「あっ、お母さん。今、ちょうど師匠に稽古をつけてもらっていて」
「よいか? ウリカル。お主はハウルの制御に関してはレイカルたち以上の素質を持っておる。しかし、センスと言うのは磨かなければ輝かんのと同じこと。しっかりと照準を絞れば命中するのじゃから、今日もその鍛錬じゃ」
ウリカルがハウルを練り上げ、その光弾で机の上に立てられた標的を次々と撃ち落としていく。
へぇー、とレイカルは感心していた。
「うまいんだな! さすがは私の娘だ!」
「い、いえ、そんな……。おかあさ……レイカルさんたちほどじゃ……」
「――いいえぇ、もうレイカルなんて超えているんじゃないかしらぁ……」
唐突に背後から現れたラクレスにレイカルはぎょっとする。
「い、いつから居たんだ、お前ー!」
「ずっと居たわよぉ? ……そんなのにも気づかないなんて、やっぱりレイカルってばお馬鹿さぁん……」
「お前、よくそんなのと平気で四六時中一緒に居られるなぁ……」
呆れ返った様子のカリクムに、レイカルは必死に頭を振る。
「平気じゃないやい!」
「まぁ、それはよいとして、レイカル。何がそこまで大変なんじゃ?」
「……とは言っても、いつもの如くどうでもいいことなんでしょうけれどねー」
呟いたのは小夜で、対面に座り込むナナ子はうーんと難しそうな顔をしていた。
「……やっぱり、海開きシーズンになってから予定を立てるべきじゃない? ちょっと早過ぎたのかもねぇ」
「もう今年の水着は買ったって言うのに、なかなか海開きと撮影が合わないのよねー」
ぼやいた小夜に、それだ! とレイカルが指差す。
「そ、それって何よ……」
「割佐美雷! 海開きだ! 大変だぞ、ヒヒイロ。テレビで言っていたんだが海が開くなんて! とんでもないことじゃないか!」
どうやら大元から勘違いしているレイカルへと、小夜は説明を述べる。
「あのねぇ……海開きって別に海が開いてどうこうするって言うんじゃなくって、単純に海水浴シーズンになったって話なのよ」
「……かいすいよく……?」
「……あんた、去年も言ったでしょうが。人間は暑くなってくると海へと海水浴に繰り出すの。乙女の常識よ?」
「ああ、泳いだり焼きそばを買ったりすることをそう呼ぶのか」
ようやく合点が行った様子のレイカルに小夜は嘆息をつく。
「……どういう覚え方なのよ」
「でも、レイカルは海が開いちゃうって思って大慌てで来たって言うこと?」
「そ、そうなんだナナ子……一大事じゃないかって思って……」
「馬鹿馬鹿しい。って言うか、あんたらのハウルとやらなら海がどうとかそういう話でもなくない?」
小夜が冷たく言い捨てるのを、ナナ子は悟って先回りする。
「まぁまぁ。撮影時期が被ってしまってなかなか作木君を誘えない小夜の気持ちも分かるけれどねー。夏って結構大変なんでしょ? 撮影スケジュール」
「うーん、まぁね……。この時期に撮り溜めておく素材があるとかないとかで……。特撮なんて出るもんじゃないわねぇ」
「ですが、トリガーVは夏の映画の興行収入もうなぎ上り。既に続編の話も出ているとか」
耳聡いヒヒイロは早速、とサイン色紙を差し出す。
「……あー、はいはい。いつものね」
「ええ、監督と出演者一同のものを」
「でも、じゃあプライベートとか難しいんじゃないの?」
「妙なところで有名人になったってしょうがないんだけれどね。まぁ、できれば休暇は欲しいって言っているし、次は通るかな」
「そして海開き……もちろん、乙女の戦場となるシーズンね! この季節は燃えるわよー! レイカル! それにカリクムにラクレス、ウリカルの分の水着ももちろん! 用意しているわ!」
抜け目のないナナ子はキャリーケースを引っ張り出し、開くなりオリハルコンサイズの水着が整然と並んでいる。
「わ、私のもあるんですか。そんな……そこまでしていただかなくっても……」
「何言ってるの。ミサイルからブラジャーまで揃えるのがナナ子スタイルよ! それに、ウリカルってばなかなかお堅いからサイズ測らせてくれなかったでしょ? もうそろそろいいんじゃない? 水着ではっちゃけても」
「は、はっちゃける……ですか? ……でも私、その、皆さんと一緒に海なんて……」
どこか当惑気味のウリカルに対し、小夜はナナ子へと声を潜ませる。
「……やっぱりちょっと強引過ぎたんじゃない? ウリカルだってそりゃー、行きたいに決まっているわよ。でもさ、あの子にも心の落としどころって言うもんがあって」
「小夜も何言ってるの。そんなの悠長に待っていたら夏なんてあっという間なんだから! ひと夏のアバンチュール……! それは人もオリハルコンも虜にするのよ!」
芝居じみたナナ子の言葉に小夜はうーんと頭を悩ませる。
視界に捉えたウリカルは、どうにもまだ暗い背景を抱えたままのようであった。
「……ねぇ、カリクム。ウリカルももうちょっと、私たちに馴染んでくれるように言ってくれない? あんたもオリハルコンでしょ?」
「……でも、レイカルの問題だろ、それは。ウリカルがどこか他人行儀なのだって、それはウリカル自身がどうこうする問題だろうし。私が下手に立ち入るべきじゃないってば」
「それもそうなんだけれどねー……うーん、どうすればいいのかしら……」
こちらの思案を他所にレイカルは無邪気に水着のうち、一着を手に取る。
「なぁー、これって私のサイズじゃないぞー、ウリカルのじゃないのか?」
「ば、馬鹿っ、あんたってば空気を読んで……!」
制しかけた小夜に、レイカルは何でもないかのようにウリカルへと水着を合わせ、小首を傾げる。
「ウリカルは来ないのか? 海開き」
「で、でも私は……その、ハウルの鍛錬がまだ……」
「そんなのいいじゃんか。私はウリカルと一緒に水着が着たいんだ。……確かに、こんなひらひらしたの戦闘力の欠片もないけれど、私は好きだぞ? 水着も海も」
「……海……その、私は知識でしかないんですけれど、海ってその……楽しいんですか?」
ウリカルの問いかけにレイカルは胸元を叩く。
「もちろん! 海開きが怖いことじゃないんなら、ウリカルだって今年は一緒に行こう! だって海は楽しいんだ! すごいぞー、水はしょっぱいし、どこまでも広いんだからな!」
レイカルの自信満々の言葉に、ウリカルが少しずつ心を動かされているのを小夜は認めていた。
「……やっぱり見知った者同士のほうが手早い、か……」
頬杖をついてその模様を眺めていると、ラクレスがテーブルまで浮遊してくる。
「オリハルコン同士でも、心を開かせるのは簡単ではございません。ですが、ウリカルが間違いようもなくレイカルと作木様の子供だと言うのならば、ここに。絆はあるはずでしょう?」
胸元をこつんと叩いたラクレスに、小夜は言いやる。
「あんたも羨ましいクチ? レイカルの無邪気さが」
「何のことやら。私は事の次第を見守っているだけですので。それに……そろそろでしょうしね」
ラクレスの言葉の真意を探る前に暖簾をくぐって来たのは作木であった。
「お、お邪魔しまーす……こっちにレイカル……あっ、やっぱり来てた。探したよ」
「創主様! ウリカルも海に連れて行きましょう!」
作木へと飛び込んだレイカルの純粋な言葉に、ウリカルは顔を真っ赤にして戸惑う。
「ち、違いますよ、おとうさ……、こほん。作木さん。私がレイカルさんにせがんだわけでは……その……」
「うん。ウリカルも一緒に、今年は海に行こう。だって、ようやく海開きなんだ。それならみんなのほうが楽しいに決まっているから」
「……作木さん……」