「言っておきますけれどぉ、お子ちゃまの声を使ったからって容赦はしませんよぉ? キョムは壊滅させる、それは私にとって絶対指標なんですからねぇ」
『少しは話し合いの余地もあるかと思っていたんだけれどね。何せ、幾度となくシャンデリアへの潜入行為。そうそうできるものじゃない』
「それは買ってもらっていると思っていいんでしょうかぁ? いずれにしても《バーゴイル》の七機小隊――舐めている、と想定していますよぉ?」
途端、《ナナツーシャドウ》は空間に掻き消える。
光学迷彩を纏った《ナナツーシャドウ》は、まず隊長機と思しき《バーゴイル》へと組み付き、その首筋を掻っ切っていた。
ブルブラッドの青い血潮が舞う中で、撃墜した機体を蹴り上げて次なる標的を見据える。
相手が熱源光学探知に切り替えた時には全てが遅い。
七機の《バーゴイル》小隊は壊滅していた。
全てが、コックピットを破砕され、自律稼働のAIを潰された形となる。
『見事、と言わせてもらおう。ミス瑠璃垣。《バーゴイル》程度では君の足は潰せないかな』
「それは意見の相違ですねぇ。私はあなた方を叩き潰すためにこうして活動しているわけですし、あなた方キョムがロストライフ化とこれ以上の侵攻をやめると言うのなら、考えてもいいですけれど」
『我々相手に交渉か。だが、君ほどの立場ならばそれも可能だろうね。ミス瑠璃垣――いいや、その経歴を参照するのならばミセス瑠璃垣と言うべきか』
まさか、自分の過去をこの少年は知っているのか。
震撼したなずなは光学迷彩を解いてクナイを中空に突きつける。
「どこまで知っているんですかぁ? 乙女の秘密に関わって来るなんて趣味が悪いですねぇ」
『お互い様だと言わせてもらおう。君は、我々キョムの秘匿事項に抵触している。当然、アンヘル以上の脅威として。これ以上ない排除対象だ』
なずなは怪訝そうに声の存在を関知しようと熱源光学センサーを走らせるが、その時には直上より舞い降りた機影に急速後退していた。
建築物の乱立する異形のコロニーで、対峙したのはバイザーの頭部を持つ疾駆の機体であった。
「……トウジャ……新型?」
『《トウジャMk‐Ⅳ》。現状、ベネズエラ軍部と共に共同で建造された最後の人機でもある。悪いが逃がす気はない。ここで死んでもらおうか、ミセス瑠璃垣』
「……私を知っていて、その呼び方をするのなら、それは殺されたって文句は言えないって言うことですよねぇ……!」
《トウジャMk‐Ⅳ》が跳ね上がる。
その機体追従性能はこれまでのトウジャシリーズを凌駕していた。
速度面でも《ナナツーライト》の系譜を辿る《ナナツーシャドウ》ではあまりに鈍足。
そして、トウジャは機動性のみではない。その格闘性能においてもモリビトタイプに比肩する能力を保持している。
振るわれたのは槍であった。
穂先が三叉に分かれており、こちらの動きを牽制する。
なずなは加速度をかけて《トウジャMk‐Ⅳ》の懐へと潜り込み、そのまま血塊炉を射抜こうとして、ハッと習い性の神経が粟立ったのを感じていた。
咄嗟に敵機の脇へと滑り込み、その攻撃を回避する。
『避ける……へぇ、やるじゃないの』
「……ジュリ先生。不可侵領域でしょう?」
『悪いけれど、ここじゃ通用しないわ。坊ちゃんの護衛なんて私だって癪なんだってば。けれどね、これでも八将陣だからやらないわけにはいかない。何よりも、今回持ち帰られればまずいデータなんでしょう? だから私みたいなのを第二陣に置いた』
ジュリの搭乗しているのは《CO・シャパール》に酷似していたが、その機体形状はより鋭く、より攻撃的に変化している。
「《CO・シャパール》じゃ……ない?」
『まだ顔見せには早いと思っていたけれどね。私の新型人機、《クイン・COシャ》。覚えなくっていいわよ。どうせ、あんたは死ぬんだから』
「それは……理解が違いますねぇ。ここで死ぬのはジュリ先生、あなたのほうですよぉ? 今回のデータだけは、持ち帰るように厳命されているのでぇ」
『……あんたのスポンサー、あまり信用しないほうがいいわよ。これは八将陣ではなく、女としての警告』
「そうは……いかないんですよねぇ。《ナナツーシャドウ》を見られたからには仕方ありません。――死んでもらいますよぉ、ジュリ先生」
クナイを両手に逆手に握り締め、《ナナツーシャドウ》が姿勢を沈める。
その動きと同期するかのように、《クイン・COシャ》が痩躯を軋ませて身を沈める。
「――ファントム!」
確実にこちらの動きを制するために、《クイン・COシャ》も加速度に入る。
互いにファントムの超加速の中で、幾度か刃が交錯していた。
《クイン・COシャ》の鋭利な脚部がそのまま刃の鋭さを帯びて、《ナナツーシャドウ》の機体を割らんと迫る。
半身になって回避し様に、別の危機回避能力が関知した《トウジャMk‐Ⅳ》の槍の動きを、なずなは視野に入れていた。
突き出された槍の一撃に対し、《ナナツーシャドウ》の女型に近い機体形状を利用して相手の腕を抑え込む。
まさか、突き出した一撃を回避されたばかりではなく、関節を極められるとは想定もしていなかったのだろう。
未熟な操主はうろたえた様子であったが、なずなはそのまま機体の重心を移動させ、足を払ってみせる。
見事に決まった大外刈りが《トウジャMk‐Ⅳ》を大地に沈め、閃かせた刃がそのコックピットを射抜く前に《クイン・COシャ》の追撃が迫っていた。
大きく後退し、なずなは《クイン・COシャ》と持ち直した《トウジャMk‐Ⅳ》と対峙する。
『……あんたは操主としてはまだまだなんだから、相手の隙を突いての一撃はリスクが高いわ。アサルトライフルで私の援護射撃。いいわね?』
《トウジャMk‐Ⅳ》の操主はその命令に応じたようであった。
腰部にマウントしていた二挺のアサルトライフルへと持ち替え、こちらを照準するなり掃射していた。
《ナナツーシャドウ》には建築物に瞬時に隠れさせ、相手の期を窺わせる。
「……新型機って言ったって、操主がまだ成っていない? なら、つけ入る隙はありますよねぇ……」
『どうかしらね』
《クイン・COシャ》が腕と一体化した武装で銃撃する。
威力は最新性能のプレッシャーライフルに相当していた。
《ナナツーシャドウ》が光学迷彩を纏うような余裕は与えないつもりらしい。
《トウジャMk‐Ⅳ》の銃撃は当てずっぽうではあるが、操主としての基本戦術は心得てある。
次なる建築物の陰に隠れたところで、なずなはクナイの刃に浮かべていたリバウンド力場が弱まっていくのを感じ取っていた。
「……まさか、ジャミング? でも、《クイン・COシャ》と《トウジャMk‐Ⅳ》が居るのに、ですかぁ……?」
窺えば、《クイン・COシャ》は全身に逆立たせた実体の刃を有している。
《トウジャMk‐Ⅳ》も基本は実体の槍と実弾の併用。
この場でプレッシャー兵装に異常を来してもっとも不利なのは自分だけだ。
『さて、ミセス瑠璃垣。そろそろいいかな? 交渉と言うのは相手と同じレートに立った時にこそ有効になる』
「……よく言えますねぇ。そんな絵空事」
『絵空事でも勝利者ならば同じだ。今回のデータだけは持ち帰ってもらっては困る。どうだろうか? 君が望むものを、我々は用意できる。それくらいの手はずは持っているつもりだ。なら、もう敵対する必要性はないじゃないか』
「……なるほど。抱き込もうって言うんですか」
『敵に回すのには惜しい逸材なのでね。《ナナツーシャドウ》のこれまでの戦歴もそうだ。トーキョーアンヘルにも属さず、ましてやキョムにも属さない。君の赴くところをしかし、我々は知っているつもりだとも。それなら、何も知らないアンヘルに味方するよりかは、キョムに力を貸してはもらえないだろうか?』
「何も知らないアンヘルよりかは、ですか。……確かに、さつきさんも、そのほかのメンバーも、何も知りませんね。彼女たちは何も知らないから、キョムと渡り合うなんて無理難題に挑める……」
『そうだろう? だからこそ、力の分配が必要なんだ。我々は君のことを理解しているつもりだが』
「理解、ですか。それもこれも、何もかも――反吐が出る。私がキョムに降ること、それだけは絶対にあり得ない」
《トウジャMk‐Ⅳ》の射線に躍り出たなずなは、直後に放たれた機銃掃射の乱舞を、機体を加速させて潜り抜けていた。
「トウジャは背の高さと、その機体の堅牢さがウリであり弱点でもある。地表ギリギリを突っ切る《ナナツーシャドウ》の運動性なら、その懐に届く!」
そして、《ナナツーシャドウ》の刃が閃いていた。
プレッシャー兵装の切れ味を失っているとは言え、質量兵器として用いるのならばそれなりの性能は誇る。
なずなはクナイの切っ先を《トウジャMk‐Ⅳ》の首筋へと突き立てていた。
よろめいた《トウジャMk‐Ⅳ》の背面へと、さらに追撃の刃を見舞う。
「これで血塊炉はダウン、ですね」
青い血潮が迸り、《ナナツーシャドウ》の漆黒の機体を染め上げていく。
ジュリの《クイン・COシャ》が《トウジャMk‐Ⅳ》を突き飛ばし、実体の刃で攻め立てるのを、なずなはクナイでさばきながら応戦する。
『あんたは、分かってない!』
「何がですかぁ? 私の役割に関してなら十全ですよぉ?」
『……こんな時でもおとぼけみたいな声を出して……キョムの側なら、あんたはまだ……真っ当だって言っているのさ!』
「真っ当、ですか……それはとうの昔にやめた考え方ですねぇ」
《クイン・COシャ》の腕よりプレッシャーの銃撃がもたらされる。
ジャミングが凪いだのだ。
再びプレッシャー兵装の切れ味を取り戻したクナイで飛びかかり、《クイン・COシャ》を組み伏せようとする。
だが格闘戦術ならば相手も心得ているのだろう。
クナイの抜刀術を斬り払い、四肢より射出させた電磁ワイヤーを絡みつかせようとする。
それらを斬絶し、クナイを触媒にして電磁ワイヤーをリバウンドの斥力磁場で弾き返す。
「疑似的ですが……リバウンド、フォール!」
反射された電磁ワイヤーが《クイン・COシャ》へと絡みつき、その効力を発揮させる前に、ジュリは即断即決で絡みついた部位をパージしていた。
『……ここまでやっても、あんたはまだ立ち向かってくるって言うのよね』
「逆に聞きますけれど、ここまでやってどうして仲間になるって思うんですかぁ?」
『それは言わない約束でしょうに』
しかし、損耗率も互いにこれ以上は旨味がないはず。
なずなはこの場を支配する絶対者へと声を振っていた。
「現状のキョムの支配者のお方、でいいんでしたっけ? あ、いいえ。もっと相応しいお名前がありましたね、セシル、とか仰いましたかぁ?」
『……その名は近いうちに捨てるつもりだ』
「そうでしたかぁ。私ってば、物覚えだけはいいものでぇ」
『僕を揺さぶったって何も出ないさ。それに、ここでの君の生存はまた運命を歪めることになるだろう。その自覚はあると、思っていいのだろうかな』
なずなは《ナナツーシャドウ》にクナイを逆手に握らせ、応戦の構えを取る。
「当然でしょう。私は――私に恥じないための、戦いを講じるまでなのですから」
『自らに恥じない、か。しかし、ここで君を逃せば大きな契機を作ることになる。君の背後に居るスポンサーたちにとっては優位だが、それは同時にアンヘルとキョムにとっては不利益に繋がるだろう』
「別に、私が勝ってもいいんですよねぇ? あなたたちがシャンデリアで、今まさに起こった戦闘を見逃すって言うのであれば」
『……何を。あんたそこまで……何のつもりだって言うの……』
震撼したジュリに、なずなはコックピットハッチを開いていた。
風圧がその二つ結びの髪をなびかせる中で、拳銃を携えて宣告する。
「――私はキョム側の全ての人機の破壊と、そしてアンヘルへの……復讐を企んでいるだけの、ただの女ですよ」
『復讐……?』
Rスーツを纏ったなずなは《トウジャMk‐Ⅳ》へと視線を振る。