しかし、と現太が捲る極秘ファイルの中身を、青葉と南は覗き込んでいた。
そこには――まだ小学生にも満たない頃からの、両兵の成長記録が克明に映し出されている。
「あっ……これ、私と遊んでいた頃の……?」
「ああ、そうか。写っていたんだね」
日本に居た頃の写真もあり、青葉はそれらを目にすると感慨深くなっていた。
「でも、どうして両兵の成長記録を資料室に? プライベートなものなら、先生が持っていたほうがよかったんじゃ?」
「いや、一応は両兵も、人機の操主だ。操主の弱点を知られるのはまずいからね。これも軍事機密の一つとして保管していたんだ」
「それにしたって……へぇー、両。あんたチビの頃はまだ可愛げがあったじゃないの」
ニマニマと締まりのない笑みを浮かべた南の茶化しに、窓辺に座り込んだ両兵は不機嫌そうに返す。
「うっせぇな、黄坂。もういいだろ、いちいち見てんじゃねぇよ」
「いやー、でも貴重だなー。今じゃ、野猿みたいになっちゃったアレでも、きちんと子供の頃があったって言うのは」
「だから! うっせぇって言っているだろうが! ……ったく、オヤジもどうかしてるだろ。何でオレの成長記録に極秘なんて仰々しいラベル付けてんだ」
「いや、これも私の勝手なんだが、お前だって他人に知られるのは嫌だろう? それに、最近の写真もここには載っていてね」
「あっ、これって最初に《モリビト2号》に乗り合わせた時の両兵ですよね? いやー、この頃はまだ初々しかったなぁ」
川本の感想に青葉もその当時の両兵の写真を眺める。
短髪で勝気な瞳なのは今と変わらないが、《モリビト2号》を前にして少しばかり浮ついているようであった。
「……私みたいな頃も、あったんだ……」
「ああ、操主は人機と一緒に成長するものだからね。こうして今の記録を付けるのは《モリビト2号》と一緒の歩みを辿るためでもある。それに、最近山野たちと話していたのは、ここに青葉君の成長記録も付けようか、と言う話だったんだ」
「えっ……私の……ですか?」
「うん。せっかく青葉君も操主として立派に成って来たんだし、両兵の成長記録と合わせて掲載しようって思って。きっとそれを南君は聞いたんだな」
「でも、いいんですか? だってこれは……先生と両兵の思い出なんじゃ……」
「君も《モリビト2号》の操主なんだから、ほとんど家族みたいなものだよ。それに、両兵だって、ここ最近は青葉君と一緒に写っていることも多い。なら、それでいいじゃないかってね」
ウインクした現太に青葉は控えめに応じていた。
「……でも、私、写真なんて……その、ガラじゃないって言うか……」
「アンヘルは運命共同体だし、何なら整備班含め、家族だ。少し大家族かも知れないが、それでもいいなら」
現太の思いやりが今さらになって沁みてくる。
青葉は面を上げて頷いていた。
「はい! 私もその……皆さんと家族になれるんなら……!」
「じゃあ今、写真を撮りましょうよ。ちょうどカメラを持っているんで」
川本の提案に南は乗り気になっていた。
「いいじゃないの。ルイ、あんたも操主として立派になるんなら、一緒に写りなさいよー」
「……私は青葉とモリビトの操主の座を競っているんだけれど」
「ルイ。今は一緒に写真、撮ろうよ!」
「……いいけれど、下操主になるのは私なんだから」
「決まりだね。じゃあみんな集まって……両兵、いつまで不貞腐れてんのさ」
窓辺から動こうとしない両兵に、川本が呆れ返る。
青葉はそんな両兵の腕を引いていた。
「両兵! 一緒に写真、駄目かな……?」
「成長記録ねぇ……。ま、てめぇは相変わらず成長なんざしてねぇみたいだけれどな。背丈だけデカくなったアホバカだろうに」
「もう! 私は青葉だってば! いいからっ!」
「……ったく。夜中に起きて自分の成長記録見られるなんて、ただの恥だろうがよ」
「よかったじゃない。あんたも子供の頃だけは、少しは可愛げがあったんだって、みんなにバレたんだし」
「それがよくねぇって言ってんだよ、黄坂、てめぇ……」
「で? どうする? この秘密は大きいわよねぇ」
早速値段交渉に入る南に、両兵は呆れ返った様子であった。
「……メシくれぇは奢ってやるよ」
「一番高い奴ね」
「……がめつい奴だな、オイ。って言うか、他人の成長記録で強請ろうなんて、趣味が悪いぜ」
「こっちは根無し草のヘブンズだからねー。少しでもそういうネタがあれば乗るってもんよ」
全員が集い、川本はシャッターを切っていた。
まさかこんな夜更けに記念撮影とは思っても見ない。
「オレはもう寝るぜ。……無駄に疲れちまった」
「私も、今日は宿舎で寝るかなー。ルイ、あんたは?」
「結局南の早とちりだったんじゃない。少しは反省してよね」
「でも、両兵の成長記録に私たちも混ぜてもらって本当にその……よかったんでしょうか?」
「なに、大丈夫だとも。それに、ああ言いつつ、両兵だって嬉しくないわけがないんだ。家族の思い出は少なかったからね」
「あっ、そう言えばその……両兵のお母さんの写真ってないんですね。私も……見たような、見たことがないような……」
「ああ、青葉君はまだ小さかったから。それも無理ないだろうとも」
「でも、嬉しい。家族に成れるなんて」
ただ、と青葉は思い出すなりしゅんとしていた。
「どうしたんだい? 何か気になることでも」
「いえ、その……私、ちょっと図々しかったかもしれません。静花さんのこと、許せていないのに……家族だなんて」
「少しずつでいいさ。向き合うのは少しずつで、家族と言うのはそういうものだ」
その言葉が今はありがたく、青葉は自分たちの写真が両兵の成長記録のファイルに足されるのを目にしていた。
「……これから先は、みんなの成長記録……あっ、秘密ファイルなんですね」
こちらが声を潜めて言うと、現太は唇の前で指を立てて、悪戯っぽく微笑む。
「ああ。これはアンヘルみんなの――秘密ファイルだね」