JINKI 185 柊神社の怪談話

 さつきとエルニィが恐怖に顔を引きつらせる。

 ルイは鉄面皮だが、恐らく平時の顔のまま気絶しているのだろう。

 赤緒は居間の扉に指をかける。

「……開けますよ……」

 後ろの三人に了承を得ようとしたが、全員震え出していてまともに返事は得られそうになかった。

 赤緒はぐっと奥歯を噛み締めて、一気に扉を開く。

 その途端、居間のテーブルの上で小豆をさすっていたのは――。

「……へっ……? ヴァネットさん……?」

「むっ……何だ、赤緒たちか。……貴様ら、何で四人も揃っている? どういうつもりで……」

「いや、どういうつもりって言うのはそっちのほうで……お皿に小豆……?」

 エルニィが指差した先には、皿一杯に小豆を流し込み、箸でもう一方の皿へと移そうとして何度も失敗しているメルJの姿があった。

「……み、見るな……! ……くそっ、抜かったか……まさか夜中に練習しているところを見られるなんて……!」

「れ、練習……?」

 意味が分からないでいるとメルJは頬を紅潮させる。

「……この前から……日本の食文化は理解しかねると言った手前、私の分だけスプーンとフォークだっただろう? さすがに悪いと思ってな。こうして箸の練習をしていたところだ。……真っ昼間にやるとうるさいだろう。こうやって深夜にやっていたと言うわけなのはそれもある」

「そ、それが柊神社の小豆洗いの……正体……?」

 何だか拍子抜けすると共に、赤緒はそこまで努力しているメルJの調子を目にしていた。

 小豆のほとんどが散らばっており、まだまだ箸の習得には遠く及ばなさそうだ。

「……何だ、メルJの仕業だったのか」

「……ま、私は分かっていたけれど」

 つんと澄ましたルイに、エルニィはいやはや、と冷静になる。

「ま、そうだよね! 小豆洗いなんて居るわけないじゃん!」

「……でも、ヴァネットさん、そのお箸、先が丸いのでちょっと掴みにくいかと思います。せめて四角い箸にすれば、成功率も高くなるかと……」

 さつきの助言にメルJは買ってきたのであろう箸を顧みる。

「そ、そうなのか……? 日本の箸の良し悪しはよく分からなくってな……」

「まったく、人騒がせだなぁ! メルJは!」

 豪快に笑ったエルニィは、ん? と疑問を発する。

「……でも、小豆って……お箸で摘んでいるのであって洗ってないよね? じゃあシャリシャリって音は?」

「……何を言っているんだ? 私は小豆を練習台にはしていたが、小豆を洗った覚えなんてないぞ?」

 その途端、シャリシャリと小豆を洗う音が連鎖し、赤緒たちは周囲を見渡す。

「ま、まさか……!」

 懐中電灯を振り向ける。

 何かが先ほどまでその空間に居た感覚はしたものの、光は捉えられなかった。

 全員が悲鳴を上げて逃げようとするが、最後尾のルイが立ったまま気絶しているせいで逃げられない。

「も、もうー! 何だって言うんですかー!」

「怪談なんてもう懲り懲りですってばー!」

 赤緒とさつきは薄暗がりに声を響かせ、メルJは小首を傾げる。

「……分からんな。何だってそこまで怖がるんだか」

「――おっ、妖怪ジジィ、今日の持ってきたか?」

「いやはや、ちょっと危なかったぞ。娘っ子たちがどうしてなのだか集まっていてな」

 屋根の上に登って来たヤオに両兵は酒瓶を振る。

「いやー、しかし、やっぱつまみのピーナッツは酒と一緒に限るな。……柊とかにバレてねぇだろうな? あいつ、うるせぇからつまみなんて台所に置かないでくださいよ、とか言い出すぜ?」

「ここ最近はつまみを持ち出すのはワシの負け分じゃからな。だが今日は負けんぞ、現のせがれよ」

「へっ、吼えるじゃねぇの。じゃあ今日の勝負と行くか」

 将棋盤の上で駒を差していく。

 それにしても、と両兵は空を仰いでいた。

「いい月だな。夏の夜空の下で将棋ってのもオツじゃねぇの」

 そう言ってパチンと、次の手を指していた。

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