「タガメなんて水中から出られないじゃないか! お前こそ、オニヤンマを見たことがないだろ! 飛べる上にあの大きさだぞ! 最強に決まっているじゃないか!」
「レイカル……本当に分かってないよな。タガメは水中に自身の戦場を移すことによって最強を得たんだ。言ってしまえば、局地的な地の利を得たんだよ。それをオオニヤンマって……レイカルってば子供だよなー」
含み笑いを漏らすカリクムに、レイカルは声を張り上げていた。
「お、オニヤンマを馬鹿にするなー! 最強の虫はオニヤンマだって、創主様だって言っていたんだぞ!」
「じゃあお前の創主ごと間違いだって話だろー。本当、レイカルってば影響されやすいんだから」
「な、何をー……! って、あれ……何だあれは。ざわざわしているぞ」
レイカルが耳に留めたのは人々の喧噪である。
カリクムも怪訝そうに茂みに移るなり、顔だけ出してレイカルと共に周囲を見渡す。
「ああ、これって縁日じゃないか」
「……エンニチ……? 何だそれは。強い虫か?」
「お前……虫から離れろよ。縁日って言うのは……あれ? 何だっけ。私もよく知らないや」
「あなたたちってば本当に、お馬鹿さぁんなのねぇ……」
うわっ、と二人して背後に立ち現れたラクレス相手に驚嘆する。
「……いつから居たんだよ、お前……」
「最初からよぉ……。それにしたって、レイカルってば、縁日も知らずに生きていたなんて……可哀想だこと」
「な、何をぉ……エンニチくらい分かってる!」
「じゃあ人間たちは何をしているのかしらぁ?」
「そ、それはだな……ん? いい匂い……。分かったぞ! 夕ご飯の準備だ!」
「でも、ここは外よぉ?」
「あ、そうか……。家の中で食べればいいだけの話だし……。いや! この間学習したぞ! 海の家だとかそういうのがあるんだろ?」
「でもここはかなり陸だけれどぉ?」
「あ、そっか……。じゃあその……えっと……」
疑問符まみれになるレイカルにカリクムは、ラクレスへと視線を流す。
「なぁ……まずくないか? もしかしてこれが、こいつの創主が言っていたいつものパターンって奴……?」
「さぁねぇ。カリクム、あなたは知っているようじゃないかしらぁ」
「……何度かカグヤと来たことがあるんだ。カグヤは子供が好きだったからな。にしても、縁日か。確か神社とかで……えっと、食べ物を食べたり、屋台が並んでいたり……」
「屋台……そうだ! 屋台だ! 分かったぞ! 縁日の正体は屋台だ!」
ずびし、と指差したレイカルに、ラクレスは妖艶な笑みを崩さない。
「じゃあ、何で屋台なのかしらぁ?」
「あ、そこまで考えてなかった……。えっと……うーん……カリクムー、お前知ってるんだろ?」
「いや、そこまで詳しくは……。屋台を練り歩いて、大勢の人間が行き来する行事だってことしか分からないってば」
「分からないな……。じゃあまるでよく分かんないまま、この人間たちは準備しているのか?」
「いや、それはないだろ……。そういや、屋台と言えば花火だよな。あれも縁日になるのか?」
「花火……花火は知っているぞ! どかーん! としてスゴイ奴だ!」
手を目いっぱい広げたレイカルに、ラクレスは微笑む。
「じゃあ、何で花火を打ち上げるのかしらぁ?」
「あ、それも分かんないや……。何でなんだ? カリクム」
「私に振るなってば。……うーん、そういえば考えたことなかったな。小夜もナナ子も当たり前のようにこの季節になれば浴衣の採寸だとかで忙しそうだし……」
カリクムも考え込んでしまう中で、レイカルは答えを持っていそうな人物を思い浮かべていた。
「そうだ! ヒヒイロに聞きに行こう! そうすれば分かるはずだ!」
「いいけれど……って、これやっぱいつものパターンじゃないか。……いっつもこんな調子でヒヒイロに押しかければ、そりゃーヒヒイロだって呆れ返るよ……」
「こういう時に言う言葉があるだろう。えっと……悪が急げだとか、そういう……」
「善は急げ、ねぇ……」
「そうだ! それ! よぉーし! 善は急げだ! ナイトイーグル!」
ナイトイーグルを呼びつけたレイカルに対し、ナイトイーグルの対応は素っ気ない。
ぷいっとそっぽを向いてしまったナイトイーグルに、レイカルは戸惑う。
「ああっ、もう! 私の言うこと少しは聞いてくれよー! しょうがない、こうなったら……!」
レイカルが足元にハウルを充填させる。
そのままロケット噴射の勢いで爆発的なハウルを起爆剤として、流星の如くヒヒイロの待つ場所へと飛び去っていた。
「お前らも早く来いよー!」
「……って、こっちの答えを聞く前に行っちゃったし……。なぁ、ラクレス。こうやって普段からあいつのことをいじっているのか? さすがに趣味が悪いって言うか……」
「何のことかしらぁ? 私はただ、あなたたちのつまらない諍いよりかはマシだと思っただけだけれどぉ?」
「なっ……! でも最強はタガメだろ!」
「まぁ私としてはどっちでもいいのだけれど。……さて、作木様はどう対応なさるかしらねぇ」
「――へぇー、今ってこんなに携帯のプランってあるんですねぇ」
作木は小夜たちに連れられ、携帯会社を訪れていた。
「って言うか、作木君のが古過ぎるのよ。何で未だにガラケーなの?」
「いやぁ……何かほら、スマホに変えちゃうとデータの引っ越しとか面倒そうじゃないですか? それに、この携帯も何気に思い入れがあると言うか……」
「でも、SNSもできないし不便よ? ねぇ、ナナ子」
小夜が呼びかけた時には、ナナ子は削里と共に他のキャリアのスマホを眺めていた。
「削里さんもそろそろ替え時じゃないですか? あれ? って言うか携帯持ってましたっけ?」
「いや、俺は余計なものは持たない主義なんだ。それに、買うと高いだろ?」
「……相変わらずのレトロ趣味だこと」
そもそも、削里は新しいものに興味がない節がある。
小夜は呆れ返りながらも作木の携帯を探していた。
「でも、別にいいですよ。困ってませんし」
「私が困るんだってば。作木君、これまでみたいに行方不明になったらどうするの?」
「うーん……でもその時にはレイカルが見つけ出してくれるでしょうし」
「……確かに私たち創主はオリハルコンで無線じみたことができるけれど、それでも限界があるでしょ? やっぱり新しいものの一つや二つは持っていても罰は当たらないと思うわ」
「ですかねぇ……」
作木はキャリア料金表を見るなり、硬直してしまう。
「うわっ、こんなに月々払うんですか……」
「うーん、確かに苦学生である作木君には結構荷が重い出費かぁ……。実家とかは当てにならないの?」
「実家は……いやーちょっと。難しいかなーと」
作木本人が濁すほどなのだから、何かしら因縁があるのだろうと、小夜はスルーしておく。
「うーん、でも最安値のスマホくらいは持っておいたら? 何かと便利よ? 災害時とかに繋がるアプリもあるし」
「ですねぇー……オリハルコン頼みよりかはそのほうがいいことも……って、レイカル?」
「えっ、何でレイカル?」
振り仰いだ作木と小夜は、ヒヒイロに向けて何かしらがなり立てているレイカルを発見する。
ヒヒイロは削里を遠くから見守っている位置に居たが、レイカルはヒヒイロを見つけるなり、詰問しているようであった。
「……カリクムたちと出かけたって聞きましたけれど」
「わ、私だってそう聞いたってば。カリクム? 何やってるのよ!」
耳に付けたオリハルコン越しにカリクムへと通話すると、悲鳴のような声が響き渡る。
『私は止めたんだってば! でも、レイカルがどうやら縁日が気にかかるみたいで……』
「縁日? ああ、近くの神社でそう言えば今日だっけ? ……でも何で今さら?」
『知らないってば。とにかく、気になってしまったのなら仕方ないだろ? 今どこに居るんだよ』
「今日は予定もないから、作木君のスマホでも契約しに行こうかって話になって……って言うか、あんたが付いていながらレイカルを止められなかったのは何でよ?」
『そ、それはぁ……あいつが話を聞かないからで……』
「言い訳はよろしい。……カリクム、後でね」
せっかくの作木との時間を邪魔されたのだ。
後でこってりと絞ってやろう。
そう思って、小夜は携帯会社から出るなり、削里とナナ子、それにヒヒイロとレイカルに合流する。
「……何やってんのよ。あんた、目立っちゃうじゃない」
レイカルはしゅんとしつつも、ヒヒイロへと問いかける。
「ヒヒイロぉ……結局エンニチって何なんだぁー! あと、最強の虫はオニヤンマだよな?」
「……何の話なのかさっぱりじゃが、とかく混乱しておるのだけは伝わってくるのう……」
額に手をやって参ったヒヒイロの心労が思いやられる中で、ナナ子が尋ねる。
「でも、レイカル。縁日のことなら知っているじゃない。花火大会に行ったでしょ? あの時のが縁日よ」
「……そうかも、と思ったんだが、花火が打ち上がる気配もないし、何だか違うんじゃないかって思って……」
腕を組んでうーんと呻るレイカルに、ナナ子はヒヒイロへと回答を促していた。
「ヒヒイロ、このままじゃレイカルが知恵熱出しちゃうわ」
「しょうがない奴じゃのう……。縁日とは神仏に縁のある行事ですね。すなわち有縁の日とされています。屋台が出されるのが大半を占めるのは近代以降、それも神社の祭りに由来するものも数多い」
「祭り……? お祭りなのか?」
「必ずしもそうは言い切れんのう。じゃが、お主が見たのはその縁日の一部じゃろうて。何も花火を打ち上げるだけが祭りではあるまい」
「じゃあ、創主様! エンニチに行きましょう!」
「いや、その……今日は小夜さんたちとスマホを見る約束で……」
「残念ね、レイカル。私たちのほうが先約よ」
小夜の言葉に、レイカルは目に見えて反感を覚える。
「何だって言うんだ、割佐美雷! スマホとかよりもエンニチのほうが面白そうだろ!」
「役名で呼ぶなって言ってるでしょうが! ……でも、あんた、今のままじゃ、作木君を呼ぶ術だってないんだし」
「ハウルで呼べばいいだろー。何で人間はそれができないかなぁ」
肩を竦めたレイカルに、小夜は突っかかる。
「あんたたちみたいに便利じゃないんだってば! 第一、何でもかんでもハウル頼みじゃ、もしもの時に困るのは作木君なのよ!」
「うっ……言われてみれば……。創主様が無限ハウルの持ち主とは言え、失念していました……」
「いや、レイカルが悪いわけじゃないし、でもそうだなぁ……。じゃあ、スマホを決めてから、縁日に行こうか」