……いつも人機に乗っているのと同じ……この子に乗っていても、全力で勝ちたい……っ! だって、こんなにも……作り手のまごころのこもった子なんです。だったなら、私の全霊をもって、勝たなくっちゃいけないはずなんですっ!」

「ほぉー、吼えるじぇねぇの。じゃあ、加減は要らねぇなッ!」

 シールが独特の構えを取る。

 先ほどのルイとの戦闘では関節技で極めたのは、恐らくルイ相手に技量では勝負にならないという判断だったのだろう。

 メカニックならではの着眼点で勝利する――それがシールの戦術なら、自分にも戦術くらいはある。

「モリビトで培ったんです……私だって負けられない。だって私は……操主だから!」

「はい、よーい、スタート!」

 エルニィの合図で互いに組み付き合う。

 しかしパワーでは互角。

 よって勝負は単純にパワー勝負に持ち込むべきではない。

 赤緒は《テッチャン》の足に着目していた。

 短い脚部はすぐに転倒してしまう弱点になり得るはず。

 長い両腕を活かし、足をすくおうとして、シールはそれを掻い潜る。

「まさか、ジャンプ……?」

 否、ジャンプは構造上、不可能のはずだ。

 シールがやってのけたのは両腕を活かして機体を浮かせるという操縦テクニックであった。

「足のほうが短いからって弱点って理解したのは褒めてやるが、そこまでならその程度だぜ!」

 両腕を足のように駆動させ、赤緒の操る《テッチャン》の頭上を行き過ぎる。

 背後を取られてまずいと感じた時には、シールの《テッチャン》の拳が飛んでいた。

《モリビト2号》や他の人機ならば回避行動に移れるが、土俵自体が小さく、その上、《テッチャン》にはバーニアの類は付いていない。

 その特性上の不利を如何にして打開するか、そうと判じた赤緒は一瞬の閃きに身を委ねていた。

「この子なら……やれるはず……っ!」

 片腕を地面に突き立て、そのままのバランスで赤緒は機体を押し上げ――土俵上に屹立する。

「避けた……?」

 疑似的とは言え当たる面積を少なくさせれば回避も不可能ではない。

 そして、片腕を軸にして赤緒の《テッチャン》はシールの機体に向けて、そのまま短い脚で見舞ったのは渾身の浴びせ蹴りであった。

「これで……っ!」

「足で攻撃……!」

 相手がガードする前にキックが突き刺さり、赤緒の《テッチャン》は無様に転がったが、それよりも早くシールの機体が場外に出る。

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