JINKI 183 白夜の鬼

 それでも抵抗をやめることはないと、駆動している機体の操縦桿を握り締める。

 汗ばんだ手袋の中は蒸れてまめだらけになっていた。

 それでも流れる血潮に後悔がないように、と《アサルトハシャ》部隊が前進し、宙を舞う《バーゴイル》を撃墜しようともがくが無駄な抵抗とばかりにその機動力で翻弄される。

「怯むな! 《バーゴイル》がどれだけ高機動とは言え、それでもこちらと同じ人機だ!」

 声を張り上げた自分に、部下たちがうろたえる。

『し、しかし……このままでは戦線を維持するのも困難に――』

 そこから先の言葉を悲鳴が劈く。

 後方部隊の《アサルトハシャ》が獄炎に包まれて粉砕されていた。

 地上に降り立った《バーゴイル》が次々と銃剣を跳ね上げさせて、機体の首筋を掻っ切っていく。

「……わざわざ地上に降りて……? どこまでも私たちを嘗めて……! キョムの操る人機が……!」

《アサルトハシャ》の有するブレードを下段より振るい上げるのと、《バーゴイル》の銃剣が打ち下ろされたのはほぼ同時。

 火花が散る中で、じわじわとパワーで気圧されていく。

《アサルトハシャ》の駆動系では限界が近い。

 それでも、自分はこの隊を預かる身、撤退するわけにはいかない。

 呼気一閃で薙ぎ払ったが、《バーゴイル》は安全圏に後退してプレッシャーライフルによる応戦を実行する。

「……プレッシャー兵装のない我々では……いずれ頭打ちか」

 その時、急降下してきた《バーゴイル》がこちらの頭蓋を狙い澄ます。

 今の動きで自分が隊長機だと露見したのだろう。統率は、頭さえ潰せば簡単に乱れることを学習しているのだ。

 咄嗟に機体を横滑りさせて一閃を回避し、そのまま勢いを殺さずに《アサルトハシャ》の裏拳で叩き据える。

《バーゴイル》が一瞬だけ剥がれてくれたが、相手は無人。

 よって操主が居れば致命傷になるような打撃でも、すぐに持ち直すことができる。

 コックピットブロックを打ち据えてもそれは同様だ。

 キョムは強大なネットワークを用いて、《バーゴイル》を遠隔操作しているに過ぎない。

 操り人形を対峙して、幾度となく敗走を重ねている自分は格好の笑い種であろう。

 それでも、と丹田に力を込めて《アサルトハシャ》で疾駆し、太刀を翻していた。

《バーゴイル》の手首から先を斬り落とすことに成功するが、何も敵機は単体で向かってきているわけではない。

 空間をしなった鞭の風圧が友軍を吹き飛ばす。

「……古代人機……!」

 忌々しげにその名を紡ぐ。

 キョムはどのようなカラクリかはまるで分からないが、古代人機を従えている。

《バーゴイル》一個中隊が空を舞い、古代人機が地上部隊を制圧する。

 その仕組みはとうの昔から繰り返されてきたと言うのに、未だに突破口は見えない。

 雄叫びを上げて《アサルトハシャ》で地上の古代人機を斬り伏せる。

 それでも相手の気勢が消えることはない。むしろ危ういのは自分たちだ。

 古代人機相手に劣勢どころか、戦意を奪われている者も少なくはない。

 地表すれすれを走る触手が人機の駆動系の命とも言える血塊炉を射抜き、無力化された機体へと四方八方からプレッシャーの光条がもたらされる。

 奥歯を噛み締めて爆発の衝撃波を堪えていた矢先、眼前に《バーゴイル》が肉薄していた。

 ――いけない、この距離は。

 と、後退しようとしたその時には既に照準が絞られている。

 終わりを予感する前に、直上より放たれた一条の光線が《バーゴイル》を射抜いていた。

 撃墜された《バーゴイル》が火達磨になった直後に、その機体を蹴り上げているのは――。

「……青い、《バーゴイル》……?」

 不可思議な光景であった。

 青い塗装を施された《バーゴイル》がキョムの放つ同系統の機体を蹴散らし、同じ武装を伴わせて銃剣で立ち向かっていく。

 それも一機や二機ではない。

 統率された部隊のそれに、半ば圧倒されていると、撤退機動に移ろうとしたキョムの《バーゴイル》へと打ちのめされたのは鉄槌であった。

 オートタービンの駆動音が響き渡り、審判の如く《バーゴイル》の頭蓋を打ち砕く。

「……人機……」

 その挙動は重々しい鎧じみた人機でありながらも敵影を蹴って素早く突き進む軽快さも伴わせており、瞬間的に発生した風圧が《バーゴイル》の武装を打ち払い、獣のようなマニューバで叩きのめしていた。

『すごい……何なんです、あの機体は……』

 部下の感嘆の声を受けつつ、ようやく醒めた判断力は《アサルトハシャ》を咄嗟に後退させていた。

「……総員、後退に移れ! 《バーゴイル》を……どういうことなんだか蹴散らしてくれている……」

 信じられない心地であったが、青い《バーゴイル》は統率されており、それを纏め上げるのは白い鬼のような相貌を誇る人機だ。

 その人機のフェイス形状を目の当たりにした瞬間、雷に打たれたように記憶の奔流が発生していた。

「……まさか、あれは……色こそ違うが、《O・ジャオーガ》……?」

 青い《バーゴイル》が敵部隊を殲滅し、白い豪鬼の機体が手を払う。

『そこまでだ。シャンデリアに逃げ込まれれば追う術はない』

『はい、隊長。これでも戦果です。この戦場も……しかしここまで追い込まれているなんて……』

『想定外が起こるのが戦場だ。気を張り詰めろ』

「……この、声……」

 思わず、《アサルトハシャ》のコックピットブロックを開け放つ。

 それと相対するかのように、白い機体も火花が舞う戦場で頸部のコックピットより操主が顔を出していた。

 厳めしい、武人が如き相貌に――自分はホルスターから拳銃を構える。

「……貴様! 《O・ジャオーガ》の操主だな!」

「……私を知っているのか」

「私の村は……キョムに焼き払われた! ロストライフ現象で!」

《O・ジャオーガ》の操主は何か釈明を浮かべるわけでもない。

 ただじっと、こちらを見据えているのみだ。

 このまま撃たれるのをよしとするとでも言うのか、馬鹿な。

 構えたこちらが怒りに奥歯を噛み締めると、割って入ったのは青い《バーゴイル》であった。

『ちょっと失礼。隊長を死なせるわけにはいきませんので』

「……よい。私の禊である」

『……そういうところがあるから、余計に死なせられないんですよ』

 青い《バーゴイル》から出てきたのは女性操主であった。

「……女……」

「あなたも女のようだけれど? まさか……?」

 女性操主はすっと矢じり型の鉄片を翳す。

 それは幾度となく戦地で目にしてきた代物だ。

 血塊の一部が凝縮して構築したとも言われるオーパーツじみた挙動をする武装――アルファー。

 だがその恩恵は自分に微笑まない。

 アルファーは力ある人間にはさらに上の次元の能力を付与するが、力のない人間には無用の長物だ。

「あら、光らない。っていうことは血続ってわけじゃないのね」

「……私は血続なんて……そんな大層なものに生まれた記憶もない。だが……《O・ジャオーガ》の操主! 貴様は故郷を焼き払った! 私は貴様を……絶対に許さない!」

「許さない、か。しかし、この戦局では落ち着いて話もできないだろう。仇を討つのには少しばかり状況が適さない。……後を頼むぞ」

 再び《O・ジャオーガ》の眼窩に光が灯り、白い機影が身を翻す。

「待て! 戦え!」

 何発か銃撃するが人機の装甲に拳銃など豆鉄砲のようなものだ。

 青い《バーゴイル》の操主はこちらへと飛び移り、その銃身を下げさせる。

「無駄なことはしないほうがいいわ。隊長はそんな人じゃない」

「隊長って……だって奴はキョムでしょう!」

「……今は、あなたたちと同じような身分に甘んじている。残存部隊を処理しないといけないから、隊長の仕事と私たちの仕事は別にある。《アサルトハシャ》の一個小隊? 一度、この先にある渓谷まで下がって、その後で落ち着いて話をしましょう」

「落ち着いて話って……話すことなんてない!」

「そっちにはなくってもこっちにはあるのよ。……少なくともね」

 後退機動に移らざるを得ず、自分は《アサルトハシャ》の操縦系統に視線を落としていた。

 仇を目の前にして何もできないのがただ悔しく、今はそれを噛み締めていた。

「――ここが前線基地。前に来た時よりも随分と後退したように映るわね」

 青い《バーゴイル》の中でも統率を担当する女操主はアイリスと名乗っていた。

 彼女は短く切り揃えたボブカットの黒髪をなびかせ、自分たちレジスタンス組織の基地をあらかた眺めてから、渓谷に位置するレーダーの基地局に訪れたらしい。

「……元々はアンヘルが使っていた基地の一つ。でも、ルエパもウリマンも……カナイマもじわじわと勢力を撤退させて、ここが私たちの前線基地になった」

「もうアンヘルの時代じゃないってわけか」

 アイリスはそう言った後に自分の隣に座り込む。

「……あなたは、何の目的であの男に付いているの。あんなのまともじゃない」

「そうね、まともじゃない。隊長は、まともであろうとも思っていないんでしょう」

 その言葉繰りに自分のほうが惨めに思えて、渓谷に切り込むようにして建築された基地を見渡す。

「……だって奴はキョムでしょうに」

「キョムならまともじゃないって? ……確かにね。世界を黒い波動で満たし、ロストライフ現象で壊そうとしている敵よ」

「……だったら!」

「でも隊長はそこから抜けた。……まぁ、抜けたって言ったって一身上の都合とかがあるんでしょうけれどね」

「……奴のことを思い出すだけで反吐が出そうだ。《O・ジャオーガ》をあんな風に……白く染め上げたって罪は消えない……!」

「そのことなんだけれど、どうして《O・ジャオーガ》の名前を? 人機の個体識別名称なんてなかなか使われないはずだけれど」

「……奴自身が、村を蹂躙する時に言ったのを聞いた。この《O・ジャオーガ》が世界を変えるって……」

「なるほどね。それは確かに上等な仇の理由にはなるわ」

 拳を骨が浮くほど握り締め、吐き捨てる。

「《O・ジャオーガ》は私が破壊する。……奴もそうだ。操主であったのなら容赦はしない」

「そうは言うけれどね。今の隊長はこの前線基地に送り狼を寄越してくるキョムの軍勢を抑えてくれているはず。そうでなければ、さっきの戦闘でここまで侵攻されていたわよ?」

「……敵に言われるまでもない」

「敵ねぇ……」

 アイリスはコーヒーメーカーを持ち出していた。熱湯で抽出し、芳しい香りが漂ってくる。

「……どこからそんなものを」

「人機のコックピットに持ち込んでいるのよ。戦場じゃ一時の休息だって大事なんだから。……飲む?」

「要らない。施しは受けない」

「そう。……別に私だって、隊長のことを知った風には言えないけれど、《O・ジャオーガ》と隊長はどこまでも意地を貫き通そうとしている。キョム相手に今さら単騎で、なんてどう考えても無理なのに」

「……分からない。だからあんたたちは奴の味方をするのか」

「味方って言うか、ね。私もキョムに故郷を焼かれたクチだから」

 まさか、同じロストライフ現象の被害者だとは思いも寄らない。

 アイリスはコーヒーを口に運んでから、ふぅと息をつく。

「……だったら余計に。何で奴の肩を持つの」

「肩を持つとかそういうんじゃないんだけれど、私は救われたから。だからちょっとした恩返しをしているだけ」

「恩返し? 何を言っているんだ。《O・ジャオーガ》はキョムの人機だ」

「そう、キョムの人機。その罪は消せないから、隊長は戦い抜くって決めたんでしょう。どれだけ世界の誹りを受けようとも、ただ一人になろうともって。あの人は武人だけれど、それでも世界の重さを背負うのには少しばかりの弱々しさも漂う」

「……世界の敵が、今さら何を……」

「キョムは侵略者。ロストライフ現象を巻き起こし、この世を地獄に染めようとしている。その事実は消えないし、どれだけ言葉を弄しても同じでしょう。でも、一つだけまかり間違って欲しくないのは、私たちは何も、あの人が心を入れ替えただけで従っているんじゃない。それだけじゃ、従うのにはあまりに弱い理由だもの」

 その脆弱な理由を聞きたかったのか、あるいはこれ以上の問答をかわしたくなかったのかは判然としない。

 だが、今は背中を向けていた。

「……もうすぐ消灯だ。この前線基地を潰されれば、その後は敗走しかなくなる」

「渓谷の中に基地を作ったアンヘルには先見の明があったのかもね。ここならそう容易く《バーゴイル》だって入って来られない。当然、古代人機も。近づく頃には警報が鳴る。よくできた施設よ」

「……私たちはアンヘルにも感謝していない。元々は彼らが招いた災厄だ」

「どちらにも与しない、か。南米戦線はひっ迫しているわね。それでも、戦い抜くんでしょう?」

「……当たり前だ。私は、もうそれでしか生きる証明を持っていない」

「そこまで思い詰めることはないと思うけれど。こっちが言える台詞じゃないし、ひとまず今晩はここで休ませてもらう。それにしたって、《アサルトハシャ》で今の今までよくやってこられたわね」

「《アサルトハシャ》は血塊炉で動いていない。完全な電気型の人機だ。この前線基地の電力でも賄えるだけの動力源だからこそ、重宝している」

「いざとなれば、《アサルトハシャ》を予備電力に、か」

 立ち去ろうとしたアイリスに、ふと呼びかけてみていたのは自分でも少し酔狂であったのかもしれない。

「……《O・ジャオーガ》の操主は、何だってあんな真似をしている? 戦力だって無限じゃない。キョムは無制限に攻めて来るのに、単騎でできることなんて限られている」

「それは、本人に聞いてみないと何とも。私たちは隊長に従うって決めただけの操主崩れだからね」

「……《バーゴイル》を動かしていて、嫌悪感に潰されそうにはならないのか」

「そりゃ、なるけれど。だからと言って足を止めていい理由にはならないでしょ」

「……やっぱり、分からない」

「自分で決めればいい。答えはそこに待っている」

 アイリスの気配が完全に消え、渓谷の基地から電灯が一つずつ消えていく。

 ここで待っていれば安全なのだろう。

 もし何かあっても、自分たちが前に出る必要性はない。

 しかし、それは――。

「……仇に、守ってもらうなんて真っ平御免だ……」

 そう口にした時には基地へと駆け出していた。

「――今回の敵は、それなりにしつこいな」

《O・ジャオーガ》のコックピットの中で、バルクスは何度目か分からないぼやきをこぼしていた。

 向かってくるのはただの《バーゴイル》だけではない。

 量産体制に入った人機を中心軸にして作戦行動を実行している。

それは立方体を思わせる躯体であった。

両腕にリバウンドシールドを有し、眼窩が輝く。

「……ハマドの《K・マ》か。無人だな」

《K・マ》が砂利を巻き上げ、盾を突き出していた。

 直後、リバウンドの斥力磁場が形成され、粒の散弾が撃ち込まれる。

「《O・ジャオーガ》とは言え、リバウンドの兵装には不利に働く。それを理解しての攻撃か」

 同じ八将陣ベースの機体を標準としていても得意とする距離はまるで違う。

《O・ジャオーガ》は完全な接近戦タイプ。

 遠距離からちくちくとやられるのは旨味がない。

 それも、《K・マ》のような堅牢な防御を実現するタイプの人機とでは相性が悪かった。

 オートタービンの出力を上げて躍り上がり、敵機へと打ち下ろすが、《バーゴイル》小隊が盾になって致命的な一撃を食らわせない。

 その間にも《K・マ》がリバウンドの磁場を迸らせ、その反重力で《O・ジャオーガ》の躯体を震わせていた。

 吹き飛ばされた形の自分は先ほどまで叩きのめしていた《バーゴイル》の骸に背を打ちつける。

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