JINKI 187 ガール・オブ・リヴィジョン3

 先ほどの交錯で完全に無力化されたトウジャタイプのコックピットから這い出ていたのは、自分と似たような眼差しをした灰色の髪の少女であった。

『……貴女……わたくしを止めるって言うの……?』

『シェイナ。コックピットに戻っておきなさい。相手はどんな手を講じて来るか分からないんだから』

 シェイナと呼ばれた少女は奥歯を噛み締め、激情に身を任せるが如くこちらを睨みつける。

 フッと微笑む。

 それは侮蔑の微笑みであったことを理解したのか、シェイナが拳銃を突き上げたのをジュリが制する。

『シェイナ! 今は!』

 なずなも照準する。

 互いの銃弾は頬を掠めたのみであったが、経験の差でシェイナは尻餅をついていた。

 なずなはその怨嗟の視線を風と受け流し、再びコックピットへと戻っている。

 滴った血の味を舌先で確かめて、嘲りの声を上げた。

「どうやらキョムも人手不足みたいですねぇ。そんな女の子を最新鋭のトウジャタイプに乗せるなんてぇ」

『彼女は戦士だ。それ以上に理由はない』

「でも、それって裏がないわけじゃないですよねぇ? ……まぁ、私にしてみればどっちでもいいんですけれどぉ」

『逃がすわけがないでしょう』

《クイン・COシャ》が銃口を向ける。

 しかし、なずなにしてみれば、この一戦での勝利者は既に決したも同然であった。

「バイバイ、ジュリ先生。それに、そこの女の子も。学校でまた会いましょう」

《ナナツーシャドウ》が光学迷彩に移ったのを、ジュリが何発か銃撃を放つが、どれもこれも命中させる気がないのは分かり切っていた。

 なずなはシャンデリアの下層ブロックへと流れ落ちてゆき、そのまま格納デッキをクナイで斬り裂いて、成層圏へと真っ逆さまに落下していく。

 燃え尽きる前に回収したのは、シャンデリアとは別軌道に位置する衛星より放たれた《アサルトハシャ》の部隊であった。

 フライトユニットを装備した《アサルトハシャ》が巨大なシャンデリアを睨む形で、光学迷彩を施した衛星に佇んでいる。

『瑠璃垣少佐。今回の首尾は?』

「上々、ですよ。回収任務ご苦労様です」

 なずなはフロッピーディスクに収めた情報を引き渡してから、《アサルトハシャ》の回収を受け付ける。

『今次作戦も良好です。これで我が方がキョムに対して優位を打てる可能性も出てきた』

「優位を打てる可能性、ですか。それはしかし、きっと……」

 いや、考えまい、となずなは意見を封殺する。

 自分は、所詮は飼われた駒に過ぎないのだから。

 衛星軌道を周回するシャンデリアの威容を目の当たりにしても、人の叡智と傲慢さは変わらないだけの話だ。

『《ナナツーシャドウ》は二日以内に修繕します。それまで瑠璃垣少佐は、別の任務に移っていただくと』

「上から、ですか。彼らも節操がありませんね」

『世界中を飛び回っているはずの瑠璃垣少佐が、今はキョムとアンヘルの抗争に巻き込まれているのです。不安要素もあるでしょう』

「私に首輪でも付ければ、安心なのでしょうけれど、そうもいかないと理解しているからこそ、ですか。何もかも……いいえ、あえて言いませんが」

 なずなは衛星より地球を見据えていた。

 生命を湛えた青い星は、今もどこかの戦地でロストライフ化に晒されている。

 だからと言って特別にセンチメンタルな気分に陥るわけでもない。

 どこかで戦場があるのは所詮、自分のようなタイプの人間にしてみれば通常の事実への反芻に過ぎないからだ。

『瑠璃垣少佐の働きへと継続的に期待する、との電報ですが』

「では期待通りに働いてみせます、とでも打っておいてください。私は……ちっぽけなだけの、人間ですから」

 そう言ってため息ばかりが出るだけであった。

「――あれ? なずな先生、頬っぺた、怪我ですか?」

 声をかけてきたさつきに、なずなは茶目っ気を出して応じる。

「気になりますぅ? さつきさん」

「い、いえ……私は別に……」

「ちょっとありましてぇ。研修生なのに、ドジしちゃいましたぁ」

 てへ、と舌を出すとさつきは戸惑ったようである。

「その……まだ、どこかで戦っているんですか。なずな先生は、《ナナツーシャドウ》で――」

 その唇が言葉を紡ぐ前に、なずなは指先で制する。

「駄目ですよぉ、さつきさん。人機のことは学校ではめっ、です」

「そ、それはその……」

「それに、まぁ顔を合わせづらい相手も、居たものですから」

「へっ……どういう……」

「そこの中等生。そろそろ予鈴です、戻りなさい」

「あっ……赤緒さんのクラスの担任の……ジュリ先生、でしたっけ……」

 ジュリの頬にもなずなと同じように絆創膏が貼られている。

 二人は顔を合わせるなり、にじり寄っていた。

 なずなは笑顔だが、ジュリは不敵な笑みを浮かべる。

「昨日はどうもぉ」

「どうも、ね。命のやり取りしておいてよく言えるもんじゃない」

 一触即発かに思われた二人であったが、予鈴が鳴ると二人は予定調和のように踵を返していた。

 まるでつい今しがたの緊張感などなかったかのように、二人は歩を進める。

「えっ……えっ……?」

「予鈴が鳴りましたよぉ、さつきさん。このままじゃ、遅刻しちゃいますぅ」

「……学校ではそのルールだからね。それはこっちも守るわよ」

 取り残されたさつきは二人の背中を交互に眺め、それから呟いていた。

「……何だか……私では寄り添うことさえも、できないのかな……」

 しかしなずなもジュリも、どこかで自分たちの選択そのものには満足しているような面持ちであったのは、気のせいだったのだろうか、とさつきは廊下を駆け出していた。

 ――これはまだ、大いなる争いへの、序章でしかないのだと知るわけもなく。

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