JINKI 182 アンヘルの秘密ファイル

「とは言いましても……秘密ファイルって言うくらいだから、そもそも秘密なんじゃ……?」

 上機嫌に《モリビト2号》のコックピットを磨いている最中に投げかけられたものだから、青葉は布きん片手に考え込む。

 南は、と言えば対面に格納された《ナナツーウェイ》のタラップ上で呻っていた。

「どうしてもそれが欲しいのよ。それさえあれば、私だってねー、ちょっとばかし優位に立てるんだけれど」

「そもそも……何でそんなことを? 別にいいじゃないですか。ヘブンズとアンヘルが何も剣呑な間柄でもないですし」

「いやー、それがそのぉー……」

「南ってば、この間アンヘルのほうの備品を壊しちゃったのよ。その弁償とかが痛いから、少しでも弱みを握ってやろうって腹なんでしょ」

 後頭部を掻いて当惑する南の脇から、にゅっとルイが顔を出す。

「あっ、こら、ルイー。本当のことでも言い方ってもんがあるでしょうが」

「事実じゃない。言っておくけれど、ヘブンズのポケットマネーじゃどうしようもないからって秘密を探ろうなんて、南も姑息ね」

「……こんのー、覚えたばかりの言葉を使いやがってからにぃー……。でもまぁ、そういうことでさ。青葉も探すの手伝ってくれない? このとーりだから!」

 手を合わせて頭を下げる南に、青葉は脳内に秘密ファイルとやらを思い浮かべる。

 古代人機との攻防戦を何度も繰り広げているアンヘルだ。それこそ国家機密のレベルなのかもしれない。

「黄坂。てめぇ、しょーもねぇこと言っているヒマあれば、その泥跳ねたところ、もうちょっときっちり磨けよな。《ナナツーウェイ》だって泣いてるぜ? せっかくのカスタムモデルなんだ、整備班の手を煩わせるものでもねぇだろ」

「何よぅ、両。あんただって気にならない? アンヘルの秘密よ、秘密」

「……悪いが、オレはアンヘルがどんな秘密を抱えてようが、どうだっていいってもんだよ。つか、一応は政府の直轄部隊なんだ。秘密の一つや二つ、今さら珍しくもねぇ」

 両兵の返答に南はつーんと唇を尖らせる。

「ふぅーん……あんたってばつまんないわねぇ。もうちょっと乗り気になれない?」

「なれねぇよ、アホ。第一、その秘密とやら、どこで聞いたんだ? マジな情報筋からのものじゃねぇと信じるにも値しねぇぞ?」

「その辺は大丈夫よ。……ここだけの話、山野さんたちが声を潜めていたのを聞いたんだから」

「要は盗み聞きだろうが。それって当てになンのか?」

 タラップ上に座り込んだ両兵は南の情報筋は端から信じていないようである。

「ロマンがないわねぇ、あんたも。青葉は? 気になるでしょー、アンヘルの秘密」

 上機嫌で尋ねられたものだから青葉は反射的に頷いてしまう。

「あー、はい……まぁ、ちょっとは」

「無理しなくていいのよ、青葉。南の好奇心なんて所詮は猫も殺せないようなものなんだし」

 澄ました様子のルイに南はむぅとむくれる。

「何よぉー、ルイのケチー。もうちょっとあんたも子供らしい好奇心ってものをよねぇ」

「南じゃないんだから、どうでもいいことに足を取られないわ」

 やはり、ルイは興味がないらしい。

 南はこちらへと助けを求める。

「青葉ー、ルイはこれだし、両もこれだし、ちょっとは話を聞いてよー。青葉だけなんだからー」

「その……私はいいと思います。秘密って言われちゃうと、気になっちゃいますよね」

「でしょー? じゃあ今晩辺り、宿舎に忍び込んでみない? どっかの書棚とかに隠されているかもだし」

「こ、今晩ですか……」

 うろたえた自分に両兵が面白がって茶化す。

「何だ、青葉、てめぇ怖いのか? 黄坂、やめとけやめとけ。こいつビビりだし、戦力になんてならねぇよ」

 その言葉には青葉もむっとしてしまう。

「こ、怖くなんてないもん! 両兵こそ、怖いんじゃないの? さっきからこの話題避けてるじゃない。本当は怖いのに、無理してるんだ」

「誰が怖いだと! てめぇ、下操主もおぼつかねぇくせに、偉そうな口叩きやがって……!」

「はいはい、青葉も両もその辺にして。どう? 今夜が勝負ってことで?」

 両兵は不承気に頷いていた。

「……いいぜ。乗ってやる。どうせ、何も出ねぇンだ。噂なんてそんなもんさ」

「でも、もしその秘密ファイルって言うの、あったらどうするんですか?」

「そりゃー、あんた。秘密の一個や二個、貰っておいて損はないんだし。交渉術にもってこいってものよ」

「要は、次からのメンテナンス代を値切りたいのよ。ケチくさいんだから、南は」

 正鵠を射られて南はルイをじとっと睨む。

 青葉は愛想笑いを浮かべつつも、でも、と声にしていた。

「……秘密ファイルってどんなのなんだろ……」

 整備班が寝静まったのを確認してから、青葉はそっと部屋から抜け出していた。

 夜に沈んだ宿舎は周辺の野犬の遠吠えばかりが響いており、ジャングルは静まり返っている。

「……夜の格納庫集合って、南さんは息巻いていたけれど、どうなのかなぁ……」

 一応、もしもの時の備えとしてスパナを一本、握り締めていたが、こんなものを使うことにならないよう、願うばかりである。

 そう思ってため息をついたその瞬間、肩を不意に叩かれていた。

 青葉は瞬発的に振り返り、スパナを振り下ろす。

「痛って……! てめぇ、洒落にならねぇだろうが!」

「り、両兵……? もう、脅かさないでよ」

「それが他人のドタマかち割ろうとして言える台詞か、ったく……。オレじゃなきゃ死んでたぞ」

「両兵は? 何か武器でも持ってきたの?」

「ん。まぁ、木刀だが、ねぇよかマシだろ」

 静謐の中の宿舎はいつもと違う風景で、青葉は自ずと気を張り詰める。

「……何だかいつもと違う感じ」

「夜はこんなもんだろ。カナイマって言ったって、警報でもない限りは夜の警戒なんてほとんどしてねぇし、ここ数日は古代人機の出現頻度も落ち着いてる。そりゃー、みんな眠れる時に眠りてぇのが本音ってもんだろうしな」

 欠伸を噛み殺した両兵に、青葉は話題を振る。

「……ねぇ、秘密ファイルってどんなのだと思う?」

「知ンねぇよ、そんなもん。第一、黄坂の盗み聞き情報なんざ当てになるとも思っちゃいねぇし。ただまぁ、もし事実だとして、つまんねーもんだとは思えねぇだろ」

「その秘密ファイルを手に入れて、両兵ならどうするの?」

「んー……まぁ触らぬ神に何とやらって言うし、見ないフリでもするかねぇ。オレはあいつみてぇにがめつくなった覚えもないからな」

「……でも、アンヘルに来て結構経つけれど、秘密とかあったんだ。川本さんとかも聞けば何でも教えてくれるから、てっきりそういうのはないんだと思ってたけれど……」

「秘密の一個や二個は当然、あるもんだろ。ここだって、古代人機防衛の前線基地なんだぜ? そりゃー、ベネズエラ軍部と渡りを付けるための秘密かも知れねぇし、まったくの見当違いだとしても、人機の技術ってだけで相当な秘密にはなンだろ。ま、オレは関知しねぇけれどな」

 確かに《モリビト2号》の存在だけでも、世界を揺るがす秘密にはなるだろう。

「両兵は、こういうの興味あるの?」

「……オカルトめいたもんってことか? 実態として、オレら自体が国の抱える大きな秘密だからな。今さらそんなに型式ばったこともあるとは思えねぇんだが」

 格納庫で南が懐中時計を振っている。

 その合図に、青葉は手を振り返していた。

「南さん……。場所とか、分かっているんですか?」

「いんや、これからゆっくり探そうってトコ。夜は長いからねー。ルイ、あんたもしっかり付いてくるのよ」

 ルイはどこか文句がありそうな面持ちで南から視線を逸らす。

「や、よ。何でここまで。今日はこっちの宿舎に泊まれるって言うのに、眠っているところを叩き起こされた身にもなって欲しいわ」

「あんたもロマンとスペクタクルを体感するもんよ。それにー、私たちだけじゃないんだから。共犯者って言うのはね」

「オイ! オレは知らんぞ。もし不都合なもんが出てきたら真っ先に逃げさせてもらうからな」

「しーっ! 大声出さないの、両! ……それにしたって、あんたらも探検隊の仕様って言うのには、少しばかり物騒ねぇ」

「えっと……スパナはやめたほうがいいですかね……」

「何が出て来るか分からんのだから、木刀くらいは携行したって文句ねぇだろ。そういうそっちはどんな装備で来てるんだ?」

「私? 私は懐中電灯一個だけ。二人ともさー、何も怪物と戦いに行くんじゃないだから。ここは知恵と勇気が必要になって来るのよ! だって言うのに、スパナと木刀って」

「気にしないで、青葉。最近、妙な本を読んでその気になっているだけだから。ゲームブックとか言ったかしらね」

 ルイがさらりと流すので南が雰囲気を出すために放った言葉は霧散していた。

「……むーっ。ルイってば、本当にもうちょっと空気読みなさいよ」

「空気なんて読んでたら南の馬鹿げた話を全面的に信じる羽目になるじゃない」

 とは言え、ルイも一応、用心くらいはしているようで作業用のヘルメットを被っていた。

 本当に軽装なのは南だけだ。

「黄坂よぉ……当てはあるんだろうな、当ては。まさか宿舎をしらみつぶしってのはやめにしてくれよな」

 木刀を肩に担いだ両兵に、南はふふんと鼻を鳴らす。

「私に任せなさい! このアンヘルの宿舎で、それなりに厳重な場所ってものは限られてくるんだから。まずは、拝借しておいた資料室の鍵を、っと」

 四人揃って歩いている自分たちはどこか浮いていて、青葉はしんみりと声にする。

「……何だか、肝試しみたいですね、これ」

「あー、そうねぇ。肝試しって言うと、あんましやったこともなかったけれど。アンヘルじゃ、肝だけは据わっている人間ばっかりだし」

 鍵を開けるのに四苦八苦している南を他所に青葉は両兵へと声をかけていた。

「覚えてる? 私が小さかった頃、両兵、廃工場に肝試しに行くって言い出して」

「……そんなこともあったか?」

「で、悪ガキ連中を引き連れて行ったもんだから、そこの管理人さんにすごい怒られたっけ」

「よく覚えてンなぁ、てめぇも。つか、それに付いて来ていたか?」

「……両兵が付いて来ないと玉無しだって煽ったんじゃない。私は当時は意味が分かんなかったけれど、友達でいてくれないのかなって思っちゃって」

「それでほいほいと付いて来たのかよ。てめぇも変わり者だったんだな」

「うん……。でも、思えば両兵が私のこと、男の子だって勘違いしてくれたから、ああいう思い出もあったんだなって」

「日本に居た頃のこたぁほとんど忘れてンな」

 感傷に沈んでいる自分に比して両兵は淡白である。

「よっと! 開いた。……鍵、錆びついているわねぇ」

「この時点でないんじゃないの?」

「いいえっ! 本当に大事なところの鍵はこんな感じなものよ、ルイ。ともすれば一発目で当たりを引いたかも!」

「電気……付けるんですか? バレちゃうんじゃ……」

「懐中電灯で適当にそこいらの本棚から拝借して、それで読み取るしかないわねぇ」

「ったく、こんな埃クサい場所に秘密ファイルなんざあるかよ。どれもこれも……アンヘルの記録だな。もう十何年も古代人機に防衛戦をやってンだ。それなりに資料だけは、たくさんあるんだが……オイ、黄坂。その秘密ファイルって奴、どんなのか分かんのかよ」

「でかでかと書いてあるらしいわよ? 極秘って」

「何だそりゃ……そんなもん、そこらへんに置いてあるわけが……」

 すっかり呆れ返った両兵に、青葉は資料室の中で、ふと、窓際に積まれているファイルを気に留めていた。

 他は埃を被っているのに、これだけ妙に真新しい。

 何か、惹かれるものを感じて青葉はそれを手に取る。

「そんな簡単に見つかるわけがねぇし……。こりゃー、今夜は徹夜コースか?」

 欠伸を噛み殺した両兵に、青葉はそのファイルを南へと差し出す。

「その……南さん。これって……」

「ん……? 青葉、これってもしかして……?」

「はい。極秘って書いてありますし。……見つかっちゃった?」

 そこいらの棚を物色していた両兵はふと固まってこっちを見やる。

「……嘘だろ、オイ。……って言うか、そんな簡単に見つかっていいのかよ」

「ナイスよ! 青葉! もしかして例の超能力モドキって奴?」

「いえ、そんな……大したものじゃないですし……。でも、結構厚みがありますね……」

「まさに極秘ファイルって奴ね。……開けるわよ?」

 全員が唾を飲み下す。

 果たして、アンヘルの抱える極秘ファイルの中身とは――。

「そこで何をしている!」

 不意に電気が点灯し、自分含め、四人ともが姿勢を沈めていた。

「うぉっ……! って、何だ、ヒンシかよ……」

「あれ……? 何で両兵……と青葉さんに、南さんとルイちゃん……?」

「ったく脅かしやがって。寿命が縮まったぜ」

「いや、今日の当直は僕の役割だから。この部屋の中で明かりが見え隠れしたから、気になって来たんだけれど……それは?」

「あ、これってもしかしてピンチ……?」

 南は極秘ファイルを抱えて愛想笑いを浮かべる。

 青葉は事ここに至っては正直に謝るしかないと、頭を下げていた。

「ごめんなさい! 私たちその……極秘ファイルが気になっちゃって……」

「極秘ファイルって……だってそれは、確か……」

「――成長記録? 両の?」

 食堂に連れ出された四人はそれぞれ、驚愕の眼差しを川本と、そして彼の起こしてきた現太に向けていた。

「すまないね。私がどうしても付けたいと願ったものだから、ついつい大げさになってしまって」

「い、いえっ……! 現太さんは悪くありませんよ……。ということは、何で山野さんたちが?」

「山野には管理場所として資料室を貸してもらっていたんだ。その管理云々を南君は聞いたんだろう」

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